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4話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 ――モニカとの戦いの後、体が動けるようになるまで、それほど時間のかからなかったキリカは街外れにある宿屋の食堂にいた。

 既にキリカは食事を終えていたが、すぐに動けるような状態ではなかった。精神と肉体共に。

 改めて自分の姿を見てみるキリカ。右肩から腕の関節まで包帯を巻かれ、さらに頭も半分ほど包帯で覆われている。宿屋に行くまでに自分で巻いたものだったが、これももう少し綺麗に巻きなおさなければいけない。そのついでに、モニカとの戦いの記憶を思い出してみる。

 戦いの途中から、正確には眼帯が外れた辺りから、記憶が酷く曖昧だ。さらに記憶を求めて暗闇の中で思い出そうと歩けば、そこから先は通ったら危険だよともう一人の自分が止めてくる。頭痛や眩暈といったものを遠回しに言っているわけではない。ただ、その先の記憶を頑なに拒み続けている自分がいた。たくさんの自分がいて、たくさんの迷いがある。

 食堂の隅のテーブルに座っている以上、何かしら頼まないといけないと思った律儀なキリカはココアを注文する。程なくして出てきたココアの濃い黄赤色を見れば、何となく今のキリカからしてみれば不安を連想させた。


 (何を弱気になっているの?)


 自分に問いかけてみるが、誰からも返事はない。あれだけたくさんの自分がいたのに、どうしてこういう時は、何も教えてくれないんだ。

 モニカのことを考える。

 よくよく考えてみれば、自分は盲目的にモニカを追いかけていた。勇者であるという自分を信じて、ルビナスという女性の言うことをそのまま鵜呑みにした。もしかしたら、何かの暗示や魔法にかけられていたのかもしれないのに。

 あの戦いが始まる前の記憶を掘り起こせば、モニカが勇者の印を持っていたことを思い出した。その記憶は、同時に宿屋で見かけた少年の持っていたものを連想させる。

 宿屋をきょろきょろと見回せば、店内を走り回る一冊の絵本を手にした男の子を見かけた。


 「キミ。ごめんだけど、ちょっと絵本を見せてもらっていい?」


 少年は、読んでくれるのかと勘違いしたようだが、キリカは丁寧に断る。サラの絵本を読んだときに、あまりに棒読みで怖いと泣かれたことがあったからだ。だから、読み聞かせというのは苦手だ。むしろ、トラウマの域だった。

 キリカの記憶の中で唯一サラに泣かれた記憶を無理やり心の隅に追いやれば、少年から絵本を受け取る。別に読むつもりはなく、目に止まったのはその表紙だ。


 「勇者の絵本……」


 ”勇者の冒険”。表紙の題名のところには、そう書かれていた。

 表紙には、剣を手に持ったやたら頭身の低い男性が、カラスのような不気味さだけを残したドラゴンと向き合っている姿が描かれている。子供向けに書かれたその絵本は、人もドラゴンも可愛げのある姿で物語の中を生きていた。

 パラパラとページをめくれば、終盤でドラゴンを屈服させている場面になる。そして、その勇者の男性の右手が眩く輝いていた。


 「……これが、勇者の印」


 キリカは頭の中を棍棒で殴られたような感覚に陥った。信頼している人間に崖から突き落とされるような、そんな理不尽を突きつけられたような。

 勇者の右手の輝きの部分を指でなぞる。それは見覚えのある形をしていた。――モニカの勇者の印と同じ印がそこには描かれていた。つまり、そこで理解できることは、モニカは間違いなく勇者だということだ。


 「……この印は、何の印か知っているの?」


 絵本を返してもらうのを待っていた少年に、右手の拳を天に掲げる勇者を指差して聞いてみた。


 「うん! 勇者の印だよ」


 「みんな、これが勇者の印だって知っている?」


 「そうだよ、お母さんもお父さんも、ずっと昔から知っているよー。……どうかしたの? おねえちゃん、悲しそう……体、痛い?」


 「……いいや、大丈夫。絵本、ありがとう」


 絵本を手にする震えを堪えて、少年に絵本を差し出す。「おもしろかったでしょ!」と笑いかける少年の顔を直視することができず、視線を逸らして、もう一度感謝を告げた。

 飲みかけのココアに口を付けるが、乾燥した口内の渇きが潤うことはない。

 

 (ボクはやっぱり、勇者の偽者なのかな。ボクの印は、もっと別なもの。記憶がないボクでも分かる……あれはもっと禍々しい印だ)


 あの頃は記憶がなかったから、何も考えていなかった。しかし、あの印は勇者というより、むしろ凶悪なものだったように思える。もしかしたら、自分は記憶がないというのをいい訳に、都合の良い自分を作り出すことに必死だったのかもしれない。もしそうなら、ボクのしてきたことは――。

 眼帯に触れてみても、頬に触ってみる。手の中で触れているこの体すら、物事を考える自分すらも嘘に思えた。


 「ボクはずっと何をしていたの? ボクは、なんなんだ……」


 震える手でココアを掴めば、表面に映る自分の顔が視界に入る。

 この眼帯はなんだ、このリボンは誰のものだ、あの魔力はどこから出て来る、どうして、ボクは傷ついても平気な顔で立っている? どうして、あの傷からこうもあっさり回復できる?

 ここで狂ってしまえば、どれだけ楽だろうと突拍子もないことを考えた。ここで大暴れして、目に入ったモンスターを全て滅ぼして、その後はどこにこの気持ちをぶつければいいんだ。

 怖くて、怖くて、どうしようもなくて。そんなキリカのテーブルの上に水の入ったグラスが置かれた。


 「はい、おねえちゃん。体がきつそうだから、お水持ってきたよ」


 少年は歯のない笑顔で笑った。ぼんやりと見つめていたキリカだったが、その笑顔を見ることで、自分がバカなことを考えていたことに気づいた。

 申し訳なくて、性別も顔も全然違うのにサラと似た雰囲気を持つ少年の頭を撫でた。


 「ありがとう、少し熱っぽいみたい。お水飲んだら、すぐに元気になるから」


 急いで持ってきたのか、両手の濡れていた少年の頭から肩に手を置く。そして、目を見てなるべく穏やかな顔で笑ってみせれば、少年は照れくさそうに鼻のてっぺんを掻いてカウンターの裏へと消えた。

 ココアを全て飲み干し、グラスの入った水を見れば、先程とは逆に気持ちが落ち着いてきた。


 (忘れていた。ボクは一人じゃない)


 まだ、自分には帰れる場所がある。そう思った時、キリカは唐突にレナータ村に帰りたいと思ってしまった。

 水の張ったグラスの表面に映る顔には、ホームシックを感じる少女の顔があるだけだ。


 「まさか、ボクが寂しくなるなんて」


 記憶を取り戻した頃は、寂しいとは思いもしなかったキリカだったが、こんなにも故郷を懐かしむ日が来るとは考えもしていなかった。そうだ、どうせここからレナータ村は近い。少し顔ぐらい見ても――そう思った時だった。


 「――おい、この辺に妙なオオグが出たらしいぞ」


 物騒な話に浮かしかけた腰を止めた。

 昼間から酒を片手に話をしている男二人がいるとは思っていたが、聞こえていた声は女の話や家族の愚痴だったため意識を向けていなかった。しかし、話題がモンスター絡みになるなら話は別だった。

 そっと二人の話に聞き耳を立てる。


 「は? 変なオオグ? 最近はオオグも見なくなったって、この間言ってたばかりじゃねえか」


 「そりゃ言ったがよ。……見ちまったんだよ、森の方に行ったら右腕だけ赤腕のオオグがいたんだ」


 「……赤腕のオオグって、酔っ払ってたんじゃないか」


 「いやいや、酔っ払ってもあんなもの見ねえよ! アイツ、森を抜けてどこかへ行こうとしていた……」


 「森を抜けてって……あの森の先にあるのは、小さな村があるだけだろ」


 「あ! そういや、村があったな……。あの村も今頃どうなってるのやら……。あの村なんて言ったかな――」


 「――レナータ村」


 男達が同時に声のした方向を見た。そこには、席を立ち男達のテーブルの前に立ったキリカがいた。

 困惑する男達に殴りかかりそうなほど逼迫した表情のキリカが、テーブルに手をつけば前のめりに睨みつける。


 「今の赤腕のオオグの話、詳しく聞かせて」





                ※




 「――大変だっ!」


 空家で言葉を発することもなく、互いを責めるような無言の時間を過ごしていたノアとアルマ。そんな二人の空気を壊すように、空家にアドリアが飛び込んできた。


 「どうしたんですか?」


 尋常ではない様子に、アルマが問いかける。アドリアは大きく肩で息をしながら、汗を拭うことも忘れて叫んだ。


 「近くにオオグの大群が出たんだ! 村はずれの牛達が何頭も殺されているし、村人にも怪我人が出ている! そんなに早くない内に、オオグの大群は村にやってくる……。お前たちには、申し訳ないが……早くこの村から出て行くんだ!」


 アドリアの手には、剣が握られていた。錆びている剣を見ると、戦いの経験がなければ、剣を握ったこともないのだとノアは容易に察することができた。

 何か考え込むようにして黙ったままのノアとアルマを見てアドリアは、もう一度苛立ちと共に叫んだ。


 「おい! 何をやっているんだ! 俺の話を聞いていたか!? 早く逃げろって言ってんだよ!」


 アドリアの声には反応せず、黙々と鎧を装着し剣を腰に差すノアは、三角帽子を被り直すアルマを見た。


 「魔法、使えるか?」


 「うん、モニカからかけてもらったおうえんスキルが、まだ使えそう。モニカの成長と一緒に、付与される時間も延びてるみたいね」


 自分のことなんて蚊帳の外だという風の二人に痺れを切らしたアドリアは、剣を地面に刺せば腕っ節の限りテーブルを強く叩いた。


 「俺の言うことを聞け!!!」


 ノアとアルマは、二人してアドリアの前に立つ。ようやく話を聞いてくれたのか、と安心して顔を上げれば、二人は真っ直ぐにアドリアを見つめていた。


 「こう見えても私達、今までたくさんのモンスターを倒してきたの。良かったら、協力させてちょうだい」


 アドリアの横を通り過ぎながら言うアルマ。


 「協力!? アンタ達みたいな子供が何を……!?」

 

 「”昔からいきなりやってくる女の子には悪い奴がいない”、だろ? だったら、その言い伝え信じてみてくれてもいいんじゃないか」


 アルマに声をかけていたアドリアの隣を通り過ぎようとしたノアが臆することもなく言った。

 大口を開けたままで二人の背中を見送るアドリア。

 空家から離れ、しばらく横に並んで歩いた二人。村の風景に変わった様子がないところを見れば、村長であるアドリアは真っ先に村とは関係ないノアとアルマのところに言いに来たのだろう。


 「いい村長さんね」


 「ああ、あのような村長がいる村は幸せだ」


 「……モニカに声かける?」


 「アルマはかけるつもりなのか?」


 「いいえ、アンタが声をかけるって言うなら、魔法を使ってでも止めるわ」


 足を止めてそんなことを言うアルマ。

 助けてくれた村を守りたいという目的が大前提にあるが、今はなるべく心の弱ったモニカを戦わせたくなかった。あそこまで戦いに怯えるモニカは、アルマそれにノアも初めてだった。

 アルマの気持ちが手に取るように分かったノアは愉しげに笑う。


 「奇遇だな。アルマが声をかけると言うなら、この剣を突きたててでも止めていた」


 ノアの一言を聞き、アルマが肩をすくませる。そして、数歩だけ前方を歩くノアに追いついた。


 「そんな怖いこと考えていたのね? 背中から襲われないように気をつけないと」


 悪戯する子供のような笑い方と共にアルマが言った。


 「何を言っているんだ。私の背中を守るのは、アルマだろ」


 「……そうね、アンタの背中を守るのは私よ」


 「……モニカのおうえんスキルが切れると役立たずだがな」


 「余計なお世話よ!」


 ノアとアルマがキーキーと口喧嘩をしながら、オオグが迫ってている森へと歩き出す。

 事情を知らない村人達は、まるで仲の良い姉妹のようだな、と穏やかな眼差しで二人の背中を見送った。

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