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2話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 とりあえず騒ぎは収まり、着崩れしたノアは何食わぬ顔で水の入ったグラスをモニカに差し出していた。アルマはといえば、どうして自分が即あんな判断をしてしまったのかと自己嫌悪に陥っているためテーブルに突っ伏している。

 水で喉を潤せば、モニカはほっとしたように安堵の息を漏らす。


 「……そういえば、ここはどこなの?」


 「ここは、レナータ村だ。傷ついた私達をこの村の人達が助けてくれたんだ。今は村の空家を貸してもらっている」


 モニカが横になっているベッドの角に腰掛け、ノアが答える。

 「そっか」と力なく返事するモニカの顔は、どことなく辛そうだ。いくらノアとはいえ、その原因には心当たりがある。


 「やはり……キリカのことが気になるのか」


 「うん」と、グラスの水面に映る落ち込んだ自分の顔を見ながらモニカが頷いた。


 「……キリカちゃんとお話するつもりだったのに、戦っちゃった……」


 「それは、しかたがないだろう。ああしなければ、モニカはアイツにやられていた」


 「ノアちゃんの言うとおりかもしれない。でも、話をしたいて言いながら、私は本気でキリカちゃんを倒そうとした。途中で意識がぼんやりとしていた時なんて、私はキリカちゃんを倒すどころじゃなく、本気で……この手で……」


 ちびちびと少量の水を飲んでいたモニカは、グラスを窓枠に置く。そして、自分両手を見つめれば悲しげにそんなことを言う。

 二人の様子をじっと見ていたアルマがモニカに歩み寄って言った。


 「その答えは私達には出せない。だけど、モニカならきっと大丈夫よ」


 「アルマちゃん?」


 いっぱいっぱいだという感じのモニカとは違い、アルマの表情にははっきりとした余裕が窺える。

 どうして、アルマちゃんはこんなには自信満々なの? そんな視線でモニカはアルマを見た。そして、その疑問に答えるようにアルマは言葉を続けた。


 「私だって、最初は誤解してモニカを倒そうとした。今思い出すと、なに一人で突っ走っていたんだろうて恥ずかしい……。だけどね、そんな私を止めてくれたモニカなら、大丈夫よ。……まあ私の時よりも、随分と頑固な女の子みたいだけどね」


 照れ笑いをしながらアルマがモニカの肩を軽く叩く。そのまま、自分の恥ずかしい気持ちを誤魔化すように、また口を開いた。


 「最初はさ、キリカのことを命を狙いに来た敵だと思っていたけど、よくよく考えてみれば……あの子も何か勘違いしているのかな、て考えちゃって。今までの敵はモニカだけでなく、私やノアも一緒に倒そうとしてきた。だけどキリカは、モニカにしか興味を見せなかった。それだけでも他とは違うし、何より……あの子が……そこまで悪い奴には見えなかったのよ」


 神妙な顔つきで話を聞いていたノアが、片目を若干持ち上げつつアルマを見た。


 「最後の一言が気になる。……それは、勘か?」


 「うん、勘よ。なんていうか、ああいう見るからに一人で抱え込んでしまいそうな奴にすごーく身に覚えがあるの。理由はそんなとこ。身勝手な同族意識と思ってもらっても構わないわ」


 あっけらかんと言うアルマを見て、ノアは小さく笑った。


 「いいや、戦士は勘に頼ることも多々ある。見知った顔に胸を張って、己の勘を主張できる人間は信用に足りるものだ」


 それなりに恥ずかしいことを言っていたつもりのアルマだったが、自分を上回る赤面するような台詞を言うノア。顔を赤くすることもなく告げるノアを前に何となく悔しい気持ちになりながらアルマは呆れたように吐息を漏らす。


 「まったく、アンタはそういう恥ずかしいことをよくも堂々と……」


 「照れはないさ。正しいことを言っているのに、照れる道理はない」


 言い終わったノアは、「モニカ」と名前を呼ぶ。そして、黙って話を聞いていたモニカは呼ばれたことで顔を上げた。


 「モニカは、どうしたい?」


 その視線も空気も口調も、ずっとモニカにその問いをぶつけていた。モニカ自身もどこかで自分の意見を言おうとしていたが、頭の上にのしかかるようなたくさんの悩みがその口を重く閉ざしてしまう。


 「私は……どうすればいいか分かんないよ……」


 当然、モニカの口からは変わらずに前向きな発言が出るかと思っていたノア。そのためか、表情に小さく驚きが浮かぶ。逆にアルマはその反応も予想できていたようで、小さく落ちるような息を吐けば壁に背中を預けた。

 モニカはぽつりぽつりと語り出す。


 「本当言うとね、またキリカちゃんと会うことが怖いんだ。お話しようとして、またキリカちゃんと戦いなったら、ノアちゃんやアルマちゃんをこの私が傷つけるかもしれない。守るとか戦う以前に、私が戦おうとすれば二人を苦しめる。また強い敵が出てきた時に、私がおかしくなったら……今度こそ二人を――」


 「だが、この間の戦いは自分で止めることができたんだろう?」


 「ううん、違うよ。あれは、助けてくれた人がいたの」


 「もしかして、その助けてくれた人て……先輩勇者て名乗ってなかった?」


 びっくりとした様子で、聞き覚えのある言葉を口にするアルマをモニカが見た。


 「アルマちゃんも、あの人に会ったの?」


 「頭からつま先まで鎧姿の人のことなら、一応ね、私が目覚めた時はノアに治癒魔法をかけているところだったわ。その時、体はうまく動かせなかったけど、あの人は意識を取り戻した私に気づいた。その時に言っていたのよ、「私は先輩勇者だ。モニカのことを頼む」てね」


 「そ、それから、どうしたの……!?」


 ベッドから落ちてしまうのではないかと思うほど、身を乗り出してアルマに質問するモニカ。すかさずノアは、バランスのおぼつかないモニカを支えるように肩と腰に手を置いた。


 「いいえ、それ以上は何も分からないわ。治癒魔法をかけ終われば、そこからすぐに煙が消えるみたいにいなくなったもの。おそらくだけど、あれは自分の分身を作り出していた。あれだけ精巧なものは、未だかつて見たことがないわ。……勇者かどうかは定かではないけど、勇者と呼ぶに相応しい力を持っていることは断言できるわ」


 「そう……なんだ……」


 残念そうに視線を落とすモニカ。

 自分でもどうしてここまで、あの先輩勇者と名乗った人が気になるのか分からない。しかし、あの人と一緒にいるとどこか懐かしい気持ちになったことは覚えている。記憶だって気を抜けば消えてしまいそうだけど、それでも最後の方で優しく助けてくれた声や雰囲気はしっかりと心に焼き付いていた。

 モニカが、さらに落ち込んでしまったことに気づいたアルマは、あたふたと慌てて言葉を付け足した。


 「で、でも、きっとあの人にはまた会えるはず。同じ勇者で、しかも先輩なんだから……きっとまたどこかで会えること間違いなしよ」


 コクリとモニカが深く頷けば、グラスの水を飲み干した。気の弱い虫なら雰囲気で殺せそうな重たい空気の中、顔に脂汗をかいたモニカがアルマを見た。


 「……ちょっと、外に出てみようかな。おうえんスキルをかけるから、魔法で私の体を動かせるようにしてもらってもいい?」


 「なに!?」


 アルマが驚嘆の声を上げるよりも早く、ノアの声が家に響き渡る。


 「そんな体でどこに行く気なんだ! 魔法を使えば動けるようになるかもしれないが、お前の心はまだ回復していない! それに、今のモニカを一人になんてしたくないんだ!」


 「ノアの言う通りよ、今はゆっくり休んで」


 強く言うアルマとノア、二人の気づかいを感じるがモニカは申し訳なさそうに首を横に振った。


 「……ごめん、今は少しだけ一人にさせてほしいな」


 ずん、とモニカの放った言葉で重たい空気はさらに重さを増して、そこにいる三人は同じ空間での呼吸を苦しいとすら思わせた。言ったモニカ自身、それがノアとアルマをどれだけ傷つけるのか分かっていたつもりだったが、発言をした後にそれが自分の想定以上のものだというのをひしひしと感じていた。

 たっぷり数分、体内の水分すら蒸発するような時間の後、乾いた唇のアルマは口を開いた。


 「だからといって、モニカはまだ……!」


 「アルマ」


 声を荒げたアルマを止めたのは、意外にもノアだった。一緒になって止めてくれると思っていたアルマだったが、唐突なノアの低い声に口をつむぐ。


 「私とアルマはモニカの友達だ。……今はモニカの気持ちを尊重してやろう。ただ、モニカも約束してほしい。あまり遠くに行かないでくれ。今のモニカを一人にすることを考えるだけで、心配で気がおかしくなりそうなんだ」


 「ちょっと……! ノア……!? モニカは……それでいいの?」


 どこか懇願するようにノアはモニカにそう告げた。笑顔で返すことのできないモニカは、悲しげに目を合わせた。


 「ありがとう、ノアちゃん。……アルマちゃん、少しの間だけだから……お願い」


 考え込むようにアルマは両目の瞼を落とせば、釘を刺すような眼差しでモニカを見た。それでも潤んだ瞳が、モニカを気持ちが少しだけ安らいだ。


 「もう余計な心配させないでよ」


 やはりそこでもうまく笑うことができず、モニカは無理して作った笑顔を見せた。

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