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八話

「ミス・バルトヘッド……」


真っ直ぐ船に向かってくる馬車の窓から身を乗り出したエステルの姿が宗司の目に飛び込んできた。

馬車が止まり中から出てきたのはエステルと獅子のたてがみのような金色の髪と鷹のように鋭い目をした偉丈夫。バルトヘッド公爵だった。


「ソウジ様。間に合ってよかったです」


「なぜ、ここに?」


宗司は出国の日をエステルに教えてはいない。


「お父様が教えてくださいました」


恨みがましい視線を宗司に向けながらエステルは答える。


「ソウジ様。わたくしは諦めません」


「ミス・バルトヘッド……」


「どうか、エステルとお呼び下さい」


そう言ってエステルは笑った。宗司が心を奪われたあの笑顔、暖かな日溜まりのような笑顔で。


「……私は。……私は貴女の気持ちに応えることは出来ません」


宗司は声を絞り出し、何とかそれだけは言葉にする。

自分に向けて欲しいと願った笑顔が今、自分に向けられている。嬉しくもあり、胸が張り裂けそうなほど苦しくもあった。


「ソウジ様。わたくしも貴族の娘です。人の感情に鈍感ではいられません。それに、あの日のお姿を見れば、わたくしでなくても気づきます。わたくしがソウジ様を想っているようにソウジ様もわたくしのことを想って居られるはずです。それなのに何故、わたくしを受け入れては下さらないのですか?」


笑顔を消して悲しげな表情を浮かべたエステルは問いかける。


「・・・・・・・・・・」


宗司は答えることができない。口を開いてしまっては抑えていた気持ちが溢れてしまいそうだった為に。


「エステル」


「お父様」


今まで二人を静観していた公爵が口を開く。


「少し彼と二人で話がしたい」


「……分かりました」


エステルがその場を離れると公爵はしっかりと宗司を見据えて口を開いた。


「まずは礼を言いた。学園での一件と王城でのこと、二度も娘を助けてくれたことに感謝する」


「いえ、私は大層なことは何もしていません」


そう言って宗司は首を横に振る。


「ハハハッ、あの時とはまるで別人のようだな。先程は娘がすまなかった。君にも考えがあってのことだろうに。あれも普段は大人しいのだがコレと決めたら譲らんのだ」


「いえ……」


そっと顔を伏せる宗司。そんな宗司に公爵は穏やかな声で話し続けた。


「出来れば、君の考えを聞かせてくれないだろうか」


「私の、考え、ですか?」


「あぁ、娘は今まで愚か者のせいで散々苦しんできた。やっと解放されて安らかな時を過ごせると思っていたのだが、今度は相思相愛のはずの相手から拒まれて今尚苦しい思いをしている。娘が余りにも不憫でね、父親として何とか出来るものならしてやりたい」


公爵の言葉に宗司は躊躇いながらに口を開いた。


「相思相愛ですか。……やはり、あの場での行いは失態でした。私が動かなくても貴方が彼女の横に居たのですから」


「私が狂人を退けられると?」


「バルトヘッド公は戦いを知っておいででしょう」


「わかるのか?」


宗司の言葉に公爵は興味深そうに宗司を見た。


「私も戦場を知る身、わかりますとも。だからこそ多くは語らずに済みそうです。私はこれから戦場に立ちます」


冷たく鋭い宗司の声。公爵はそれだけで宗司の考えを理解した。


「……なるほど、そういうことか。エステルはそれでも、と言うだろうが……。私としては君のその気持ちを嬉しく思う」


公爵は真剣な表情を浮かべ、そう言う。そして言葉を続ける。


「その上で君に頼みたいことがある。どうか、娘の想いに応えられるよう頑張ってはもらえないだろうか」


「頑張る、ですか?」


想定外のことを言われて宗司は困惑の色がその顔に浮かんだ。


「これは王家とバルトヘッド家しか知らぬことなのだが、代々伝えられて来たことがある。バルトヘッドの女は王国に英傑を呼び込むと伝えられているのだ。それ故にバルトヘッド家の娘が選んだ男は身分を問われることはない。斯く言う私も元は傭兵団の団長をしていた身。ある時、幕営に視察に訪れた先代公爵が連れてきていた我が妻にあれが欲しいと言われてな。あっという間に公爵家に婿入りすることになったのだ」


それを聞いた宗司は言葉を失った。傭兵が公爵家に婿入りなど非常識にもほどがある。


「君は死ぬことで娘を苦しめると考えているのならば、どうか勝ってくれ。そして生き残ってくれ。……そして君の憂いを晴らし、娘の心を覆う苦しみの雲を晴らしてはくれないだろうか」


そう言って公爵は宗司に頭を下げる。

その姿に宗司は目を見開いた。大国の公爵が東の果てに住まう、取るに足らぬ小僧に頭を下げたのだ。

ここまでされて、宗司は否ということはできなかった。


「バルトヘッド公。……わかりました。必ず雲を晴らして見せましょう」



○●○



今にも泣き出しそうな曇天の空の下、宗司は馬上から自らに付き従う兵たちを見渡していた。


『最後ですな』


『ああ』


後ろに控えていた茂康が抑えきれない闘志を宿す瞳で宗司の後ろ姿を見つめていた。


『多田が北条に付いた時は長引くことを覚悟したが思ったより早かったな』


『宗司様のお力が有ってこそでしょう。敵の守りを悉く喰い破り、大将首を次々とあげられたのですから』


『それを言うなら兵たちの力じゃ、俺一人で守備陣を破れるわけもない。……しかし、今回はどうかのう』


『我が軍は四万、対して北条軍は六万。二万の差は簡単にはいかんでしょうな』


彼我の差を口に出した茂康の表情は険しいものになる。


『北条め、よくもまぁこれだけかき集めたものよ。茂康の言うとおりだろうな。……数だけならな』


そう言って宗司は深く息を吸い込んだ。


『聞けぇっ!!!!もの共ぉっ!!!!!!』


響き渡る声に兵たちの視線が集まる。


『我ら御影の兵は四万、そして北条の兵は六万。数の利は北条にあるっ!……だがそれだけじゃ!!!我らは数々の戦で勝利を収めてきたっ!!敗北を重ねっ、この地へ追い詰められた北条よりも我らは、その兵の質では圧倒的にまさっているっ!!!』


宗司が言葉を吐くたびに周囲に漂う空気に熱がこもる。


『何よりっ!!御影には我らが居るっ!この鬼喰いとっ、そして俺と共に死線をくぐり抜けてきた、うぬら強者つわもの達が居るのだっ!!!北条の雑兵がいくら集まらろうとも容易く蹴散らせる力が有るっ!!たかだか二万の差っ、我らが居れば物の数ではないっ!!違うかぁっ!!!!』


兵たちは拳を天に突き上げ、声を張り上げ、宗司の言葉に応えた。

それに満足そうに頷いた宗司は携えた槍を曇天の空へ向け突き上げ、空を見上げた。

そして兵たちの顔に視線の向ける。


『さぁっ!もの共っ!!雲を晴らすぞっ!!長く続いた乱世を終わらせるっ!!!これが最後の戦じゃっ、全てをこの一戦に賭けよっ!!!時代にっ、己が証を刻みつけよっっ!!!!!!!!!!』



―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!



○●○



王城に向かう馬車の中、エステルは物憂げな表情で窓の外を眺めていた。


「エステル」


対面に座る父親に呼ばれてエステルは視線を移す。


「今朝、倭の国に送った者から手紙が届いたのだが……」


父親の言葉にエステルは物憂げな表情から一転、その瞳を輝かせながら次の言葉を待った。


「ミカゲが勝ったそうだ、あのソウジという青年がその手で総大将を討ち、勝敗を決したらしい」


「ではっ!ソウジ様は倭の国を乱を終わらせた英雄となられたのですねっ!」


「そういうことになるな」


輝くような笑顔でそう言う娘にバルトヘッド公爵は苦笑いを浮かべながら答えた。


「では、急ぎませんと。他の方にソウジ様を取られてはことですから、今日、王城に召し出されたのは良いタイミングでしたね。当然、お父様も陛下にお口添えしていただけますわよね」


「ああ、もちろんだとも」


そしてバルトヘッド公爵は横に座る妻に言葉を向ける。


「やはり、お前の娘よなぁ。シャール」


「フフッ、当然ですわ。それがバルトヘッドの女のさがなのですから」



○●○



「よく来てくれた、エステル」


「陛下のお呼びとあれば何を置いても御前に参じるのは当然のことにございます」


臣下の礼をとりながらエステルは口上を述べる。


「今日、呼び出したのはな。諸々の後始末で遅れていたが、今まで苦労をかけたそなたに対し償いが必要であろうと考えてのことじゃ」


「それは……」


「そなたが望むことを叶えようと思う。なんなりと申してみよ」


エステルに輝かんばかりの笑顔を浮かべて口を開く。


「では、東の果て。倭の国の英雄を我が夫とすることをお許し下さい」


頭を垂れ、そう願うエステル。



――待っていてください


――私の英雄




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