俺と小鳥と教室と、あとその他大勢
3
昼休み、俺はこってりとしぼられた。いや、昼休みだけじゃない。昼休み丸々とさらに四限のほとんどが東金嶺の説教でつぶれた。どれだけ説教すれば気が済むんだあのクレイジーケミカルセンセーは。それよりあの極悪委員長め…今度会ったらただじゃおかねえ。まあ教室に帰ったら会うだろうけど。
俺は今現在教室に向かって三階の廊下を歩いていた。窓の外に目をやると、花火が上がったり戦闘機が飛んでたり昼になったり夜になったりとなかなかのハチャメチャ騒ぎだった。もう気にする気にしない云々の問題じゃないな、これは…。
ふと前を見ると、ひとりの生徒が俺のほうへと向かって歩いていた。時間的にはまだ授業中のはずなのだが…。そういえば何でもありになった割にみんな登校し授業を受けているな。桜のように生徒の脳内をいじって授業を受けさせている教師でもいるのだろうか。いそうだな。
前からやってきた生徒は、同じクラスの雪島小鳥だった。小鳥はおとなしい童顔な男子で、俺の小学からの友達だった。
「やあ鉄君。長い説教だったね」
小鳥はそういって俺に話しかける。
「まったくだよ。ほんと災難だったぜ」
俺は小鳥の言葉にそう答える。気の置けない古くからの友人、という奴だろう。雪島といると、妙に落ち着いた。
「そういや小鳥、お前は知ってたのか?この世界のこと」
ふと不思議に思って聞いてみた。この世界で事情を知らない人間はほんの一握りだろうが、それでも同じ境遇の人がいると心強い。
「知ってたよ」
まあそうだろうな。同じ境遇の人間を探すことは困難だろう。だがなんでもありになっても小鳥の性格は大きくは変わっていないらしい。不幸中の幸いといったところか。まともな性格でこの世界のことに関して情報を持っているというのはかなり心強いかもしれない。
今のところ、ほとんどの奴が狂ったか元々狂っているかの二種類だ。
「というか小鳥、お前なんで授業中にこんなところにいるんだ?」
気になっていたことを聞いてみた。今は英語の授業中のはず。
「あぁそのことなんだけどね、実は困ったことになっちゃったんだ。皆教室から離れられない状態で、僕だけじゃどうにもできなさそうだから、鉄君に助けてもらおうと思って」
困ったこと?確かに何から何まで困ったことだが、何でもありなら小鳥だけでもなんとかなりそうなものだ。
「まぁ俺の力で何とかできるならいくらでも協力するけど…どんな状況なんだ?」
「う~ん…」
小鳥は何やら言いずらそうな表情を浮かべながら首をかしげる。言葉にしづらい内容なのだろうか。
「説明するより見てもらった方が早いかな。とりあえず教室に行こう。このままだと桜さんが壊れちゃうからね」
「おいちょっと待て」
桜が壊れるってなんだ。
不吉なワードすぎる。というか俺から言わせればもう壊れているのだが…
「さ!鉄君早くいこう!」
「そんなに引っ張るなよ教室が逃げるわけじゃないだろ……って、うおお!?」
小鳥が俺の手をつかみ、引っ張る。その瞬間、俺の身体に物凄い衝撃が走る。景色は飛ぶように過ぎていき、引き裂かれるような感覚が身体全体を襲う。
「あ…あがが…」
「ちょっと体をいじって高速移動を可能にしたんだ。今は音速くらい出てるよ。このまま教室まで突っ走るね!」
お前も普通じゃなくなってしまったのか小鳥よ…。
というかどこの教室に行くつもりだ。
足というものは動物についており、彼らの生活に必要不可欠なものだ。餌をとる、移動する、巣をつくる、様々な役割を果たしている。足があるからこそ、動物は地上を闊歩できる。足があるから、陸上動物は発展できたのだ。足が、陸上生物を生活的に、そして物理的に支えている。だがそれは、動く必要があるからついているわけで、動く必要のないものにはもちろんついていない。
そのはずである。
「なんだあれは」
「教室だよ」
俺達は、富士山の中腹にいた。急な斜面にへばりつくように立っている。霧が濃く、気温が低い。だがそんなことが気にならないくらい衝撃的なものが、目の前にあった。
あった?いや…これは「いた」と表現したほうがいいかもしれない。
目の前に教室が「いた」。二本の立派な脚で大地を踏みしめ、立っていたのだった。
「なんだあれは!?」
「教室だよ」
「違うだろ!あれは教室じゃないだろ!」
「えー。でも入り口も窓もあるし、何よりほら、あそこに『二年三組』のプレートがあるでしょ?」
あるでしょじゃない。こんな教室があってたまるか。
確かに上の部分だけなら教室と言っても問題なさそうなものだが、下の方が駄目だ。何とも立派な二本の足である。
「違うだろ絶対!」
「でもプレートがあるし…」
「プレート云々の問題じゃねぇ!お前俺が桜の名札してたら桜だと思うのか⁉思わねぇだろ!」
「あ、確かに。さすが鉄君だね」
何がさすがなんだよくそったれ。
どうしろっていうんだよ。足の生えた教室を目の前に、俺は頭を抱える。他に何ができる?直方体の教室から、二本の人間の足が生えているものを目の前にしてできることなんてあるわけないだろ。
『ん?誰かと思えば清水と雪島じゃないか。今は授業中だぞ?』
……。
なんだ今の声。
「…小鳥、お前何か言ったか?」
「え…今の声が僕のだと思ったの?」
頭大丈夫?とでも言いたそうな顔をする小鳥。悪かったな、確かにお前の声だとは俺も思わねぇよ。かなり低い声だったしな。だがな小鳥…お前以外に誰が喋るっていうんだよ。というかお前の声であってほしい。何でもありで声を変えたんだろ?そうなんだろ?そうだって言ってくれよ…。
『清水、今喋ったのは私だ』
「だと思ったよちくしょう!」
ついに教室が喋り出した。
なんでしゃべるんだよ!追い打ちをかけないでくれ!というか誰だお前は!
「ちょっと鉄君、先生に向かって失礼だよ?」
「先生?」
『鯰原だ』
お前か!というか帰ってくるの早すぎるだろ!爆散したの数時間前だろ!?
そもそもなんで先生がこんなこんなことになってるんだ?
『清水、私はお前たちの担任だ。それはつまり、クラスそのものと言っても過言ではない。つまり私は教室そのものなのだ』
どういう理屈だ。わけがわからん。
「…駄目だ…突っ込みたいことが山ほどありすぎて突っ込めねぇ…。ほんとにあるんだな、ツッコミが追い付かねぇって状況…。漫画とかであるけど、まさか俺が体験することになるとは…」
『わからないことがあったら先生に聞きなさい。私は常に君たち生徒の味方だ』
「じゃあ聞かせてもらいましょう!なんでこんなことになってんだよ!」
何から何までわからない。教えてくれるっていうなら一から零まで全部教えてくれ。頭がパンクしそうだ。
『そうだな…ならば教えてやろう。お前たちに倒された後、私はお前たちを見守るべく天界へと昇り、天使となった』
「おいまて」
おかしい。
何がおかしいとか考える.必要はない。おかしい。何から何までおかしい。
「天使って何」
『天使というのは神の御使いで、神の意思に従い世界に干渉してくる…』
「そういうことじゃない!」
そんなことは聞いてない!俺が知りたいのはそういうことじゃない!うまく言葉には表せないが、もっとこう、筋道のある話が聞きたいんだ!
「なんで先生が教室になっているか聞きたいんだよ!」
『順を追って説明しているのだ。我慢しろ…』
先生(?)はそう言って俺を制止する。俺だった我慢したい。我慢したいさ。でも、我慢できる状況じゃねぇだろ
『天使となった私は悪魔メフィストフェレスと対決し…』
ダメだ。
残念だが鯰原先生は俺の理解の範疇から出て行ってしまった。
これ以上やつの話に付き合っていても仕方ねぇ。なんとか打開策を立てないと。とりあえずあの教室を学園に戻す必要がある。だがどうやって?
「小鳥、あれを学園まで連れ戻したい。どうしたらいい?」
ひとまず相談。鯰原がトンデモ自伝を語っている間に何かしらの行動に出る。
この世界の影響を受けているとはいえ、もともと小鳥は聡明な奴だ。なにかしらのアドバイスをくれるはず。
「……」
くれるはず…。
「……」
くれ……。
「……」
「おい!」
くれよアドバイス!
「なんだよ鉄君」
「なんだよはこっちだよ!なんで俺の質問をスルーするんだ!」
軽く傷ついたぞ!
「鉄君…先生の話はちゃんと聞かないと駄目だよ?」
なんでこんな時に律儀なんだよ!
「教室を何とかしないといけないのに鯰原の話聞いてられるか!」
「それに今授業中だし」
「ちくちょうなんて優等生なんだ!」
優等生じゃなくてよかった。
『うるさいぞ二人とも!』
鯰原(教室)の怒号が飛んでくる。
『静かにしなさい!』
顔がないためよくわからないが、相当怒っているらしい。
怒号と同時に、鯰原(教室)の体に異変が生じ始める。彼の足が、異様に大きくなり始めた。筋肉が盛り上がり、今にも張り裂けそうな、ボディビルダーのような足へと変化した。
そして、鯰原(教室)はその大きな足を使い、回し蹴りを繰り出した。
恐ろしい光景だった。俺の胴体の何倍もの太さのある足が、とてつもない速さで迫ってくる。風圧であたりの砂が巻き上がる。やばい、これは死ぬかもしれない。
砂埃を巻き上げながら、恐ろしいスピードで迫ってきた鯰原(教室)の蹴りは、突風のような風を巻き起こしながら俺たちの頭上遥か上を通過していった。
ん?
あれ?
どこ狙ってんだ?
『くっ!目がないからどこにいるかわからん!』
なんで足をつけて目をつけなかったんだよ!
無計画過ぎるだろいくらなんでも!
「ほら!先生怒ってるよ!鉄君も謝って!」
くそ、いくら目がないと言ってもいつ当たるかわからない。しかもあの大きさ、あの質量の蹴りを食らったらひとたまりもない。
ひとまず謝るか。
「す、すいません」
『うむ、わかればよろしい』
よし、とりあえず落ち着いてはくれた。
それより、どうする?小鳥も役に立たないとなると…自分の力だけでなんとかしないと駄目か。
えぇ、いままよ!こうなったら『なんでもあり』の力を使ってやる!
……ん?だが、どうやって使うんだ?他の奴らはさも当然のように使いこなしていたが、具体的にどうすればいいのかわからない。どうするんだ?
『……め』
……?
なんだ?いま声が聞こえたような。
「小鳥?」
「……」
小鳥は鯰原の自伝に聞き入っている。鯰原の声でもなかった。
『…ぞめ』
え?
この声って…。
『のぞ…』
母さん?
『望め』
望めって…。何を望めって言うんだ。
望み?俺の望みでこの状況を打破できるのか?
俺の望み。
俺の望みは…。
この世界を元に…。
『『『『『『『『反ユートピア分子、発見』』』』』』』』
「は?」
気づいたら、囲まれていた。
大勢の人間に、ぐるりと。
奴らは音も、予兆もなく現れた。数はざっと百強。
「だ、だれだこいつら」
「……瞬間移動」
小鳥が突如現れた群衆を睨みながらつぶやく。
瞬間移動?ということはまさか…。
こいつら、『首謀者』どもか?
『清水鉄』
『首謀者』らしき人物の一人が俺の名を叫ぶ。
おいちょっと待て。これはまずい流れなんじゃないのか?
『貴様を反ユートピア意思を持つ者として、処刑する』
ほらやっぱりこうなると思ったよ!
くそ!母さんなんて余計なことをしてくれたんだ!