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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
第七章 魔法学園~アルマによるキミに捧ぐレクイエム~
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8話  モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 授業が終わり、ぞろぞろと魔法学園の教室から出て来る生徒達の中にノアの姿があった。

 故郷では体験できなかった同世代の人間達と過ごす学園の時間は、正直ノアからしてみれば楽しい時間といえた。ぎこちないノアに優しく接してくれる同級生達は、最初から魔法を知らないと白旗を揚げていた自分に懇切丁寧に魔法の基礎を教えてくれた。誰かを教えたり世話をすることの多かった今までの自分からは考えられないように時間だった。

 それもこれもモニカとの旅を始めたおかげだ。モニカと出会わなければ、こんなにも楽しい経験は一生できなかった。せっかくだ、ここで一度礼を言っておこうとモニカを探してみるノアだったが、


 「どういうことだ?」


 モニカの姿が見当たらない。廊下の正面はもちろん右側にもいないし左にもいない。授業が終われば、それこそ飼い主を待つ犬のように向かってくるはずのあの愛しいモニカが見当たらない。

 まさか、モニカは自分を置いて先に学食に向かったのだろうか。それとも、お手洗いか。はたまた、あの可憐なモニカのことだ、もしかしたら悪い男に絡まれているのかもしれん。

 勝手な想像力を働かせつつ、モニカの行き先を考えるが学食しか浮かばない。今、モニカが一人でも移動できるところといえば学生寮ぐらいなので、やはり寮の方に向かったと考える方が賢明かもしれない。考えがまとまろうとしていたノアの足は、いきなり目の前に現れた女子生徒の登場により急停止することとなる。


 「どうした?」


 あまり話をしたことがない子だったが、それでも顔はしっかりと覚えている。同じ空間で学ぶ仲間としては当然のことだとノアは己を誇り、女子生徒の顔を見れば何だか表情に躊躇いが見える。もう一度、声を大きくしてノアは「どうかしたか」と問いかけた。


 「あ、あの、余計なことだったら無視してくれて構わないんですけど……。もしも、今ノアさんが使い魔を探しているなら……私の使い魔がノアさんの使い魔がいなくなったのを見たそうなんですけど――」


 女子生徒の背後の二足歩行の亀が、自分が出した意見であることをアピールするように片腕を上げた。



                 ※



 「案外、脆いものね」


 冷水を浴びせるように言い放つローブ姿の女子生徒は、地面に倒れたままで動くことのないモニカへ言い放つ。

 ショティアと呼ばれる衝撃波を放つ魔法攻撃はモニカどころか、背後の教壇まで崩壊させてその破片の中にモニカは体が埋もれていた。攻撃を受けたモニカに何らかの反応がないかと待つこと約一分半、指一本すら動かないモニカに女子生徒は歩み寄る。そして、モニカの頭の上で右手の平を広げる。


 「もしかしたら、ただ気を失っているだけかもしれないし、念のために頭を砕いておくよ。女の子にしてはかわいそうな死に方かもしれないけど、そんな綺麗に気を失っている貴女が悪いのよ?」


 先程放ったものよりもずっと魔力の密度の増した魔法の塊が練られていく。それが完全に球体の形になったというイメージが女子生徒の脳裏で完成した。それは、魔法という拳銃に弾丸がこめられた瞬間だった。


 「悪いけど、ここでおやすみ。――ショ」


 「――うわああぁぁぁぁ!」


 女子生徒が魔法を唱えるよりも早く、モニカが勢いよく立ち上がる。剣もないモニカには体当たりするしか方法は浮かばないが、それでもこのまま衝撃魔法を受けて粉々に砕けるより何倍もマシに思えた。

 勇者の力があるため不自由なく、突っ込んでくるモニカに驚いた女子生徒は咄嗟に右手の位置をずらそうとするが間に合わず、そのままモニカの体当たりをまともに受けた。


 「くっ……!?」


 途中まで作り上げていた魔法を解除し、薙ぎ払うように右手を振るう。


 「離れろ、ショティア!」


 激しい突風を全身に受け、モニカは操縦不能になった凧のように高く浮き上がれば黒板に叩きつけられた。

 女子生徒からしてみればモニカの体当たりは、それほど問題にはならなかったが、やはりこの衝撃波を受けて何事もなかったかのように立ち上がる少女の姿は異常に思えた。

 二度目のショティアで体を叩きつけられたモニカは、再び壁に手をついてよろよろと立ち上がった。驚きや困惑といった表情がそこにはあるものの、そこには苦痛で歪むような様子は見当たらなかった。


 「何者なの……」


 明確な殺意と共にモニカを睨みつける女子生徒にモニカは小さく笑う。


 「私、他の女の子より体が頑丈なんだよ。ねえ、どうして、私を……その、殺そうとするの……?」


 おどおどと話をするモニカに女子生徒は言葉にすることのできない憤りを感じる。話を聞く耳なんて持たない、そう告げるように再度女子生徒は右手を振るう。


 「そんな問答はとうに終わったわ。どんな理屈か知らないけど、何度でも攻撃して貴女を砕くだけよっ!」


 危険だ、そう考えてモニカは慌てて入ってきた扉へ向かって走るが、モニカの運動神経では女子生徒の衝撃波を回避することはできない。再び強烈な衝撃の暴力を横から叩きつけられて、先程の位置から吸い込まれるようにほんの数センチだけズレた程度の壁に叩きつけられた。

 激しい衝撃に頭が揺れ、モニカの目の中にチカチカと黒い影が走り、体の以上を知らせる。表情に苦しみを浮かべるモニカだったが、それでも立ち上がろうとするその姿に女子生徒は舌打ちをした。


 「まだ動くなんて、よほど特殊な体質なのね」


 右手を頭の上に掲げる女子生徒。その一振りは、衝撃という名の暴力の風。次の一撃は教室の損害など気にもしないような嵐のような一撃を放つ準備をする。右手の中でざわざわと魔力の流れが巻き起こり、それが衝撃を放つために確固とした形を持つ。淡い色の魔力の球体が女子生徒の手の上で完成する。

 さすがのモニカもあの魔法の塊を浴びせられたらまともに立つこともできないだろう。いや、もしかすると体の一部を失うかもしれない。

 潜り抜けてきた戦いの経験がモニカに危険信号を送るが、モニカの足の速さでは魔力発動前にここから逃げだすことなんて不可能に感じられた。それは、モニカが思っていることでもあり、同時に女子生徒に勝利を確信させる理由でもあった。

 体を斜めにして駆けるモニカの体へと女子生徒の魔力の塊が投げ放たれる――。


 「――うおおおぁぁぁぁ! モニカアァァァァ!」


 教室の扉から猛烈な勢いで何かが飛び込んできた。

 銀色の獣が飛び込んできたかと思った女子生徒の手は、そこでピタリと止まった。モニカを倒すことを躊躇ったわけではなく、突然の来訪者に驚いたためにその手の平は未だに頭の上だった。

 そこにやってきたのは、ノアだった。ノアは一直線にモニカと女子生徒の間まで駆けてくる。


 「うるさい友達ね」


 大声を上げながら飛び込んだことが幸いしたのか、意識がノアに向かうことで手の動きを止めた女子生徒。しかし、忌々しげにノアへの感想を吐き捨てて言えば、改めてモニカに向き直る。

 どうせ、ノアが来るまでには時間がかかるはずだ。扉から十メートルも離れている。普通に考えれば、右手を振り落とすだけの行動と走る行動なら、圧倒的に右手の動きの方が早い。そう考える女子生徒には、確かな余裕があった。――しかし、右手とモニカの間に出現したノアによってその余裕が粉々に砕かれる。


 「――モニカを傷つけさせはしない!」


 ノアの超人的な脚力は女子生徒の常人の予想を大きく上回っていた。ノアの声に反応するというたった数秒の女子生徒の隙がノアに大きなチャンスを与えたのだ。

 慌てて右手を振り下ろそうとする女子生徒よりも早くノアは弾丸のような拳を真っ直ぐに放つ。


 「そんなもの……!」


 女子生徒は身を翻せば、軽やかに拳を回避する。

 ノアが超人であるように女子生徒も人間の域を超越した存在であった。それでも、そこで足を止めることもなければ勢いを殺すこともなくノアは深く女子生徒の方まで潜り込んで外側から内側を抉るような左の拳を振るう。


 「うがぁ――!?」


 短い声を上げた女子生徒の脇腹にはノアの拳が突き刺さる。そのままノアは力いっぱいに腰を振れば、女子生徒の体を押し出すように拳をぐうぅと伸ばした。

 まともにノアの拳を受けた女子生徒はモニカへと放つはずだった右手の衝撃波がコントロールを失い、誰もいない黒板へと放つ。蜘蛛の巣のように黒板にヒビを入れ、バラバラとパズルのように崩壊させる。


 「モニカ!」


 破片がモニカへと飛ぶことを恐れたノアは、女子生徒を追い詰めることを一旦止めてモニカの元まで駆け寄る。幸いにも怪我はなく、モニカは苦笑いで自分の安全を報告した。


 「よかった、モニカ……。相変わらず、頑張り屋な勇者様だな」


 モニカの頭にかかった黒板のチョークの粉を払いながらノアは自分もモニカも安心させるように一度ぎゅっと抱きしめた。


 「――よくも邪魔してくれたわね」


 背筋をぞわぞわと強引に撫でるような低い声を上げる女子生徒。その背中のローブがふわりと浮き揚げれば、背中から両肩にかけてぐっと伸びるように左右に二つの翼が出現する。

 女子生徒の姿を見て、「翼……鳥さん……」と、呆けたように呟くモニカの声を聞き、ノアは訂正する。


 「そんな可愛いものじゃない。奴の翼はきっと、ただ飛ぶためにあるわけではないはずだ」


 ノアはモニアを自分の背後に回るように促し、砕けた教卓の一部を掴んだ。一応は武器のつもりで握ったものだったが、それがどこまで役立つかはこれからの展開次第というところだ。

 翼を大きくはためかせれば、被っていたローブは高く舞い上がる。長い前髪のせいで顔は見えないが、その髪は異常なまでに白く薄めるはずの絵の具を強引に塗りつけたような強烈な白。白というものを感じさせるのは髪だけでなく、爪の色から目の色、さらには肌まで白色を塗ったように隅から隅まで白色の女性がそこにはいた。塗り絵を白い色鉛筆で塗れと言われればこういう風になるのだろうか、とモニカは心の隅で考える。

 よく見れば十五歳ほどに見える女子生徒は、自分の色に対しての感性を壊されるような白の体の中で僅かに朱色の見える唇を動かした。


 「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ……。私の白を染めるまで、この白が消えてなくなるまで、絶対に――ユルサナイ」


 恨み言のようにブツブツと吐き出される言葉は、既にそれだけで魔法のように思えるノア。聞いていれば気分を悪くするし、あの口から放たれる「ユルサナイ」という言葉は全身まで重くするようだった。

 両翼が大きく開かれた。何が来るか、どれだけ防げるか分からないがノアは剣代わりの教卓の破片を構えた。


 「機会は私が作る。その内にモニカは逃げろ」


 捨て身の覚悟でそんなことを言うノアは、モニカの思いもよらぬ一言で集中力が散る。


 「ううん、機会は――私が作ったよ」


 ノアが誇らしげに笑うモニカの顔を見た瞬間、


 「――なんだオマエらは!?」


 女子生徒の悲鳴に似た声を聞き、改めて前を向く。そこには、十数体のモニカ達に襲い掛かられる女子生徒の姿があった。いつの間にかモニカが、ぐんだんスキルで自分の分身を作り出していたのだった。

 ノアは驚いてモニカの方を見る。


 「いつの間に……」


 「えへへ、実はあの子に攻撃されている時にこっそりぐんだんスキルで、分身を作って机の下に隠していたんだ。すぐにたくさん出せるのは難しかったから、ずっと時間をかけて分身を作り出してたんだ。それに、今は分身ちゃん達の方がずっと頼りになるしね」


 どういう理屈かはノアにもモニカにも分からないが、分身で生み出されたモニカ全員が鎧と剣を装備していた。ただ単純にモニカが増えるとしても武器や防具を付けているかどうかで大きく状況は違う。それは、モニカといえど一緒だ。

 最初に襲いかからせたモニカ達の数が多かったこともあり、次から次に現れるモニカ達に手こずった様子の女子生徒。顔を怒りと憎しみに歪めて、分身するモニカに翼から魔力で出来た刃のような羽を何十と飛ばす。


 「でも、このままではすぐにみんなやられちゃうよ!」


 「仕方がない、ここは一旦引くぞ」


 ノアが脇にモニカを担げば、そのまま扉へ向けて疾走する。全ての体力をただ逃げるために使用し、モニカを助ける時よりも早く頭から一切停止をするという発想を無くした全力疾走を行う。


 「――待て、待ってよおぉぉぉぉ!!!」


 まるで地獄の底から響くような声だとノアは思った。


 「たくさんのモニカに埋もれる天国を楽しめ」


 捨て台詞のように言ったノアが最後に見た女子生徒の顔は、まるで自分が助けてほしいかのように悲しく歪み涙でぐっしゃりと濡れていた。

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