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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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7話 モニカレベル29 ノアレベル90 アルマレベル92

 アルマを最初の部屋に残し、階段を駆け上がり次の扉に飛び込んだモニカ達。最初に入った空間のように異質な場所ではないかと考えていたモニカ達だったが、そこも漏れなく異質と呼べる空間だった。

 最初にモニカは体育館や運動場を思い出した。奥に扉が一つあるただ広い空間。頭よりもいくつか高い位置にぐるりと囲むように置かれた椅子のせいで、部屋というよりも、まるで闘技場のようなものを連想させる。

 奥の見える位置にその扉があることは分かるのだが、何故だかそこをやたらと遠く感じた。


 「行くぞ、モニカ」


 誰もいないことを確認したノアが言えば、モニカは「うん」と緊張した面持ちで頷いた。

 中央まで駆けていく二人。黙ったままの緊張感に耐え切れなくなり、モニカはノアに声をかけた。


 「ノアちゃん、アルマちゃんて大丈夫か――」


 「――動くな、モニカ!」


 急停止したモニカの鼻先をノアの振りぬいた刃が通り過ぎる。眼前で火花を刃が散らし、見慣れた衝撃にモニカは驚きのままに腰を落とした。


 「きゃっ――!?」


 尻餅をつくモニカを守るようにノアが前に出れば、『襲撃者』に対してその勢いのままに剣を横に振るった。

 『襲撃者』は常人離れした俊敏な動きをすれば、ノアから距離を空けた。

 モニカからしてみれば瞬きをしている間の出来事にやっと思考が追いつき、視線をノアと『襲撃者』の方へ向けた。


 「お前も邪王の手先か」


 剣を構えるノアの前方には、黒いローブで顔をすっぽりと覆い剣を持った人物がいた。見え隠れする腕や膨らんだ肩を見れば、中に鎧を装着しているようだが、その体形は姿は女性だった。


 「問題だ、私の正体を当ててみろ」


 さっとローブの女が呟いたかと思えば、その言葉の意味を考える間もなくノアへと突進する。

 きらりと剣が煌けば、ノアは己の剣で受け止めた。重たい一撃に受け止め続けることが得策ではないと判断したノアは刃を受け流し、牽制のための剣を振るう。二度、三度の刃のぶつかり合いの後に二人は後方へ飛んだ。


 「……まさか、な」


 黙って二人の戦いを見ていたモニカだったが、ノアの不思議な表情に首を傾げた。

 戦っている時には一度も見たことのないノアの複雑な表情。困惑、混乱、動揺、何故かごくわずかな喜び。


 「問題、私は誰でしょう?」


 ローブの女の声に意識を向けた瞬間、ノアは目を大きくさせた。

 右手に剣を構え、それを頭上まで上げて水平に、左手で己のバランスと推進力を上げるために前方へ。それは、ノアの得意する母から教えてもらった剣の構え方だった。


 「問題を解く手がかりは、本気の刃を交えること」


 ありがたくもないヒントを口にしたローブの女はさらに深く腰を落とした。

 反射的にノアも同じ構えをとれば、迷いを断ち切るように全力の一撃を放つことに意識を集中する。

 ローブの女が地面から足を離した瞬間、ノアもただ目の前の敵を穿つための突きを放つ。


 「――はああああぁぁぁぁ!!!」


 ノアの剣はローブの女を仕留めた。と、モニカは思った。しかし、実際はその邪魔なローブを貫いただけだった。だが、ローブの女もそのままでは危険だったのだろう。ノアの脇から転がるようにしてそこから離れた。

 ――ノアによって切り離されたローブ女の物と思われる銀髪を宙に漂わせ。


 「問題の答えは?」


 背後に立っているローブの女の声にノアは背を向けたままで、振り返ろうとはしない。どこか怪我をしたのでは、と心配をしたモニカは慌ててノアへと叫ぶ。


 「あの女の人……どこかで……じゃなくて! ノアちゃん! どうかしたの!?」


 心配で駆け寄ろうとするモニカへノアはすっと手を伸ばして制止させる。そして、下唇をきゅっと噛めば振り返った。そして、すぐにノアの顔には動揺が浮かび、それは失望の色になる。


 「どうして、ここにいるんだ。――お母さん」


 まだ首から下に残っていたローブを剥ぎ取った女性の下には、燃え盛る炎のように漆黒の鎧が見える。剣を肩に乗せれば――シルハは歯茎を見せて笑う。


 「娘の顔を見に、地獄から会いに来たんだ。それじゃ、通じないかい?」


 「通じるわけないだろ!? なんで、こんな時までいつもの調子でいられるんだ!?」


 カンカン、と刃を肩の鎧に当てながら何か考えるように視線を上に向けていたシルハ。そして、その鋭い視線はぼんやりとしていたモニカに向けられる。


 「モニカちゃん、悪いがここは親子水入らずにさせてもらえないかねえ? 一つ前の部屋に戻れとは言わないよ。……お嬢ちゃんには、お嬢ちゃんに相応しい次の場所があるからさ」


 剣をくるりと回せば、刃の先を奥の扉へ。

 困り顔のモニカはノアを見れば、自分のことで精一杯だという表情のノア。それだけで、モニカは自分も前に進まなければいけないという決心をした。

 一度深呼吸をすれば、二人の間を抜けて走り出す。


 「モニカ」


 通り過ぎる前にノアから声をかけられ、足を止めた。


 「ノアちゃん」


 「いや、振り返らなくていい。もし顔を見たら、モニカを先に行かせることができなくなる。……長い言葉はいらないが、これだけはしておきたくてな。――約束だ、モニカ」


 モニカの背中を見ながらノアは小指を立てて見せた。その一言が嬉しいのか悲しいのか、モニカの小さなが背中が震える。たぶん泣いているんだろうな、なんて思いながらもノアは黙って小さすぎるその体を見つめた。


 「うん……約束……。絶対に守らないとダメだよ……」


 「ああ、無論だ。モニカとアルマと旅をして、もっと楽しいことをしよう。きっと平和になった世界だ。楽しいことだらけだぞ」


 「たはは……。今以上に楽しくなっちゃったら、私バカになっちゃうよ」


 ごしごしと目元を擦れば、モニカは高く小指を立てて見せた。それは、今戦っているアルマや今から辛い戦いをしようとするノアとの絆の証。

 後はもう言葉はいらない、待ち構える困難へと突き進むだけだ。モニカは次の扉を押し開けた。



                  ※



 「――さて、」


 モニカの背中を見送ったノアは、ようやくといった様子で母親と向き直る。


 「私の顔を見に来たというのは、間違いなさそうだ」


 よく知っている思い出の中と全く変わらない笑顔でシルハは返事をする。


 「母親だから当然だ。大きくなったね、ノア。……イムやルルも元気にしているかい?」


 「心配しなくていい、私とお父さんで協力して家事を分担してやってるよ」


 「そうかい、その様子なら爺さん婆さん達も元気そうだ。あの男はもともと家事が苦手だったんだが……随分と変わるもんだね。昔から優しいところがあったからね。まあ、私はそういうところに惚れたんだがな」


 ずっと考えていた会話だった。家族の無事、父とのなれそめ、こんな場所じゃないならどれだけ心落ち着く時間になったのだろう。そして、どこで間違えてしまったのだろう。

 ずっと話をしてくれそうだが、このまま母と話を続ければ、きっと止められなくなる。

 揺らぐ心苦しくなる感情から押さえ込むために、前方のシルハへ殺気を向ける。


 「この世界の危機を救うために、家族を置いて旅に出たんじゃないのか? 私をそれを誇りに思い……今日まで……。それに、私達は死んでいたんだと思っていたんだぞ!?」


 「それは謝るよ、アンタに私の偽物と戦わせたことも含めてね。でも一つ勘違いをしているよ。――世界の危機を救うために戦っているのは変わっていない」


 全身を這い回るような寒気がノアを襲った。ただ一言、シルハにとっては挨拶変わりのような殺気を受けただけで体が恐怖で怯えている。

 ここに来る前に洞窟で戦った偽物とは違う、本物の最強の剣士がそこにはいた。


 「アルマの姉もモニカの母も……貴女も。どうしたい? 世界を変えることのできる力を持った三人が集まって、今から何を始めようとしているんだ!」


 「魔物の巣を滅ぼした時、私は瀕死の重傷を負っていた。もう助からないと思った時にクルミに助けられ、彼女と過ごす内にこの世界の在り方が間違いだと気づいた。長い長い争いの歴史を終わらせる必要がある」


 「今から争いを起こそうとしている人が何を言っている!?」


 「いいや、ここで私達が動かなければ世界は終わる。いや、正確には違うな。……この世界から悲劇の連鎖が消えることはない。これから何十、何百の勇者が現れようが無限に争いの歴史を紡ぐ。こんな世界……終わっているのと一緒だろう?」


「私の憧れである貴女が……そんなことを言わないでくれ……」

 

 思わずシルハの低く責めるような声に目をそらすノア。娘の暗い表情を目の前にしたにも関わらず、シルハはその剣を水平に構えると刃先をノアへと定めた。


 「同じ剣士なら、戦いながらでも会話はできるさ。……ノア、見せてみろ、全てを曝け出したお前の本気を」


 前進してくるシルハの足取りは一歩一歩が重たい、まるで近づいてくるごとに心の中に侵入してくるようだった。

 内心、何を守ろうとしているのか分からなくなりながらもシルハの刃にノアは合わせるように剣を振るう。

 大きく踏み込んだ二人は、声を合わせるように呟いた。


 「「魔人化」」


 ――轟音。

 人間を超越した二人の剣は、爆薬と爆薬をぶつけ合わせたような強い衝撃を周囲に与えた。

 ノアとシルハを中心とした火薬のない爆風は、部屋の端まで亀裂を発生させさる。


 「思った通り、貴女も魔人だったのか……!」


 「待っていたよ、ノア。アンタがこの領域まで到達するのを」


 剣を交錯したままで互いの姿を見るノアとシルハ。

 ノアは褐色の肌活き活きとした魔力を感じさせる赤い瞳、そして特徴的な二本の角。

 シルハは褐色の肌に、攻撃的な赤い瞳、同じく二本の角を生やしていた。

 そこにいるのは、魔人となったノアを満足そうに見つめるシルハと魔人の姿を使いこなすシルハを前に苦悶の表情を浮かべるノア


 「貴女が魔人だから、世界を憎んだのかっ!」


 「それを言うなら、ノアだって魔人だよ。だから、今まで待ったんだ。――アンタに魔人であることを自覚させるためにね!」


 強引に剣を横に振る、その勢いに巻き込まれたノアは体を反転させて地面へと叩きつけられそうになる。だが、咄嗟に両手で握っていた剣から左手を離し、離した手を地面についた。そのまま体重を乗せ、シルハの顔面へと鋭い蹴りを放つ。


 「惜しいねぇ!」


 顔を逸らせば、寸前でノアの蹴りを回避したシルハはすぐさま次の攻撃に移る。空いた左手を構えて、そのまま振り下ろせば地面を突き破り砂埃を吹き上げた。


 「ちっ」


 シルハ舌打ちをすれば、拳の先には既にノアの姿は見当たらない。魔人化で身体能力を向上させたノアはその並外れた運動能力で既にそこから離脱していた。

 視線を動かせば、体勢を低くしてぐるりとシルハから半円を描くように動いたノアが再び剣を構えて十メートル以上の距離を一っ跳びで接近しシルハへ突きを放つ。


 「魔人族の力はそんなものじゃないだろう!?」


 向かってくるノアの突きを、シルハ己の刃で受け止めた。ただ一度の刃から放出した衝撃の波は、シルハの後方の地面を深く裂いた。


 「魔人を救うために、世界の敵に回ったのか!」


 ぐっと顔を寄せるノアの目に映るシルハは、昔よりもずっと近い存在に見えた。それは実力が近いところにあるからか、それとも精神が母に追いつこうとしているからなのかそれは二人のも分からない。


 「正解だよ、ノア。お父さんは私を魔人だと知りながら受け入れてくれたけど、世界はそうはいかない……。いずれ魔人だということを知るイムやルルのために、この世界をより良くしないといけないのさ! ――そこには、アンタの居場所もあるんだよ!」


 シルハ力任せにノアを自分から引き剥がせば、バックステップをすれば距離を空けた。悔しそうにノアは伏し目がちにシルハを睨む。


 「そんなことを聞かせるために、私達をここに導いたのか……」


 「ええ、全ては私達の目指すべき理想を世界の手先とも呼べる貴女達に知って、賛同してほしいからよ」


 耳に入ってくるシルハの言葉すらも断ち切るかのように、ノアは自分の前方で剣を振る。ただそれだけだというのに、ノアの刃は衝撃となりシルハの後方の壁に刃の跡を残す。


 「――できるか! 憎悪と滅亡の先に本当に幸福なんて来るわけがない!」


 「私達の理想に憎悪なんてない。だけど、世界全てが正しい在り方をするためなら、全てを壊してもいい」


 情け容赦ないシルハの言葉に奥歯を噛み締めたノアは、周囲に魔力を滾らせる。


 「その発想こそが、この世界にとっては悪なんだ! 貴女を狂わせた世界の異変は、この私が必ず止める! ――貴女の娘である、この私がっ!!!」


 「やってみろ、ノアッ! お前のいう希望が理想を超えられるかっ!」


 どこかに迷いのある二人の剣は、その瞬間に迷いは消え、ただそこに覚悟を宿らせて交錯した。

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