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一話

十二の時に元服してより四年、槍を携え国取りの戦に駆け回っていたある日、いきなり親父殿に見聞を広めるためラーガス王国にある学園なる場所へ行けと言いつけられた。身分関係なく子供らの才を高めるための教育機関だとか。さすが大国、平和なことだ。

しかし倭の国は違う。群雄割拠、倭の国の王の力はとうの昔に失われ有力武家や貴族が天下の覇権を争って百年続くこの乱世、そんな呑気なことはしてられない。

だが、何言ってんだバカ親父と口に出す間もなく、拳骨一発、意識を飛ばされ気づいた時には船の上。

ご丁寧に簀巻きにされ「天下が定まれば外へ目を向けねばならない・・・」だの「海の向こうの国と渡り合うために・・・」どうのこうのと高説垂れる見張り、もとい従者二人とここラーガス王国はイシュタルト学園にやって来たのが一年前。

そんな皮算用より今は目の前の天下であろうと早々に帰るつもりだったのだが、いや参った。

話には聞いたことはあったが、まさか自分がそんなことになろうとは。


―――絹糸のような滑らかな金の髪、雪のように白い肌


―――切れ長の目元に宝石のように輝く青い瞳、桜色の唇


―――起伏に富んだ身体から伸びるスラリと長い手足


―――琴の調べを思わせる澄んだ声は耳に心地よく、暖かな日溜まりのようなその笑顔から目が離せない


一目惚れであった。

まぁ国のことは親父殿や兄貴たちに任せよう、そうしよう。

そうして、どうにもならないらないまま一年が過ぎた、……いや参った。


我が島国、倭の国はラーガス王国との国交もなくこの国に来たのも親父殿の個人的な縁


惚れた相手は大陸の五分の一を占める領土を持つ大国の公爵令嬢という止事無きお方、かたや己は東の果ての島国の一領主の四男坊。


それより何より。


我が想い人は王国の第三王子、エリク・ラーガスの婚約者であったのだから困ったものだ。



○●○



学園の中庭、昼時になればそこはこの学園に通う者たちの憩いの場となる。

それぞれが食事を楽しみ、会話に花を咲かせていた。そんな中、多くの取巻きに囲まれた金髪碧眼の少女はその瞳にどこか憂うような光を宿していた。

その視線の先には小柄で愛くるしい顔立ちの少女が綿毛のような赤毛を揺らし友人たちと談笑しながら歩いてくる姿があった。

金髪の少女はそちらに気付くと赤毛の少女に向かって歩き出す。赤毛の少女もそれに気付き慌てて歩き出すが赤毛の少女はバランスを崩し盛大にコケてしまった。


「まぁ!?お怪我はありませんか、シャルロット様」


金髪の少女は赤毛の少女に近づき手を差し伸べて言葉をかける。


「シャル!大丈夫!?」


シャルロットと呼ばれた赤毛の少女を抱き起こしながらシャルロットの友人は驚いた声を上げていた。


「は、はいっ、大丈夫ですエステル様。お気遣い頂きありがとうございます。リリィもありがとう、大丈夫だから」


アハハと照れ笑いを浮かべながら気遣ってくれた二人に礼を言うシャルロット。


「それは良かったわ。では私はこれで。こきげんよう、シャルロット様、リリアナ様」


そう言って去っていくエステルの背を見送り、リリアナはシャルロットへ何やら心配そうに語りかけていた。


「はぁぁぁぁぁ」


東側の棟の三階からそんな少女たちのやり取りを正確に金髪の少女を見ていた黒髪黒目の少年は盛大なため息を吐き、窓枠に肘をかけ頬杖をつく。その様子にいつの間にか横に居た少年は苦笑いを浮かべた。


「相変わらずのようだな、ソウジ」


「エドか。……まったくなぁ、どうにかならんもんか」


御影宗司はそう言って戦場での傷跡の残る日に焼けた顔に苦々しい表情を浮かべた。


「そういえば、また阿呆が湧いたらしいな」


「恋は盲目ってことだろ。婚約者殿達はセリアス男爵家のご令嬢にご執心だ。このままだと嫉妬に狂った令嬢たちが悪役さながならに嫌がらせを始めるかもな。あぁ、さしずめミス・セリアスはヒロインってとこかな。あの容姿でどんなに辛くても笑顔を絶やさず明るく振舞う、実に健気で庇護欲を掻き立てられるじゃないか。そりゃ王子様たちもほっとかないだろうな」


「茶化すなエド。確かにミス・セリアスは健気だろうさ、健気で邪気がない。惹かれる奴らが居るのもわかる。だが婚約者のいる身で他の女にフラフラと気を向ける阿呆のせいでミス・バルトヘッドが悪役になってたまるか。それとエド、弟の婚約者にその言いようはどうなんだ」


「お前よりマシだろう。ラーガス王国の第三王子を阿呆、阿呆ってお前。……まだ正式に決まってはいないからな」


宗司とは一年の付き合いしかないエドワード・グリフィス。だが親同士の縁もあり、なにより女傑として社交界にその名が知れ渡ている祖母のお気に入りとあって信用もできると気安い付き合いをしている。

普段は人好きのする顔立ちに柔らかな表情を浮かべているエドワードだが他国の王子をその国の貴族の前で平気で罵る宗司にはさすがに心底呆れた表情を浮かべてしまっていた。


「阿呆で十分だろうが、あれがきっちり婚約者やってれば俺とてこんな呼び方などするか。ケジメも付けずに、あまつさえ他人の女に……はぁぁ。」


「全て忘れて国に帰れれば良かったのにな」


エドワードの言う通り、惚れた女に婚約者がいる。そうわかった時には宗司もそうしようとしたのだが、それを従者の二人が許さなかった。


――お館様からは時が来るまでこの地に留まるようにと仰せつかっております。それでも若が戻られるというなら、……我ら、腹を切ってお館様にお詫びをっ!!


「……しょうもない理由であいつらを死なすわけにいかんからなぁ。……いっそ王子を」


「おいおい、あまり物騒なことを――」


「冗談だ。……ままならんなぁ。ばば様もミス・セリアスをさっさと認めてやればいいものを……婚約を発表できれば少しは違うだろうに。あの阿呆のこともあるってのにミス・バルトヘッドも手を貸しているようだし、それにあの努力は本物だと思うがな、要求以上だろう」


「あぁ、全くその通りだな。アレックスも倒れるのではないかと心配していた、お前はミス・バルトヘッドを不憫に思ってるようだが」


「どっちのことも案じている」


ムッとして言い返す宗司にエドワードは肩を竦め懐から懐中時計を取り出す。


「さて、そろそろ移動しないと間に合わないぞ。午後は馬術だからな」


歩き出したエドワードの背中に宗司も続く。


「お前からばば様に言ってやればいいじゃない」


「いやいや、それは怖くてとてもとても。お婆様がお前にその呼び方を許したことが俺は今でも信じられないよ」


「だらしない」


「お前ほどでもないがな」


「ちっ」


「すまんすまん、ほら行くぞ」


半眼で睨む宗司の視線をいなし歩き出すエドワードに宗司もう一度舌打ちをするとそのあと続いた。



○●○



巧みに馬を操り設置された障害物を危なげなく飛び越えていく宗司。その表情は真剣さの欠片もなく心此処にあらずと言ったモノだった。高貴なる者の婚姻ならそれは国を支える為に果たすべく義務の一つ、宗司とて領主の息子のとしてそれは弁えている。


(どうにもならんかなぁ、……ならんだろうなぁ、家同士の、ましてや王家と公爵家じゃなぁ。……はぁ)


馬術と言っても所詮平和な大国の貴族の子息が身に付ける程度のもの、戦場を駆けていた宗司にはあくびの出る内容だろう。その頭の中は愛しの君エステル=バルトヘッド公爵令嬢の事で占められていた。


(にしても、あの阿呆は彼女の何が気に入らんのだっ)


一通りやっている体を見せてからは馬場の柵沿いに適当に馬を歩かせながら宗司は阿呆を睨みつけようと顔を上げる。

しかし、肝心の阿呆の姿は見つけられなかった。


「……ん?」


よくよく馬場を見渡してみれば、足りない顔はそれだけではないようだった。

馬の腹を蹴りエドワードのもとへ宗司は駆け出す。


「エド、あのあ、王子の姿がないようだが。他にも数人」


「……頼むから、人の居るところくらいは言葉を気をつけてくれよ。俺が睨まれる」


呆れ顔を浮かべ、ため息混じりに宗司に釘を刺すとエドワードは辺り見回した。


「あぁ、確かに。……宰相殿に近衛騎士団長殿の息子をはじめとした取り巻き連中だな、ミス・セリアスのところかな」


「学ぶべき事を捨て置いて女の尻を追いかけるかよ。他国のことながら行く末が心配になるな」


そう言う宗司のは呆れ顔ではなく苦い表情を浮かべていた。本当に心配しているのだろう。


「幸いなことに宰相殿、近衛騎士団長殿の長子は優秀な方々だ。勿論、エリク殿下の兄君方もな」


「高位貴族の長子も混ざってたようだが?」


「ここは大国ラーガスだぜ、国の中枢に無能の居場所なんてある訳無いだろ」


しれっとそんなことを言うエドワードの姿を宗司は呆れ顔で見つめていた。



○●○



「……はぁ」


「ミカゲ様、ご気分がすぐれないのですか?」


宗司の横で心配そうに赤毛が揺れた。


「はい? あぁ、いえ。そんなことはありませんよ、ミス・セリアス」


「ですが、先程からため息ばかり吐かれて……」


「いえ、それは、……そうですね、これでは貴女に失礼でした。申し訳ありません」


「いえっ、そんな!無理にお願いしたのはこちらですから!」


頭を下げた宗司にシャルロットは慌てていた。

今、二人が居るのは夜会の会場。宗司はエドワードの弟でシャルロットの恋人であるアレックスに頼み込まれこの夜会でのシャルロットのエスコート役を務めていた。

最近になって更に増えてきた虫から花を守ってほしいと。

祖母の許しが出ないため関係を公に出来ないアレックスにはエスコートすることが出来ず、後の事を考えればエドワードを代役を立てることも出来ない。いつもなら男爵家の家令がつくのだがシャルロットの父である男爵の仕事の補佐があるためそれも叶わず、欠席しようにも夜会を主催した貴族とは浅からぬ縁があるためにそういうわけにもいかなかった。

そこで絶対に大丈夫な人物としてエドワードが推薦したのが公爵令嬢に心を鷲掴みにされている宗司だった。


「ミカゲ様はあまり夜会には出席されないとお聞きしましたので。では、どうされたのですか?」


確かに煌びやかな場所は好まないタチの宗司だが、それよりも東の果ての島国から来た小僧が貴族たちの社交場に顔を出したところで何になる、と積極的に夜会に出席することはなかった。何度か出た夜会もエドワードに引きずられて、仕方なく出席したに過ぎない。


「少し考え事をしていたんですよ」


そう言って宗司は貴族たちが集まっている一角に視線を向けた。その中心には第三王子エリク・ラーガスとその婚約者、エステル・バルトヘッドの姿があった。


「そんなことよりどうですか、婆様は?」


「え?、エリーゼ様ですか?お元気でいらっしゃいますよ」


話題を変えようと宗司はエドワードとアレックスの祖母のことを口にする。少し強引かとも思ったがシャルロットは特に不快に感じた様子もなく、可愛らしく首を傾けた。


「そうではなく、相変わらずで?」


「……あっ、いえ!それがですね!!」


不思議そうにしていたシャルロットの顔が一転して喜色に彩られた。


「昨日、お会いした時に――」


――グリフィス伯爵家に名を連ねるにはまだまだ足りませんが。……これからはアレックスの婚約者として、より一層励みなさい。


「ほう、では」


「はい、ようやくエリーゼ様からお許しを頂けました!」


とても幸せそうな表情を浮かべるシャルロットに宗司は優しい笑顔を向ける。


「おめでとうございます。ミス・セリアス」


「ありがとうございます。ミカゲ様、これから伯爵家の一員としてエリーゼ様に認めていただけるように精一杯頑張ります」


「私も応援させてもらいます。しかし無理は禁物ですよ、アレックスも心配してました。折角婆様の許しが出たのに倒れられては事ですからね」


そんな会話の間、幸せそうに笑うシャルロットにチラチラと探るように送られる視線に宗司は盛大な溜め息を吐きそうになるのを必死で堪えていた。


(学園に居る時のように近づいてはこない、か。貴族たちの目を気にしてか、小賢しい。やれるなら突き通せ、阿呆が)


その夜会では幸せそうなシャルロットの手前、宗司はため息を堪えるに相当の気力を使う羽目になったのだった。

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