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ダメ勇者だけど、みんなが甘やかしてくれるからなんとかなってます!  作者: きし
第七章 魔法学園~アルマによるキミに捧ぐレクイエム~
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4話  モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 マギカ・ベイク塔の足元、中庭を通って隣接している建物へと向かう。黒色のレンガが素材のほとんどを占める学生寮は覆いかぶさるように長く、ざっと見ただけでも既にこの寮だけでモニカの通っていた学校の三倍の大きさはありそうだった。モニカからしてみれば、ここが学園だと言われたらそのまま信じてしまいそうである。

 入り口前の段差で躓きそうになり、ノアから手を取ってもらい寮に入るモニカ。既に話は通しているのか、入り口脇にある部屋で二、三言葉を交わせばすぐにモニカ達を促すゼイレ。

 階段を上り、また上がり、そして右に曲がり突き当たりの階段を何故か階段を下りて左に向かえばモニカ達の部屋がある扉の前に到着した。ゼイレが、紳士的な動作で扉を開けば細い目を糸のようにしながら「どうぞ」とモニカ達へと言った。


 「学園長のお客様なので、本当なら個室にした方がいいのでしょうが……状況が状況ですので、お二人のお部屋をご用意いたしました」


 「いえいえ、大変助かってますよ!」


 大人にここまでかしこまられるのは、未だに慣れていないモニカは大慌てで手を振る。事実、モニカから見てもこの部屋は十二分だと思えた。

 近頃は完全に野宿に慣れていたこともあるが、左右の壁にある木製のベッドは清潔そのもので中心にある窓の両脇に置かれた机も目立った汚れもなくまるで新品そのものだ。扉を開けば、埃が舞い上がり掃除でもしなければ生活することすらできない部屋を想像していたのだが、下手をすれば宿に泊まるよりも過ごしやすそうだった。

 ノアはゼイレに軽く会釈をすれば、右側のベッドに腰掛ける。ノアの尻の形で潰れるシーツは、確かに柔らかそうだ。


 「いい部屋だな」


 独り言のように呟いたノアの声に反応するゼイレ。


 「魔法使いの学生は大変貴重ですから……。在学中に何かあるといけませんので、こうした細かいところも細心の注意を払うようにしてるんです」


 「なるほど」と、ノアが返事をする。その頭の中には、何不自由なく「すごい」「偉い」と言われながら成長していくアルマの姿が浮かんでいた。やはり、アルマの自尊心の高さはここから来ていたかと納得しつつ、ノアは次の質問をする。


 「私達が、ここの生徒でやっていくように言われたのは知っているだろうが、実際のところ魔法が使えなくても何とかなりそうか?」


 珍しそうに部屋の中を見て回っていたモニカもノアの質問が気になるようで、ゼイレに視線が集中する。

 留学生のような形で入学する予定だと聞いていたが、それでもどこかで魔法を実行することを求められればどうしようもない。魔法の知識なんて一切ない二人からすれば、毎度毎度笑いものになるのも酷というものだった。


 「はい、おそらく」


 「おそらく? 随分と自信が無さそうだな」


 「あ、いえ……。実習さえ受けずに座学だけを受けていれば、魔法が必要になることはないでしょう。ですが、魔法薬の授業の場合は実習を兼ねることがありますので、お気をつけください。学園という形なので、必修の中に実習もありますが、それは一年をかけてとる単位です。進級予定がないお二人なら、直接的な魔法を行う必要がありませんし、魔法の知識がないのも周囲は既に知っていますから、先に座学を学びたいなどと言えば何とでもなるでしょう」


 モニカは安心しきったように頷けば、説明をしてくれたことに礼を言う。対してゼイレは、またそこで穏やかに笑った。

 ノアはといえば、根拠無くゼイレに対しての淡い違和感のようなものを感じていた。それは違和感というほどでもないかもしれないが、笑顔で嘘をつきましょうと言う仮面のようなその表情に何となく嫌なものを気持ちがしていた。

 自分が気にしてもしょうがないか、とノアは己を無理やり納得させれば後は口を閉ざした。

 教師らしい動作で二人を見回せば、それこそ最後に挨拶をして教室から出て行くようにゼイレは口を開く。


 「他に質問は――」


 「――ご、ご飯は?」


 緊張した様子で挙手するモニカ。それは聞き忘れていたと自分を恥じるノア。おかしな質問でも表情を変えることなく丁寧に返答するゼイレ。


 「緊張しなくていいですよ。朝は七時、昼は十二時半、夜は十八時からとなっています。他にご質問は?」


 「い、いえ、大丈夫です! 短い間に不束者ですが、何卒ご容赦を!」


 「……モニカ、たぶんそれ意味というか言葉を間違っているぞ」




                  ※



 学園長室の中で、重さに耐えられなかった留め具が弾けるようにアルマが声を荒げた。


 「――おばあちゃん! お姉ちゃんが行方不明てどういうことっ!?」


 「う、うるさいのー。元気過ぎる孫は、おばあちゃんちょっぴり嫌いじゃぞ」


 両耳を両手で塞ぎながら背中を丸めるプリセラ。


 「こんな時だけ、年寄りみたいなことするのやめてよ!」


 「えぇ、だって外見と体の中身以外は年寄りなんじゃが……しょんぼり」


 机の下に潜り込もうとするプリセラの首根っこを掴んで引き上げれば、強引に自分のところを向かせるアルマ。


 「詳しく聞かせてよ、おばあちゃん!」


 「むぅ、そこまで孫の熱視線を受けてしまえば仕方がないのぉ。それほどまでに見つめられてしまえば、ワシどうにかなってしまいそうじゃ……ぽ」


 「茶化さないの!」


 若い祖母にも考えものだと思いながら、アルマは自分の椅子に腰掛けるプリセラを睨む。威圧されたことでプリセラもようやく折れたようで、やれやれと座って椅子に腰を深くする。


 「実は、ワシもよく知らんのじゃ」


 「よく知らないって、孫でしょ……」


 「い、いきなりいなくなったアルマがそれ言うのか? ……まあよい、これも思春期だと割り切る。――置手紙だけ残して、いきなり家からいなくなったんじゃよ。お陰で、その日は食べ損ねてしまったわ! ちくしょう!」


 「二人はそのこと知っているの?」


 「お主の両親のことか? 知るも何も、相変わらず二人は旅に出たままで帰って来てないからどうしようもないぞ。あっちから一方的に手紙だけが来るから、生きているとは思うが」


 「せめて二人が知っていたら、何とかなったかもしれないのに……」


 「あ、ありゃ!? 魔法学園学園長のおばあちゃん知っているよ! 祖母っちゃってるよ!」


 ワケのわからない言葉を流行らせようとする祖母を無視して、アルマは姉のことを考えてみる。

 魔法使いとしても自分が憧れるぐらいの実力を持つと同時に人格者でもあった。誰もが羨む美貌を持ちながら平和を誰よりも愛し、老若男女関係なく平等に優しい。悪い男に捕まったか? いや、そんなことはない。あれほどの女性が、そんな安っぽい理由でこの町を出て行くとは思えない。しかし、彼女は彼女なりに理由があるはずだ。そう思えるほどに、信頼していることに気づけば、アルマは一旦目の前でいじける祖母を見る。


 「時間がもったいないから、ちょっと町をブラブラして情報を集めてくるわ。二人が来たら、おばあちゃんからいろいろ教えてあげて」


 「なんかその言い方不良みたいで嫌じゃのー。どうせ、ワシに仲直りの菓子でも買って来るんじゃろ」


 「……」


 「――無視よくないぞ!?」




                  ※



 知り合いに会わないようにコソコソと学園を抜け出したアルマは、学園近くの路地の裏にある喫茶店に向かう。

 表通りで陽の光や季節を感じながら紅茶を飲むというのもいいが、アルマにとってはそのひっそりとした空間がどうしようもなく愛おしく思えた。目立つところにいれば、誰かの視線があり、ちょっと自分が変わったことをすれば、それに対してもいちいち過剰に反応がある。そりゃ確かによく目立つ生徒だったかもしれないが、あそこまで興味を示さなくてもいいのにと思った。いや、優等生であり劣等性でもある自分への対応に困っていたというのが事実かも知れないな。


 あの頃と違い、別視点から物事を考えられるようになった自分に驚きつつ、ひっそりと薄い明かりを店内から漏らす喫茶店が残っていることにホッとしつつ入店。

 カウンターの中には鼻の下に長い髭を生やした老人が一人、グラスを磨いていた。これも見覚えのある光景だ。やってきたアルマに一瞬だけ、目が大きくなった気がしたが、それでも特別反応することはなく、口にしなくてもグラスを置いてティーカップの用意を始める。

 何一つ変わっていないことに安心しつつ、喫茶店の一番隅のテーブルに腰掛ける。席の数はそれほど多くはない、しかしここはそれだけで十分だった。杖を壁にかけて置けば、ただただその空間の香りや雰囲気を楽しむことに専念する。

 そういえば、さっさと単位をとってしまって空いた時間があれば、ここに来ていたな。まだ半年も経っていないのに、とても懐かしく思える。そう思ってしまうほどに、自分がたくさんのことを経験してきたということなのだろうか。

 時間をかけて淹れた紅茶が運ばれてくれば、会話もなくテーブルに置かれる。


 「え」


 思わず声が漏れた。

 紅茶だけ頼んだつもりだが、一緒にクッキーが数枚乗った皿も横に置かれている。まさか、サービスか。いや、ここの店主は余計なことをする人間ではない。訝しげに店主を見ても、言葉発することな背中を向けてカウンターに戻っていく。

 頭にいくつものクエスチョンマークを浮かべていると、混乱するアルマが気づかない内に同じく喫茶店の隅から一人の人物が近づいてくる。


 「それ、私が作ったクッキーなんだよ。アルマちゃん」


 橙色を濃くしたような色のロングへアーに長い前髪、地味ながらもその優しげな感じが似合っているワンピース。背も伸び、顔も少し痩せたようにも見えるが、その人物は確かにアルマも知っていた。

 最初はぼんやりとしていたものの幼い頃の輪郭と、今目の前にいる彼女の姿と重なっていく。


 「――え、え、え! ……も、もしかして、エステラ!?」


 思わず大きな声が出てしまうほど、アルマは激しく動揺した。名前を呼ばれてくすぐったそうに笑うのは、数年前に引っ越してもう会えないと思っていた親友――エステラだった。


 「えへへ……そうだよ、久しぶり。アルマちゃん」

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