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五話

『このっ、うつけどもがっ!!!』


静まり返った中庭に響き渡った異国の言葉、雷鳴のような怒声に全ての視線が宗司へと集まった。

その視線を気に止めることもなく宗司は足早に騒動の中心へと歩を進める。


「ガリウス・ホープ殿!セージ・ファジス殿!今すぐミス・バルトヘッドを解放されよ!!大国と言われるラーガス王国の宰相と近衛騎士団長の子息たる方々の振る舞いではありませんぞっ!!!」


「異邦人がっ!!引っ込んでいろ!!!これは我が国の問題だ!!!」


「そうですっ、貴方が口を挟んで良い事ではありません!」


近衛騎士団長の三子ガリウス・ホープ、宰相ファジス公爵が二子セージ・ファジス、この二人の罪はこの鈍感さだろう。

宗司が放つ怒気の凄まじさに気づけないのだから。


「三度目は無い。その手を離されよ」


ゾッとするほど冷たい声を放つ宗司、纏う怒気は殺気へと変わっていた。

その殺気に気づいたのか、二人の顔から血の気が引いていく。

その段になってようやく二人はエステルから手を離した。


「エステル様!!」


エリクの手を振り払いシャルロットはエステルに駆け寄り抱き起こす。

エステルに只々「ごめんなさい」と謝り涙を流すシャルロットの姿に、髪も肌もドレスも土に汚れ憔悴した様子のエステルが、それでもシャルロットを気遣う姿に宗司の殺気はより重く冷たいものへと変わっていく。


「ラーガス王国第三王子エリク・ラーガス殿下」


「なっ、なんだ!?」


この時点で喋ることが出来るエリクをどう評価すべきか、ここが戦場であったならエリクの首は間違いなく胴と分かたれていた。

宗司にとって、エリクは取るに足らぬ愚か者から忌むべき敵となった。


「まずは、国王陛下にご自身のお気持ちをお伝えするべきではないですかな?」


「なっ、何を私の心は既に――」


「なればこそっ!それを王に訴えられればよろしかろう、順序を間違われるな。この場はお引きなさいませ」


宗司の殺気がさらに膨れ上がる、あと一言でも無駄口を叩けばエリクをくびり殺すのではないかと思える程に。


「っ!!!こ、この場はっ、異国からの客人である、……そなたの顔を立てよう。だがっ正義は我にあるっ!!!代償は高くつくぞっ!!!」


「そうなるでしょうな……」



さてさて、誰が何の代償を払う事になるか。



エリク達が中庭から去るのを見届けると、宗司は立ち上がる気力もなく地べたに座り込んでいるエステルとシャルロットの傍へ近づき膝をつく。


「……お二人共、立てますか?」


心配そうに二人の様子を伺いながら宗司はそう声をかけた。


「ミカゲ様……」


縋り付くシャルロットの背に手を回して顔を伏せていたエステルは宗司を見上げる、シャルロットは宗司の声が聞こえていないのかエステルの腕の中で謝り続けていた。


「ミス・バルトヘッド、よければお使いください」


「……ありがとうございます」


差し出されたハンカチを受け取り頬に付いた土を落とすエステル、その姿もいつもの凛としたモノではなくどこか弱々しい。

王子のしでかした事の結果に宗司は拳を握り締める。


「ソウジ」


「エド」


呼びかける声に宗司が振り返れば、いつになく真剣な顔をしたエドワードが立っていた。


「応接室を使えるよう手配した、二人をそちらに」


「わかった。……ミス・セリアス」


今だ謝り続けているシャルロットの肩にそっと手を置き声をかける宗司、そこでやっとシャルロットは顔を上げる。


「ひとまず、場所を変えましょう。ここに留まれば人の目が集まります」


宗司の手を借り立ち上がった二人はエドワードの案内でその場を去ったのだった。



○●○



「殿下はお前に追い払われてから、すぐに城へ向かわれたらしい」


「どこまで感情的なんだ、底なしの阿呆だな」


「ミ、ミカゲ様?」


宗司のまったく遠慮のない言葉にエステルは目を見開いた。



今、四人が居るのは学園の応接室。

エステルとシャルロットを野次馬の視線から守るためにここへ連れてきてから宗司とエドワードの最初の会話がこれだった。


「ミス・バルトヘッド、どうか今だけは目を瞑っていただけますか。ソウジが私と話す時はいつもこんな感じなのですが、今は特に感情が高ぶっているようなので。なにせ――」


「エド、それ以上は口にするなよ」


驚くエステルにフォローを入れるエドワードの言葉は、宗司によって遮られた。射抜くような視線のおまけ付きで。


「分かった分かった、そう怖い顔をするな」


「ほんとに分かってるんだろうな。……んうんっ、私のことは置いておくとして、それよりもお二人のことですね」


しばらくエドワードを睨んでいた宗司だが、咳払いをしてから表情を改めソファに座る二人へと口を開いた。


「わたくし達の事ですか……」


水を向けられたエステルは僅かに目を伏せる。


「こんな騒ぎとなってしまっては講義どころではないでしょう、今日はもうお帰りになったほうがいいではないですか?」


「殿下がすでに動かれているのですし、ご実家への知らせも早いほうが良いと思いますよ」


宗司の提案にエドワードも続けて口を開いた。


「……そうですね」


さすがに、あんな騒ぎの後に講義を受けるなんて気力はないのだろう。エステルは二人の言葉に頷いた。


「ミス・セリアス」


「私は……」


宗司に呼ばれここまで俯き沈黙していたシャルロットが重い口を開く。


「私は、殿下と、……婚姻を結ぶことになるのでしょうか」


シャルロットにとって今一番の関心事だろう。想いも努力も水泡に帰すかもしれないのだから。


「そうなる事はないでしょう、貴女はアレックス様の婚約者なのですから。それを横から攫うようなことをすれば王家とって醜聞にしかなりません、陛下がお許しになられないでしょう」


シャルロットの思う最悪の結末を否定したのは横に座るエステルだった。

こればかりは蓋を開けてみないと分からないことなのだが、王子の婚約者であるエステルは国王がそんな愚かな事はしないと信じられる程には面識を得ていた。


「そう、ですよね、大丈夫ですよね」


まだ不安は拭いきれないが、それでもエステルの言葉にシャルロットの瞳にいくらか光が戻ってきた。

それを見た宗司は穏やかな声音で話しかける。


「ミス・セリアスも今日は帰られたほうがいい」


「ええ、そうですね。とても講義を受ける気分になれませんし」


「それでは迎えの手配をしてきましょう」


立ち上がったエドワードはそう言い部屋を出ていった。


「私も行くとします。あれだけの騒ぎになったのですからアレクも心配して探してるでしょうし、ミス・バルトヘッドもその姿のままでは落ち着かないでしょうから学園の職員に頼んできます」


「ありがとうございます、ミカゲ様」


立ち上がった宗司に礼を言うシャルロット、宗司は穏やかな笑顔を向けてシャルロットに話しかける。


「大切な友人のためです、このくらいは何でもありませんよ。では」


そしてドアに向かい歩き出した宗司。

それを慌てたようにエステルが呼び止めた。


「あ、あのっ、ミカゲ様!」


「何でしょう、ミス・バルトヘッド」


エステルの慌てた声に宗司は心配そうに振り返る。


「いえ、……まだお礼を言ってなかったので。先程は助けていただいてありがとうございました」


そう言って立ち上がったエステルは宗司に向かい深々と頭を下げた。

そして、頭を上げたエステルが見たのはとても優しい光を宿し自分を見つめる漆黒の瞳だった。


(!?)


「あのような戯言で貴女が不当に扱われるのが我慢できなかっただけですよ」


そう言い残して宗司は部屋を出ていった。

閉められたドアを熱に浮かされたようにエステルはしばらく見つめていた。



○●○



「父上!!!」


声を張り上げながら執務室に乗り込んできたエリクを国王は睨みつけた。


「エリク、お前は今学園にいるはずだ。それが何故ここにいるのだ」


「急ぎお願いしたことがあって参りました!」


「ほう、……わざわざ学園の抜け出し、執務中である国王に嘆願とは余程重大なことなのであろうな?」


重々しい言葉、厳しい視線、それに臆することなくエリクは言葉を続ける。


「勿論ですっ。父上、エステル・バルトヘッドとの婚約解消をお認めください!!」


「・・・・・・・・・・はぁぁぁ」


エリクの言葉に国王は呆れ果て深いため息を吐いた。


「何を馬鹿なことを言っておるか、エステル嬢以外にお前の伴侶が務まるわけがなかろう。下らぬことを言ってないでさっさと学園に戻れ」


エリクの申し出をあっさりと却下した国王は話しは終わりだと執務に戻る。

しかし、ここで引き下がるエリクではなかった。


「下らぬことではありませんっ!私は真実の愛を知ったのです、先ほど学園で婚約破棄を宣言してきました!あとは父上がお認めになれば私はっ――」


「今何と言った?」


尋常ではない空気を放つ国王にエリクは思わず言葉に詰まる。


「こ、婚約破棄を宣言、してきたと、言いました」


「大馬鹿者が!!!」


「!!」


額に青筋を浮かべながら大声でエリクを怒鳴りつけた国王。


「貴様は王族が発する言葉をなんだと思っておるのだっ!!!独断で婚約破棄を宣言するなど浅慮にもほどがあるっ!!!」


「ち、父上っ!?」


「エリク!貴様にはしばらくの間謹慎を命じるっ!自室でおとなしくしておれっ!!」


「何故です!?父上!!」


「下がれっ、己の愚行を猛省せよ!」


エリクが退室した後、眉間を押さえてため息を吐いた国王。

グリフィス伯爵家から学園での顛末の報告を国王が受けたのはその夜のことだった。

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