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9話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル35

 戦場で戦うノアとアルマの耳に何度目かの村人の悲鳴が聞こえた。

 まだ身体強化の魔法の効果が消えていないので、生存率は普通よりも高いだろう。それでも、死の可能性が消えたわけではない。一切の猶予はない、これは火を見るよりも明らかだ。

 耳に届いた悲鳴が何を指すのか、村人達を守りながら戦っていたアルマもノアも己のことで手一杯になりつつあった。


 「誰か……助けにっ……!」


 そう声を上げるアルマの視界は一瞬にして現れたオオグの腹部に覆われた


 「くっこぉの……どけぇ! リベルトウィンド!」


 リベルトウィンド、風を操る魔法。何もない空間に集めた空気を武器として放つことのできる中級魔法だ。

 空気の塊を杖の先に出現させ、それを射出。オオグの腹部にぽっかりと大きな穴が空いた。アルマへ向かって倒れてくるオオグを体勢を低くして、片手を地面について滑るように転がって前進。後方で地に伏せるオオグを見向きもせずに、次の攻撃へ。

 時に炎を蛇のように扱い、状況を見て土の壁や落とし穴を出現させ、また傷ついた村人がいれば治癒魔法を施す。既に数え切れないほどのオオグの屍を積み上げてきたはずだった。しかし、一向に状況が好転することはない。確実に事態は悪い方向へと進んでいっている。

 村人はみな首を絞められたような必死の顔つき戦っている。戦闘経験がないという話だったが、守りたい者を持つ強さなのか、今のところ死者は出ていないはずだ。これだけの大群を相手にして数十分。それで怪我人は出ても死者が出ないというのは奇跡的だった。

 とっくの昔に村人は死んでいてもおかしくない状況を救っているのは、ノアだとアルマは考える。目の前の敵を反射的に攻撃しているように見えるが、実のところ危険が迫っている村人を優先して助けに行っている。ノアが強過ぎるため、ただ助けに行くよりも敵を倒しながら進む方が彼女にとっては生産的なのだ。ただ攻撃しているだけでは助けることはできないので、うまく囮になり注意をひき立てて戦場の敵意を自分に集めることにも意識を欠かない。最も多く殺し、最も多くを救う。アルマの目から見たノアは、戦士の鑑だった。

 だが、アルマとノアは確実に体力と精神力を削られていっていた。


 「どっけえぇぇぇぇぇ!!!」


 ノアが首を切り落としたオオグの死体を足蹴に、次に着地するまでに二体のオオグの首を撥ねた。そのまま次の一歩でアルマを背後から狙っていたオオグの胸を剣で貫く。


 「ごめん、助かった」


 空気の大砲を放ちつつアルマはノアと背中を合わせる。互いの不規則な呼吸が、自分達の肉体の限界を伝え合っていた。


 「倒しても倒してもキリがないな……」


 ノアは迫り来るオオグの両足を切断して反転。それに合わせてアルマも反転すれば、足を失ったオオグの背後にいた他のオオグに火球を連続で発射する。


 「数が多過ぎる……! やっぱり、これおかしいわよ!」


 大群なんてものじゃない。このオオグは、本当に次から次に湧いて出ているのだ。

 数を減らせば、多少の糸口や戦況への綻びを見つけることができる。しかし、この戦場にそうしたものは一切ない。状況を好転させるためのほころびを見つけたとしても、そのほころびが見えなくなるほどの圧倒的な勢いが埋め尽くす。最初からほころびなんてなかったかのように。

 

 「いいから、手を動かせ!」


 「とっくに動かしているわよ!」


 突然、膝を曲げたノアの頭上に杖を向けてリベルトウインドで三体のオオグに風穴を空けた。そして、ノアは体制を低くしたままで走れば前方にいた数体のオオグを一突きで肉体を切り裂く。腕、足、頭、腹、肩……全て集めれば一つの肉体ができてしまうのではないかという大きな肉片を宙に浮かせ、再びノアとアルマは互いの背中を預ける体勢に戻る。


 「諦めなければ、必ず希望は見える」


 アルマは小さく笑う。


 「モニカだったら、絶対諦めないもんね」


 「ああ、だからこそ……私達も諦めるわけにはいかないさっ!」


 意気揚々と告げるノアだったが、敵に向かおうとしていた足がピタリと止まる。


 「おい、アルマ。何か聞こえないか?」


 「今はオオグの吼える声と悲鳴しか聞こえないんだけど?」


 よほど疲労が溜まっているのだろう、幻聴だろうか。と、投げやりに返事を返すアルマ。


 「――」


 しかし、アルマの耳には声のようなものが聞こえた。


 「え……?」


 「ほら、やっぱりだ。アルマも聞こえるだ……ろっ!」


 言いながらオオグを貫き、すぐに抜き取れば元の位置へと後退するノア。


 「う、うん、でもこの声って……」


 「――ぅわ……ぁ……」


 身軽な動作でアルマは横方向に飛び、杖を振ればオオグの持っていた棍棒ごと魔法で焼き尽くした。


 「――ぅわあああああぁぁぁぁぁ!」


 アルマとノアの目が交錯する。そして、二人同時に口にするのだ。


 「「――モニカっ!?」」


 まるでノアとアルマが呼んだように口にして、声のした方向、頭上を見上げた。二人が見ることを待っていたように、黒い穴が出現した。そして、そこから吐き出されるように出て来るのは手をじたばたとさせて落ちてくるモニカ。


 「お、お助けえぇぇぇぇ!!!」


 目を点にするアルマとノアだったが、すぐに緊急事態であることに気づいたノアはオオグの背中を蹴り頭を蹴って空から地上へ落ちてくるモニカの落下地点へ考え付く走行手段を総動員して全力疾走する。


 「モニカアアアァァァァァァ!!!」


 悲鳴のモニカと絶叫のノアと何度も目を擦るアルマ。

 落下位置には密集しているオオグ達がいた。落ちた瞬間に無事でも、モニカはそこで袋叩きにされて終わりだ。ノアの脳裏に嫌な光景が浮かべば、さらに加速をした。


 『ノアのレベルが”さん”上がったようじゃ。ノアはスキルを手に入れた。その名は――』


 体を回転させつつ道を切り開くノアは剣の先に炎が宿っていることに気づく。それは大きさを変えて、次第に剣を全て包み込んだ。準備はできた、ノアは己の剣にそう告げられた気がした。


 「――爆炎竜ノ絶叫エクスプロージョンスクラーン!」


 轟きと共に体を軸にしたノアが一回転。剣先から放出された熱を帯びた魔力が三百六十度全方位に爆発を起こす。一度や二度ではなく、一回の爆発は次の爆発を同方向へ連鎖的に続き、再び次の爆発を発生させる。周囲十数メートルを爆炎の海に変えて、すぐさま落ちてくるモニカをお姫様抱っこの姿勢でキャッチする。


 「大丈夫か!? モニカ!」


 「――おうわぁ!? ……ノ、ノアちゃん!? てことは……」


 「オオグ達との戦闘中に、しかもその真っ只中に中にいきなり現れるなんて……。あまり人を驚かさせないでくれ」


 「ごめん……て、ここ戦場なんだ!? やったぁ!」


 一人嬉しそうに笑うモニカを見たノアは訝しげに眉を顰めた。


 「喜んでいる場合じゃない。体も本調子じゃないのに、こんなところへ来てどうするんだ。ここまで来てくれて、悪いとは思うが……今からでも、どこからに身を隠せ」


 焦りとモニカを心配する気持ちが混ざり合い、それが突き放す言い方になってしまうノア。モニカはムッとした顔でノアを見た。


 「やだよ」


 「わがまま言うな」


 「やだよ! 一緒に冒険する友達が頑張っているのに、黙って見ているなんて絶対に嫌だ!」


 「し、しかし、今のモニカでは……」


 思った以上に強く反応するモニカに驚きつつノアが言うが、モニカにはモニカなりの頑なな強い意志があるようで簡単に退いてくれる雰囲気はない。

 

 「あのね……さっきはごめんなさい。少し考えてみて、自分なりに考えてた答えが出せて、悩んでいたことが、ほんの少しだけ晴れた気がするんだ。だから、私はその晴れ間を信じて、前に進むよ。これからも、たくさん迷惑かけると思うけど……一緒にいてもいいかな?」


 切なげに言うモニカの言葉を聞き、ノアは目の中に涙を溜める。我慢できずに溜めた涙を一筋零すが、モニカは指先でそれを優しく拭った。


 「当たり前だ、一緒にいていいに決まっている。どれだけ迷惑かけても、大変なことになっても、モニカは私の友達であり仲間だ。ずっと一緒にいよう」


 「――私、じゃなくて、私達、でしょ?」


 涙ながらに言うノアの背後からアルマが接近する。


 「アルマちゃん、さっきは――」


 「――聞いてたから、言わなくていいわ。友達の謝罪なんて、何度も聞きたくないからね。……ノアと気持ちは一緒、モニカを信じているから、今こうやっているのよ。一度友達と決めた人への態度をコロリと変えられるほど、人間関係て得意ではないわ」


 そっぽを向きながら言うアルマの頬が赤いのは、きっとノアの攻撃のせいで周囲の気温が熱くなったからではないことをモニカは知った。


 「ありがとう、アルマちゃん」


 それだけ礼を言えば、ノアの肩を借りてモニカは地面に足をつける。

 大きく息を吸えばまだ熱い空気が胸の奥まで流れ込み、じっとりと全身の皮膚から発生する汗は妙に気持ち悪い。だが、それでも両隣にいる二人の親友はどんな人よりも心強い。

 モニカ達の周囲に倒れていた炭へと変わったオオグの体を乗り越えて左右から、二体のオオグが棍棒を構えながら迫ってくる。

 タイミングを計ったかのようにモニカの左に立つノアと右に立つアルマが己の武器をオオグへと向ける。


 「モニカの邪魔をするな」

 「モニカの邪魔をしないでよ」


 左から襲撃したはずのオオグはノアの剣によって眉間を貫かれ、右から激しい呼気と共に棍棒を振り上げたオオグは一瞬にして前進を穴だらけにされた。

 なんて、頼もしい二人だろう。そんな二人と友でいられることを嬉しく思いつつ、モニカは右手の拳を掲げた。そこから、勇者の印が浮き上がり発光を始める。


 「ここから、反撃返しだよ! いっくよぉ――!」


 そうして、さらにモニカの右手の輝きが強くなった。

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