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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
第七章 魔法学園~アルマによるキミに捧ぐレクイエム~
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13話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 マギカ・ベイク塔。魔法学園のシンボルであり学び舎。その歴史は非常に古く、過去のありとあらゆる魔法科学を結集して作られた魔法使いの目指す魔法使いのための建造物。

 今、魔法使い達の故郷とも呼べる学園がマギカ・ベイク塔が燃えている。それは、ある狂人と――ただの少女の手によって行われていた。


 炎をバックにエステラは悲しげな顔でアルマを見ていた。


 「アルマちゃん、あまり驚かないんだね」


 「言ったでしょう? 半分は気づいていたんだって」


 いつもの穏やかな笑顔に悲しみを加えたような顔でエステラは笑う。

 エステラのいつもの笑った顔が、どうしようもないぐらいアルマの胸を締め付ける。それでも、前に進まなければいけない。問い続けなければ、ここに自分が来た意味がない。折れかけた心を支えるように、無理やり荒くなる呼吸を抑える。


 「どの辺で私を疑っていたの?」


 「エステラがお菓子を作らなかった日と襲撃した日が一緒だった」


 「……それだけが理由かな?」


 アルマの気持ちを抉るようにエステラは言う。本人は今からアルマが口にしようとしていることがどんなものか自覚しているようにも見える。同時に、それを言わなければ会話は続かないと言いたげだった。


 「……ううん、それはあまり大きな理由じゃない。エステラ、アンタは……――死んでいるはずよ」


 「――やっぱり、バレてたんだ」


 学生時代のようにエステラは変わり果てた姿であの頃と変わらぬままの雰囲気で舌を出した。そんな茶目っ気はアルマからしてみれば、無理して作ったものしか見えない、とても窮屈そうな表情に見えた。


 「私ね、エステラと離れ離れになった後、どうしても貴女に会いたくていろいろ調べたの。そしたら、引っ越した後すぐに亡くなっていることを聞いたの。貴女が病気にかかっているなんて知らなかったから、あの時は凄く自分を責めた。……でも、もう会えないと思っていた貴女がここにいるのは何故なの?」


 「アルマちゃんは、優しいな。私が明らかに異常な存在と知りながらも側にいてくれるなんて――」


 「――茶化さないで! 分かるでしょう!? 私は貴女の友達なのよ!?」


 「……ごめん、アルマちゃん」


 エステラは、感情を露にするアルマを前にして申し訳なさそうに視線を落とした。


 「そう、エステラは確かに死んだ。それは間違いじゃない。……だって、私はエステラじゃないんだもの。エステラの記憶を持つエステラとよく似た怪物なんだよ」


 「ど、どういうことよ……」


 それ以上は聞きたくなかった。エステラが死んでいることを知り、彼女は何らかの存在に操られて生き返らされているのでは、と考えていた。強い力を持つ魔法使いなら、それだって難しいことではない。しかし、そこには完璧はない。世界中どこを探しても、完全な死者の復活の魔法が成功した例はない。魔法使いの世界では、未来永劫ありえないとさえ言われている。

 それでも、探求し続けた魔法使いがエステラの蘇りというものに成功したんじゃないかと複雑な気持ちでいたのは事実だ。しかし、エステラの口から出てくる言葉はアルマの想像を軽く超えて、同時に嫌悪感を与える内容だった。


 「もう予想できていると思うけど、今回の事件の首謀者はゼイレ。……私のお父さんだよ。そのお父さんは、深く深く娘であるエステラのことを愛していた。しかし、お父さんは愛した娘を失い、現実を受け止めることができなくなったの。いつからか、お父さんは娘を生き返らせたいという思いを胸に死者の蘇生実験を始めた」


 「バカな……!? 魔法使いなら、それがどれだけの禁忌か分かっているはずなのにっ。……じゃあ、エステラはそれで生き返ったっていうの?」


 「ううん、違うよ。いろんなモンスターの死骸、人間の血液、純度の高いマキア血晶、数十という様々な生きている生物の肉……そして、ほんの一握りのエステラだった部分。そこに、エステラの脳や肉体に残った感情の残滓を魔力で結び付けて――私という、エステラによく似た化物を生み出した。見たら分かるよね? アルマちゃんに会っていたあの姿じゃなくて、今の姿が本当の私。人間に変装しないと人間をやれないの」


 「嘘つかないでよ……。私からしてみれば、貴女は……エステラにしか思えない……!」


 「本物のエステラは死んだ。ここに残されたのは、エステラの亡霊みたいなものだよ。人でもモンスターでもない私は、体内に宿った魔力で魔力の続く限り、無限に怪物達を生み出せれる。この力を使い、街中の人を襲い、マキア血晶を作り出すことが目的だったの。そして、十分なマキア血晶が集まれば、私を生贄にして……本物のエステラを蘇らせる。それが、お父さんのやりかたったことであり、私の生きる意味なの」


 手の力が抜けそうになるのをアルマは必死に堪える。気を抜けば、この絶望に耐えられずに気を失ってしまいそうだ。全てが馬鹿げているとさえ思える。エステラだったこの少女の考え方も、ゼイレの価値観も。外道と言われることの多い魔法使いの中では、外道中の外道と思えた。

 張り裂けそうな胸の鼓動と共にアルマは常を前に向けた。


 「間違っている! 貴女があのエステラじゃなくても、彼女の記憶がある貴女をエステラじゃないなんて言い切ることはできないわ! 私がエステラだって認めるから、受け入れるから! だから! ……そんなことを、生きる意味になんてしないで」


 エステラの目が大きく見開いた。アルマの言葉が心を震わせた。揺らぎそうになるエステラの気持ちを修正するように背後で炎の蛇が暴れた。


 「でも、私が頑張れば……本物のエステラを生き返らせることができるかもしれないんだよ!? アルマちゃんだって、本物のエステラに会いたいよね!? 今ここにいるエステラを見捨てれば、本物に会えるかもしれないんだよ。だからね、アルマちゃんに会えて……私は生まれて初めて、この生きる意味に価値を見出すことができた気がしたんだよ」


 目の奥に何故か嬉しげな光をアルマは感じた。ただその顔が無性に悲しく、ただただアルマの気持ちを痛いほど重たくさせた。


 「……そんなの、あんまりよ」


強い感情を表に出していたエステラは、静かな表情に戻り、事実だけを告げるように言葉を続けた。


 「本当に、あんまり、だよね。エステラの記憶があるのに、私はエステラじゃない。でも、エステラとして生きた記憶がある。だけど、それは全て模倣しただけ。結局私は本物になれない。永遠に偽者」


 アルマは弾かれたように走り出した。エステラなら、アルマが動いた段階で攻撃することも可能だった。しかし、それはあえてしない。アルマに殺されるなら構わないとすら思っていた。だが、アルマの行動は思いもよらぬものだった。


 「偽者なんて言うんじゃないわよ!」


 「アルマちゃ……ん……?」


 アルマは強くきつく離さないようにエステラの体を抱きしめていた。


 「私ね、ここに来る前に自分のことが分からなくて暴走しようとしていた女の子に会ったの。キリカていう名前なんだけどね、その子は必死に抗って生きて自分のやるべきことを見つけた。自分が何なのかも分からないけど、それでも自分の在り方というものを見つけることができたの。すぐに同じように生きてとは言えない。だけどね、抗って自分を見つけることぐらいできるんじゃないの? 今そうやって、悩んで考えている姿は紛れもなくエステラ、貴女なのよ!」


 最初は囁くように語りかけ、最後の方でアルマの言葉は強いものになる。乾いた砂漠に雨が降るように、エステラはアルマの言葉が自分に沁み込んでいくようだった。

 あまりに真っ直ぐなアルマの言葉を前に、エステラはこの場に相応しい発言が何一つ浮かばないでいた。そのため、ただただエステラは弱々しく否定の言葉を漏らす。


 「もう遅い、間に合わないんだよ。アルマちゃんには、私の気持ちなんてわかんない」


 エステラはアルマの体を自分から離そうと力を入れるが、押しのけようとする力に抗うように抱きしめるアルマの腕の力は強くなる。


 「ええ、確かにわかんないわよ。もしも貴女が、私の言うことを聞いてくれないなら、戦ってでも止めるわ。キリカとモニカが分かり合うために戦ったように、私もエステラのことを分かりあうために戦うわよ」


 エステラはアルマの発言に苦悩と共に顔をしかめた。

 アルマが間違ってないこともエステラは理解しているが、ここで戦ってしまえばエステラが今までしてきたことが無駄になるように気がした。

 モニカ達を襲ったことも、マギカ・ベイク塔を襲撃していることも、全てはアルマのためだった。彼女を争いから遠ざけたくて、その戦いに関係するものを払いたくて、なおかつ本物のエステラと再会させるために頑張ってきたのだ。全てを聞いた上で、自分なんかと真っ向から戦ってしまえば意味がない。

 このままアルマの話に呑まれてはいけない、無我夢中でエステラは両手の力いっぱいにアルマの体を押した。


 「いいから、私のことは気にしないでっ……!」


 「――あ」


 アルマの杖がまず先に宙を舞った、続いて杖を追うようにアルマの体を空中に浮いた。

 エステラは自分の力の強さに気づいていない、さらにはアルマ自身の肉体がまともに立っていることも難しい状態であった。その二つの理由が、アルマを屋上から地上への片道キップを用意することとなったのだ。


 「ア……アルマちゃん!」


 突き落とすつもりなんてなかったエステラは、慌ててアルマに向かって手を伸ばす。反射的に手を伸ばしたアルマとエステラの手は握るどころか触れることすらもできず、アルマの体は引力に引かれて地上へと落下する。

 伸ばしたエステラの手はひたすらにアルマの手を追いかけるが、それは届くことはなく、アルマの体は地面に引っ張られていった。




                 ※




 アルマは自分の被っていた帽子が飛んでいったことに気づいたが、既に自分の体はマギカ・ベイク塔の半分の辺りまで落ちているため、回収はほぼ不可能だろう。視界の外れに翼を広げたエステラが追いかけてきているが、このままではどうせ間に合わない。エステラが今の自分の場所まで降りて来る間に、地面に落ちて体は粉々になるだろう。

 思考が酷くゆったりしていることを不思議に思いつつも、自分が死の間際に立たされているからのだと考えれば、こういうことも起こるのかもしれないと意外にも納得できた。

 死ぬことは怖くない、しかし、それ以上に怖いことはエステラを一人にすることだ。

 あんな状態の彼女をそのままにして死んでしまうことが申し訳ない。それだけではない、モニカやノアも自分が死んだらどうするのだろう? 憎しみに負けて、おかしなことをしないといいが。


 「ダメね、考えればキリがない」


 呟く自分は、まるで死ぬことなんて他人事のようで時間に余裕があれば軽く笑うぐらいはしているだろう。

 心配で、心配で、どうしよもないぐらい心残りが多い。

 今ここにエステラという存在しか大切な友がいないなら、家族のことだけ考えて死ねただろうか。エステラに殺されて、彼女を止めることができるなら、私は死を受け入れたかもしれない。

 そりゃ昔は、絶対に目指した魔法使いになれないと知った時には死にたいくらい悲しかった。

 エステラが死んだと聞いた時だってそうだ。気がおかしくなって学園の屋上から落ちたくなった。……て、今がその状況か。

 たくさんの辛い悲しい死にたいを抱えて、今の私がここにいる。でも、それだけだ。私は今まで一度たりとも自分の命を手放そうとしたことはない。思ってはいても行動はしない。それはきっと、ずっと私は理不尽の中でも前に進み続けたかったからだ。

 あぁ、でも、それにしては本当に心残りが多い。だから、こんなにも強く思ってしまうのだろう。

 ――生きたい。

 なら、生きよう。例え恥を晒しても。エステラに自分らしくあれと言った己を曲げない。


 「おばあちゃん、決めたよ。私は私として戦う」


 地上は近い。落下まで、五秒も無い。

 既に何年も前から準備はできていた。プリセラが用意してくれた上位職になるための魔法陣が私にはある。

 両手を広げたアルマの体を挟むように、ちょうどアルマが入る大きさほどの魔法陣が出現した。


 「――魔法者、上位契約」


 呟いたアルマを二つの魔法陣が挟み込む。そして、アルマの体は地上へと落下し、光が弾けた。



                 ※



 鈍い音が地上から聞こえ、エステラはその動きを止めた。


 「ア……アルマちゃ……ん……」


 何も無い空間に手を伸ばす。下に降りれば、アルマの安否が確認できる。だが、その光景を目で見てしまえば、エステラは気がおかしくなってしまいそうだった。

 そういえば、落下する直前に何らかの魔力を感じた。もしかしたら、生きているかもしれない。そうだ、彼女は生きているんだ。自分にそう言い聞かせるものの、事実を確かめる気持ちの余裕は一切なかった。


 「私が……殺した……?」


 最後に触れた温もりが手の平に残っている。どうして、あれだけ温かなものを手放してしまったのだろう。ほんの一瞬の激情で、簡単に壊してしまった。あれだけ、望んだ温もりをほんの僅かな時間の間に。

 自分の顔を押さえても今起きた悲劇が何も変わらない。激しい暴力的で短絡的な思考が内側から溢れ出す。


 「うそ……アルマちゃん……」


 名前を呼ぶことしかできない、ただそれだけしかできずに親友を失った悲しみが心をぐちゃぐちゃに壊していった。


 「全てを壊そう、そして、私も死のう」


 殺戮者として破壊者として生きよう。残った寿命を全て暴力に使おう。

 エステラが確実に間違った方向に進みそうになった。その時――。


 「――うそ、なんて言わないでよ。嘘つきは貴女の方じゃない?」


 エステラの心臓が止まりそうだった。最初は幻聴かと思ったが、下を見てアルマの姿を探す。しかし、それらしい姿もなければ遺体もない。


 「どこ見てるのよ、すぐ近くにいるでしょう」


 声は近い、塔の方か、いや、すぐ横だ。


 「アルマちゃん……!」


 エステラが顔を向ければ、空中に浮かんだ魔法陣の上に立つ――アルマの姿があった。

 二つの足で魔法陣を地面のようにして立ち、両腕を組んで仁王立ちをしているアルマ。三角帽子や杖はないものの、足元の魔法陣は完全に浮遊魔法を成功させていた。同時に、エステラはアルマの全身を見て困惑の表情を見せた。


 「その格好は……何なの?」


 「私がなれる上位魔法使いのことは、エステラには黙っていたわね。これが、私が上位魔法使いになった証拠よ」

 

 黒いローブはそこにはなく、白を基本色とした服装に変わっていた。

 一見すれば制服のようにも見えるが、何重にもフリルの重ねられたミニスカートの裾。ワンピースタイプのその服の関節部分には青いラインが引かれている。今まで着ていた服とも素材から違うようで、風が吹けばスカートは軽くふわっと揺れて、まるで物語から飛び出してきたお姫様のようだとエステラは思った。

 同時に、エステラはその姿は見覚えがあった。


 「その格好に雰囲気……それって、まさか――」


 「――そうよ、おばあちゃんと同じ種類の上位魔法使い。杖もなく魔法を使え、様々な魔法にも精通する。ただし、年齢を重ねることはない。永遠に生という生き地獄を味わう覚悟が必要となる」


 胸元と腰のストライプ柄のリボンを揺らして、アルマは空中を蹴った。


 「――魔法少女アルマよ。よろしく」


 エステラの前方に魔法陣を発生させて、そこに着地するアルマは堂々と言い放つ。


 「そ、そんな……。どうして、アルマちゃんが、そこまで……!?」


 言ってしまった後にエステラは失言だと気づいた。


 「格好も恥ずかしいし、死ねないなんて本当に嫌だと思っていたわよ。でも、これぐらいのこと――大切な親友を止めるためなら軽いわよ」


 アルマの言葉が刃となりエステラは追い詰める。その空気が重たく、乗り越えてほしかった壁を簡単に突破するアルマを前にエステラの崩壊しかけていた気持ちが完全に崩れ落ちた。


 「アルマちゃん……アルマちゃん……! ――うわあぁぁぁぁ!」


 絶叫し、エステラはその翼を羽ばたかせた。そして、空中で大きく反転すれば、真正面からアルマに向かって突っ込んでくる。


 「どんな姿になろうと、私は変わらない。――魔法は人を守るためにあるんだから、親友の一人や二人救ってみせるわよ!」


 アルマは右手の平に衝撃波を起こす魔法を発生させ、全身を魔力の塊にさせたエステラとの距離がゼロになる。

 二人の魔力が激突した――。

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