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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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16話 勇者モニカ

 ――邪王は十数年ぶりに深い眠りの中に落ちていた。

 見ていたのは、あの日の夢。


 その時、クルミは幸福の中にいた。

 キリカを宿したと知らされ、最初は実感が湧かなかったものの否応でもいくつものの変化が訪れたことで、自分は母親になろうとしていることを肉体がゆっくりと教えてくれた。

 穏やかな日差しの中、魔王城の庭の隅に作られた木製の椅子に腰かけていた。

 魔王の城なんて大げさな呼ばれ方をしているが、小鳥が空を飛び、鮮やかな花が地面を染め、そよぐ風にはたくさんの匂いが混ざる。どこにでもある光景で、人間の住む城よりもずっと生の在り方を実感することができた。

 遠くから感じていた気配がすぐ側に来た。いい加減母親になるなら、こういう戦いの癖みたいなのは無くさないといけないな。


 「クルミ、体の調子はどうだい?」


 「絶好調だよ、お父さん。……なんちゃって」


 赤い瞳に青色の髪、額からは親指程度の小さな角が生えていた。二十代に見える優男風のこの男性は、こう見えても魔王だ。

 クルミは夫である魔王にお茶目に舌を出す。


 「イマイチ実感が湧かないよ」


 「実感て……魔王なんだし、その辺詳しいのかと思っちゃったりなんかしていたけど?」


 「キミは相変わらず言い辛いことや聞きにくいことを平気で言うな。……安心してくれよ、僕にとってはキミが最初に愛した人で最後に愛する人になるんだから」


 「……そんな魔王様こそ、平気で恥ずかしいこと言っちゃてるんだけど」


 「魔王だからね、これぐらいの歯の浮くような話ができないと」


 苦笑いをする魔王と顔を赤くするクルミ。どこにでもいる愛し合う男女がそこにはいた。

 まだそれほど大きくなっていない腹をさすりながらクルミが聞いた。


 「そういえば、どうなりそうなの?」


 「え、名前のことかい? 一応、二つ考えてあるんだけど――」


 「――違うわよ。それって、どっちも女の子の名前だったやつじゃない。まだ男の子か女の子かもわからないんだから。……そっちじゃなくて、最近は力も衰えているんでしょう?」


 本当に忘れていたのか、魔王は「あ」と小さく声を漏らす。


 「ああそっちか、うん、まあね。……キミと一緒になることを決めてから、魔力の大部分は封印したからさ。こればかりは、しょうがないよ」


 「……本当に良かったの? 最近ではいつになるか分からない人間との対話を考えて魔力を封印している人達もいるみたいだけど……」


 「まあね、今から準備しとかないと彼らを警戒させてしまうし。それに、まずはこちらから敵意がないことを証明しないと。長年続いた争いの歴史のせいで、僕らは完全に人間にとって倒すべき対象になってしまったんだから」


 悲しそうな顔をした魔王の表情からは本気でそう思っていることが分かった。

 優しい彼だからこそ、そんな風に思えてしまうのだろう。

 魔人達は静かな穏やかな生活によって、すっかり戦い方を忘れていた。どちらにしても、戦士や魔法使いが大勢でこの街に侵略をしにやってくるようなことがあれば、敗北するのは魔人側だろう。

 夫の横顔に不安を覚えたクルミは問いかけた。


 「もしも、」


 「なんだい?」


 「もしも、人間達との関係修復がうまくいかない場合はどうするの?」


 少しだけ考える時間の代わりのように、クルミの腹を撫でた魔王は、魔人の王とは程遠い素朴な笑顔を向けた。


 「――その場合は、一人ずつ仲間を作るよ。そしたら、いつかはみんな仲良しになると思うんだ」


 クルミはただただ深く溜め息を吐いた。――世界はどうして、こんな人を魔王なんかにしてしまったのだろう、と。



                    ※



 時間にしては短く、深い夢の中から覚醒するクルミの両目からは一筋の涙が流れていた。

 仰向けになった体を起こせば、少しずつ視界がはっきりしていく。すぐ隣には、片膝をついて肩で大きな呼吸を繰り返すモニカがいた。


 「目が覚めた?」


 疲れた顔のモニカに対してクルミは頷いた。


 「うん、久しぶりにこんなに深く眠った気がするよ。たぶん、これは私の負けってことだね」


 「そうだったら、嬉しいな……」


 「いいや、負けだよ」


 ときっぱりと告げたクルミ。事実、体を起こすのが今のクルミの肉体で可能な運動はそれぐらいしかない。もう一度戦えと言われれば、きっとモニカの足元にも及ばないだろう。


 「まだ、その姿のままなの……?」


 「姿? ああ、アブソリュート状態のこと? えへへ、なんか今回は戻りが遅いみたいなんだよね」


 長い金髪を触りながらモニカが言えば、この世界の調和の印のような青と赤の瞳でクルミを覗き込んだ。そんな目を見てしまえば、クルミは負けて当然だったのではないかと極端なことすら考えてしまう。


 「で、これから私をどうするつもりなの?」


 折れたカルプルヌスを放り投げたクルミの表情は、腫れ物が取れたようにどこか清々しい。


 「んー……。クルミちゃんは、どうしたい?」


 「勝ったのはモニカちゃんなのに、なんで、私に聞くのよ……。どうしたいって言われても……なんていうかさ、モニカちゃんに倒されたことで気が楽になっちゃった」


 「ええ!? でも、私何もしてないよ!?」


 「えぇ……。ここでそんなこと言っちゃう? やっぱり、モニカちゃんハンパないわぁ……」


 本気で驚きながらクルミがそんなことを言うので、モニカは自分が恥ずかしいことを言ってしまったような気分になり眉を八の字にしてしまう。金髪で凛々しいはずのその顔は困り顔になっているので、そのギャップに思わず吹き出したクルミはケラケラと笑う。


 「あははは! 久しぶりに、こんなに笑わせてもらったよー!」


 「うぅ、私の顔を見て笑うなんてヒドイよぉ……」


 「ああごめんごめん! そういうことじゃなくてね……。実際のところ、私のやろうとしていることを誰かに止めてほしかったのかも。ずっと間違えていることを知りながらも止める術を知らない。そんな私が、いけるところまでいっちゃったから、何だか体が軽くなった気がする……かも」


 嘘偽りのないクルミの言葉にモニカは頷けば、少しだけ大きくなった手を広げてクルミへと伸ばす。


 「それなら、私のやりたいことに付き合ってよ」


 「いいさ、モニカちゃんが望むならなんだって。本来なら、ここで死んだはずの命だ。モニカちゃんが望むように使ってくれ」


 「――クルミさん、私の仲間になってください」


 クルミは一瞬だけ、訝し気に目を細めるがすぐに口元を緩ませた。

 今までモニカはこうやって傷つきながらも何度も手を伸ばし続けていた。力で切り開く方法しか知らなかったクルミは、その希望とも呼べる手を差し出せるモニカなら未来を託すことができるかもしれないと考えた。

 難しいことなんて抜きにして、クルミは自分よりも僅かに小さなその手に手を重ねた。


 「この私すら超えて、モニカちゃんは何になろうとしているのかしら?」


 樹木神がクルミを仲間にしたことを知らせるアナウンスを耳にしながら、モニカは重ねた手を己の手の平でやんわりと包み込んだ。


 「――みんなを笑顔にする勇者になろうと思うんだ」



                ※


 「それって、どういう――」


 「――アブソリュート・フォース」


 クルミの言葉を遮るようにモニカは半ば強制的にクルミの力を吸収する。


 「ちょっと、待って……何を……」


 苦しそうに困惑した表情を見せるクルミに対して、モニカは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


 「ごめんね、クルミさん。……こんな悲しい出来事は、ここで終わらせないといけないんだよ」


 クルミの力が流れ込んだ瞬間、モニカは自分が世界を変えることができることを実感した。

 それはきっと、絶対にやってはいけないことで、たくさんの人を悲しませる。これはある意味では間違った道で、下手をすればクルミが選択したものよりも愚かな結末。


 「生命ヲ統ベル理」


 クルミの力を使い、モニカはアブソリュート・フォースの力を肉体の外に漏れないように停止させる。

 これなら、何年でもこの強い力を維持できる。やはり可能だ、これだけの力があるなら、妥協をせずに幸せな未来を手にすることも不可能ではない。

 さすがのクルミといえど、今からモニカが行おうとしていることを理解できないのか、眉をひそめてさらに神々しくなったモニカを黙って見ていた。


 「アルマちゃんとプリセラさんの魔法の力」


 両手を広げるモニカの頭上に出現するのは複雑に絡んだ魔法陣。

 魔法陣が複雑化する理由としては、膨大な知識量と描けば描くほどその魔法を行使する困難さの表れでもあるという説もある。事実、モニカの魔法はこの世界で誰もしたこのない魔法であり、誰もがしたいと望む魔法だった。


 「樹木神様の魔力」


 足元にも魔法陣が出現すれば、上の魔法陣と下の魔法陣が互いを引き合うようにガタガタと小刻みに震えだす。


 「ノアちゃんの肉体の頑丈さ」


 次にモニカを襲うのは、肉体と精神を引き裂くような脳内を焼き尽くすような激痛。しかし、今のモニカはモニカであってモニカではない。力を与えるノアの持つ尋常ではない体力がそんな辛さから肉体を守るために働く。


 「キリカちゃんの心の強さ」


 脳内に流れ込むのは、その魔法を実現させるためのありとあらゆる知識と真理。

 普段のモニカなら、ほんの数秒でもそれを受け取るだけで廃人になるだろう。だが、それすらもキリカから与えられた魔王と勇者のハーフという強い心を持つべくして育まれた精神力が膨大な世界の理を処理していく。


 「……クルミさんの時間に干渉する力。そして、真っ直ぐな願い」


 強い魔力による脳への負荷によって、モニカの鼻から鼻血が垂れる。それを服の袖で拭えば、モニカは強く強く世界を平和にしたいと願う。純粋過ぎて歪んでしまった想いを、純粋なままで達成させたいと。

 呆然としていたクルミだったが、ようやくモニカのやろうとしていた神にも等しい行為に気づいた。


 「ダメだよ……! モニカちゃん!? そんな魔法をするなんて、モニカちゃんの言ったことに反するんじゃないの!? ――過去へと飛ぶ魔法なんて!?」


 立ち上がろうとするクルミだが、うまく足腰に力が入らない。まるで、足から骨を抜き取られたような何もない感覚。

 クルミはようやく気付いたのだ。モニカが何をしようとしいるのかを――。

 ――モニカは過去に戻り、世界を変えようとしていた。


 「この力があれば、みんなが笑って過ごせる未来を作り出せると思ったんだ。ノアちゃんとシルハさんが当たり前の親子として過ごし、アルマちゃんがエステラちゃんと友達同士のままでイリヤさんが仲良しのままで戦うこともなく、クルミさんとキリカちゃんと魔王さんが幸せな家庭を築く。……そして、人間と魔人は争うことなく共に楽しく過ごす未来を作り上げるんだ」


 モニカの言葉を最後まで聞いたクルミは、拳を握ると力いっぱいに地面を叩きつけた。


 「――ふざけないでっ!!! モニカちゃんは、今を戦えと言ったじゃない!? だったら、モニカちゃんも今のこの世界で戦いなさいよ! それが、私を止めた責任でもあるのよ!?」


 あははー、とモニカは気の抜けた顔で笑えばクルミを真っ直ぐに見つめた。


 「こうやって責任をとる方が、もっともっとみんな幸せになれるよ。今ならクルミさんの気持ち少しだけ分かる。……誰も傷つけずにみんなを幸せにできる力があるなら、例え私は遠くに行っても……みんなの笑顔を見に行きたいよ」


 言葉を失ったクルミは目を逸らした。自分よりもずっと強い力を持ち、自分よりももっと正しい道を選ぶことのできるモニカはある意味ではクルミの理想像とも呼べた。そんな彼女の真っ直ぐな気持ちは、クルミが最も望んでいた言葉であり希望だった。そんなモニカを止める言葉は見当たらず、同時にその権利は自分にはないと考えていた。――そう、自分には。

 俯くクルミの背後から三人分の足音が聞こえた。


 「モニカ、何をしようとしているんだ!」


 最初に口を開いたのはノア。戦闘の後にしては、顔色が良いのはクルミがこっそりと彼女の傷を魔法によって癒していたからだ。そして、その両隣にはノアとキリカが並ぶ。


 「なにやってのよ、モニカ……。前々から、笑い話の一つもできない子だと思ってたけど……その冗談は面白くないわよ」


 低い声で語りかけるアルマは、既にモニカが何をしようとしているのかをはっきりと理解しているようだった。認識の違いはあっても、モニカの前に立つこの三人はモニカがやろうとしていることに気づいていた。


 「過ぎ去った過去をいつまでも引きずるのは良くないことだ。それは、キミが教えてくれたはずだ。今を生きて、明日を生きる。……違う?」


  祈るようなキリカの声を前にしてもモニカは、魔法の行使を止めることはない。ただ、嬉しそうな泣きそうな複雑な表情で三人を眺めていた。


                  ※


 いろんなことがあったな、と冷静な自分が考えていた。まるで、自分が主役の物語を第三者が書き上げているように。

 初めて異世界に飛ばされた時、正直怖くてびっくりした。同時に、嬉しいと思えた。

 元の世界では、ドジな性格のせいで、友達も全然いなかった。冗談みたいな感じで、そんなことを言っていたが、正直なところ凄く凄く辛かった。

 学校で一人で食べる昼食や、何となく居辛い気持ちになる教室、お昼休みは逃げるように図書館の隅で本を読み、図書館の隅が声の大きな人達で占領されている時は静かな場所を探すためだけに昼休みを使った。

 修学旅行だって、何となく気を遣うクラスメイトに合わせるだけでも信じられないぐらい肩が狭くなったし、体育祭の競技を決める時もギリギリまで自分のことを忘れられていた。体育祭当日のお母さんのお弁当は美味しかったが、友達がいないことを察していつも以上に明るくしてくるお母さんの姿が辛かった。どうして、こんなに明るい人の子供なのに私はこんなにダメダメなんだろうと泣きたくなった。

 だからだろうか、こんな自分ことを誰も知らない世界で特別に扱われたことが――たまらなく嬉しかったんだ。

 それだけじゃない、ありのままの私を好きになってくれる人達が友達ができた。こんなにも満たされた毎日は、こんなにも幸福な日々はどこにもない。

 その幸せは決して一人ではたどり着けないものだ。だからこそ、その幸せをくれた人達に幸せを届けたい。いつも誰かに助けてもらってばかりいたけど、それでも、私は――勇者だ。

 私は宣言する。この物語を書いている人物の思い通りにはさせない。

 断言しよう、この物語は――喜劇コメディだ。


 「――モニカッ!!!」


 はっとその声に考え込んでいた意識を向ける。

 いつの間にか、三人そろって泣きそうな顔をしている。アルマちゃんて、もうとっくにボロボロと泣いている。意外にもアルマちゃんが一番の泣き虫なの、知っていたよ?


 「ごめんね、三人とも。私ね、分かるんだ。……たぶん、過去の世界を変えたらみんなの記憶もこの世界も無くなる。でも、安心して。……その時はきっと、みんなはもっともっと幸せな世界になっているはずだよ」


 「――そんなことをしたら、アンタの居場所はどこにあるのよっ!?」


 歩み寄ろうとするアルマだが、強力なモニカの魔法の前には近づくこともできず見えない壁に弾き飛ばされる。地面に叩きつけられるアルマを支えながら、ノアも涙声で叫ぶ。


 「モニカが幸せじゃないなら、私達が幸せになるわけないだろう!? 一人で背負い込んで、一人で苦しみ続ける選択をしなくてもいいはずだ! 一緒に生きよう、今の私達とこの先の未来を! そんな完璧なものを誰も望んじゃいない! 今のモニカが、今の大切なキミのままで、この世界を旅して行きたいんだ!」


 心を温かく包み込まれるようなノアの強い言葉に、両目からは涙が溢れだす。

 泣かないと決めていたのに、涙腺が弱いのはアルマちゃんだけじゃないな。


 「ううん、一人じゃないよ。このアブソリュート・フォースの力はずっと繋がっている。みんなと一緒に共に戦い続けるんだ」


 「――そんな未来のために、モニカを救いにきたわけじゃない!」


 キリカは残った力を振り絞り、アンナス・セイバーを向ける。しかし、それはそよ風のような魔力の波動の前に掻き消えた。

 自分の無力さに気づき、キリカはアンナス・セイバーを握っていた空になった拳を地面へと叩きつけた。


 「背負うな! 抱えるな! 逃げないでくれ! やっと、やっと、キミと友達に……姉妹にもなれたんだ! それなのに、こんなのあんまりじゃないかっ!?」


 震える手を伸ばすキリカだが、それに触れてしまえば後悔する。これは、長く続く間違いを正すための戦いの序章でしかない。

 もう大丈夫だ、これから歩き出せる。こんなにも強く優しくされたなら、こんなにも良い友達ができたなら、私はもう十分だ。

 私は生まれなかったことになるのだから、元の世界での居場所も失うだろう。

 ノア、アルマとの旅の記憶も失うだろう。

 キリカとの悲しいけれど、前に進むたに必要だった日々も無かったことになるだろう。

 樹木神様との短いけど、楽しかった時間もありえるはずのないものに変わる。

 全てを失って、それでも、彼らの結末を悲劇で終わらせたくない。そんな大事な役回りが自分に回ってきたことが、どうしようもなくたまらないくらい嬉しいんだ。

 だから、私は三人に手を振る。


 「ノアちゃん、頑張りすぎるところがあるから、あまり無理しないでね。きっと、ノアちゃんは一流の剣士になるんだろうな。そんなノアちゃんのことをずっと応援しているね。楽しみだな、ノアちゃんとシルハさんが二人で剣士とかしている姿見たら、絶対かっこいいもん! えとね……きっと新しくなった世界では、家族仲良く過ごしているはずだよ。……じゃなくて、絶対に楽しく過ごしてるから! 」


 「やめてくれ! やめろっ!!! モニカには、まだ見せたい景色や食べさせたい料理がたくさんあるんだ! これからだろう!? これからが、私達の本当の旅の始まりだったはずだぞ! お前は、モニカは……私の最初の友達なのに……友達なら、私の言うことを聞いてくれ、私とずっと仲良くしてくれっ!」


 泣き崩れるノアはその場でぺたんと尻をついた。こんなにも弱々しいノアは初めて見る。でも、知っていたよ。ノアちゃんがいつも強がっていたことぐらい。


 「アルマちゃん、いつも困った時に私達を導いてくれてありがとう。きっと、アルマちゃんに出会わなかったら、ここにはいないと思う。アルマちゃんは人一番頑張り屋で、たまにドジするところもあったけど、実はそういうアルマちゃん可愛いなて思ってました。なんちゃって。……後ね、過去に戻ったら、必ずエステラちゃんも救い出してみせるから。……二人で立派な魔法使いになってね」


 「……最悪よ、ばかモニカぁ……。なんで、勝手に決めんのよ……。いつもみたいに私に相談して決めなさい……。そしたら……そしたら、教えて……あげるから……。ずっと、私達と一緒にいるのが一番だってね……。もういいのよ、もう頑張らなくていいのよ、モニカは……友達を……。――なんで、大切な親友を二度も失わないといけないのよ……!?」


 深く弾丸のようにアルマの言葉が心を穿つ。

 泣きすぎだよ、アルマちゃん。でもね、冷たいように見えるけど、いつだって他人の痛みを気にし過ぎるぐらい考えちゃうアルマちゃんは私達の中で一番優しい女の子だって思うんだ。これって、私だけかな?


 「キリカちゃん、もっと楽しい思い出をたくさん作っとけば良かったね。こんなギリギリになるまで、姉妹だなんて気づかなかったなんてね……。もしかして、お母さんの子供だから勇者に選ばれたのかな? もっといろいろお喋りしかった、もっとたくさん遊びたかった、もっとキリカちゃんことを知りたかった。……そんな幸せな気持ちを教えてくれてありがとう、キリカちゃん」


 「ボクはまだ……まだ何も恩返しができてないよ……。モニカがボクと姉妹で嬉しかった。こんなに優しくて明るい人が姉様なら、絶対に毎日楽しいだろうなと思ったし、それで友達だなんて……幸せすぎだよ。……ボクも勇者だから、モニカを止めるようなことは言わない。でも……いや、あのね……ありがとう、モニカ姉様」


 一生懸命に笑おうとしているキリカ。その表情は、今のモニカの表情とよく似ていた。

 もし本当に同じ世界で姉妹として生まれていたら、どんな姉妹になっていたかな? この世界なら、二人でお姫様とか? 私には似合わないね。

 それなら、元の世界で姉妹なら、二人で同じ学校通ったり? きっと、キリカちゃんは頭がいいから、他の高校とか行っちゃうんだろうな。

 あぁ、それでも、何て楽しそうな毎日なんだろう。


 「――それじゃ、そろそろ行くね」


 雪のように頭上から降り注ぐ魔力の粒子を全身に浴びる。浴び続ける光がモニカの体をどこか別の場所に切り取るように、触れたモニカの体部分部分を光に変えていく。

 消えていくモニカを前に、ノアは俯くアルマの肩に手を置いた。


 「モニカは友達だ。友達なら、次にまた会う日まで……応援してやるものだろう」


 ノアの言葉にアルマは目を大きくして、隣でノアの言葉を聞いていたクルミと頷き合う。


 「モニカ!!! 負けるな!!! 私は世界が変わってもモニカを忘れない!!! だから、また会うその日まで共に頑張ろう――!!!」


 既に首の下は光に変わってしまったモニカは、ノアの力強い言葉に涙を浮かべた。

 ノアちゃん……。そんな泣きそうな顔して、そんなこと言わないでよ……。

 アルマがふらつく足で立ち上がった。


 「どれだけ世界が変わっても、未来も過去も関係なく、アンタに会いに行ってやるんだから!!! そして、そして、たくさん説教してやる!!! それまで、せいぜい頑張り続けなさいよ!!! アンタは忘れても私は忘れない!! ――すぐにモニカに追いついてやるんだからっ!!!」


 それで力尽きたようにアルマは前のめりに倒れこめば、そのまま喚き泣きながら体を震わせた。

 消える、消える、私が消えていく――。

 もっと、ここにいたいよ。これから先の未来を過ごしたい。

 だけどね、それ以上に今以上のみんなの笑顔を見たいんだ。

 わがまま言ってごめんね、たくさん悲しませてごめんね。私ね、それでも嬉しいんだ。

 こんなに悲しんでくれる人がいる。

 こんなにも別れを惜しんでくれる人がいる。

 それだけで、私は――最強の勇者になれるんだ。


 「ばいばい、みんな――」


 最後に絞り出すような笑顔を向ける。消えていく視界の中に、いつまでも三人の姿を焼きつけたい。それでも、光は全てを包み込み、過去の世界へと移り行く。

 完全に視界は光に――埋もれ――すべては――。


 「――いっけええええぇぇぇぇぇぇぇ!!! モニカアアアァァァァァァァ!!!」


 今まで聞いたこのないほどの絶叫のようなキリカの声を耳に、モニカは輪郭を失った姿で微笑んだ。


 「……いってきます」


 ――光が視界を覆い、世界を変えた――。

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