ユートピアの到来
俺たちは平和な日常の中で生きている。そう、日常だ。日に常なのか常に日なのかわからないが、とりあえず日常だ。平和で、何もなく、平凡な日々。日常なんてクソくらえ!オレは普通じゃない人生をおくりたい!というやつもいるだろう。いいと思う。別に俺は平和が一番とか、普通が幸せとか、そういうことが言いたいんじゃない。ただ俺のグチを聞いてほしくて語るんだ。興味ないなら聞かなくていい。それはお前の自由だ。まあ…なんの話かというと、俺の、清水鉄の日常がぶっ壊れた話だ。
ああ、初めに言っとくけど、暗い話にはならないぜ。どんよりしたのは嫌いなんだ。
1
「清水君!あたし、宇宙にいくね!」
ある月曜日の朝、俺の幼馴染である鮎川美樹はそう言い放った。ホームルーム前の教室で、彼女は高らかに宣言した。宇宙へいくと。
「……は?」
何を言っているんだこのあんぽんたんは。思ったが口には出さなかった。いや、出したくても出せなかっただろう。「は?」以外に出てくる言葉がなかった。聞きたいことは山ほどある。どうやって行くのか、なぜ行くのか、事故にあったらどうするのか、などなど。いや、一番大切なのはいつ行くかだろう。宇宙へ行くという将来の夢ができたというのなら是非もない。幼馴染として応援するのが道理だろう。
「それじゃあいってくるね!」
今行くらしい。
「おいまてまてまてまて!」
今行くなら最初の「どうやって行くのか、なぜ行くのか、事故にあったらどうするのか」を聞かなければならない。いや…聞きたくない…。嫌な予感しかしない。しかしこのまま聞かないわけにもいかない。聞くしかない…。
「どうやって行くつもりだ⁉」
「どうって…歩いていくんだよ?」
さも当然のことのように言う美樹。そんなことを当然のように言われても困る。
「歩いてって……行けるわけないだろう⁉普通に考えろ!できるわけない!」
「清水君、頭かたいよ?こういうのはね、逆転の発想が必要なんだよ」
逆転しようが逆立ちしようがそんな考えは出てこない。なんだよ頭かたいって。宇宙へ歩いて行こうとする溶けた頭はいらん。
「だいたい、なんでいくんだよ。行く意味がないだろ」
「新しい自分を探しに」
地球で探せ。なぜわざわざ宇宙に求める。
たしかに俺たちは自分探しの真っ最中だろう。なんの言っても高校生だからな、自分を探すのは必要不可欠な作業だろう。しかし、宇宙で行う道理はない。
「清水君も一緒に行く?二人で行けば文殊の知恵だよ!」
どちらかというと百人力だ。文殊の知恵は一人足りない。
「いかないよ。いくわけないだろ?自分探しなら地球で十分できるからな」
「…………はぁ」
ん?呆れられた?今のどこに呆れられる要素があった?
「まあ清水君も清水君なりのやり方で頑張ってみてね。じゃああたし行くから」
明らかにバカにされた言い方だった。宇宙に固執しているというより地球が嫌いなのか。だからって宇宙に行くのはどうかと思うが…。
美樹はすたすたと教室から出て行ってしまった。俺の幼馴染はいったいどうなってしまったのだろう。昨日までは頭は悪かったがこんな言動はしなかったはずなのだが…。まあ考えても仕方がない。そのうち戻ってくるだろう。
「よーし、ホームルームはじめるぞー」
入り違いに担任の鯰原が教室に入ってきた。一応担任にも報告したほうがいいだろうか?「鮎川が宇宙へ行ったため欠席です」。俺がぶっ飛ばされそうだ。
「お前たち。突然だが私とゲームをしよう」
…ん?今なんて言った?
「今日は月曜日だからな。仕事しようにも気分が乗らないんだ。だからみんなとゲームをしようと思う」
今日はいったい何が起こっているんだ?鮎川に続いて担任の鯰原までもが変なことを言い出した。真面目を絵にかいたような人物の鯰原が気分が乗らないからゲームするなど考えられない。夢でも見ているのか?
「ゲームの内容は簡単だ。私がいい人間を殺すからお前たちは悪い人間を殺せ。六限が終わった後のホームルームで集計する。私の殺した人数よりお前たちが殺した人間の人数が多かったらお前たちの勝ちだ。お前らが勝ったらラーメン奢ってやる」
まてまて何を言っている。教師がゲームをすることすらまずいのにその内容がサツジンとはどういうことか。クビじゃすまないぞ。首をくくられることになりかねん。何がどうなっている?俺の頭がおかしいのか?
「ん、なんだ桜」
どうやらこの状況に疑問を抱いているのは俺だけじゃないらしい。いや、そうでなくては困るのだが。
横を見ると俺の右隣の席の桜椿が手を挙げていた。桜椿。個人的に好きな名前だ。桜は学級委員長でクラスのムードメーカーである。まとめ役ではない。
さすがにこの状況を打破するために委員長が動いてくれた。それだけで俺はうれしい。
「先生が勝ったらどうなるんですか?」
違う。もっと根本的なことを聞いてくれ。いやそもそも質問じゃなくてこの教師を止めてくれよ委員長。
「ふむ、確かにお前たちに何のペナルティもないのはいまいちやる気に欠けるか。ではお前たちが負けたら数学の宿題をπ倍にする。各自頑張るように」
π倍って何だ。そこは整数にしろ。いや問題はそこじゃない。ペナルティ云々じゃなく人を殺すことが問題だ。この担任は冗談で言ってるんだよな?今日が四月一日なら俺も安心できるんだが…。いやまさか本当に殺人をするわけじゃないだろう。
「ちなみに武器は各自が調達すること。私はこれを使う」
そういって先生は鞄の中から一本の刀を取り出した。その鞄のどこにそんな長物が入ってたんだ?マジック?
「これは私が独自に研究、開発した日本刀、『不可能選択実行刀』だ。わたしは奇跡の刀と呼んでいる。」
え?奇跡の刀?何の話をしているんだ?
「刃渡り60.6センチ、重さ1.4キロ。切ったものを確率的に起こりえない状態にすることができる。百聞は一見に如かず。やって見せよう」
そういって鯰原は刀を抜き、教卓に向かって構えた。両手で刀の柄を握り、背筋を伸ばして構える姿は武士のようだった。かっこいいけど…なんだ?この状況は。
「ぬうん!」
鯰原は刀を振り上げ、そして教卓へと振り下ろした。教卓は真っ二つに斬れ、がしゃんと左右に倒れた。
……真剣だ。おいおいまじかよ。木と鉄でできた教卓を両断しやがった。本当に殺人ゲームする気なのかよ。
「セ、センセーすげー!」
「かっこいい!」
「さすがあたしらの担任!」
クラスメイトは口々にはやし立てる。あれ?まともな神経してるやついないの?
「驚くのはまだはやいぞ」
鯰原はにやりと笑って教卓を指さした。すると真っ二つになった教卓が段々と小さくなり始めた。どんどんどんどん小さくなり、そして最終的に目に見えないサイズまで小さくなってしまった。…俺は夢を見ているのか?
「これが『不可能選択実行刀』の力だ。このように教卓を目に見えないサイズまで縮小させることもできる。切ったものがどのような状態になるかは切ってみなければわからないが、それを含めても私の作った武器の中では最高傑作だ」
他にも武器つくってるのかこの教師。
「さて、では一限開始のチャイムが鳴ったらゲーム開始とする。何か質問のあるやつはいないか」
クラスメイト達は……誰も手を上げなかった。
……。
「どうした、清水」
さすがに、我慢できなかった。
「正気ですか?先生。人を殺すなんて。犯罪ですよ」
「?清水、お前知らないのか?」
鯰原は不思議そうに俺の顔を見る。クラスメイト達も同じように俺を見つめる。なんだ?俺が間違っているのか?知らない?何のことだ?
「知らないって…何を…」
言い終わる前にチャイムが鳴ってしまった。
ゲームが始まった。
チャイムが鳴ると同時に、桜が立ち上がり、カッターを取り出した。
カチカチ。
カッターの刃を押し出し、桜はニィと笑った。…なんだこれ。こんな怖い笑顔見たことないぞ。そして桜は鯰原に向って走り出した。桜は陸上部のエースで身体能力は学校トップと謳われている。その桜がカッターを持って鯰原に向かって全速力で突進していった。
呼び止める間もなく、桜はカッターを鯰原の胸部に深深と突き刺した。
ガシャン。
鯰原の不可能なんたら刀が教室の床に落ちる。
「うごぉ…」
鯰原は目を見開き、片膝をついて苦しそうに悶えた。そしてギロリと桜を睨む。
「いい人を殺そうとする先生は、悪い人、ですよね?」
鯰原を見下ろし、邪悪にほほ笑む桜。この子こんなにこわかったの?
「……ふ」
鯰原は少し笑い、ポケットから財布を取り出し、四万円を桜に差し出した。
「ラーメン代だ」
…律儀だ。しかも太っ腹だ。俺たちのクラスは全員で三十五人だから三万円もあれば足りるのに。どんな高いラーメンだよ。
「今回は私の負けだ!しかし!私は必ず帰ってくる!その時まで精進しろ!次はこんな簡単にはいかないぞ!」
どこかで聞いたことのある捨て台詞を叫び、鯰原は光りだした。…え?なんで光ってんの?
光はどんどん強くなり目が開けられないほどになった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお、うわあああ!」
鯰原は断末魔の叫びをあげ、そして、激しい光と爆音を放ち、爆散した。
ゲームが終わった。
なんだったんだ?いったい。夢ならさめてくれ。
「大丈夫?清水君、顔色悪いよ?」
桜が心配そうに俺の顔を覗き込む。鯰原を刺した時の邪悪な笑みは、すでに影をひそめ、いつもの桜に戻っていた。
鯰原が爆散した後、一限が鯰原の数学だったため特にやることがなかった俺たちは教室で時間をつぶしていた。
「大丈夫なわけあるか」
この状況のどこを見たら大丈夫になるんだ。
「何なんだよ…何が起こってるんだ…」
担任が殺人ゲームを始め、級長に刺され爆散した。こんなことが起こる状況は全然大丈夫じゃない。完全に俺の理解の範疇を超えている。
「椿。鉄はあの事知らないんじゃねえの?」
桜の友人、聖ヶ丘千歌が後ろの席からめんどくさそうに桜に話しかける。聖ヶ丘と桜は小学生からの友人らしく、仲がいい。
「あの事?」
あの事ってなんだ?
聖ヶ丘は立ち上がり、桜の隣に立って俺を見下ろした。
「鉄。あんた、朝ニュース見たか?」
「いや、見てないが」
「あー…やっぱりそうか」
聖ヶ丘はめんどくさそうに頭をかいた。どうやら聖ヶ丘は何か知っているらしい。
「いったい何が起こっているのか知ってるなら教えてくれないか?もう頭がパンクしそうなんだよ」
「あ?あー…パス。めんどい。椿。代わりに説明して」
「え⁉あたし⁉」
「そういうのはあんたの役割だろ?委員長」
「えー…委員長にそんな仕事ないよー。それにあたしもよくわかってないんだけどなぁ」
困った顔をしながら首をかしげる桜。背が低く、童顔の桜はこういう動作が非常によく似合う。かわいいが…先ほどの邪悪な笑顔を見た後だと素直にかわいいと思えない。
「よく言うよ。よくわからずに鯰原を刺したのか?あんたがそんなバカなことするやつじゃないことくらいあたしは知ってるぞ?いつまでも猫かぶってんじゃねえぞ」
「…ばれちゃったかぁ」
ニィとあの時の笑みを浮かべる桜。
……こっちの顔が本性なのか?
「まあばれちゃったならしかたないよね。じゃあ説明はあたしがするね、清水君。まず何が起きたかというと」
桜はそこで一拍置き、ためたあとに言った。
「この世界はなんでもありの世界になりました」
「……は?」
本日二回目の「は?」である。なんでもありの世界?なんだそれ。そんなことあり得るのか?
「法律にも、規則にも、過去にも未来にも現在にも現実にも虚構にも物理法則にも、この世界は縛られない。自由すぎる世界。そんな世界に、この世界はなりました」
「……」
絶句。そんな世界が存在するのか?
「宇宙へは歩いて行ける。過去から武器の研究をしていたことにできる。物理法則を無視した刀をつくれる。殺人もできるし殺された人が光出して爆発することもある。これが新しい世界。今朝、そのことがニュースで流れたんだ。だからニュースを見た人は知ってるよ」
「いや…だからって」
ニュースで流れたからと言って、知ってるからっといって…。
「納得できるのか、でしょう?」
桜は邪悪な笑みを浮かべながら俺の言いたいことを先回りした。
「確かにふつうは納得しないよね。でも、この世界はなんでもありなんだよ。ニュースを見ただけで納得させることができる。もっと言えばニュースを見ていようが見ていまいが納得させることができる」
「え…じゃあなんでそうしないんだ?首謀者?みたいなのはいるんだろ?」
「んー…まあいるはいるけど…」
桜はまた困った表情を浮かべた。
「実はね…首謀者に会ってきたんだ」
「会って⁉」
「うん。なんでもありなら瞬間移動でもなんでもできるんじゃないかと思って」
とんでもないことを考える。俺にはそんな考えは浮かばない。
「瞬間移動はできた。首謀者にも会えた。ただ…」
「ただ?」
「滅茶苦茶いっぱいいたんだ、首謀者。この国だけでもざっと100万人くらい」
「100万⁉」
なんだその数字。国民の100人に1人は首謀者じゃないか。そんなことがありえるのか?
「まさか…そのなんでもありの世界にするために、世界中の人間が関与してたってことか?」
「意外と鈍いね、清水君。首謀者になったんだよ。ニュースを見た人たちが」
……。
なんだそりゃ。
「なんでもありなら俺が首謀者になってやる!って人たちがいっぱいいたんだ。だからあたしが会いに行ったときにはもうとんでもない数の首謀者が生まれてたんだよ。たぶん今も増えてるよ。いや、もしかしたら減ってるかな?首謀者になることもできればやめることもできるから。あ、ちなみにこのクラスの千田君も首謀者の一人だよ」
「本当に…何でもありだな」
「あ、話し戻るけど、全員を納得させないのはそういう人がいたほうが面白そうだかららしいよ」
「なんだそれ…」
そんなのいてもいなくても変わらないような気がするが。まあそういうことなら受け入れるしかないか。首謀者たちの都合も、この世界も。俺には理解も納得もできないが、今は受け入れておくのが無難だろう。
とんでもない世界になったものだ。
「そうなると、一人くらい世界を滅ぼそうとするやつがいそうなものだな」
「あはは、それは心配ないよ清水君」
桜は楽しそうに笑って、そしていった。
「あたしがそういう思考にならないように現在進行形で全人類の脳をいじってるから大丈夫だよ」
こえーよ。