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1話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 『テッテテー! モニカのレベルが”ご”上がったようじゃ』


 声が聞こえ、酷く熱いと思って目覚めたキリカ。その視界の中には、ただ暗闇の中でさらに深い闇が広がる夜空が見えるのみ。

 ついさっきまでの記憶がおぼろげで、まるで体に力が入らない。辛うじて手は動かせるようで、見つめた右手にはいくつもの切り傷のようなものが見える。

 そこでやっと誰かの足音に気づく。そして、足音を自覚する頃にはその人物が自分の近くまでやってきていたことに気づいた。

 その人物は無言で何か動くような素振りをすれば、首筋にひんやりと冷たい感触。それはキリカもよく知っている剣の刃の冷たさ、あのおぞましい肌触りだ。今のキリカには力を入れることができず、ただその人影を見つめた。

 銀髪の少女が怒りのこもる眼差しでキリカを見つめ、そして剣を突きたてていた。


 「ボクは……」


 逃げることもできず、掠れた声でキリカが剣を向けたノアを見た。


 「お前は私の友達を……モニカを苦しめて傷つけた! 憎い、私はお前が憎いよっ!」


 よほど頭にきているのか、剣を持つ手は震えている。それは己の心が許容量を超えた怒りのせいで体の制御が利かなくなっているからだろう。

 キリカは危険だと思いながらも思い通りに動かない体をそのままにして、少しずつ死の覚悟をした。そこで、キリカはノアのあることに気づいた。


 「……キミは、泣いている?」


 ゴシゴシと目元をノアは擦る。目が赤いのは、怒りからなのかそれともずっと泣いていたからなのだろうか。


 「そうだ! 当たり前だろう! 友達が傷ついたら悲しくなる……泣いたりもするさ!」


 「友達が傷ついて……泣いているの……?」


 「当然だっ!」


 泣き喚きながらノアはキリカに言う。


 「どうして、すぐに……殺さないの?」


 悔しげに歯を食いしばれば、ノアは剣を腰に戻した。


 「モニカは、お前と話がしたいと言った。……友達の頼みは、断れないものだ」


 「友達て……めんどくさいのね」


 自嘲気味に笑むキリカ。笑う余裕が出てきたのか、と安堵する。


 「バカか、お前は……。――それがいいんだよ」


 泣き腫らした瞼でノアがそう告げれば、背後から声が聞こえる。


 「ノアー! モニカ、一人じゃ運びきれないから手伝ってよ!」


 「ああ、すぐ行く!」


 それ以上はキリカに対して何も言わなければ振り返ることもなく、ノアは声をかけたアルマの元へと駆け出した。

 完全に足音が聞こえなくなった後、ようやくキリカは体が動けるようになった。上半身を起こして、外したと思っていた右目の眼帯が戻っていることを知る。


 「誰が、どうして」


 呟いてみるが、一人のキリカには相談する相手も答えてくれる人もいない。

 拭きぬける熱気の目を細めれば、モニカ、ノア、アルマ。三人の顔を思い浮かべた。


 「ボク、あの三人を殺そうとしていたのか……」


 戦いのぼんやりとした記憶もモニカとの会話もノアと怒りも、そのどれもが人間としての心を感じさせた。そこで、ようやく何か間違っていたのではないかという考えに至った。


 (ボクが相手にしていたのは、本当に異変だったのかな)


 誰かが言えば答えてくれて、止めてくれる。ただ一人の寂しさを胸に抱えつつ、心の底で、あの村に帰りたいとそっと呟いた。




               ※



 モニカを真ん中に抱え、両肩をアルマとノアが支える形で歩き続けた。モニカの意識が戻らないことに加えて、それを支える二人の体にも確実に疲労は蓄積されていた。息も絶え絶えという状態の二人が辿り着いたのは小さな村。――レナータ村だった。



 レナータ村には宿屋というものがなかったので、空家と毛布を貸してもらえたこと、さらには幸いにもモニカはほぼ無傷といっても良いような状態だったので、モニカを横にさせるとノアとアルマはすぐに眠りにつくことができた。

 翌日、目覚めたノアとアルマは村の長である村長アドリアの元を訪れていた。


 「昨晩は、いきなりやってきた私達を助けていただいて、ありがとうございました」


 アドリアの家のテーブルを挟んだ椅子に向かい合わせに座るのはノアとアルマ、そしてアドリア。

 アドリアは目の前の二人を見ながら何ヶ月か前もこんなことあったよな、と感慨深げに思いながらも礼儀正しく座る二人を見た。


 「ガーハッハッハッハ! 気にすんなよ! 困った時はお互い様だし、俺ぁどうしてもアンタ達が悪い奴には見えなかったのさ! 昔からいきなりやってくる女の子には悪い奴がいないってのが、この村の言い伝えさ!」


 頭に浮かんだ言葉をそのまま言ってしまうアドリア。村人が聞けば、頭を抱えてしまいそうな言葉だが、よく理由も分からないノアとアルマは不思議そうにアドリアを見ていた。

 豪快とも思えるアドリアの笑い声が終わるの待って、アルマは発言をした。


 「あの……実は……私達の友達が体調を崩して、まだ動けないみたいなので……もうしばらくこの村にいさせてもらってもいいでしょうか? すいません、いきなりやってきた私達がこんなことを言うのは非常識なのかもしれ――」


 「――だぁー! 気にすんな気ーにーすんな! この村人達からしてみれば、アンタ達なんか子供も子供なんだ。誰も使っていない家を使うぐらいで、ごちゃごちゃ言うんじゃないよ! あるんだから貸す、助けられるんだから助けてやる! 人間てのはぁ、そういうもんじゃねえのかよ」


 さらりと凄いことを言ってしまうアドリアを前に、アルマとノアは目を合わせれば、二人はこれ以上の言葉を言う必要はないと判断する。ただ二人は、心の底からの笑顔で顔を見合わせるとアドリアを見た。


 「「ありがとうございましたっ!」」


 二人してそう言えば、アドリアは照れくさそうに鼻の下を指で擦りながら「おう!」とだけ返事をした。



                 ※



 とりあえず、これからの拠点となる空家に戻ったノアとアルマ。しかし、今戻ってもモニカは小さく寝息を繰り返すだけだ。

 ノアが心配そうにモニカの隣に膝を曲げて座り、額に手を置いた。じんわりとモニカの肌から滲んだ汗を、ノアは己の手の平でそっと拭った。


 「アルマ、モニカの調子はどうなんだ」


 モニカとノアの姿を黙って見ていたアルマだったが、申し訳なさそうに呼気を吐く。


 「……もともとモニカは魔力を持ってないみたいだったけど、その代わりとして勇者の力を魔力代わりのように使用していたの。それはまあいいのだけど、今回の戦いで力の暴走したモニカは私達の力だけでは補えなかった分を自分の生命力や精神力で補っていたようね。驚くべきなのは、そこにさらにモニカの潜在能力も加わったこと。やっぱり、勇者というか意外というか何というか……」


 「つまり、どういうことだ」


 「うん、今のモニカは持てる力を全て使った空っぽの状態なのよ」


 「……私達が気を失っている間に、モニカは自分の命を削って戦っていたということか。もっと、私達が強かったら、モニカもこんなことには……」


 「悪いけど、それは違う。……私達の力を使ったと言っても、暴走したモニカの前では微々たるものだったんでしょうけどね」


 悔しそうに呻いたノアは、モニカの胸元に自分の頭を置いた。そして、何を思ったのか急に立ち上がり上半身の鎧を脱ぎ、腰の鎧を外そうとする。

 ガチャガチャと金属の音を聞きながら、アルマは眉を顰めた。


 「ちょっと……何してんのよ、アルマ」


 「いや、こういう時こそモニカの体を温めてやろうと思ってな」


 げんなりとした顔になるアルマは、既に黒色で上下を揃えた下着姿となったノアを見た。


 「一応、言っておくけど、モニカは命の心配はないからね? しばらく寝れば回復するのよ?」


 「それはもう聞いた! そんなの、知っているに決まっているだろ!」


 「し、知った上でソレなの……久しぶりに引くわね……」


 鼻息荒く「失礼するぞ」とノアがモニカのベッドに潜り込む。目の前のモニカを見ながら鼻息どころか呼吸まで荒くなるノアの構図は、見ているだけで人を心配と不安のどん底に突き落とす。


 「はぁはぁ、ふぅふぅ……やっと二人きりになれたな。モニカ?」


 「あの、私もいるんだけど」


 既にアルマのことなんて眼中にもないノアは、モニカの頬に頬ずりをする。頬と頬が触れ合うたびに、ノアは「うひぃふぉ!」奇声を発して喜びを表現する。ちなみに、明らかに襲っている側であるはずのノアの表情は、何か昇天している感じで危険だ。


 「ねえ、病人なんだから、変なことはしないでよ? おかしなことをしたら、さすがの私も止めるわよ。ていうか、既にもうかなりおかしい状態なんだけどね、アンタ」


 「安心しろ。私が行うのは、昔から伝わる回復療法だ」


 舌をぺろりと出しながら、ノアはモニカに覆いかぶさる形になる。


 「……今の状況を見たらさ、どんな回復療法かも想像もできないんだけど、この無知な私に教えてくれないかしら?」


 すんすん、とモニカのニオイを嗅いでいたノアがアルマを横目で見ると頬を赤くした。


 「……恥ずかしいから、ちょっと遠くに行っといてくれないか?」


 「ちょっと!? おい!!! 何をやる気なの!? それ絶対、危険なニオイするわよ! モニカを傷物にする気あるわよね? 今はなくても、結果的にそうなるわよね!」


 全力で止めようとするアルマをノアはキリッとしら眼差しで見つめる。


 「ちょっと待て、アルマ。傷物とは酷い言いがかりだ。そもそも、なんだそれは? 私には、その意味すら分からないぞ。教えてくれないか?」


 逆にしどろもどろになるアルマ、両手の人差し指を突きあいながらもじもじとする。


 「ぅぇ!? えっとぉ……あの、いや、そのぉ……」


 「それじゃ、私は治療に専念するから、そこで考えておくんだぞ」


 「――て、ちょっと待ちなさいよおぉぉぉ!」


 ドタバタする二人の騒がしさに強制的に覚醒を促されたのか、モニカの重たく閉じていた瞼がゆっくりと開いた。


 「――あれ?」


 目覚めたモニカの視界に飛び込んできたのは、馬乗りになる下着姿のノア、それからノアを後ろから羽交い絞めにするアルマ。

 慌ててモニカは飛び起きようとするが、うまく体に力が入らない。それでも途中まで上半身を起こしたことにノアとアルマが気づいた。


 「「モニカ!」」


 嬉しそうな二人の声が重なる。しかし、今のモニカにとってはそれが恐怖。まるで狙いを定めた獲物のようにすら見える。


 「こ、こわいよぉ」


 半泣きのモニカにノアとアルマの顔がハッとなる。


 「まずいわね、もしかしたら戦いの後遺症かもしれないわ」


 「……遊んでいる場合じゃない、モニカを落ち着かせるために、私達で包み込もう」


 「それも、仕方がないわね」


 アルマがローブを颯爽と脱ぎ捨て、服に手をかければものの数秒でアルマも下着姿になる。


 「うわぁ、青と白の水玉がカワイイ……て、なんで下着姿なの!? ノアチャンアルマチャァン!?」


 「こわくない、こわくない」


 「ふひぃ、いたくしない、あふぅ、あんしんして」


 「こわいよ、あんしんできないよ! 特にノアちゃんが、ダントツの怖さで――いやぁぁぁぁぁ!!!」


 下着姿の二人にぎゅっと抱きしめられたモニカは、恐怖のあまり再び意識を失った――。

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