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6話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル92

 最初は変な違和感を感じていたノアだったが、それを感じてからしばらく過ごす内に随分と薄れてきた。そして気づけば、この幸福を当たり前の日常として受け入れるようになっていた。ノアは、それに未だ気づくことはない。

 鼻歌混じりに鞄に荷物を詰め込んだノアは、母親が畳んでくれていた厚手の上着に袖を通せば玄関に立つ。


 「それじゃ、今日はモニカ達と森の方に行ってくるよ」


 声を聞き、家事をしていたシルハがやってくればノアの肩に付いていた毛玉を払った。


 「さ、これで可愛いうちの娘の出来上がりだ」


 「……ありがとう、お母さん」


 「ああ、楽しんで来いよ」


 「だが……お母さんに家事を任せていいのか?」


 シルハはノアの一言に吹きだすように笑うと、ごしごしと豪快に頭を撫でた。


 「家事は私の仕事さ。ノアは十二分に手伝ってくれてるんだ。むしろノアの時間が足りているか私は心配だよ。仕事も大事だけど、若い間しかできないような楽しい時間も人生には必要だ。分かったなら、さっさと行っておいで」


 その笑顔に少しだけ、消えかかっていた違和感がうずいた。


 「――うん、本当にありがとうお母さん」



                ※



 村の出口まで来れば、先にモニカとアルマがやってきていた。珍しく集合時間よりも遅くやってきたノアを心配するモニカに対してノアが苦笑いで返せば、母親とのやりとりを思い出して何だか少し恥ずかしくなり早歩きで森へと歩き出した。

 本日は木の実を取りに来た三人。

 樹木神の森は他の森よりも生命力に満ちていることから、多くの植物を手に入れることができる。

 薬に使えるもの、調味料に使えるもの、そのままでも美味しく食べれるもの。さらには、凶暴なモンスターも出現しないため、子供も気軽に出入りできるのだ。村で育った人間達は、この森に育てられたといっても過言ではない。

 木の実を入れるために持ってきたかごが半分ほどたまった時だった。


 「ごめん、モニカ、ノア。私、薬に使える木の実を探そうと思うから別行動でもいい?」


 アルマが申し訳なさそうにそんなことを言い出す。

 確かに食用の木の実と様々な植物と調合して使用する木の実は、別のところに生えている。今から目的地に向かい、木の実を集める時間を考えるとなると一緒に行動していては、片方の場所へ行っているうちに陽が暮れてしまうだろう。

 モニカとノアは食用の木の実を求めていたことを知っていたが、二人の迷惑になるのではないかと気にして言い出せずにいたのだろうということがノアはすぐに気づくことができた。隣のモニカは露骨に残念そうな顔をしている。


 「ああ、どうせおばあさんに頼まれたんだろう。今から集めに行くのなら、帰りもそれほど変わらないはずだ。森の入り口で待ち合わせしよう」


 「ごめん、迷惑かけるわね!」


 アルマは軽く手を上げれば駆け足で森の奥へと向かっていった。

 ノアが肩をすくめて見送れば、モニカを見た。


 「行くか」


 「うん」


 木の実を集めつついろんな人達が踏み慣らした道を進めば、涼しげな冷気を帯びた小川が道の脇に見えてくる。


 「ここで一度休憩しようか」


 「うん、喉渇いちゃったもんねー」


 小川のほとりで腰を下ろせば、手ですくった水を飲み込む二人。ひんやりとした感触が喉を通って流れ落ちる。


 「やっぱり、ここのお水はおいしいね」


 「樹木神様のおかげだからだろう。ここは木の実も水も全てが美味だな」


 モニカの体の二人周りはあるかもしれない石の上に背中をもたれさせるモニカ。どうやら、本格的に休憩を始める様子に気づき、ノアも小さな笑みを浮かべればその石に背中をもたれかけた。

 互いのカゴから木の実を四つ、五つ取ればそれを一つずつ口に入れる。甘さと酸味がうまく合わさったその味に二人は頬を緩めた。

 あまりに幸せすぎて、ノアはある違和感を思い出してしまう。


 「モニカ、私達て昔からこんなに仲良かったかな?」


 「もう、何言ってるの! ずっと子供の頃から幼馴染だったでしょ!」


 「ああ……私達は幼馴染なんだよな……」


 木の実を口にすれば、その一粒はやたらと酸っぱく感じた。ノアは言葉を続ける。


 「お母さんがいて、家族みんな仲良くて、大切な友達がいて……。たぶん、私はずっとこんな幸せを求めていたんだ」


 「ノアちゃん……?」


 モニカの不安そうな声を無視してノアは言葉を続けた。


 「そりゃあの日常だって、満足していないわけじゃなかった。でも、こんなにも満ち足りたことはないんだ。……あぁ、なんてことだ……モニカとアルマが側にいるだけで、こんなにも毎日が違うなんて」


 「ど、どうしちゃったの、ノアちゃん?」


 「……ありがとう、モニカ。私はキミに出会えて幸せなんだ」


 急にそんなことを言われたモニカは顔を赤くすれば、「てへへ」と照れ隠しで頭を掻いた。そして、何気なくモニカはノアの胸に飛び込めば背中に手を回してぎゅっと抱きついた。


 「うれしいな、うれしいにゃー……。ノアちゃんに、そんな風に言ってもらえるなんて」


 ノアの胸元に顔をごしごしと押しつけるモニカ。普段のノアなら興奮して鼻血でも出しそうな状況だが、ただ切なげにモニカの頭を優しく撫でた。


 「毎日だって言ってやるさ。私は、モニカが大好きなんだから」


 言われたモニカは肩をぴくっと震わせ、そっと顔を上げた。そして、上目遣いにノアを見れば「ノアちゃん」と名前を呼べば、ゆっくりと目を閉じて唇を小さく尖らせる。


 「ノアちゃん……大好きだよ。――チューして」


 その仕草を見て、ノアの違和感ははっきりと一つの事実として感じられた。

 とびきり甘い人を狂わせる薬を無理やり吐き出すような感覚と共にノアは、接吻の代わりに強く体を抱きしめた。


 「モニカは、そんなことはしない。それは、モニカの好きとは違う。何より、絶対に重なるわけがないことがある……私の好きはモニカの好きとは違うんだ」


 「――ノアちゃん……!」


 ノアの体を強く押して立ち上がったモニカの言われたことがショックだったのか赤く腫れていた。

 森の景色だった場所はぐにゃりと歪み、次第に世界は色を無くして行く。今まで背中を預けていた岩も口にしていた木の実ももうそこにはない。


 「どうして! 今のモニカはノアちゃんが望んでいたモニカだったんじゃないの!?」


 「なかなか、胸に刺さる言葉だな……」


 自分の心に問いかけるように胸元に手を添えるノア。怒声を浴びせるモニカを前に、ノアの心がズキズキと悲鳴を上げていた。気持ちを落ち着かせようと息を吐こうとするが、目の前のモニカを前にしてはまともに落ち着けることもできない。だからこそ、ノアはしっかりとモニカを見据えて本当の気持ちをぶつける。


 「確かに、私は『そういうモニカ』を望んだのかもしれない。だけど、そのモニカはモニカじゃない。私が求めて好きになったモニカは……永遠に触れ合うことなんてできない。……そういう人なんだ」


 ――好きだからこそ。

 ――大切だからこそ。

 ――守りたいからこそ。

 本当の本気の真実の気持ちでノアはモニカに告げた。

 周囲に広がっていた暗闇はさらに闇を深くさせ、霧のようにモニカの体を包み込んだ。


 「……傷つけちゃって、ごめんね。ノアちゃん」


 目の端に涙を溜めたモニカがそっと微笑んだ。悲しげなその顔に手を伸ばすことなく、ノアは闇に沈むモニカを見送った。そして、自分すらも包んでしまいそうな暗闇の中で叫ぶ。

 真実なかまの名前を。


 「――モニカ! アルマ! 早く行くぞっ!」



                 ※

 

 ――これは、アルマの夢の話。


 クリムヒルトのある喫茶店の前から、二人の少女が出て来た。二人とも魔法学園の制服を着ている。



 「じゃあ、またね。エステラ」


 「また、明日……アルマちゃん」


 エステラの背中が完全に見えなくなるまでアルマは手を振り続ければ、路地を歩き出す。そして、大きな道に出れば、道の反対側にある本屋のところからコソコソとモニカとノアがこっちを覗いていた。

 エステラは昔からの友達で、モニカとアルマは最近出来た友達だ。きっと、自分が見覚えのない女生徒と歩いていたから不審に思ってついてきたところなのだろう、とアルマは考える。

 不審者丸出しの二人の姿を見ながら、アルマは小さく笑う。


 「……本当にこんな世界あったら良かったんだけどね」


 アルマの耳には確かに、真実ノアの声が聞こえた。

 魔法少女のアルマは最初から自分が幻の中に囚われていることに気づいていた。しかし、仲間が我を取り戻さない限りはどうしようもない。ぼんやりと幻影たちと過ごすつもりだったが、妙な愛着のようなものが湧いたのかもしれない。きっと、それはこの世界があまりに理想的過ぎるからだろう。


 「はいはい、うるさいわね、ノア。……すぐ行くわよ、すぐに!」


 魔力を世界に干渉すれば、ガラス細工を砕くようにバラバラと世界は崩れ始めた。そして開いた世界の穴から、もう一人の眠り姫に気づいた。


 「相変わらず、寝坊が多い奴……。――もう起きる時間よ、モニカ!」



                ※


 ――これは、モニカの夢の話。


 ある公立高校の教室。ホームルームが終わり、生徒達もまばらになった教室で椅子を寄せた女子生徒が三人。モニカ、ノア、アルマだ。


 「ねえねえ、ノアちゃん! アルマちゃん! 放課後はどこ行こうか!」


 「カラオケだ。モニカの美声を聞きたい」

 「本屋に行きましょう。欲しい本があるの」


 ノアとアルマの声がハモり、視線が混じり合えば互いを睨みつける。


 「カラオケ」


 「本屋」


 無言の睨み合いの中、モニカが気まずそうにおずおずと手を上げる。


 「カラオケの時間を短くして、本屋さんに行くのはどうでしょうか……」


 モニカの一言にノアとアルマがカッと目を見開く。


 「グッジョブだ、モニカ」


 「モニカにしては、ナイスアイデアね」


 「よ、よかったー。二人が喧嘩するのなんて……て、ええぇ! 二人とももう教室の外なの! ま、待ってよ、待ってよー!」


 モニカは毎日が幸せだった。

 朝は三人で待ち合わせして教室に向かい、昼は三人で仲良くご飯を食べる。放課後だって一緒だ。夜も連絡取り合って、遅くまでメールやラインや電話をしたりしている。アルマちゃんも文句を言いながら、付き合ってくれるし、ノアちゃんなんて何気ないことでいつも写真や動画を送って楽しませてくれる。

 モニカは幸せだ。

 慌てて通学用がの鞄を持って廊下に出れば、先に行ったと思っていた二人がちゃんと待っていてくれていた。


 「えへへ、さすがノアちゃんとアルマちゃんだぁ。……あれれ」


 嬉しいはずが涙が止まらない。モニカの頬をいくつもの水の粒が濡らす。

 どうして、涙が出るんだろう。

 どうして、こんなにも苦しいんだろう。

 どうして、こんなに虚構に見えてしまうのだろう。

 私はこんなにも幸せなのに。

 朝の学校へ行く時間は下を向いて歩くことはなくなった。

 お昼もこっそりトイレで食べたりとか、校庭の誰もいない場所を探したりとかしなくていい。当たり前に三人で教室でご飯を食べれるんだ。

 体育の時間もグループを作る授業も、全てが辛かった。でも、楽しい時間に変わった。

 今の生活なら、あの辛く悲しいだけの家で過ごす時間が明るくなる。あの三人がいれば、おうちに帰っても笑っていられるんだから。

 ――全ては親友達のおかげなんだ。だから、真実ともに会わなければいけない。


 「だから、私は……もう行くね」


 幸せ過ぎて泣けちゃうから、本当の貴女達に会いに行く。

 だって、さっきからずっと聞こえているんだもん。あの優しくて素敵で大好きな人達の声が。


 『早く行くぞっ!』


 『もう起きる時間よっ!』


 半分夢の中でまどろんでいたら強引に引きずり上げられるような感覚。でも、これは決して嫌じゃない。それはきっと、立ち向かうべき現実の世界に、会いたい人達がいるからだ。


 「うん! すぐに行くよ! ノアちゃん! アルマちゃん!」


 学校は崩れ、教室は光に消え、ノアとアルマの虚構は七色の光になって飛んでいった。

 世界が光に潰された先、見覚えのある仲間達がモニカの前に立っていた。


 「――おはよう、二人ともっ」 

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