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7話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 またいつか会うだろう、と考えていたキリカが思ったよりも早く目の前に現れた。その事実と過去の戦いから受けた恐怖で足が笑い出す。よくよく考えてみれば、自分の故郷ともいえる村に危機が迫っているなら村にやってくるのも当然といえた。しかし、それがまさか怨敵ともいえる自分の前とは、モニカは混乱の沼の中に突き落とされた気分だった。

 ここで混乱して足を止める時間はない。目の前のキリカから敵対する意思は感じない。つまりこれは、やっと対話をするチャンスが来たといえる。生唾を飲み込めば、道を塞ぐように現れたキリカへモニカは叫んだ。


 「そこをどいてっ! キリカちゃん!」


 返答することなくキリカは、その右手に魔力の剣アンナス・セイバーを発生させる。


 「教えて、モニカ。……今のアナタが行ってもどうしようもできないでしょう? どうしてそこまでして村を救おうとするの?」


 両足を肩幅まで広げたキリカには前回会った時ほどの敵意はないが、今まで以上に頑固な意志を感じさせた。

 さすがのモニカも緊急事態に現れたキリカを前に苛立ちを覚えた。


 「そっ……そんなの、行ってみるまで分かんないじゃん! そうやって、いつも決め付けないでよっ」


 逼迫した状況のためなのか、モニカにしては珍しく相手の心を抉るような言葉が出て来る。それはキリカに確かに効果的だったようで、過去の自分の言動や行動を思い出して顔をしかめた。それも若干の表情の変化だったためにモニカは気づくことはない。

 言い返してこないキリカを前に力強くモニカは前進する。相手をその場から気持ちで押し返すように、強い眼差しでモニカはキリカを見た。


 「キリカちゃん、道をあけて」


 言い放つモニカとキリカの間隔は一メートルほど。

 キリカからしてみれば、右手に持つアンナス・セイバーを振ればモニカの首が軽く飛ぶだろう。ただ魔力の剣を振るだけで、命を絶つことができるというのにモニカは真っ直ぐにキリカを見ている。

 晴れない葛藤の中でキリカは奥歯を噛み締めれば、左手でモニカの肩を強く押して身近にあった大木にモニカの体を押し付けた。

 モニカは背中にぞりぞりと木に背中をこすり付けられる嫌な感覚を感じた。それでも、そこで悲鳴を上げるでも助けを呼ぶでもなく、下から持ち上げられるように木を背にしたモニカはキリカを目を真っ向から覗き込む。


 「勇者の真似事はやめて」


 「やめないよ、勇者だもん」


 言い放つモニカを見てキリカは舌打ちをする。


 「随分と言うようになったね。この間は、特別勇者にこだわりなんてなかったように見えるけど……今は勇者だって胸を張るの?」


 魔力の剣を腕ほどの長さに変えたキリカは、空いていた方の右手の剣をモニカの首に後数ミリで触れるのではないかと思う距離まで近づける。

 キリカの明確な怒りを感じるが、モニカは肉体が爆発してしまうのではないかと思うような鼓動に対して深く呼吸をすることで気持ちを落ち着ける。


 「うん、私は勇者。それに、キリカちゃんも勇者だよ」


 「何を言っているの?」


 「私もね……キリカちゃんと戦っていく内に、こんなに簡単なこと、ずっと忘れていた。……教えて、キリカちゃんにとって勇者てなに?」


 押さえつけていた手の力が緩んだのをモニカは感じた。だかたといって、ここで逃げ出したり暴れるようなことはしない。むしろ、ここまで真正面からキリカと向き合えるこの状況は好都合だった。

 ぽつりぽつりと乾いた荒野に雨が降り始めるように、キリカは言葉を口にする。


 「ボクにとって、勇者は強い力を持って、みんなを救う存在。誰かのために、盾となり剣となれる人間……」


 そう口にして、キリカは自分の中での勇者というものが酷く曖昧なことに気づいた。あれだけなりたくてなろうとした存在だったのに、改めて自分に問いかけると勇者という存在が酷く空っぽであることを知る。事実、モニカへの回答は間違わないように、これれ正解だと思えるものを声にしただけだった。

 すっかり力の抜けた左手は、既に肩に置かれているだけだった。下から押し上げるような力がなくなったことで、モニカとキリカは同じ顔の位置で向かい合う状態になる。


 「それなら、私もキリカちゃんも村の人も一緒だよ。私は弱いから、友達やいろんな人の力を借りる。そんな人達もみんな勇者だと思っているよ」


 「……ふざけないで、そんなのこじつけ」


 モニカは困ったように笑う。


 「やっぱりそうかな? 私にも勇者の印はあるけど、キリカちゃんにもちゃんと勇者である印はある。さっきキリカちゃんの言った言葉を守れる人は、みんな勇者の印を持っているんだよ」


 困惑するキリカの右手からは、いつの間にかアンナス・セイバーは消えていた。その代わり、強くない力でキリカは両手でモニカの両肩を押さえていた。

 一度、言葉を区切っていたモニカは、反応しないキリカを見つつ再び口を開く。


 「ねえ、キリカちゃん。誰が勇者じゃないとか、それってそんなに大事かな?」


 キリカの心の奥底で最も頑固な自分が唸り声を上げるように声を上げた。


 「……大事だ。キミには分からないだろうけど、ボクにとっては勇者だということがこの世界の証明になる」


 そこまで言ったキリカは、自分が偽善的で身勝手な人間だと言葉が意味を持って返って来ていることに気づいていた。ずっと疑問にもしてこなかったことが、そこでようやく疑問となり嫌悪になる。キリカは、自分のために勇者になろうとしていることに、そこでやっと知った。

 キリカの胸元をモニカはポンと軽く押した。思ったよりも軽くキリカは、二歩ほど後退する。

 深く息を吸い込んだモニカは力いっぱい叫んだ。


 「――そんなのいらないよっ!!!」


 静まり返った世界にモニカの声が響いた。視線を落としていたキリカがモニカの視線をよこす。


 「証明なんて必要ない! レナータ村の人達が、キリカちゃんの証明になるよ! 私はキリカちゃんのこと詳しくない……だけど、村の人はキリカちゃんのことを教えてくれた。たくさん聞いたけど、村の人達の中にあるキリカちゃんの思い出が、キリカちゃんを証明してくれているんじゃないの!? 勇者よりも、ずっとずっとずっと……キリカちゃんていう一人の女の子を感じさせたよ!」


 「レナータ村が……」


 キリカは否定することもできず、モニカの言ったことを黙って聞いていた。モニカはキリカが求め続けていたものは、既にそこにあると言っていた。それでも、私の気持ちは分からない。なんて、キリカはモニカに言い放つことができないほど、頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。正直に言うなら、心が救われた気がした。誰かが、自分にとっての意味を見出すというのが、これほど人を落ち着かせるのかと驚きもする。

 モニカは首をさすりながらキリカに言う。


 「キリカちゃんは勇者だよ。私以上にずっと。……だからって、キリカちゃんは戦って誰かを守るだけの存在じゃない。村でみんなと一緒に笑って過ごして、サラちゃんと遊んだりもして……そんな平和の中で生きるのもキリカちゃんの証明になると私は思う」


 価値観を壊されるほどのモニカの言葉を受けたキリカは、拳を握り締めてモニカへと吼えた。


 「じゃあ、ボクの力はなんだ! あの村は好きだ! だけど、ボクが何者なのか、どこから来たのかも分からない……そう考えるだけで、おかしくなりそうなんだ! ボクはボクを信じるために勇者を求めた! それは、悪いことなのか!? 異常なのか!? ボクは勇者じゃない、誰かも分からない! そんな得体の知れないボクが……あの村での記憶を証明にしていいの!?」


 「――いいに決まっているよ!!!」


 吼えるキリカに対し、力いっぱい両手を握り締めたモニカが叫ぶ。


 「キリカちゃんが、どれだけ否定しても村のみんなをキリカちゃんを証明し続ける! ずっとずっと、キリカちゃんの居場所になって、キリカちゃんの世界になるんだ! ……私の考えている勇者なんて、キリカちゃんの考えているみたいな強い人じゃない。それは、私の思い描く勇者。だったら……キリカちゃんの考える勇者になればいいんだよ。レナータ村の勇者として」


 バラバラとキリカの中の信じていたものが崩れ落ちる音が聞こえた。積み上げた塔のような感情が崩れ灰に変わる。記憶が確かな限り、貧血になったことなんてないキリカだが、視界は暗くなり呼吸が苦しくなるような肉体の異常まで出て来る。

 モニカから見れば、ただ呆然と立っているだけのキリカの横を通り過ぎる。


 「キリカちゃん、私行くよ。……私は村の人や友達を守りたいだけの、私の信じる自分のための、ただの勇者だから」


 最後の一言までキリカにとっては、心を激しく揺さぶられる言葉をぶつけられ、膝からその場に尻をついた。


 「ボクは……」


 何も言う必要もない、言おうとした言葉を飲み込めば、ただただ遠ざかるモニカの足音だけを聞いていた。

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