林の中
私の通う学校はM駅から自転車で30分のところにある。
M駅は中に飲食店やショッピングセンター、カラオケがあり、ここの地域で若者が集まるといえばここぐらいだった。
ここM市はM駅周辺は都会さながらを感じるかもしれないが、車で30分ほど走れば畑や田んぼだらけになる。
田舎でも都会でもない所にあるのが私の今いる高校。
道路を林に囲まれた左に曲がると急な坂があり、その上に校舎がある。
ここを通ると蝉の声がすごく聞こえてくる。坂のところは林に囲まれてるせいもあって影になっていて一時の涼しさを感じる。
坂は50メートルあるかないかの距離だが、自転車通学の私にとっては朝がめんどくさい。けど1年以上通っていたら立ちこぎで楽に登れるようになった。
「おまえ、それでか過ぎだろ」
教室につくなり話しかけてきたのは同じクラスの山田だった。
山田は私が今飲もうとしてる1リットルの水筒を指さしていった。
「自転車通学舐めんな。これでも足りないぐらいだから」
私はそう言って音を立てながら飲む。あー、キンキンに冷えた麦茶がすごく美味しい。
飲み終えた私は、自転車で運動して汗をかいたので汗ふきシートとスプレーを爽快気分を味わう。
これがこの季節の朝の一連の流れ。
「なに?」
「自転車通学大変そうだなって。お前見てると毎回思う」
通路挟んだ隣の席の椅子に座って、頬杖付きながら言う。
「慣れれば何とかなる」
「その点俺は楽だもんねー」
「うざー」
山田家は家から徒歩5分のところにあるらしい。羨ましすぎる。
けど、前に家見せてっていったら通ってる学校から家見えるとか恥ずかしくない?って言われて見たことはない。
「そういえばさ、海野はクラスの花火大会行くの?」
「んー、どうしよっかなー」
本当は決まってる。
「あっ、補講か!ごめんごめん!」
「違うからっ。あんたより上だったでしょうが」
この前のテスト返しの時を思い出す。お互い成績が悪い方がアイス奢るって話になって、結果を見せあったのだ。結果は上々。私は5教科中430点位。山田はその半分位だった。それで
勝負しようとか馬鹿でしょう。
「…勉強してるくせにしてないとか言ってたの俺卑怯だと思うんだよね」
「勉強は少ししかしてない。ヤマがよく当たるんだよ」
昔からそうだった。この先生はこういう風に出しそうだなとか、さっきのこと嘘だなとか、そういうことがなんとなく分かって、テスト前にやるだけ。
「そうだよねー。出るとこ教えてって言ったのに教えてくれなかったもんねー真優ちゃんは」
「教えたじゃん。けど範囲多すぎとかいってやらなかったじゃん」
人のせいにするな。
「ま、補講にならなかったし全然いいんだけどねー」
「なんだそれ」
笑いながら言う山田。もう少し成績について考えなよ…。
「…俺さー花火大会行かないから。バイト入れると思う」
山田は机に伏せながら言った。
「あっそ」
私はその頭部を見て答えた。
やっぱり。私も行かない。
「…山田って生活謎だそよね。他の人と遊ぶとかしてないでしょ?」
矢田はクラスの男子ともよく話してるけど遊ぶって話聞いたことないと、ふと思った。
「あーしてないかも」
顔を上げ頬杖付くその横顔は、どこか違うところを見ているように見える。
「遊びたいと思わないの?」
その横顔を見ながら私は山田に聞く。
「なにそれ、思うわっ」
山田は吹き出しながら言った。さっきの横顔はもう見えない。
「あ、夏休み入ったら海野に会えなくて寂しいなーとか思うかも」
今度は自分のセリフに笑いをこらえて言った。
「思うかもとか何っ」
私も笑いながら答える。
冗談でもそう言ってくれるのはやっぱり嬉しい。
そもそも同じクラスの女子に比べて、よくこうやって会話してるし、良い線は行ってるんじゃないかと思ってる。
朝だってほぼ毎日会話してるし…。
けど長期の夏休みに入って、会おうという話題にはならないし…。
いや、私から話し出してなにか勘ぐられたらとか考えちゃうからなんだけど…。
あー…。最近そんなことを考えて一日が終わってる気がする。
学校が終わり、友達に挨拶しながら私は教室を出る。
自転車に乗って30分こいで駅に付く。そこで私は気づいた。定期を忘れてることに。
ああああああぁぁぁ…。
も、戻らなくては…。あの坂をまた上がるのはめんどくさいけれど。
自転車に載ってまた30分、計1時間以上かけて私は学校に戻ってきた。
駐輪場にはほとんど人がいなくてグラウンドからは部活をやってる人の声が聞こえてくる。いいなぁとか思いながら、いつもより人気のない道を歩く。
駐輪場は後者の裏にあって、校舎の左半分をぐるっと回って昇降口に行くのだけど…。駐輪場の校舎の反対側は道路になっていて、フェンス越しに山田姿を見かけた。
学校の横には住宅街、奥には林になっているのだが、山田はその分岐点なる道を歩いていた。
私は山田家はあっち方面かぁと思いながら見てた。勿論住宅街の方に曲がると思いながら。
しかし山田は林の方へ曲がった。
なんで?
疑問に思ってると山田姿は見えなくなった。私生活が謎の山田…どうして林へ?あの先何かあった?
普通ならその場で帰って明日にでも聞こうとか思うのに、なぜか山田の後ろ姿が気になった。
けど付いていくのに気が引けて私は山田が戻ってくるのを少し待つことにした。
待ってる間スマホのマップで林になにかないか見たが何も無い。
多分、一時間半ぐらいたったと思う。山田が戻ってくる気配はない。
明日も会うだろうし、帰ろ…。
そう思って振り返ろうとした瞬間、
林奥の方から木々のざわめく音が聞こえた。
それは異様だった。
林の奥の方が竜巻のように波打っていた。他の木々は揺れていない。何故かそこだけが揺れていた。
私はなにか嫌な予感がして自転車に急いで乗って林の方へ向かった。
自転車から降りてそれを道路の邪魔にならないよう停める。
木々の揺れはなくなりいつも通りになっていた。
林の中をのぞき込むが何も変わった様子もない。
けど、明らかに山田はここに入っていた。この目で見た。
「…山田ー?」
一歩、足を踏み入れ声をかけたが何も帰ってこない。聞こえるのは蝉の鳴き声と、後ろからの運動部の声、時折走る車の音だ。
林に入っていくと、中心が谷になっているのがわかった。みんなが林林言ってたから当り前に林と呼んでいたけれど、森のような山の一部分のようなところだった。
そもそも林と森の違いとな。いや、そんなの今どうでもいいでしょっ。
歩いていくと思ったよりも奥があるのだとわかった。
山田の姿は見つからない。
もしかしたら私の見えないところから出て帰ったのでは?ここから人一人見えないし…。けど足はまだ滑らないよう一歩一歩降りていく。
「…なにあれ」
目に留まったのは一本の木の枝に引っ掛かった黒いリュックだった。そしてそれは明らかに山田持っているものと一緒だ。
そして、さらに近づいてみるとクラスマッチで配られたクラスTシャツのキーホルダーらしきものが付いている。
まさか…。
自殺という単語が一瞬頭に浮かんだ。しかし遺体など落ちていなし、紐などもない。それに不思議なのはリュックは校舎2階と同じぐらいの高さにあるのだ。頑張れば登れるかもしれないが…そもそもあそこに置く可能性は?
疑問に疑問が浮かび、木の上を観察しながら一歩後ろに引くと足に何かに引っかかり、重心が後ろに傾いた。
立ち直そうとしてさらに足を後ろに一歩やると、そこには何も無く、ガクンッと体が下へ落ちる。
そしてそのまま遮るものもなく体が下へ下へ落ちていく。
体が宙へ舞い果てしない底へ落ちるような感覚が全身を襲った。
視界は旧回転し漫画のように一コマ一コマ流れるように海野の目に焼き付いた。
〈PBR〉何がなんだかわからず、だけど体に衝撃が走ったのを感じながら目を開けた。
目を開けると上に伸び生い茂る木々達。ゆっくり起き上がろうとすると背中に鈍い痛みが走った。そこでようやく衝撃が痛みに変わってきた。
なんとか上半身を起き上がらせると、林の一番下に来ていた。
…あの辺から落ちたのか…。その高さと、まだ鮮明に落ちる一瞬一瞬の光景が脳裏に映り、ゾッとした。
「…」
痛みはあるけど、すごく痛いわけじゃない。
…奇跡だ。
けど、すぐ立ち上がる気になれなくてぼーっとしていると、足や腕が土で汚れ小さい擦り傷ができてるのがわかった。
しかし、そんな事よりも骨折などしてないことが凄くてそんな事どうでも良かった。
もしさっきので死んでたら…あの瞬間で死んでしまったかと考えると今更になって、先程味わった寒気と映像がくり返し流れる。
「ああああああ…」
どうしようもできない感情が湧き上がってきて、いてもたってもいられず立ち上がった。
私はあそこで死んでいたかもしれない。けど助かった。けどやっぱり死んでいたのかもしれない。この、高さから…。死…。
海野の体に寒気が襲う。それはぐるぐる回る記憶とともに連鎖的にやって来る。
何とか上に登り、振り返った。
下から見るよりもその高さに恐怖感を感じた。
山田の奴こんなところに何しにきたんだよっ。
…ついてきた私が悪いんだけど。
しかし、その場にいてもその事しか考えないしどうしようもないと逃げるようになんとか林の出口まで来た。
このあと自転車乗って電車のって、そこから家まで歩いて…と考えると何もしたくなくなる。
「…え?」
林から出ると、そこにはあるはずの自転車が無かった。
は?え?盗まれた?鍵かけたよね?!
辺りを見回しても自転車らしきものはない。
「…まじか…」
ここから駅まで徒歩何分かかると思ってるの?というか人様のもの勝手に盗むなよ!
ふつふつと怒りがこみ上げる。
とりあえず表出てバスの時間見て…。あぁ、明日から通学どうしよう。バス代親出してくれるかな?
流石に歩く気力はなくて。正門の目の前にあるバス停に向かうことにした。
「お金無いっつーのに!」
230円はJKにとっては高いんだからっ。
ノシノシと歩きながらバス停に向かう。
今日は散々だ…。
まさかバスも来るの一時間後…なんてないよね?
そうならないよう願いながらバス停について時刻表を見ると15分ぐらいで着くのがわかった。
あー良かった。これでもし、遅かったら泣いてたから…。
「あ」
さっき見た時、4時過ぎてたよね?お母さん仕事終わるから、電車降りる時迎えに来てもらえないかな?
親にラインを送っているとバスが来た。ライン打ちながらバスに乗る。
ラインを送って顔を上げると、ちょうどミラー越しに運転手の人と目が合った。すぐ逸らされたけど。
何だろう。
…あ、服汚れてるからかな?これでも少し払ったんだけど。
仕方ない仕方ない。けど汚したらすみません。
…あの運転手は私が死にかけたなんて微塵も思わないんだろうな…。
「お客さーん、どこまでー?」
「えっ。駅までです」
今まで話しかけられたことないからビックリした。何だろう、珍しい。
しかし、それ以外話しかけることはなにもなくて。
今日は本当、いつもと違うな…。
明日、山田に会ったら林で何やったか絶対聞いてやる…。
…もし自殺するような事考えてるようだったら、怒るから。
15分ぐらいしてM駅に付いた。
ライン見たけど既読なし。えー、歩いて帰るのやだ……って、あ!
定期!
海野は自分がなぜ学校に戻ったかを思い出した。
本当に今日はついてない…。もう戻るのすらめんどくさい。親の迎え待ってようかな…。お金使いたくないし。
重たい腰を上げる海野。
しかし何やら外が騒がしいのに気づいた。
フロントガラスからパトカーが数台見えた。事件かな?嫌だなぁ。遅延だけは勘弁。今日はもう早く家に帰りたいんだから。
あ、バスには乗れないから意味無いか。
230円を払い運転手にお礼を言ってバスから降りた。
すると
「両手を上げろ。抵抗する素振りを見せたら撃つ」
バスから降りて目に飛び込んできたのは、スーツを着て海野に銃口を向ける二人の男性だった。