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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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10話 モニカレベル29 ノアレベル90 アルマレベル92

 邪王城の最初の部屋、悪趣味な像の空間が立ち並ぶ中で、二人の強大な力を持つ魔法の使い手が互いの信念と暴力をぶつけ合わせていた。

 イリヤの放つ魔法の刃により、アルマの二つの翼は無理やり背中から切り離された。


 「うあぁ――!」


 頭から落ちていく体を反転させたアルマは魔法陣をスケートボードのようにして、宙を滑走し、部屋の中を駆け巡る。その残像を追いかけるように、後方から次々に爆発が巻き起こる。弾ける砂埃に巻き込まれたアルマは態勢を崩しながらも、落下地点に魔法陣を発生させることで再び体を浮遊させる。


 「アルマ! 大口を叩いていた割にはやることは一緒なのね!? そうやって、逃げてばかり!」

 ――元気ないわね、何かあった? お姉ちゃんに相談してみなさい。


  イリヤの声が飛ぶ。その発言通り、ただ中心で浮かびながらアルマに手をかざすだけのイリヤとは違い、アルマは額に汗を浮かべて駆け続ける。明らかに、二人の間には狩る側と狩られる側の構図ができあがっていた。


 「くっそ、なんでこんなに……!?」


 苦悶の表情を見せるアルマだが、彼女を守る魔法障壁は塵一つ通すことはない。その表情の原因は攻撃による痛みではないのだ。イリヤの一つ一つの攻撃が、アルマの感情を傷つけるのだ。


 「昔もそんな風に逃げていたよねっ!」

 ――お腹すいたでしょ。アルマ、何かお姉ちゃんが作ってあげようか?


 怒声と優しい声が同時に聞こえてくるのだ。アルマの中にはイリヤと培った温かな記憶があるせいで、今の戦いを掻き乱す。瞬間、アルマの前方から炎が上がった。


 「――ぐあぁ!?」


 突然出現した炎の壁、これは時限式の魔法だ。攻撃をして、うまくこの場所まで誘い込まれたのだ。だから、一切の魔法の反応を感じなかった。そうアルマが気づく頃には、魔法の発生を感じさせないままに上がった炎をまともに受けたアルマは地面に墜落した。


 「昔と! 今と! 何が変わったの!? あの頃と同じ優柔不断でダメダメな、高飛車アルマ!」

 ――あらら、眠れないの? しょうがないわね、それじゃあお姉ちゃんと一緒に寝ましょうか。


 力いっぱいに地面を叩けば、発生した魔法陣がアルマの体をトランポリンのように跳ね浮かせた。

 辛うじて、体勢を取り戻したアルマを前に眉一つ変えずイリヤはあの時と変わらない声で、アルマに向けて魔力の弾丸を放つ。手の平から連射される魔法による弾丸は、大きさとしては拳程度。それでも、通り過ぎるその一撃は数十メートルの大きさの銅像すらも紙のように砕く。

 改めて、姉の圧倒的な才能と強さを思い知らされる。

 才能を受け継いだのは、きっと同じだが、それ以上に姉は常識では計ることのできない部分に到達している。才能と努力と魔王の力を得るという運、全てにおいて、アルマは姉のイリヤに勝てる要素を持ち合わせていない。

 私は魔法少女だ。――しかし、姉は既に魔法使いの時点でその域にいた。

 人一倍努力をしてきた。――いいや、姉は昔から望んで戦場にいた。力を持った者の義務として、モンスターと戦っていた。

 強大な敵を倒してきた、運も持ち合わせているはずだ。――何を言っている。最終的には、モニカ達と協力したからこそ倒せた相手ばかりだ。

 不安定な足場を歩くような戦いを繰り返してきたことをひしひしと感じながら、取ってつけたような魔力の壁を発生させることで魔法の弾丸を防ぐ。

 身動きのとれなくなったアルマは、前方に発生させた魔法の壁を消さないように必死に耐えることしかできない。それでも容赦なく、イリヤは少しずつ前進しながらアルマに距離を詰めていく。


 「そろそろ、この世界は変わらないといけないの。貴女は弱くて、愚図で、わがまま……。それでも、存在価値はある。共に、私達と歩む道があるわ」

 ――ころんで怪我しちゃったのね……。ほら、お姉ちゃんがおんぶしてあげるわ。


 「イリヤッ! どうして、私達をここに導いたの!?」


 「一つは世界を知ってほしいから、二つは邪王の役に立ってほしいから。必要だったのよ。……アブソリュートの力を持つ貴女達が」


 「アブソリュートって、モニカの……――きゃっ!?」


 ふと意識が他のところに向いたのが悪かったのか、アルマの魔法の壁は粉砕した。急な魔力の流れが止まった反動と衝撃でアルマの体は宙に浮きあがった後、背後の壁に叩きつけられた。


 「闇よ、拘束しろ」


 ただそれだけ呟いたイリヤ。しかし、そこには魔法の詠唱が込められていた。

 立ち上がろうとするアルマの両腕と両足を地面から生えた光の鎖が巻き付けば、すぐ後ろの壁にくくりつけるように体を縛った。自分の体を締め付ける鎖に顔を歪めるアルマの顔をイリヤは仮面のように変化のない表情で見つめた。


 「殺すつもりはないわ、ただ暴れてほしくないだけ。つまり、私の目的はこれで達成したのよ。……お疲れさま、アルマ」


 うなだれたアルマの姿に、イリヤは無機質な声で労った。



                  ※



 ――次の部屋でも、一人の少女が苦悩と強大な力の前で苦しんでいた。

 広い空間で二人の刃がぶつかり合い、ビリビリと周囲を震わせた。


 「ほらほら、どうしたんだい! ノア! そんな攻撃で私が倒せるとでも思ったのかい!」


 「くっ……!」


 これではまるで剣の稽古と変わらない。ノアは冗談や比喩を抜きして、そう考える。

 届くはずの一撃は尋常ではないシルハの反応速度によって弾かれ、思い出したように振るわれるシルハの剣撃は確実に回避したはずなのだが、予想を超えた速さと絶妙な牽制の前にまともに攻撃を受けてしまう。

 最初は何かの魔法でも使われたのかと思っていたが、実際のところは違う。

 剣士が剣士だけに放出することのできる実体を持った殺意というやつを感じ、剣を動かすよりも早く殺意という攻撃を感じてしまうのだ。しかし、首に向ければすぐに終わらせるはずだが、剣の面で叩くように当ててくる辺りは、己の殺意というものを自由に操っているのだろう。いずれにしても、精神的にも肉体的にもシルハを超えていないノアにできる芸当ではない。

 ここは一旦、間合いを取ろうと考えていた矢先、


 「守るんじゃなかったのかい!? この汚れた世界を!」


 回避行動に移ろうしたノアだったが、逃げるな、とシルハに言われた気がして、その足は後退するどころかシルハへ向かって勇気のいる一歩を踏み出していた。


 「汚れているのは、貴女達の方だ! ――落雷裂ライトニングスラッシュ!!!」


 隙はなくても不意はつけるのでは、と考えていたノアの渾身の一撃。雷と炎を巻き上げながら、確実にシルハの胴体へと吸い込まれた。――直後、爆発と落雷。しかし、巨大な芋虫が這い回ったように陥没した前方方向には倒れたシルハどころか腕の一本もない。


 「振りが大きいんだよ! ノア!」


 声が背後から聞こえ、咄嗟に後方へと剣を振れば、ノアの刃は虚空を裂いた。代わりに視界に飛び込んできたのは、頭上から迫るシルハの足。

 背後に回り込んだシルハはわざと声を出して反応したノアに合わせて跳んで、飛び蹴りを放ったのだ。そう考えが追いつくと同時に、槍のように重たい蹴りを頭に受けたノアの意識は闇の中に落ちていった。


 「おやすみ、ノア。目覚めた時は、きっといい世界になっているはずだよ」



               ※



 「――そんなので、誰も救えないよっ!」


 ただ力任せのモニカの一振りをクルミは受け流し、一切の容赦なく流した力のままに反転しモニカを蹴りつけた。

 前に向かっていた体を強引に振り払われる感覚と共にモニカの体が飛べば、壁に着くまで地面を何度も転がり続けた。


 「それはこっちのセリフだよ、モニカちゃん。さっきは驚いたけど、どれだけ自分の力を底上げしてもモニカちゃんはモニカちゃん。救える器じゃなかった、それだけの話だよ」


 面倒くさそうにクルミは肩に剣を担げば、溜め息混じりに告げる。

 一応、モニカの肉体を守るために樹木神の加護を受けてはいるが、度重なる攻撃でモニカの肉体の疲労も誤魔化しきれないものになっていた。

 おもむろに、「どうして」とモニカは呟いた。


 「……クルミさんは、何で私こんなところまで連れてきたの……?」


 「モニカちゃんに世界を知ってほしいから。……それで、私達のことを受け入れてもらえないなら、キミの力をいただく」


 「いただく……? 私にクルミちゃんに何かを与える力なんてないよ……」


 「――アブソリュート・フォース。あれって、もの凄いレアなのよ。私に仲間全員、おまけにモニカちゃん達を洗脳かなんかして無理やり仲間に引き込んだ後に、全員の力を私に集約させる。そうして、時間を超える」


 よろよろと立ち上がりながら、まともに働こうとしない思考でモニカは「時間を超える?」と問いかけた。


 「そうよ、私にはできなくても、シルハちゃんやイリヤちゃん。それに、モニカちゃん達の力を合わせれば時空だって超えられる。……魔王様の死の直前に現れ、あの人間達を全員葬る」


 「葬るって……。みんなを殺しちゃうってこと!?」


 じっとクルミはモニカの顔を見つめ、短く頷いた。そこにはいつものふざけた人をおちょくるような雰囲気はない。


 「そしたら、もっと多くの人が悲しむよ! もっとたくさんの人が戦って、傷つく……! そんなの子供の私でもわかるんだよっ!」


 「大人の私なら、もっとわかるさ。でもね、大人だからこそ、そういう正論が通じないんだ。あの日の身を焼くような憎悪と殺意は、綺麗な世界を見つめ続けるモニカちゃんには理解できない。大人はさ……きっと、私のことを応援してくれると思うんだよ。そろそろ、魔王を滅ぼし続ける世界は終わらせないといけなかったのさ」


 「――だからって!」


 剣を握りなおせば、モニカはクルミへと駆けだした。


 「道はそれだけしかないの!?」


 決してモニカが遅いわけではない。オオグなら、今のモニカの一振りで頭と体が永遠にお別れすることになるだろう。しかし、相手は勇者で魔王で邪王のクルミだ。

 ほぼ条件反射的に、剣を下から上に振り上げたクルミは向かってきたモニカの剣を切り上げた。宙を回転した剣は天井に突き刺さり、クルミが刃から発生した魔力の衝撃を受けたことで、モニカの体は紙のように宙に浮けば地面に落ちた。


 「終わったね、モニカ。おやすみ」


 クルミの耳の中に聞こえてくるのは、仲間たちによる戦いの終わりのアナウンス。とりあえず、終わったことにホッと息を吐き、目を閉じる。次に目を開いた時には、世界は変わっているのだと信じながら、目を開いた。そして、必要以上に目を見開いた。


 「まだ、立ち上がるのね……。本当、私はいい母親をしていたようだね」


 立ち上がろうとするモニカの目はまだ死んでいない。いや、それどころかさらにその瞳の奥の輝きは強くなろうとしている。

 モニカの覚醒の予兆を側で感じるクルミには、何年ぶりか思い出すこともできない焦りの感情があった。だからなのだろうか、気が付けば、クルミは己の剣に魔力を滾らせ、本気でモニカを殺すための一振りを振り下ろしていた。


 「――モニカァッ!!!」


 邪王である自分が、単なる恐怖心から剣を振り回していることなんて忘れ、クルミの一撃は弱り切ったモニカへと向かう。

 ――キィン、とどこまでも高い高い高温が響き渡った。

 クルミの刃はモニカに届くことはなく、その眼前で横から急に現れた魔力の剣によって防がれていた。


 「世界中の都市を回って、モンスターの卵を退治してたら遅れた。……大丈夫かい? モニカ」


 体を強張らせていたモニカは、突然現れて自分の命を救った人物の姿を見て顔に喜色を滲ませた。


 「へへへっ……。やっぱり、優しいなー。うん、モニカは大丈夫だよ!」


 「ゆっくりと立ち上がっていいから、今からこの邪魔な剣をどかすよ。――押し返すぞ、アンナス・セイバー」


 魔力の剣がその呼びかけに呼応するように、一度大きく輝けばクルミの剣を押し返した。

 クルミは顔に脂汗を浮けば、顔にかかる髪をかきあげた。そして、モニカに手を差し出して立ち上がらせようとする人物を見つめた。


 「まさか、キミが私に敵対するとは思わなかったわ。やっぱり、私の人生てうまくはいかないことが多いなぁ……。――ひさしぶりね、キリカちゃん」


 モニカを表情少ないながらも優し気に見つめていたキリカは、クルミを睨みつけた。


 「ただいま、お母さん。最低最悪な再会をありがとう。これは、ボクの最初の反抗期だ」


  全ての記憶を取り戻したキリカは、己の右目の大きすぎる眼帯を引き剥がした。――真実をその眼で見つめるために。

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