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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
最終章 勇者だから、みんなが甘やかすからなんとかします!
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6話 モニカレベル29 ノアレベル90 アルマレベル92

 モニカ達の周囲には重たい空気が充満していた。そんな彼女達を嘲笑うかのように、アルマの姉は毛先をくるくる回すその表情には場違いな余裕が滲んでいた。

 全身を押し潰すような空気の中で、最初に口を開いたのは思いもよらぬ人物であり、最も相応しいとされる人物だった。


 「――お姉ちゃん」


 アルマが一歩前に出れば、その瞳に迷いはない。


 「いろいろ悩んだり考えたりするのは、もうやめたわ。……お姉ちゃん、いや、イリヤ。貴女が迷いなく敵として立ちはだかるなら、私は躊躇なく貴女と戦う。……どうしてこうなったのかなんて、取り返しのつかなくなる前に戦ってから聞くわ」


 姉のことをイリヤと名前で呼んだアルマを前にしたイリヤは、満足そうに笑みを浮かべた。


 「アルマちゃん……」


 「先に行ってて、モニカ。それに、ノアも。……どうせ、目的は私なんでしょ?」


 アルマはいつだって失ってから大切なものに気づいた。握りしめた拳の中で感じる仄かな熱は魔力によるものではない。きっと、この熱は胸の奥から湧き上がる強い意志だ。誰かのために、自分のために、熱くなっていく感情が背中を押す。


 「お姉ちゃんを呼び捨てなんて悲しいな。でも、それだけアルマちゃんが成長したってことは嬉しく思うわ、姉として。……確かに、私という配役はアルマちゃんを止めるための舞台装置。アルマちゃんが残ってくれるなら、私は文句はないわ」


 「……だそうだから、先に行きなさい」


 アルマが腕を組んで、モニカとノアの方を見ることもなく告げる。


 「そんな、アルマちゃん一人でなんて……」


 「奥に階段があるわ、そこからどこかに繋がっているはずよ。それに、これは私だけでやらないといけない戦い。例え、邪王の掌の上で転がされていたとしても、これは私の義務であり権利の戦いよ」


 モニカは手を伸ばすとアルマの服の端を掴んだ。初めて会った時とは違うずっと可愛くなった服に、大きくなったアルマの背中。ぐっと引っ張ってみるが、地に根を張ったように動かないアルマから覚悟の重さを感じた。


 「絶対、負けちゃだめだよ」


 「……誰に言ってんのよ。この私が負けるわけないわよ。……私のことよりも自分の心配をしなさい。次に邪王が待っているなら、二人で挑まないといけないんだから」


 「待っているよ、必ず帰って来てね」


 背中を向けたままで、アルマは小指を立てて見せた。


 「約束する。さっさと終わらせて、旅の続きをするわよ」


 「うん、約束!」


 モニカはアルマの小指に自分の小指を軽く触れさせれば、その場から駆けだした。そこには悲壮感はなく、いつもの一時の別れでしかない。

 きっと、また会える。

 きっと、大丈夫。

 ただその言葉を胸に二人は互いの進む場所へと向かった。


 「ねえ、ノアちゃんはアルマちゃんに言うことはないの!?」


 責めるような口調はないものの、何か言ってほしそうなのはモニカ。当の本人であるアルマは、集中力を高めている様子すらある。

 あえて、何も言うつもりもなかったノアはモニカの頼みなら仕方ないと無言で反転し小指を立ててみせた。


 「早く来ないと、置いていくからな」


 さっさとそれだけ言えば、アルマはその足を早めた。


 「もう、ノアちゃん! もっと優しいこと言ってあげればいいのに!」


 両手の拳を握り、去りゆくノアに向かって叫ぶモニカだったが、聞こえない振りをして足を急かして遠退いていくその姿を慌てて追いかけた。


                  ※


 「はいはい、アンタの言いたいことは痛いほど伝わっているわよ」


 二人が完全に離れたのを確認した後に、アルマは前方に立つイリヤを見据えた。


 「お友達とのお別れは済んだ?」


 「むしろ、せっかちな貴女がここまで待っていてくれたことが驚きね」


 「嬉しいなら、昔みたいに抱きついてくれていいんだよ?」


 「抱きつけるわけないでしょ?」


 「あんなに甘えん坊だったのになー。私が邪王側にいるからかな?」


 「……昔みたいにって、自分で言ったわよね。――昔の私しか知らない貴女には理解できないわよ!」


 ダン、と高い音を立ててアルマは地面を蹴った。脚部に込めた魔力に体を押され、ぐいぐいと前方に突き進む。向かう先に待つのは自分の姉。例え思い出を共有し、血の通った肉親だとしても歪んでしまった人間を正せるのは自分でしかない。

 かっこいいものではない、そんなことは百も承知でアルマは己の右拳に魔力の塊に変化させる。おそらく、今のアルマの拳をまともに受ければ、ただの人間の体なら血肉一かけら残さない。ただ暴力のままに、右拳をイリヤに振るう。


 「姉としては、嬉しいわぁ」


 実に軽やかな動きでイリヤは左の掌をアルマへ見せた。そこに誘われるようにアルマの拳をイリヤは受けとめた。途端、ぶつかり合う守りの魔力と攻めの魔力。空間は痺れ、城は振動し、アルマとイリヤの地面を陥没させた。


 「こんのぉ――!」


 手先から迸っていた魔力はアルマの全身に駆け巡り、体を魔力に等しい状態へと変えていく。つまり、今のアルマは単なる爆弾だ。

 魔力という名前のエネルギーの塊が動き回り触れようとする。危険物質を叩きつけるようなこの状況を聞けば、魔法を扱う人間だけでなく、少しでもかじったことのある人間でも脇目もふらずに逃げ出すに違いない。だが、そんな爆弾を受けたのも魔力。


 「これが妹の成長てやつねえ」


 ぱっと手を離したイリヤはアルマという爆弾の手を撫でるように動かして、その手を後方へと受け流す。


 「ぐぅっ――!?」


 力の行き場を失ったアルマは宙で反転すれば、後方へと転がっていく。そして、アルマと共に体内から放出した魔力が爆発。

 アルマの突っ込んだ先にあった勇者の像が爆発に巻き込まれ、脇にいた怪物の像を半壊させた。

 ここにモニカがいたなら、アルマの体が粉々に砕けてしまったのではないかと不安になるだろう。しかし、魔力を暴走させたのはイリヤだが爆発させたのはアルマだ。己の魔法で滅ぶ人間はいない。

 崩壊した像の中から、魔力の障壁を纏ったアルマはイリヤの前に着地した。


 「昔なら、暴走させて気を失っていたわね」


 肩で笑いながらイリヤがそんなことを言う。


 「言ったよ、昔とは違う。……昔、昔、昔って、もう何もかも違うのよ! どうして、こんなことになってんのよ! お姉ちゃん!」


 「ふふ、まだお姉ちゃんて呼んでくれるんだ」


 「はぐらかさないでっ! お姉ちゃんて人のためになる魔法使いになりたかったんじゃなかったの!? それが、どうしてこんな反対の方向にいっちゃったの!?」


 胸に手を当て、力の限り訴えかけるアルマ。しかし、イリヤはただ表情を感じさせない眼差しで見つめるだけだ。


 「アルマ、貴女も知っての通り、私は昔からよく旅をしていたでしょう。アルマと同じように、魔法使いより先の道を決められるずにいた私は旅をすることで道を見つけようとしていた。……そんな時、クルミ達に出会えたの。何もなかった私に、目標をくれた」


 「あったじゃない、目標! 誰かのための魔法使いっていう目標が!」


 「そのために、どうしたら良かったの? 魔法使いには限界があるし、たくさん考えれば考えるほどに、魔法は百の幸福のために一を不幸にする。この世界で涙を流す一の不幸と関わっていく内に、私はこの世界の在り方を変えなければいけないと思った。この世界の根本的な部分を変えなければ、世界は救われない」


 モニカ、ノア、そして、アルマ。三人が守ってきたものが、イリヤの冷淡な言葉によって全てが無駄だったと言われたような気がした。その時、アルマの中で今まで考えもしなかったような激しい感情が沸き起こった。


 「じゃあ……そのために……一の不幸じゃない、また別の不幸が起こってもいいって言うの?」


 「それが、世界のためなら仕方ないわ。でも、いつかはそれが未来のためになる」


 絶望を不幸を肯定したイリヤに、アルマの怒りが爆発する。


 「――誰かを傷つけた人間が、誰かを幸せにできるわけないわよっ!!!」


 瞬間、アルマの両肩から翼が現れる。

 右の翼は天使のように眩しく輝き、左の翼は神話に出てくる悪魔のように黒い。だが、そのいずれも強い触れれば身を焦がすような純度の高い魔力に満ちていた。


 「傷つけ続けた先に、希望を掴めることもある。それは今から私達は証明するの」


 アルマの本気を感じ取ったイリヤの全身を黒い炎が覆う。そして、黒い炎は形を変え、イリヤの体に密着した後はドレスに変化する。漆黒のドレスは、イリヤの胸中に渦巻く黒い部分を表しているようにもアルマには思えた。


 「それが、お姉ちゃんの目指した力なの……?」


 「魔人族の血に邪王の力、そして、魔女となった私の力。クルミに言われたわよ、アイツに似ている魔力だってね。……こういうの、魔王ていうらしいわよ?」


 嘘や冗談ではなく、明らかにイリヤの放つその力は魔王に等しいものだろう。実際に魔王という存在を体験したことがないアルマでも魔法少女という魔王に近い力を持つからこそ理解できる。今のイリヤは――魔王だ。

 だからどうした、と。イリヤは翼を大きく広げた。


 「世界に絶望して手に入れた力なんてもの意味はないわ。……見せてあげる。希望の先に手にした力との違いを。――絶望なんて希望の前には軽すぎるってことを」


 アルマの翼は絶望からイリヤを救い出すために飛翔した。 

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