六話
(よく舌の回ることだ)
宗司の目の前ではシャルロットへの愛を熱く語るエリクの姿があった。
あの茶番から一週間後。
あの時、あの茶番に関わった者、そしてその者に関わりある者達が王の前に集められた。
ここは謁見の間、玉座に国王そしてその横には王妃が一段下がって第一王子、第二王子が左右に控えていた。
第一王子のそばには宰相と近衛騎士団長が並び集まった者達を見渡している。
国王に対して左側にはバルトヘッド公爵を先頭にエステル、そしてエリクの取り巻きたちの親つまり各家の当主達が並び、右側にはグリフィス伯爵家当主そして先代夫人のエリーゼ、エドワード、宗司。
宗司の横にはセリアス男爵そしてアレックスとシャルロットが寄り添うように並んいた。
そして中央、この騒動の元凶である第三王子エリクとその取り巻き達。
まさに勢揃いであった。
「王子より吟遊詩人の方が向いてるな……」
「まったくだ……」
「二人共、陛下の御前ですよ。無駄口は慎みなさい」
宗司の呟きにエドワードが同意を示す、そんな二人に対してエリーゼの叱責が飛んできた。
「すみません、お婆様」
「気をつけますよ、婆様」
しかし、二人がそう言いたくなるのも仕方のないことだろう。
始めこそ婚約破棄の理由としてエステルとシャルロットの噂を上げ、エステルがどれほどの愚行をくり返してきたかを説いていたのだが、そこから段々とシャルロットがそれほど素晴らしい女性かを話し始めて更に自分が如何にシャルロットを愛しているかを語り出して今に至るのだから。
シャルロットなど途中から恐怖のあまり小さく震えていたほどだった。
宗司はエステルの話では腹わたが煮える思いだったがこの時点では怒りを通り越して呆れ返っていた。
(いつまで喋らしておく気なのだ……)
そんな事を思いながら、そっと視線を国王に向けてみれば国王の眉間には深いシワが刻まれていた。
「――シャルロットは私にとって」
「もうよいっ!」
エリクの言葉を国王は苛立たしげな声で遮るとバルトヘッド公爵へと視線を向けた。
「学園を出るまでということだったが、こうなっては致し方ない。バルトヘッド公爵、この婚約は白紙に戻す。エステルもそれで良いな」
国王の言葉にバルトヘッド公爵と呼ばれた偉丈夫が恭しく頭を垂れる。
「承りました」
その横でエステルは静かに顔を伏せ、中央に居たエリクは目を輝かせた。
「では、私はこれでシャルロットとっ――」
「お前は黙っておれっ!」
国王に一喝されてエリクは押し黙る。
そして国王はエステルにとても申し訳なさそうな表情を向けて口を開いた。
「エステル・バルトヘッドよ、もう十分じゃ。今までよく耐えてくれた」
「勿体無いお言葉です。陛下のご期待にお応えすることが叶わず、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるエステルに国王は首を横に振る。
「いや、お主は良くやってくれた。謝らねばならぬのはわしの方じゃ、辛い思いをさせてすまなかった」
謝罪の言葉をエステルに向ける国王にエリクは驚愕し目を見開いく。
「何故その女に謝るのですか!?その女は私の愛する人に数々の非道を行ってきたのですよ!!」
「……エリク、数々の非道と言ったがその証拠が何処に有るのだ」
エリクを見据える王の瞳は路傍の石を見るような無感情なモノだった。
「あれだけの量の噂が流れたのです。それに、それを見た者も――」
「シャルロット・セリアス」
「はい」
エリクの言葉を最後まで聞くことなく国王はシャルロットの名を呼んだ。
「その噂は事実なのか?」
「いいえ、……そのような事実はありません。エステル様からは上流に住まう者としての作法を教えていただき、時に無理が祟り目眩を起こした私を気遣い支えていただくこともありました。あるいは、それを目にされ誤解をされた方がいらしたのかもしれませんが、噂に上がったようなことは一度もエステル様から受けてはおりません」
エリクが語ったことの全てをシャルロットは否定する。
「シャルロットっ!!何故その女を庇う!?既にその女との婚約は解消されたっ。これからは私が君の夫として君を守る!もうその女に怯える必要はないんだっ!!!」
「そのようなことを認めるわけがなかろう」
静かで重い国王の言葉にエリクは慌てて国王へと振り返った。
「何故です!?婚約の解消を認めてくだされたではないですか!!それは私とシャルロットの婚姻を認めてくださったという事ではないのですかっ。まさか、シャルロットの家が男爵家だからですか?それならば先ほどお話した通りっ、そんなことは関係ないほどにシャルロットはっ――」
「それ以前の話じゃっ、この愚か者っ!!!!」
いよいよもって限界だったのだろう、国王の怒声が謁見の間に響き渡った。
「よいかっ、シャルロット・セリアスにはアレックス・グリフィスという婚約者がおるっ!これはわしが受理し承認した正当な婚姻じゃっ!!両家からの解消の申請がない限り覆ることはないっ、お前の独り善がりが通る道理はないっ!更にお前が繰り返した流言だがっ、エドワード・グリフィスそしてソウジ・ミカゲがそこに悪意有りと気付き、かつて我が妻マリアンヌの教育係であったエリーゼ・グリフィスを通してっ、わしに知らしてくれたっ。調べてみればお前の婚約者であったエステル・バルトヘッドとお前が好意を寄せるシャルロット・セリアスを妬んだ者たちが故意に歪めた流言であったっ!!!その者たちには学園から除名し各家での再教育を厳命してあるっ。本来なら、これはお前がっ、そして今お前の後ろに居る者達が真っ先に気付かねばならぬことだっ!!!それを己の都合の良いように解釈し踊らされるとはっ。……お前たちに民の上に立つ資格はないっ!!!!」
そう、今この時、この場にエリク達が集められたのは婚約破棄の正当性を問うためではない。
「エリク、学園に在籍している間はお前にとっての猶予期間であったのだ。お前はわしの言葉も兄たちの言葉も聞くことはなかった、それ故にお前の王位継承権を剥奪し臣籍へと下ろすという事になっていた。お前が学園に入って暫くしての話だ、その時に婚約の解消を伝えたエステル嬢がせめて学園に在籍している間は猶予を与えて欲しいと願い出たのだ。お前の事を案じ必死になって、自分が何とかしてみせると言ってな」
「そんな話は一度も……」
国王の言葉にエリクは放心し呟く。
「当たり前じゃ、伝えぬ事が条件だったのだから。お前が真実、王族としての、上に立つ者としての義務を理解せねば意味がない。しかし、結局お前は何も変わることはなく、エステル・バルトヘッドが与えてくれた最後の機会も自らの手で不意にした」
そう言って国王は深く息を吐きエリクを見据えた。
「エリク、お前の王位継承権を剥奪する、そして二度とラーガスの姓を名乗ることは許さん!これより後、お前には咎人の烙印が押され、メルガス砦へと送還される」
「メルガス砦っ!?死の森との境界ではないですか!!」
エリクの言葉に国王は感心したように言葉を吐き捨てる。
「ほう、それくらいは知っておったか。そうじゃ、死の森から溢れ出る魔物から王国の民と領土を守るために建てられた砦じゃ。お前の犯した罪への罰として其処での魔物討伐を命じる。分かっていると思うが逃亡した際はその場で死罪じゃ」
「そんなっ!逃げなくても魔物に食い殺されるだけだっ!!!」
「お前は今まで民の血税によって生かされてきたのだ、そのことを忘れ、義務を忘れ、権利だけを享受し、好き勝手に振舞ってきたのだ。最後くらい国の為、民の為に死んでみせよ」
告げられた死の宣告、エリクは膝から崩れ落ち絶望のうちに呟いた。
「そんな……」
「他の者も同様じゃ!各家から既に籍を排し放逐するとの報告を受けておるっ!!無能であることも罪ではあるが、愚者であることは万死に値するっ!!!!」
国王の言葉にエリクの取り巻き達の顔も絶望に染まる。
「連れて行けっ!」
衛兵達が取り巻きたちを連れて行く中、エリクは小さな呟きを繰り返していた
「……のせいだ、……まえのせいだ、……お前のせいだ」
まるで幽鬼のように朧気な表情を浮かべたエリクはスウッと立ち上がる、そして途端に憎悪に顔を歪めエステルを睨みつけた。
「お前のせいだっ!!お前が俺に話していればこんな事にはならなかったっ!!!全てお前のせいだああああっ!!!!」
狂乱状態となったエリクは突然、エステルに向かって走り出した。
それに誰よりも早く反応したのが宗司だった。
宗司が伸ばした右手が、エリクの手がエステルの首に届くより早くその後頭部を掴み引き離す、そしてその顔面を床へと叩きつけエリクを押さえつける。
「グギャッ」
「おい、何と言った?」
エリクの頭を握り締める手に、押さえつける腕に、力がこもる。
「グッ」
「何をしようとした?」
その力にエリクは抗うことが出来ずに無様な声を上げる。
「アガッ」
「貴様はっ、今何と言ったぁっ!!何をしようとしたぁぁっ!!!」
宗司は激昂しエリクの頭蓋が悲鳴を上げる。
「貴様はっ!!どれほど彼女を苦しめれば気が済むのだっ!!!」
宗司がそう叫んだ時には、既にエリクは白目を剥き口からは泡を吹いて気絶していた。
『答えぬかっ!!!このうつけがぁぁぁぁっ!!!!』
エリクの頭を握りつぶす勢いで激昂する宗司。
「よせっ、ソウジ!!もう気を失っているっ!!!!」
エリクから引き剥がしたエドワードの声に宗司は我を取り戻し深く息を吐く。
「はぁぁぁぁぁ……エド、すまない。もう大丈夫だ。」
宗司がそう言うとエドワードは宗司を離し、宗司は国王に頭を下げた。
「陛下、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
「いや、最後まで貴殿の手を煩わしてしまい、申し訳ない」
「いえ、私のほうこそ取り乱してまして。失礼ながら、私はここで」
背を向け歩き出しだ宗司に誰よりも熱い視線を送る者が居たことに、その時宗司は気づくことが出来なかった。