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9話 モニカレベル90

 合図のようにモニカとキリカが互いの剣をぶつけ合わせれば、二人は並走して、何度も攻撃と回避を繰り返した。


 「その力、どこからっ……」


 別人のようになったモニカの動きにキリカは顔を歪める。地面に埋めた地雷でも踏んだような爆発音を立てれば高速のモニカはキリカに接近した。


 「これが、勇者の力だよっ」


 吸い込まれるといっても過言ではないほどの鮮やかに放たれるモニカの一振り。キリカは、左手に魔力の剣を発生させれば、胸元へ放たれたモニカの刃を弾いた。

 それだけでモニカの勢いは止まることはなく、弾かれたモニカを狙うように振り落とされたキリカの右手の剣。しかし、ノアの重ねた経験の力によりその攻撃を予測していたモニカは、大胆とも呼べる動きで体を回転させて攻撃を避けた。

 舌打ちと共にキリカは左手の剣をモニカへと薙げば、モニカは膝を曲げて体勢を低くすることで頭の上を流れる剣を見送った。

 死に体とも呼べるような状態になったキリカ。その懐に刃を叩き込めば、倒せないことはない。しかし、実行するためには剣を構える最低限の時間が必要となる。モニカがその時間で準備する頃には、キリカにも余裕を与えてしまうのだ。だから最も手早く相手の不意をつける攻撃を行う

 体を丸めたモニカはキリカの懐へ駆け出した。


 「でやああぁぁぁ――!」


 「くぅ――!?」


 攻撃方法としては、恐ろしく単純。モニカは丸めた体でキリカに突進をした。つまりは、体当たりだ。

 さすがのキリカもそれは予想できなかったようで、ふわりと浮いた体はそのまま川を滑るように転がっていく。


 「まだまだぁ――!」


 水飛沫が弾ければ、モニカは水に濡れる金髪を揺らして、川の中に落ちるキリカを追う。

 ここの川は浅く、体の小柄なモニカやキリカといえど、深くても膝の辺りまでしか水深がない。溺れることはないが、溜まった水というのはあるだけで体を防ぐクッション代わりにもなるのだ。すぐに立ち上がることを予測していたキリカは、川の中に落ちるか落ちないかの手前で体を捻り体勢を整えた。

 結果として上から向かい合うモニカと川に足をつけて見据えるキリカの構図ができた。しかし、モニカにはそれすらも想定内。体勢を崩したキリカを倒せるようなお零れはない。

 右手に剣を持つモニカは、何も手にしていない左手を広げる。


 「アクウォ・サーティファ!」


 魔法の名前をモニカが叫べば、手の平が淡く青く光る。膨大な魔力の込められた手の平の中から刺激された川の水中、液状の剣が水面から顔を出す生物のように出現した。その数はざっと見ても三十近く、モニカの背後や前方や横方向、あらいとあらゆる場所から水で出来た剣が川から浮き上がってきた。

 アクアウォ・サーティフアとは、水に意思を与え形を教える水魔法。ほとんどの水魔法には、そうした役割があるのだが、この魔法は水魔法の中でも攻撃性の強いものとなっている。水があればあるだけ、使用者の魔力が高ければ高いだけ、水で出来た剣を発生させて敵を狙う撃つ。弓矢よりも扱いやすく、敵の不意をつきやすいここまでの水魔法の攻撃はそうそうないのだ。


 「いっけええぇぇぇ――!」


 高く滞空していたモニカは、右手の剣を引けばキリカに狙いを定める。それとほぼ同時に、水の剣はキリカへ向かって一直線に飛んでいく。


 「水は武器に使うものじゃない、そういうところが勇者らしくないんだよ」


 焦りの表情一つ見せることなくキリカが言えば、迫り来る水の剣を左右の手で持つ魔力の剣で迎えうつ。

 右手で払い、左手で落とし、その攻撃の盾をすり抜ける水の剣があるなら、体を防御に支障がない程度に動かして致命傷を避ける。そうこうしている内に、キリカの顔のやや上の前方方向からモニカが近づいていた。その右手には、水魔法を使った時とは違う攻撃的な弾けるような魔力の迸りが見える。


 「キリカちゃん、痛かったらごめん! ――雷撃裂ライトニングスラッシュ!」


 ノアとアルマの二人の知恵を借りて、これ以上ないほどの最高の攻撃力を与える方法がこれだった。

 水の剣で手一杯となるキリカは、モニカの剣を見て大きく目を見開いた。直後、光が弾けてモニカの発生させた水の剣すらも跡形もなく吹き飛ぶほどの稲妻がモニカとキリカがいた場所に突き刺さる。さらには、唸るような轟音と共に川は抉れ、周囲の岩の壁を抉り削ぐ。

 影から見ていたノアとアルマは互いを自衛する手段がないため、慌てて頭を下げてその攻撃が止むのを待った。一分程の間、嵐のような音が消えてノアとアルマはそこでやっと顔を上げた。爆煙の中で立つの影が一つ、モニカがそこにいた。

 岩が崩れ落ちてきたことで川の流れが変わり、二人が戦う前よりも地面より川の方が広がっていた。

 川に足首まで入ったモニカは、咳き込み背中を曲げれば、勇者の剣を支えに体を傾けた。


 「……これで、私とお話をしてくれるね。キリカちゃん」


 魔力の発光とも呼べる金色の輝きは淡く、身長の方は既にモニカの時に近いほど縮んでいた。モニカの体が、アブソリュート・フォースによる肉体の負荷に耐えられなくなっていた。

 ゴートンとの戦いの場合は、短時間での決戦や実力が圧倒的にモニカの方が上回っていたこともあり、モニカ・アブソリュートの状態では違和感なく戦えた。しかし、今回ばかりは相手が違い過ぎる。

 キリカのような強者との戦いが、モニカの高められた肉体の精神力や肉体にここまで負担を与えるものだとは考えられなかった。刃を交える度に、肉体を削られていくような感触が今もモニカの背筋を寒くさせる。そのために急いで決着をつけたが、これでやっと落ち着いて話ができそうだった。

 川に刺していた剣を抜き、疲労した顔で前方を見るモニカ。


 「どうして? ボクは負けてないよ?」


 一メートルもない距離にキリカが涼しい顔をして立っていた。服のところどころは、破れて焦げていたが本人は何事も無かったようにそこにいる。


 「どうし……て……」


 表情の凍りついたモニカは、濁った思考で声を発した。

 

 「聞いたのはこっちなんだけどな。それがキミの言う勇者の力? それって、他人から借りたものだよね。キミのおかげか分からないけど、ボクにも新たな勇者の力が目覚めたみたいなんだ」


 おもむろにキリカは自分の眼帯に触れる。そのまま、スムーズな動作で顔から外せば、そこには――ギラギラと輝く深い赤色の瞳があった。

 赤色の瞳からは、呼吸すら苦しくさせるような禍々しい魔力、さらに、そこには何も映ってない。まるで光る宝石の玩具でも目の中に入れたように無機質なもの。それ故に、異常さを感じさせた。キリカの体が、まるで赤色の瞳を作るために後付けされたような歪さ。今のキリカは、あとりあらゆる部分が歪んでいるように見えた。

 キリカは右目の赤色の瞳で、瞬きもせずにモニカをじっと見つめる。茫然とするモニカを気にもせず、キリカは言葉を続けた。


 「さすがのボクも油断していたとはいえ、負けたかと思ったよ。でもね、ボクの右目が語りかけてきた。力を貸してやるってさ……。そしたら、キミの魔力が全てボクに吸収された。それだけじゃない、ありとあらゆる戦闘能力が上昇している。魔法が味方で戦場が寝室のような……。やっぱり、ボクが本当の勇者さ、半信半疑だった部分もあったけど、間違いないよ」


 冷静で機械のようだとすら思われるキリカだったが、今のキリカはその中に人が許容できる限界を超えた狂気を窺わせていた。

 コイツは危険だ、とモニカでなくても判断するだろう。弱りきった体に鞭を打ち、モニカは距離を作るために地面を蹴った。


 「どうしたの、そんな世界の終わりみたいな顔をして」


 ピッタリと息がかかる距離まで近づいたキリカが、モニカを追いかけてきた。先程までの並走とは違い、今のキリカは弱りきった獲物をいたぶる肉食獣と変わらない。


 「離れてっ……!」


 とっさにモニカは、剣を横に振る。それは当たることもなく、回避する動作すら見せていないキリカは瞬間移動でもするように後退する。

 張り詰めた神経が、ほんの僅かごくごく微細な、どんな達人でも分からないほどに緩んだ。その隙間から這い出るように、キリカという狂気は行動する。


 「おはなし、しーましょ」


 「――きゃあぁ!?」


 あっという間にモニカの背後へと回り込んだキリカは、モニカの背中を蹴りつけた。宙で反転したモニカは川へと戻される。川の中から顔を上げて、すぐに立ち上がろうとするモニカだったが、全身が悲鳴を上げた。 


 「いたそう、くるしそう。偽者には、当然の罰」


 モニカの背中の上に着地するキリカ。しかし、ただ着地するだけではなく体重と魔力を加えた攻撃としてのもの。

 川の中から顔を上げたばかりのモニカは、再び川の冷たい水の中に全身を埋める。ごぼごぼと水中から空気の泡が出るのをキリカは無表情で見つめた。


 「いいよ、おはなし、しようか? ……ん? 何を言っているの? 水の中から喋るから、聞こえないよー。……おーい」


 わざとらしくキリカが、モニカに声をかける。しかし、当の本人であるモニカはキリカに上から乗られているため、体を自由に動かすことはできない。今はアブソリュート・フォースの力で多少は呼吸も長くはなっているが、それも風前の灯だろう。


 「そっちがおはなししたいって言うから、わざわざこうしているのに。もしかして、勇者のくせに水の中だから喋ることも息をすることもできないの? うそーいがーい……今のボクなんて水中どころか火山の中でも生きていける気がするよ」


 ケラケラと突然キリカは笑う。消えかける意識の中で、モニカはキリカが全くの別人になってしまっているのだと気づいた。

 ただ望み続けただけの少女だったキリカが、今はモンスター以上の狂気モンスターへと変貌している。勇者になりたかった少女が悪魔のようになってしまっている。こんなに、悲しいことはない、とモニカはキリカの胸の苦しみを考えて自分の心が張り裂けそうだった。

 ただ死を待つのみ、このまま息が止まるしかない。そこまで考えていたモニカだったが、川の流れが僅かに変わった気がした。それは、魚の跳ねる音でもなければ、キリカの足音でおない。第三者が川に入って来たのだ。


 「あれれ? ここは、関係ない人は入ってきちゃいけない場所だよ」


 首を傾げるキリカは、その第三者を見た。


 「もう決着ついたでしょ!? 勇者でも何でもいいから、モニカを離しなさいよ!」


 「いいから、その足をどけろ!」


 慌てて走ってきたのか、泥で服を汚したノアとアルマがキリカを睨みつける。

 赤色の目がぎょろりと動き、モニカとノアとアルマを交互に見た。そして、ケラケラ笑う。


 「代わりに君達が相手になる? 普通にやったら、たぶん体が耐えられないと思うから、遊びながら戦うことになるけど」


 魔力を体の中から完全に消えたアルマにも、キリカの魔力の禍々しさを痛いほど感じさせた。それはノアも同じようで、キリカから発せられる底の知れない恐怖にノアは心臓を掴まれるようだった。


 「勇者なんて、アンタが好きに名乗ればいいでしょう。私達から、友達奪わないでよっ」


 キリカは悲痛な顔で言うアルマを鼻で笑った。


 「友達。いいね、偽者の勇者は魔法で友達まで作れるんだ」


 「魔法なんかじゃない! 本物の友達よ! アンタみたいな、悪魔には絶対に分からないでしょうけどね!」


 薄く笑っていたキリカは、その口を閉じれば、赤色の目が射抜くようにアルマを見た。


 「キミ、ちょっとうっさいよ。静かにしてね」


 アルマの体が突然宙を舞った。そして、後方の大木に体をぶつければ、そのまま横になったままで動きを止めた。


 「アルマ――!?」


 ノアが名前を呼ぶが、アルマはピクリとも動かない。ノアの足元には、ふわふわと浮かんでいた三角の帽子が落ちた。

 すぐに腰の剣を抜けば、ノアはキリカを睨みつけて駆け出した。


 「ありゃ、打ち所が悪かったかな。……モニカ以下のキミじゃ、無駄無駄むぅ~だ」


 パチン、と指を鳴らした。瞬間、川の水の一部分が太い棒状の物に変化したかと思えば、それが鞭のようにしなる。そして、剣を頭上に掲げたノアの腹部を水の鞭が叩きつけた。


 「がはぁ……!」


 胃液を吐きながらノアが岩に背中を打ちつけた。それから、僅かに体を小刻みに揺らすが苦しそうに息をするだけだった。

 横たわるノアとアルマを見れば、キリカは小さく溜め息を吐いた。


 「おはなしに集中できないね、困っちゃう人達だよ。えーと、モニカちゃん?」


 足元を見れば、ぷくぷくと出ていた空気の泡もなければ、そこにはモニカの姿もない。キリカはいつの間にか消えた感触に困惑し、周囲をキョロキョロと見る。


 「かくれんぼは疲れるから、嫌なんだけど。どっちかというと、鬼ごっこなら――」


 川の水が跳ねた。キリカがその方向を見れば、肌色一色に染まる視界。


 「――モニカパンチ」


 モニカが出したとは思えないほどの低い声を耳に、キリカの体が横に飛んだ。まるで見えないベッドに寝かされたように同じ体勢で飛んでいくキリカは、程なくして先程の攻撃で落ちてきた岩石に体を打ちつけた。しかし、それで膝をつくことはなく、キリカはすっと立ち上がる。

 窒息してそのまま沈んだかと思っていたモニカは、いつの間にか脱出していたようだった。それどころか、先程までのモニカ・アブソリュートを越える力でキリカを殴っていた。


 「おお、なかなかやるね、モニカちゃん。……そろそろ、おはなししちゃう?」


 キリカがするとは思えない軽口に、モニカの眉がピクリとつりあがった。


 「――もういいよ、お話なんて」


 淡くなっていた金色の髪が再び明るくなる。さらには、本来のモニカに近づいていた身長はアブソリュート状態に近づいた僅かに伸びた身長になっていた。ただ先程よりも髪は金に神々しく輝き、目の色は青く染まっていた。全身から溢れあがる魔力と勇者の力がモニカに変化を与えていた。


 「もういいの? あんなに、おはなししたがっていたのに?」


 聞いたことない感情のこもったキリカの声。それだけではない、表情も喜怒哀楽がはっきりとしていた。これで断言できた。コイツはキリカであって、キリカではない存在モンスター

 モニカの全身を魔力が駆け巡り、右手の勇者の印が輝き出した。


 『テッテテー! モニカレベルが上がったようじゃ! モニカのレベルが上がったようじゃ! モニカのレベルが上がったようじゃ! モニカのレベルがあがったようううう! モニカのレベルが上がったようじゃじゃじゃじゃ! モニカのレベベベベベベベベベベ――!』


 今まで見たことのない輝き、壊れたように何度もレベルアップを告げるのぐしゃぐしゃの声。それは、勇者の力の暴走を示していた。

 憎しみの感情に支配されたモニカは、キリカを睨みつけた。


 「私の友達を傷つける人と、お話なんかしないよっ!!!」


 何もないはずのモニカの右手の中に勇者の剣が出現した。ぎゅっと握れば、魔力を帯びたように剣に光が灯った。

 キリカは感じたことない高揚感にへらへらとだらしのない笑顔を浮かべた。そして、血のようなキリカの赤い目がモニカを視界の中心においた。


 「たのしいよ、たのしいかい、たのしいのさ、ねえ、ねえ、”キリカ”もそう思うよね。そうだよ、”キリカ”だってそうさ。苦しまなくていいよ、泣かなくていいよ、こういうものだから、これでトーゼンだから、コレで大正解なんだよ。見えるよ、世界が! はじまるんだよ、未来が!」


 キリカはキリカに狂気が覚醒したことを宣言すれば、両手に漆黒の魔力の剣を発生させればモニカへと向かっていった。

 ――狂気ゆうしゃ憤怒ゆうしゃが交錯する。

 

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