知らなければよかった
貴方なんて知らなければよかった
私はただ、この温もり包まれていたかっただけなの
ねえ、どうして優しくしたりしたの?
…最後には殺してしまうつもりだったのでしょう?
西の果ての森に魔女は住んでいた。
人々は得体のしれないと陰口をたたきながら魔女に知識と薬を求める
魔女は賢く、人々と深く付き合うこともなく自分が本に出てくるような魔法を使えないことを説いたりしなかった
西の果ての森は魔物が出る為にそこで一人住めることだけで魔女の認定を受けていたから
彼女は、知識を最大限に活かして生きていただけ
そして、一人でいることにはやむにやまれぬ事情があった為に西の果ての森に身を隠した
噂を聞いてやってきたのは美しく身なりの良い青年で彼女は今までの経験から警戒を弛めたりはしなかった
彼は病弱な妹の為に薬を求めてやって来たと彼女に頭を下げた
おそらく貴族であろう彼が簡単に頭を下げたことに彼女は驚きを隠せなかったが薬を渡せばそれきりだと思いすぐに用意して渡した
彼は彼女と話そうとしたが彼女は妹が大事ならすぐに帰れと追い出す
それで終わると思ってたのに
彼はまた、すぐにやってきた
お礼がしたいと…
報酬を受け取っていた彼女は蹴り飛ばして追い出した
懲りずに何度も何度もやってくる彼は彼女を戸惑わせた
最初は宝石をいらないと言われればお菓子を断ろうとすれば日持ちがしないから捨てなければならないからと無理矢理渡され
甘い物に弱い彼女はその美味しさを一度知ってしまえば断り辛くなり…いつからか、楽しみになっていた
一人でいるのが寂しくなるくらいに
「ごめんね」
確かな言葉がなくても心は繋がってると錯覚してしまう程に彼に溺れていた
「魔女を捕らえろ」
近くの村で祭りがあるから見に行こうと誘い出されたその先で彼女は捕らわれの身となる
彼女はこの国で疫病が流行り、日照りで作物が育たず枯渇していることを知らないでいた
教会が祈りを実らせることができず威信を護る為だけに生け贄を探していたことも…
彼が教会の人間であることも知らなかった
魔女として有名な彼女は民衆の不満を和らげるのに最も適した存在と見なされた
人は裏切るもの
何でそれを忘れたんだろう
嘆くのも逆らうのも見苦しいと彼女はため息1つで抑えた
せっかく、逃げ出し穏やかに過ごしていたというのになんて愚かだったのだろう
彼女は、隣国の姫でその見目麗しい姿と聡明さで国民に好かれていた
けれども婚約者には恵まれなかった
愚かしくも貴族でない娘を選び一方的に婚約破棄。
しかし、平民を選ぶなど誰も認めず…自分勝手にも彼女を再び妻にして隠れ蓑として利用しようとする
呆れ果てた彼女は身分も捨てて今の場所へと逃れてきたのだった
この国の王族は母方の親戚で彼女には同情的で自由させてくれていたことを教会は気付きもしなかった
「私を殺しても誰も助からないわ」
父は、兄は、彼らを許さないだろう
親戚達は優しいけれど制裁が加えられるだろう
なんで、放っておいてくれないのだろう
彼と二度と目を合わせることはなかった
彼女は心閉ざした
自分の身分を提示することなく処刑台に上がり炎に身を焼かれた
「私の名はエレノーラ・グレインハルト。あなた方の望み通り死にましょう」
火がつけられてから彼女は民衆に告げた
「グレインハルトって隣の軍事大国の…?」
民衆が一瞬にして静まったのに対して教会の神官は狼狽え、火を消せと叫ぶ
けれども炎は彼女をすでに包み込んでいた
彼女は静かに目を閉じた
もう、裏切られることはないのねと安堵した