この世はひどく曖昧だ
好きなものは偽悪。
嫌いなものは偽善。
好きな人は兄。
嫌いな人は双子の妹。
この世の中は二つに分けることが出来る。
好きか嫌いか。
やるかやらないか。
出来るか出来ないか。
割り切ることが大切なのだと知った。
双子の妹は数秒の差で生まれたのにも関わらず、私との待遇全てにおいて差が生まれる。
勿論優遇されるのは妹だ。
二卵性双生児の私達は「双子なのに似てない」と言われることが多々ある。
色素の薄いふんわりとした髪に、大きなアーモンド型の瞳と花の咲くような笑顔。
多分同性でもほぅ、と息を吐いてしまうだろう。
私はそんなことないけれど。
もう何年も見ている顔だ、飽きる。
対して私は流れるような黒髪に切れ長の瞳、極めつけに動くのを面倒がる表情筋。
冷たいとか睨んでるとか言われるけれど、これがデフォなのだから仕方がない。
被害妄想も大概にしてくれ。
対照的な私達双子だが、当然どちらを愛するかなんて決まっているだろう。
無意味な多数決は時間の無駄だ。
蝶よ花よな妹は誰からも愛される女の子であり、欲しいものは全て手に入るような状況になっているのが現在の状況である。
昔はそれなりに嫉妬はしたけれど、今更そんなものは無意味だし疲れるし、そもそも時間の無駄だと気が付いた私は静観することを選んだ。
私を巻き込むべからず、常にそういう空気を放って。
放っているはずだ、間違いなく。
「それなのに、何でいつもいつも私の後ろを付きまとうのでしょうか」
私は自分の実の兄の部屋を訪れ、ブツブツと文句や不満などの愚痴を吐き出す。
兄は何かを書き付けていたが、私の方を振り返り「そうだなぁ」と楽しそうに笑う。
笑い事じゃないのに。
「刷り込みされた雛みたいなもんだろ」
兄の言葉に私は顔を上げる。
私と同じ黒い瞳を見れば、にっこり、と綺麗に笑う。
兄は兄で妹や私とは別の美貌を持つ。
「刷り込みは分かるよな」
「えぇ。孵化した卵から生まれた雛が、最初に見たものを親と思う現象ですよね」
私の答えに兄はまた笑う。
この笑顔は私の答えが正解だった時の笑顔。
それが嬉しくて自然と私の表情筋が反応した。
兄は優しい。
とても優しく厳しい。
偽善は好きじゃないけれど、兄が見せる正義は時折酷く歪んでいて人間らしく自己本位なところを見せてくれるのだ。
偽悪的で独善的で欺瞞で人間だ。
「アイツの現象はそれに近いんだろ。一番傍にいて、一番近くて、細胞的に惹かれ合う」
「それはとても気持ちが悪いですね」
「全くだな」
ははっ、と笑った兄の八重歯を見ながら細胞的に惹かれ合うなんて、と鳥肌の立った腕を撫でた。
兄は私には甘い。
他の人達が妹に行く分、兄は私の傍にいた。
同情ではなくきっと本質的な根っこの問題。
人間として惹かれたのだ、私達は。
兄は別に妹のことが嫌いなわけじゃない。
勿論好きなわけでもない。
私のことは――好きでいてくれたら嬉しい。
でも妹のことは興味がない、のだ。
二つに分類される前に、分類するものとして扱われないということ。
「私は、努力をしない人間が嫌いです」
努力をせずに何かを手に入れる人間ほど、見ていて腹立たしいものはない。
正直私達の家はそれなりにお金もあるけれど、それはやっぱり自分の手で掴み取ったものじゃないから、自慢にもならなければ自分の力でもない。
親に寄生して得るものだ。
妹が何か努力して得たなんて思えない。
これを嫉妬だと言うならばそれでいい。
許せないし認めたくないから、私はその思いに従って許さないし認めないのだから。
愛されヒロインなんて、滅びてしまえ。
「まぁ、努力なくして得るものなしって……」
言うからね、と続くはずだったも思われる兄の言葉が扉を開ける音で掻き消された。
ノックもなしに開かれた扉の先には、私達の妹に当たる話題の人物。
「お兄様もお姉様もヒドイです!」
いきなりやって来て何を言うんだ、コイツは。
私が兄を見れば、兄は形のいい眉を下げて肩を竦めた。
一体何が酷いと言うのか。
そもそもノックはどうした。
私達の妹は色素の薄い髪をなびかせながら、部屋にズカズカと入って来て私達を見た。
大きなアーモンド型の瞳には薄い涙の膜。
そういうの、嫌い。
だから、嫌い。
「また私を仲間外れにして!私も仲間に入れて下さい!」
このガキは何を言ってるんだ。
お前がいたらお前の悪口が言えなくなるだろう。
あぁあぁ、だから嫌いなんだ。
だから私は妹がコイツが嫌いなんだ。
ジワジワと不機嫌オーラを出す私に笑った兄は、それとなく妹を部屋から追い出そうとする。
兄としては邪険に扱う気はないらしいが、だからと言って長い時間自分の領域に居られるのは好ましくないらしい。
「でも、お友達来てるんだろう?ちゃんと相手をしてあげなきゃ駄目じゃないか」
私は兄の言葉に更に顔を険しくした。
今来ている友達とやらはどうせ取り巻きだろう。
しかも、男の。
背中を毛虫が這い回るような不快感に身を捩らせる。
すると妹は「でもぉ……」と目をうるうるさせた。
私は直ぐにでもトイレに駆け込んで、胃の中身をぶちまけてしまいたいところだ。
優しく胃をさすりながら唇を撫でていると、ドタドタと煩わしい足音が複数聞こえてきた。
妹は「あっ!」と身を翻す。
兄は相変わらず眉を下げて笑っている。
私は更に吐き気が強くなった。
「おい、何してる」
「もしかしてぇ、自分の家で迷ったとかぁ?」
「……冗談だろ」
「心配したんだよ?大丈夫?」
何してる、はこっちの台詞だよ。
ここは人の家だぞ、勝手に出歩くんじゃねぇよ。
自分の家で迷うとかどんなんだよ。
認知症?若年性アルツハイマーなの?
それがドジっ子って言うなら病院行けよ。
てか、男がぞろぞろ連れたって歩いてんじゃねぇよ。
邪魔だよ見た目的にも。
イライラして来て舌打ちを一つすれば、いつの間にか椅子から立ち上がっていた兄が私の頭を撫でた。
これ、好き。
「ご、ごめんね?二人が楽しそうだったから」
つい、と言いながら眉を下げてしょぼん顔を作り、私達をチラッと見た。
こっち見んな。
妹が連れて来た『お友達』とやらは、私の価値観からしたら『お友達』には入らない。
絶対に。
四人共妹に気があって気を引こうとして、妹はそれを無自覚とかいうスキルでスルーするんだろう。
因みに先程声をかけてきた順番から、俺様系イケメンくん、可愛い後輩系イケメンくん、無口硬派系イケメンくん、先輩紳士系イケメンくんだ。
全員俗に言うイケメンでキラキラオーラを飛ばしてくるのが、最高に気持ち悪くて反吐が出る。
「兄姉?似てないねぇ」
可愛い後輩系イケメンが私と兄を見る。
うるせぇ、そんなこと言われんでも分かっとるわ。
私の目が細くなるのを見て、兄が小さく笑い声を漏らす。
その声色っぽいからこの場で出さないで欲しい。
「そっちは知ってるな。双子の姉、だったか」
今度は俺様系イケメンか。
お前になんて知られたくねぇよ、ばーかばーか。
眉を寄せて兄を服の裾を掴む。
可愛い後輩系イケメンが顔を覗き込んで「えぇ?にてなぁい」と言い出すので、ザァッ、と血の気が引くような感覚と視界が黒く狭まるのを感じて、兄の後ろに身を隠す。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
気色悪い、こっち見んな禿げ。
小さく恨み言を言えば兄の肩が震える。
だから笑い事じゃないってば。
「ごめんな?今具合悪いみたいだから。そっとしておいてくれる?」
ドスッ、と肩に重みが掛かる。
物理的じゃなくて空気の問題。
兄はニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべているが、部屋の空気をマイナス五度は下げた。
今の笑顔と言葉で一気に。
それに気が付かないのは妹だけだ。
小首をちょこんと傾げて何々?と目を瞬いているのだから。
あぁ、本当に吐き気。
奥底から込み上げてくるものを押さえようとしていると、兄が有無を言わさずに全員追い出す。
妹含め。
「あれを頭から全部食べてしまえば、私も少しは純粋じみた気色悪さを手に入れられますかね」
気持ち悪さで口元に手を当てながら話せば、兄は閉じられた扉を見ながら笑う。
それから私に視線を向けて言った。
「そしたら俺はお前のこと、嫌いになっちゃうからなぁ……」
それは困る、なんて言いながら笑う兄。
私も兄を見上げて笑う。
吐き気は収まっていた。
出来ることなら双子であるあの子を食べてしまいたい。
双子は同じ存在だと思われているのならば、自分を自分の体に戻すのは何ら不思議じゃないじゃないか。
バリボリと音を立てて、全てを胃の中に収めてしまいたい。
でも、それはしなくていい。
「兄さんだけが愛してくれれば、それでいいですもんねぇ」