7話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42
モニカ達と別行動をとっていたアルマはモニカから話を聞き、さっそく行動することにした。実は、アルマ自身も一人目の被害者が出てから独断で夜の見回りを行っていた。しかし、結局のところは事後にしか到着することは出来ず事件を未然に防ぐどころか犯人の姿すら見つけられない。現状、何も対策が浮かばないせいで、ただ被害を増やしていく様子を眺めていくことしかできていないのだ。
昼食を行きつけの喫茶店の座り慣れた席で過ごしていたアルマは、大きな欠伸をした。
「――珍しいね、アルマちゃんが大きな欠伸なんて」
「あ……エステラ」
この幼馴染はいつも唐突にここにやってくるな、なんて思いつつ自分の前の席に座るエステラ。
テーブルを挟んで座るエステラは、何かお菓子でも作ってきたのか取っ手にリボンの付いたカゴを足元に置いた。
「ちょ、ちょっと、さすがに喫茶店に来てから持ち込みばかりしていると店主も怒るんじゃない?」
エステラの耳に顔を寄せてアルマがそう言えば、エステラは口元に手を当てながら小さく笑う。
「大丈夫だよ。そんなこといったら、学園にいた時から持ち込んできたお菓子を並べて、お茶だけ注文して飲んでいるじゃない」
「うっ……。まあ、そりゃそうだけど」
口数の少なく表情の変化に乏しい店主だから、実は内心よく思ってないかもしれない。学園にいた時は、ここまでおおっぴらに持ち込んでいたわけではなく、こっそりとお菓子を持ってきていたのだが、慣れというのは恐ろしいもので何度も来店していく内に気が付けば店主に言えば皿に盛ってくれるまでになっていた。さすがに行き過ぎたら何か言うかもしれないが、これは常連だから許さることのなのだろう、と勝手な解釈を行う。
そうこう喋っているうちに、店主はエステラの紅茶を持って来る。注文している声を聞いていないため、きっと顔を見ただけで持ってきてくれたのだろう。エステラは軽く店主に会釈をすれば、机の上に微かに甘い香りのするかごを置いた。
「はい、どうぞ。今日のは自信作なんだよ」
寛容な店主に感謝しつつ、かごの中を覗き込むアルマ。そこには、いくつかカップが並びその中からふっくらと甘い香りのする原因となる物体が膨らんでいた。――実においしそうなカップケーキだ。
仕事のできる店主は、いつの間にかアルマのテーブルの脇に小さな皿とフォークを二人分置けば無言でその場から去っていく。
非常に奉仕されている気分になりつつ、常に甘い物を提供してくれる幼馴染にも感謝しつつ皿の上に乗せたカップケーキを受け取った。
「悪いわね、この一週間ずっとエステラからお菓子をごちそうになっちゃって」
「ずっとじゃないよー、三日ぐらいは作ってきてないでしょう?」
「私なら週一でも作るのが面倒だと思ってしまうけどな」
「アルマちゃんの場合は、他にもっと夢中になることがあるから、やらないだけでしょう。アルマちゃんなら、きっと好い人が出来たら、毎日でも作ってあげるんじゃないかな?」
「ばっ――!? な、何言ってんのよ。おな、同い年の男の子と……そんな喋ってこともないのに……」
「照れちゃって、アルマちゃんかわいいー」
この程度で顔の赤くなる自分を恥ずかしく思うアルマ。
モニカ達と旅をしているとこうした異性の話は皆無だが、エステラはたまにこんな話をする。きっと、エステラみたいな女の子と結婚できる男の人は幸せになるだろうなと思う。いつかエステラの恋の話を聞ければな、と胸の隅でアルマは考えつつ、早速カップケーキにフォークを刺せば一口。
「エステラはいつもそうやって……。あ、そうだ。エステラはさ――通り魔の噂は知らない?」
急に出てきた不穏な言葉にエステラは、自分の分のカップケーキを皿に乗せたままで手がピタリと止まった。
空気読めていなかったか、と失敗した気持ちになりがらアルマが謝ろうとすれば、それより早くエステラが口が動いた。
「あーうん、まあ、噂ならねー。夜に人を襲って怪我させちゃうんでしょう?」
語り出したエステラの口調は落ち着いたものだったため、話題を変えようと思っていたアルマはそのまま話を続けることにする。
「やっぱり、有名な話なんだ。言ってなかったけど、今私はその通り魔の調査のためにこの町にいるの」
「ふーん……。アルマちゃんは、その犯人を見つけてどうするの?」
「どうするって……。もちろん、捕まえられるなら捕まえるし、モンスターなら倒すし。それに、こう見えて魔法も自在に使えるようになったのよ。……まあ、無条件てわけじゃないけど」
「そうなの!? 凄いね、アルマちゃん。これで、アルマちゃんに敵なしだね。わぁ、でもそうなら、アルマちゃんものすっごく強い子になっちゃうんじゃない? がおがおがおー」
自分の力だけで強くなったわけじゃないが、それでも自分のことのように喜んでくれるエステラを嬉しく思いながらもやんわりと否定しておく。
「なにその、がおがおーて……それって、もしかしてエステラの想像する強い人? もう、ほんとヘンテコなんだから……。でも、正直に言うけど、私一人の力では制御が難しいから、一緒に旅をしているモニカて女の子の協力で何とか魔法が使えているのよ」
カップケーキの山を崩し、その一角を口に放り込んだエステラはじっとアルマを見た。フォークの先を口から離せば、カップケーキに一刺しするエステラ。
「なーんだ、じゃあそのモニカちゃんのおかげで魔法が使えているんだね。……私にとっては、例えそうだとしてもアルマちゃんは十分に凄いと思うんだけどな」
「私だけの力じゃないて言っているでしょう? 褒められたら調子乗っちゃうから、やめてよね」
互いに軽口を飛ばしあう頃には、物騒な通り魔の話なんて記憶の彼方に消えていた。そこに残った甘い菓子を口にすれば、この空間のような甘さと共に幸せの味を頬張った。
※
次の犠牲者が出ないまま、それから二日が過ぎた。
相変わらずモニカは教室の前でノアを待つ日々を続けていた。リスやハムスターのような小動物程度の大きさの使い魔なら教室の中で主と一緒にいるようだが、モニカはどうやら大型のモンスターに分類されるようで他の使い魔達と一緒に主を待つ日々を続けるしかない。
右隣の熊のような大きさの二足歩行の亀みたいな使い魔や、左隣の尻尾のところにも顔があり体の上下合わせて二つも頭部のあるワニに似た生物とも仲良くなった。正直、言葉は何一つ理解できないが、それでも何となく打ち解けた気がする。
「ふわぁ」
大きく欠伸をして、窓の外を見る。どこまでも広がる青空は高く、元の世界とは比べ物にならないぐらい綺麗な色をしているように思えた。
あの世界とこの世界は違う。空の色も違うし、横切る雲の形すら違うようにも思える。見たことない夜空もあれば、毎日の焼けるような夕焼けは胸の奥を熱くさせて静かにさせる。生命力に溢れたこの世界で、今自分は何をしているんだろうと思う。
一人になっているせいか、久しぶりに自分にとっての世界の意味を考えてしまう。考えなくてもいいのに、心のどこかで、弱過ぎる自分の在り方を常に探っている弱い自分。あの流れていく雲のように自在に形を変えて、空の青に溶けていけるほど生き方に長けた自分になりかった。それが正しいのか、それともただの愚かさから来るものなのだろうか、その答えは未だに見つからない。
何を考え込んでいるんだろう、と頭を振り、視界を別の場所に向ける。
「――え」
思わず声が漏れた。授業中だというのに、廊下を歩く女生徒が見えた。一瞬だけ見えた長い髪を隠すように黒いローブを頭からかぶれば、その女生徒は階段へと消える。
「まさか」
頭の上の猫耳がぴくぴくと動く。
あれは幽霊だろうか、あの階段まで十メートル程度しかない。だったら、今すぐ追いかければ間に合うはずだ。
「い、行くにゃ」
アルマが外でも頑張り、ノアは情報を集めてくれている。今の自分は何もできない、だったら少しでも事件に関係するものがあるなら、それを追いかけよう。これが無駄足になったとしても、僅かでも、もしも、があるなら動くしかない。それに、もう失敗には慣れている。今さら、どれだけダメだと言われても恐れることはない。誰かにダメだと言われるより、あの大切な友達達に迷惑かけることだけは絶対に嫌だった。
他の使い魔達がいつもと違うモニカの様子を心配そうに見ているが、「大丈夫、ちょっと行って来るだけだから」と言い、ローブを被った女子生徒の歩いていった方向へと駆け出した。
※
女子生徒を追いかけて向かった先、階段を降りてすぐ脇の扉の中へと消えていく。今さら追いつけないかと思っていたモニカだったが、女子生徒の歩幅は酷くゆったりとしたもので、まるでモニカがやってくるのを待っているようだった。
そんな危険性に気づかないままで、モニカは誘われるように扉の中に飛び込んだ。
「ここは……」
飛び込んだ先は、誰もいない教室。階段のように段々で一段ずつ机と椅子がずらりと横に並び、その席の正面方向にはスライドできる二枚の大きな黒板がある。飛び込んだ扉で最初に目に入ったのは、黒板に合わせるように作られた大きな教卓。ここで座学の勉強をするのか、モニカが想像していたよりもずっと、元の世界のものに近い教室の作りに思えた。
五、六歩歩けば教卓に辿り着く。学生のものとは違い、傷のない教卓の上に手を置けば何となく懐かしい気持ちになる。しかし、女子生徒の姿は見当たらない。やはり、あの子は幽霊だったのだろうか、とぐるりと教師を見回す。――いた。
並ぶ机の一番奥、教室の一番の後ろの壁の前にローブ姿の女子生徒がいた。着ている服が制服のところを見れば、やはりここの学生のようだ。
「――こんにちは」
すっと声が響いた。綺麗な声だと思ったが、どこか固い印象を与える女子生徒のものだ。
もしかして、幽霊ではないのかもしれない。間違えたら、謝らなければ。そんなことを思いつつ、動揺で早くなる鼓動を落ち着けるように胸元に手を置いてモニカは挨拶を返す。
「こ、こんにちは」
それから、数秒。無言の時間が訪れた。
「あなたが、モニカちゃん?」
「にゃ!? あ……はい」
いきなり名前を呼ばれて、内心びっくりしつつ答えた。
どうして、自分の名前を知っているのだろうか。それとも、またノアへのラブレターを渡すために私を呼び出した生徒だろうか。もしかして、毎晩一枚一枚書いてるノアちゃんの返事が遅れているのか。
どちらにしても、モニカは「幽霊ですか?」と聞くこともできないまま、次の言葉を待つ。
「そう、良かった。探すのに時間がかかっちゃったから」
どこかホッとしたように声が柔らかくなる女子生徒。
もしかして、自分が知っている人なのかと顔を見ようとするが、深く被ったローブの下の顔は決して窺うことがきでない。
「私に用事ですか……?」
おっかなびっくりという感じで質問するモニカ。ローブの下から右手を出せば、手の平が見える形でモニカに向けた。
「ええ、あなたがいると、誰も幸せにはなれない。だから――殺すわ」
「えっ……!? それ、どういうこと――」
突然の死の宣告に反射的に声を荒げるモニカだったが、女子生徒はそこに耳を貸すことはない。右手の甲が淡く赤く輝けば、何かの印が浮き出る。そして、一瞬だけカッと手の甲が鮮烈に輝いた。
「――ショティア」
それが、何らかの攻撃魔法の魔法名だと気づいた時には、女子生徒の右手から激しい衝撃波が放たれ、容赦なくモニカの体を背後の教卓ごと吹き飛ばした――。




