表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
80/90

8話 モニカレベル29 ノアレベル90 アルマレベル92

 はっはっはっ、と肩で息をしながらモニカは唖然としていた。

 城内に入ってから見てきた部屋は、いずれも広い空間だった。そのため、三つ目の部屋もかなり広い場所になっているのではないかと考えていたが、今モニカの眼前に広がる空間は狭いフローリングの廊下の突き当りには小さな扉があった。それもモニカの世界の民家ではポピュラーな開き戸がそこにはある。

 フローリングの床の先に扉があると、まるで友達の家に遊びに行ったような気分になる。短い廊下を進み、突き当りの扉のところには、


 「『くるみのへや』?」


 と書かれた丸文字のドアプレートが下がっていた。

 あまりにも怪しすぎるが、他に扉も道もない。だったら、もうここに入るしかないのだ。


 「だ、誰かいますかー?」


 二度ほどノックをしてみた。


 「どうぞー」


 一切緊張感のないクルミの声が室内から聞こえた。

 その声があまりにも日常的なもの過ぎるので、ふわっとモニカの肩の力から抜けかけたが、慌てて両手の拳を握り力を入れる。汗ばんだ拳を緩め、ドアノブに手をかければ外側へと開いた。


 「いらっしゃーい、モニカちゃん」


 「え……」


 モニカはとうとう言葉を失ってしまう。

 六畳一間の部屋は、この世界で見ることはないと思っていたもので満ち溢れていた。

 壁際にあるのて四角形の一昔前のテレビ、それと繋がるのは家庭用ゲーム機のプレス○。本棚には、誰しも一度は目にしたことのある往年の名作である漫画本がずらりと並び、隣の棚には一昔前のアニメキャラのフィギュアが並んでいた。クルミの待っていた空間は、どこかホッとするオタク部屋だった。


 「立ってないで、こっちに座りなよ」


 出しっぱなしだったのか布団をたたんで押し入れに片し、壁にかけられていたちゃぶ台を中央に置いた。すると慣れた手つきで、急須から淹れたお茶の香りは緑茶のそれ。どこから取り出したのか塩のまぶした油で揚げた物体、この形はまぎれもなくポテトチップス。異世界だということを忘れそうになるほど、衝撃的な物がその部屋に満ちていた。そして、ここではっきりした。――紛れもなく、クルミはモニカの世界の人間だ。

 言われるがままにモニカはちゃぶ台の前に正座をすれば、クルミはあぐらをかいてちゃぶ台を挟んで座った。


 「あー、驚いているでしょ? 部屋にある物のほとんどは私の実家から持ってきたものなんだけど、このポテチと緑茶はお手製。やっぱり、どうしても食べたくなってね。お一つどうぞ」


 余裕のなさそうなモニカの顔に気づいたクルミは、すぐにポテチを一枚取れば口に放る。食欲を刺激する小気味の良い音が狭い部屋に響いた。


 「ほら、毒なんて入ってないってば。グッズ類は元の世界と行ったり来たりして持ってきたけど、食べ物だけは自分で作るしかなくてね……久しく食べてないんだし、モニカちゃんだって食べたくて仕方ないでしょう? ここまでのクオリティにするのは、それなりに時間がかかってんだから、味は保証するよ」


 おそるおそるモニカは一枚手に取れば、それを口に入れた。


 「うぅっ……!?」


 「どう、おいしいでしょう?」


 口に手を当てたモニカがクルミの質問に何度も頷いた。


 「はい、はい! これ、本物ですよ!」


 「でしょう? モニカちゃんも私の子だから、こういうの好きだっていうの知っているのよ」


 懐かしいお菓子の味に二枚三枚と口に入れていたモニカは、クルミの声を聞いて手を止めた。


 「……お母さんなんですか?」


 先ほどまで顔を赤くして嬉しそうにポテチを食べていたモニカの表情に影が落ちる。クルミはただその顔をじっと見つめて返答する。


 「ええ、私は貴女のお母さんであることは間違いない」


 「じゃあ、一体どうして――!」


 「――ストップ! なんでも聞く前に一つだけ教えて……。モニカちゃんは、今どうしたいの?」


 半開きの口を閉じ、手元の緑茶を流し込めば、紛れもない元の世界の味に心が落ち着きを取り戻した。そして、モニカは真剣な表情で気持ちを伝える。


 「……お母さんの話を聞きにきたんだよ。お母さんのことを知ってから、私はどうしたいのかを決める。何も分からないままなんて嫌だから、ここまで来たの。……教えてお母さん、何も知らないままで戦うことなんてできないよ」


 「他の二人は自分の肉親と戦っているのに、モニカちゃんはそんな風でいいの?」


 「ノアちゃんもアルマちゃんも一緒だよ。二人とも、大切な家族を止めたいと思って戦っている。それは、私を信じているから。二人は戦うことが正しいと信じているから。……今の私の戦いは、お母さんの話を聞くことだよ」


 クルミは感慨深げに深く息を吐くと、ずずっと緑茶をすすった。


 「なるほど、これが『今の』モニカちゃんの戦いか……。いいよ、この戦いの勝率はかなり低そうだけど、戦ってみよう。全てを聞いた上で、たくさん悩んで……それから決めるといい。今からする話は、モニカちゃんの全ての疑問の答えになるはずよ」


 モニカはコクリと頷いた。


 「――今から語るのは、世界を壊そうと思った勇者のお話」



                    ※



 私もね、モニカちゃんと同じように異世界に送られたの。

 モニカちゃんは、確か目が覚めたらこの世界にいたのよね? 私は、高校三年の頃に通学している途中でこの世界に飛ばされちゃったわけ。通学路を曲がった瞬間にドーンよ! ドーン! 最初は車にでもぶつかったか、運命的な謎の転校生の出会いがあるかとテンション上がっちゃったわけよ。かと思えば、老いぼれ爺のでっかい木が目の前にあるじゃない。……まあそこから、三日ぐらい揉めてから勇者になることを決めたの。

 あの時代は、過去の大戦で生き残った魔王の末裔と魔人が戦争を起こそうとしていた。私は、その世界の異変を止めるために勇者として呼ばれたのよ。


 まあ、私は割と戦闘センスが高かったみたいで、うまいところ特別危険もなく旅を続けていたの。勇者クルミの名前が割と売れ始めた頃だったかな? ――シルハちゃんに出会ったの。

 いきなり襲い掛かってきた魔人の女の子。長い戦いの末、シルハちゃんの話を聞いてみたら、魔人や魔王が人間に対して侵略をしようとしていることを聞いたわ。シルハちゃんも参加する予定だったけど、偶然私の話を聞いたため勇者クルミが脅威になると思って命を奪いにきたはずだった。

 でも、私の方が強かったからさ敗北したシルハちゃんには魔人の力を使えなくなる封印魔法を施したの。昔から負けず嫌いで、困ってたから仕方なかったのよねえ。ほとんどなし崩し的に旅を始めた私達は、共に様々なものを見ていく内にいつしか宿敵同士から友人同士に変わっていった。

 その頃には、悪い魔人や魔王を倒すというよりも、どうにか説得して戦いを止めさせたいと思うようになっていたわ。ほぼ無意識に、魔人化の封印魔法も解いてたし。シルハちゃんが人間の体でも強いのは、この辺が理由かもね。


 旅の途中で出会ったのは、まだ幼いイリヤちゃん。

 まだ十歳にもなっていなかったはずだけど、偶然、モンスターと戦っていた私達を見て憧れて、旅に同行しようとしてきたのよ。

 さすがにこんな子供と旅をするわけにはいかないと思っていたけど、私が来たばかりの頃にクルムヒルトの街で暴れていたモンスターを退治するのに協力してくれたわ。正直、あの時はイリヤちゃんがいないとどうなっていたか分からないわね。

 その後、いつか共に旅をすることを約束して私とイリヤちゃんは別れたわ。……あの出会いが、こんな戦いに巻き込むなんて考えもしてなかったけどね。


 情報を集め、戦い、ようやく辿り着いたのは魔王の末裔が治める魔人の街。

 最初は攻撃的だったけど、シルハの協力もあって根気よく話をしていたら、魔王様に会わせてくれるようになったの。

 私とそれほど変わらない年齢の魔王様は思慮深く、人望の厚い男性だった。

 何度も魔王様に会っていく内に、私と魔王様は互いの立場も忘れて惹かれていった。気が付けば、私と魔王様の関係は怨敵同士から夫婦という関係に変わったわ。

 身勝手な話だけど、私てあんまり前の世界に愛着なかったみたいなのよね。だから、この世界で魔王様とずっと暮らしていくのも悪くないなと思っていた。事実、幸せだったし。いつしか、私と魔王様が人間と魔人の架け橋になれたらいいなとすら話していたわ。経緯はどうあれ、世界の異変は過ぎ去ろうとしていた。

 お腹に新しい命が宿った頃だったかしら? 人間達が私達の住む街を襲撃したの。

 私という新たな魔人達の女王の出現により、人間に情が湧いていた魔人達は実力の半分も出せないまま蹂躙された。

 もちろん、私も戦いに参加しようとしたけど、魔王様がそれを許してくれなかった。同時に、これは魔王様自身が起こした悲劇なんだと教えてくれた。


 『少しずつ、私達も変わろうとした。人間達と歩み寄ろうと思っていたんだ。それで、クルミを驚かそうと秘密裏に和平交渉を進めていた。……その結果がこれだった。私と彼らは決して分かりあうことのできない。僕の力を授けるから、この力でお腹の子と幸せに生きてほしい。――愛している、クルミ』


 強引に魔王様の力を授けられ、混乱する私に睡眠魔法をかけ、樹木神のところまで強制的に転送した魔王様は民のために戦い――散った。

 傷ついたシルハちゃんは偶然助けてくれた男性と恋に落ち、ノアちゃん達を産んだ。

 兵士達が進行していった話を聞いて、心配になったイリヤちゃんが魔人の街にやってきたんだけど、その凄惨な光景を見て、人間達に絶望し、世界の理不尽をなくす決意をした。

 それからの私は三日三晩泣き続け、樹木神からは元の世界に戻る提案を出されたわ。それを拒否し、その代わり、私は己の魔力で自分の分身を作り出した。

 考え、行動し、そして年老いて、当たり前に死を迎える。そんなクローンを、私は元の世界との決別のために帰還させたわ。唯一、心残りだった両親を心配させたくなかったからね。

 それから、私は邪王を名乗ることにしたのよ。この世界に復讐し、この世界を作り変えるために。

 人間でもない魔人でもない、ましてやモンスターでもない、私という邪王という恐怖の存在が永遠に君臨し続けることで、永久の平和を生み出そうと思ったのよ。

 おそらく、私という脅威が現れれば、人間と魔人は共通の敵に対して協力し共に戦うことだってあるはずよ。今のモニカちゃん達のように。

 永久永遠にこの地の生きる全ての者たちの憎しみの矛先を受け続けることで、私は世界を救済する。


 ああそうそう、言い忘れていたわね。

 私のお腹の女の子は――キリカちゃんよ。

 こっそりと育てていたんだけど、遠くの世界を見てみたいと思ってたキリカちゃんは私の元から抜け出してたみたいなのよ。急いで探しに行ったら、モンスターに襲われていたから助け出したんだけど、その時にはショックで記憶を失っていた。

 私はそれを好機に思った。このまま彼女を争いに巻き込むよりも、何も知らずにこの世界で生きてほしいと考えるようになったの。

 多少イレギュラーはあったけど、穏やかな村で過ごすキリカちゃんを見ていたら私も幸せになったわ。

 まあそれでも、勇者になるなんて言い出して、モニカちゃんと共闘するなんてすごい運命の悪戯だなーて思っちゃったりはしたけどね。


 さて、モニカちゃんもそろそろ疑問に思っている頃でしょ?

 そうよ、正確にはモニカちゃんは私が産んだわけではない。でも、出産の記憶あるわ。

 私の作り出したクローンは、異世界の記憶を失ったままで普通に生活し、普通に結婚し、モニカちゃんを産んだ。私は彼女の見ているものを見ることができるから、その日々を見つめ、モニカちゃんの成長する姿も眺めていた。だから、貴女のお母さんと私はほぼ同一の存在と思ってもらってもいいわ。

 樹木神様もモニカちゃんみたいな女の子を呼んだことを不思議がっていたけど、きっとモニカちゃんが私の娘だったからでしょうね。

 ここにモニカちゃんが来るまでには、一切偶然はない。ここに貴女がいるのは必然。


 これまでが、勇者クルミの物語。――そして、これからが邪王クルミの物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ