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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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9話 モニカレベル29 ノアレベル90 アルマレベル92

 クルミが邪王に至る経緯を黙って聞いたモニカは、ただ邪王クルミの顔を見つめ続けていた。

 数分の話だったが、クルミの抱えるたくさんの苦しみが重たくのしかかった。一見すれば、もう終わってしまった物語のように簡単に話をしてしまったが、この復讐の物語は終わっていない。それどころか、悲劇の幕開けを告げる新章が始まろうとしていた。

 ――止めないと。

 モニカの胸の中には、そんな感情が湧き上がる。しかし、今のクルミをどう止めればいいのだろう?

 元の世界にいたモニカの母親としてのクルミはといえば、いつでも元気でどこか抜けたところもあったが、娘のモニカからしても眩し過ぎる太陽のような母親だった。そんな母親と同じ性格であるはずの目の前のクルミは、太陽どころか一度覗き込めばどこまでも広がる深い闇のようにも思える。

 この人は怖い。素直にモニカはそう感じていた。

 もともと表情に出やすいモニカのことだから、クルミはその葛藤に気づきつつ言葉を続ける。


 「悩む気持ちもよく分かるし、私がどれだけ矛盾しているのかも理解できている。だからといって、足を止めることはできない。――勇者クルミの物語は悲劇でしかなかったの」


 「……そんなの」


 重たい静寂を震わせるように、モニカの小さな声が響いた。そして、顔を上げたモニカがクルミに言う。


 「そんなの、おかしいよ……。お母さんは……いや、クルミさんは……悲劇を悲劇のままで終わらせて満足なの?」


 母がクローンだったというのはショックだったし、自分が今から救おうとしていた世界に迷いが生じたのも事実だ。それでも、モニカは暴力で解決しようとするクルミを許すことはできない。

 無表情でクルミはモニカに視線を送れば、クルミはモニカに剣を突きつけるような殺気を向けた。


 「勇者の物語は喜劇で終わることを多くの人間は望むだろう。勇者は世界を救い、魔王は世界を統べる。だけど、私の物語は邪王の物語だ。自己中心的な……この物語が始まりだした時点で、私の物語は悲劇への一本道だったのさ。言っている意味分かるかい? 悲劇上等、この悲劇の果てが喜劇なら私は喜んで悪にも神にもなる」


 低い声で言えば、たっぷりとモニカにプレッシャーを与えながら立ち上がった。


 「私は私の道の障害となるものを全て破壊し、大陸中に放った巨大モンスターの卵を孵化させる。この大陸を浄化した後は、次は世界を滅ぼしに向かうさ。一週間もかけずに、世界中に邪王の名を広める自信があるよ。さて……モニカはどうする? 私の障害となり立ちはだかる? それとも、素直に世界を修正する私達の仲間になるかい?」


 見下ろすクルミに睨みつけられれば、全身を悪寒が駆け巡る。これは何度も経験してきた本物の殺気。返答次第では、すぐにでも命を奪われることをモニカは肌で感じていた。だが、これは自分の戦いであり、逃げないと決めた場所だった。

 お菓子の並べられたちゃぶ台に手をつけば、モニカは立ち上がった。頭一つは背の高いクルミを睨みつける。


 「例えどんな理由があっても、今のクルミさんをそのままにしておくことなんてできない。ここに、ノアちゃんやアルマちゃんがいたなら、絶対にこう言うと思う。――絶望や悲劇の先に平和はやってこない! 今のクルミさんの言葉のどこにも、平和なんて言葉は出てこなかった! そんなクルミさんに世界を任せることなんてきないよ!」


 「……言ってくれるわねえ? その可愛らしい首が飛ぶ姿は見たくない。殺しはしないけど、世界が綺麗になるまでは眠っていてもらうわ」


 気が付けば、モニカの首筋には何やら冷たい感覚。その感覚を探れば、クルミの手の中にはクリムヒルトで奪われた一本の剣――カルプルヌスが握られていた。

 今のクルミが本気になれば一呼吸置く前に、モニカの首と体が永遠に離れ離れになることは簡単に想像できた。

 逃げたい、怖い、早く帰りたい、泣き叫びたい。

 モニカの胸中には、今までとは比べものにならないほどの激しい感情の嵐が巻き起こっていた。

 一度、瞼を落とし、友人達の顔を思い浮かべる。それだけで、不思議とモニカは恐怖に飲まれることはなかった。次の瞬間に目を開いたモニカは真っ直ぐにクルミを見つめていた。


 「クルミさんは間違っている。ダメでも、弱くても、私は勇者だから……全力でクルミさんを止めてみせる。邪王の物語が悲劇なら、勇者モニカの物語の喜劇にクルミさんを巻き込むよ」


 クルミはモニカの強い言葉に驚いたように目を大きくさせ、その後に殺気と共に目を細めた。


 「あぁ、そう。じゃあ――」


 僅かにカルプルヌスが揺れた。そして、モニカはこの瞬間しかないと思っていた。


 「――おやすみなさい」

 「――今だっ!」


 突然、クルミの頭上から現れたのはモニカの分身。剣を振り落とす先には、クルミの姿があった。表情一つ変えずにクルミがカルプルヌスの剣を振れば、膨大な魔力と共に頭上から現れた魔力を焼き払った。

 一瞬の隙をついて地面を這いずり、クルミから距離を開けたモニカはすかさず『ぐんだんスキル』を発動する。


 「出てきて、みんなっ!」


 部屋のクローゼットを突き破り、数十人の分身モニカが一斉にクルミに飛びかかった。


 「ラスボスを前にして、こんな悪足掻きしかできないなんてね」


 溜め息混じりに呟いたクルミは虫でも払うような軽い剣の一振りで、モニカ達を消滅させた。


 「まだだ! まだだよっ」


 押し入れが入口にでもなっているかのように、モニカの分身達は次から次に飛び出してくる。


 「ったく、人の家でドタバタと……。場所を変えるよ」


 地面を蹴れば、クルミはモニカが最初入ってきた扉に吸い込まれていく。モニカの分身達もそれを追いかけ、扉に飛び込む。最後にモニカが部屋の外に出れば、前の二つの部屋ほどじゃないものの広い空間に出た。足元から伸びる赤い絨毯に、数十メートル先の豪華な装飾のされた椅子は玉座というところだろうか。何十人もののモニカ達がドタバタと走り回るが、床が揺れることはないので頑丈な造りなっているのだろうと察することができた。

 クルミは一切力の入っていない動作で、作業的にモニカの分身達を消滅させていた。


 「勇者の力は、こんなものなのか……。これじゃ、私は絶対に倒せない」


 「これで、終わりじゃないよ! ――がんばれぇ! みんなぁ!」


 モニカの右手の勇者の印が輝きだせば、放たれる光の粒子によりモニカぐんだんの体が輝きに包まれた。クルミに比べて圧倒的にゆっくりとした動きをしていたモニカの分身達の剣が重たく、スピードが加速する。それどころか、クルミの一振りで手が届く範囲は全て消滅していたモニカ分身達が、少数だが避けられるようになっていた。


 「考えたね、これは」


 「『ぐんだんスキル』と『おうえんスキル』の合わせ技だよ!」


 「でも、」とクルミは呟いた。

 カルプルヌスに魔力を込めれば、漆黒の炎が迸る。そして、剣を己を軸として回転させた。瞬間、周囲にいたモニカ分身達は炎に飲み込まれて消し飛んだ。


 「モニカちゃんには、これが限界だね」

 

 「――まだだよ、それで終わりじゃない! みんな、よろしくお願いしますっ」


 そこでようやくクルミは気づいた。モニカの背後には、数十人という数えきれない数のモニカの分身達がいた。モニカの分身全員が両手をメガホンのようにして口に近づける。クルミまで聞こえるほど、一斉に息を吸い込めば、


 「「「「「――がんばれええええぇぇぇぇ!!! モニカアアアァァァァァ!!!」」」」」


 モニカの分身達の応援は、ただの大声でない。ましてや、精神的に鼓舞するものでもない。大勢の――『おうえんスキルだ』。

 そして、それの向かう先は、モニカ。つまり、数十人分の身体能力強化の魔法がモニカにかかる仕組みになっている。今のモニカは、紛れもなく凄腕の剣士と呼べる実力を手に入れていた。


 「でやああああぁぁぁぁぁぁ――!!!」


 全身から湧き上がる魔力を放出して、モニカは一直線にクルミに突進した。

 呆けたようにその光景を眺めていたクルミは慌てて、モニカの剣を己の剣で受け止めるが、激しい力の衝突に二人の周囲の空間を激しい光と共に空間を震動させる。


 「この力っ……!?」


 予想外に重たいモニカの剣の一撃に、受けたクルミの足はほんの数センチだが後退した。そのまま、ぐっと大きく踏み込んだモニカの一歩は、既にクルミの懐に飛び込む。


 「クルミさんに見せてあげるよ、今の私が昔とは違うってことを! 泣いていただけの怖がっているだけのモニカじゃないってことをね!」


 勇者であった者と勇者であろうとする者が、己の思い描く平和のために刃を交えた。

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