四話
(何をしている……)
宗司は目の前の光景が信じられなかった。
男二人に抑えるつけられ地面に伏すエステル、その白い肌は土に汚れ、金色の髪は無残に踏み躙られている。
誰にも恥じることのない振る舞いを見せていた彼女がまるで罪人のような扱いを受けていた。
(何をしている……)
シャルロットは助けようとするも、エステルの婚約者であるはずの王子によって後ろから肩を掴まれてそれは叶わない。
シャルロットは必死に声を上げるが耳元で囁かれた王子の言葉に目を見開く、その瞳には明確な恐怖が宿っていた。
そして始まった反吐の出るような茶番劇。
「エステル・バルトヘッドっ!公爵家に名を連ねながら嫉妬に狂い愚行を繰り返した貴様を王家に迎え入れるなど考えただけでも悍ましいっ!!今この時をもって貴様との婚約を破棄する!!!」
(何を言っているっ!!!)
「貴女のような女性こそ王家に相応しい、これからの時を私は貴女と共に歩んで行きたい。身分など関係ない、愛していますシャルロット・セリアス。貴女を我が妻として迎えたい」
(何を言っているっ!!!)
深い悲しみに伏せらる少女の瞳。
絶望に見開かれる少女の瞳。
目の前の光景にその瞳を紅く染め上げるのではないかと思える程に全身の血がマグマのように沸騰し濁流の如く暴れまわり、周囲を氷で覆ってしまうのではないかと思えるほどの、まるで吹雪のような冷たく鋭い怒気が放たれる。
灼熱と極寒、それを同時に体現してしまうほどの怒り。
『このっ、――』
○●○
それが起こったのは昼時の中庭だった。
数日ぶりに学園に訪れたシャルロットが中庭で見つけたエステルへ改めてあの夜の礼を言っていたのだった。
それから宗司に怒られたこと、アレックスに心配をかけてしまったこと、そんな話をしていた時にエリクが取り巻きを引き連れて現れた。
そしてエリクはエステルに一言も声をかけることなく、極上の笑みでシャルロットに話しかけた。
「シャルロット、もう大丈夫なのかい?」
「はい、お医者様も問題無いと仰れて、今日からまた学園に通えることになりました」
「それは良かった」
そう言ってエリクはシャルロットに近づくと、その腰に手を回しシャルロットを抱き寄せたのだった。
「殿下っ!?何をなさるのですかっ、お戯れはお止めください!!」
驚きのあまり声を荒らげて離れようとするシャルロット、当然エステルも黙ってはいられない。
「殿下っ、シャルロット様をお離しください。悪ふざけにしても度が過ぎますっ」
だがエリクはシャルロットを離すどころか更なる暴挙に出る。
愛おしそうに見つめていたシャルロットから視線を移し、冷たい侮蔑の視線でエステルを見据えた。
「おい」
エリクの合図に二人の取り巻きがエステルに近づきその肩を掴む。
「何をされるのですかっ、やめっ、離しっ、キャアッ!」
エルテルは抵抗するものの男二人相手にかなうはずもなく力任せに地面に押さえつけられた。
「エステル様っ!!」
その光景にシャルロットはエリクの腕を振り解きエステルに駆け寄ろうとするもそれより素早く動いたエルクに肩を掴まれ引き戻されてしまった。
「殿下っ!!何故このような事をなさるのですかっ!!!ホープ様っ!ファジス様っ!エステル様をお離しくださいっ!!その様な事をされては宰相閣下も騎士団長様も悲しまれます!!!」
必死に叫ぶシャルロットの耳元に顔を寄せるエリク。
「もう大丈夫だ、シャルロット。もうあの女に怯えることはない、君は俺が守るから。愛してるよシャルロット」
“愛してる”そう囁かれたシャルロットは目を見開き固まった。
王子からの甘い囁きはシャルロットにとって死の宣告にも等しかった。
固まってしまったシャルロットに満足そうな表情を浮かべながらエリクは口を開く。
「エステル・バルトヘッド、貴様には失望したっ!貴様がシャルロットに行ってきた非道の数々、バルトヘッド公爵が知れば、さぞ嘆くであろう!!」
「ひ、非道とはどういうことですか、……大切な友人であるシャルロット様に、そ、その様なことをするわけがありません……」
男二人に押さえつけられながらもエステルは気丈に言葉を紡ぐ。
「ハッ、友人か!この期に及んでまだそんな言葉を吐くかっ、この恥しらずが!」
エステルの言葉を鼻で笑うエリク、押さえつけている二人もエステルを責め立てて、押さえつけるその腕に更に力を込める。
「そうです、シャルロットの立ち振る舞いを詰り、夜会ではドレスを汚し。貴女には恥じる心はないのですか?」
「ああっ!、それだけでなくドレスを引き裂き、持ち物を隠し、シャルロットに日々嫌がらせを繰り返してきた女がよくもまぁ抜け抜けと!」
「うぅっ」
エステルの苦しそうな声にシャルロットは否定の声を上げる。
「そのようなことをエステル様から受けたことはありませんっ!!ですからっどうかっ、エステル様をお離しくださいっ!!!」
必死に声を張り上げるシャルロット。しかし、それをエリクは否定する。
「シャルロット、もういいんだ。これより先この下衆が君を傷つけることは無い、俺がさせない。だからもう怯えなくてもいいんだ」
「そうではありません!殿下っ、どうかお聞きくだ――」
シャルロットの言葉を最後まで聞くことなくエリクは高らかに宣言する。
「エステル・バルトヘッドっ!公爵家に名を連ねながら嫉妬に狂い愚行を繰り返した貴様を王家に迎え入れるなど考えただけでも悍ましいっ!!今この時をもって貴様との婚約を破棄する!!!」
その言葉にエステルは目を伏せた。
(陛下、ご期待にそえず申し訳ありません……シャルロット様、ごめんなさい……)
それからエリクはシャルロットの手を取り跪いた。
「貴女のような女性こそ王家に相応しい、これからの時を私は貴女と共に歩んで行きたい。身分など関係ない、愛していますシャルロット・セリアス。貴女を我が妻として迎えたい」
王族からの指名、男爵家のシャルロットが否と言えるわけがない。
絶望の中、シャルロットは愛しい人を想う。
(アレックス……)
エリクの身勝手な行いで周囲から音が消え失せた。
その中で宗司は怒り狂っていた。
好いた女の覚悟と矜持を踏みにじったエリクに。
大切に思う友人たちの思いをかえりみないエリクに。
そして、それを諌めることなく只々従う阿呆どもに。
黙っている事は出来ない、出来ようはずもない。
だから宗司は叫ぶ。戦乱の地、倭の国で恐れられた将が吠える、許すことの出来ぬ奴らに叫ぶ。
『このっ、うつけどもがっ!!!』