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9話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35

 ――それから、数分後。

 ノアやアルマと違い、確かにルビナスの目覚めは早いものだった。


 「し、しまった、あたしねてたのね……」


 頭に血が昇ったせいで、普通では考えられないことをしていた。ルビナスが二日酔いのように重たくなった体を起こせば、先ほどと変わらない位置にノアとアルマがいる。前方にいる二人は子供の姿のままでいるところを見ると、自分が隠し持っていた解毒剤には気づいていないようだった。

 ルビナスは自分の両手を見る。大人の時の手の大きさの半分あるかどうかも怪しい小さな手、自慢だった大きな胸も今では男子と変わらない薄いまな板。

 例え幼い体になったとしても勝ち誇った笑みを浮かべるルビナス。ノアやアルマと同じように、子供の姿になることには成功していた。既に子供の段階で劣る奴らに負けるわけがない、という自信がそこにはあった。


 「ふーはっはっはっは! のあちゃん、あるまちゃん、ここからがほんばんだっ」


 何やらこそこそと話をしていたノアとアルマだったが、小さな体で胸を張って高笑いをするルビナスを「お、起きた起きた」と極めて冷静に見た。

 自分が負けるわけがない、そんなことを絶対にありえない。そう思っているルビナスは、先程と様子の違う二人には全く気づいていない。

 

 「これでいっしょよっ。さあ、どこからでもかかってきなさい」


 ルビナスの頭の中で思い描いた光景は、他者を寄せ付けることは決してない圧倒的な力で二人を倒す自分の姿が浮かんでいた。

 確かに今の体は”魔女”ではない。しかし、学園内でも詠唱速度で右に出るものはいなかった。彼らがナイフを持って駆けて来る間に、最高位の魔法を放つことも難しくはない。

 懐に手を突っ込めば、出て来るのは三十センチあるかどうかの細長い一本の杖。ルビナスが魔女になるまで、ずっと共にしてきた杖なので、どんな伝説の杖よりも信用できる道具だった。

 茶色の杖を前方に向ければ、自分の体ほどの大きさの魔法陣を出現させる。


 「ごめんねぇ、モニカしゃんいがいは、すきにしていいっていわれてたのよ。……てあれ、モニカしゃんは?」


 一度、魔法を発生させるために念じていた思考を中断した。

 顔を上げて周囲をキョロキョロと見れば、そこには勇者の姿は見当たらない。前方にも、ただ黙ってノアとアルマがいるだけだ。しかし、そこでやっと気づいた二人から焦りの色が消えていることに。

 混乱するルビナス。しかし、それでも魔法陣が生み出し中途半端のまま放置することの危険性を知っているルビナスは最高位の魔法を用意する準備を急がせる。


 「モニカがいないことが、きになるの?」


 アルマが挑発するようにルビナスに聞く。正直、今すぐにでも魔法を放ち、その滲み出る余裕を壊したいと思うのだが、意識半分を魔法に向けてアルマに返事をする。


 「ありゃ、おしえてくれのかしら?」


 腕を組んで「ふっ」と笑うアルマ。そして、目をカッと見開く。


 「――おはなをつみにってんのよ!」


 この状況でか!? さらに混乱するルビナス。普通は、この場面ではいかないだろう。とも思うが、あの天然勇者娘ならなんとなくいきそうな気もする。


 「な、なら、あのこがもどってくるころには……ふたりは、けしじゅみ(消し炭)ね」


 コイツは馬鹿だ。とノアは心の中で呟くが、本当にそれで納得したようで、ルビナスの魔法陣は密度を増し、ノアでも感じられるほどの濃い魔力の波をピリピリと肌で感じさせる。使用者に問題はあるが、その実力は確かなものだった。

 溜め込んだ魔法を放出する準備をするルビナスへ向かって、ノアとアルマは走り出す。手に持つのはナイフ。床の僅かな隙間でさえもつまづき転げそうになりながらも、二人は一直線にルビナスへ距離を詰めている。

 隠れることもなければ、特殊な道具で体を守ることもしない。ルビナスから見れば、完全な愚考。そして、ノアとアルマからすれば勝利を迎えるための準備段階。

 勝利を確信しながら、自ら射程範囲に飛び込んでくる二人を見据えるルビナス。


 「ぶざまに、きえなさーい!!! ――サティファダウナー!」


 ルビナスの魔法陣の大きさがさらに膨れ上がった。放たれる魔法は、炎、水、土、風、闇、炎。いくつもの属性を同時に発生させて、決して一つにならないものを強引に擦り合わせることで全てを無に返す衝撃波を発生させることのできる最高位の攻撃魔法だ。

 塵一つ残すことのない攻撃が今まさに、放たれようとしたその刹那――。


 「――いけえええええ! モニカァ――!」


 アルマが絶望を打ち消すように吼えた。


              ※



 「――繋ぐ絆、アブソリュート・フォース!」


 魔法を放出しようとした魔法陣に乱れが起こる。それは、ルビナスの動揺が招いたものだ。魔法陣のノイズをすぐさま訂正しようとルビナスは、離れかけた意識を再び集中させた。しかし、既にそれが敗北への一手になった。

 天井を突き破り頭上から降下してきた声に目を向ければ、髪を金色の長髪にして僅かばかり身長の伸びたモニカがそこにいた。

 

 「まさか、かくれていたのか……!?」


 返事をする代わりにモニカは剣を構える。落下速度に加えて風を裂くような剣がルビナスの眼前を横切る。そのまま、剣はルビナスを狙うことなく、今まさに魔法を放とうとしていた杖を切り落とした。


 「誰かをいじめるような悪い子は……めっだよ!」


 「ちょ……ああぁ! いやぁ、きゃぁ!?」


 下手に魔力が流れて暴発を恐れたルビナスはバッサリと切り落とされた杖を慌てて手放せば、魔法陣はその場からふっと掻き消える。

 金色は濃い黒の髪に、長髪は見慣れたおかっぱに。モニカ・アブソリュートの状態を解除しながらモニカはルビナスを見下ろした。


 「ぐっ……!? はやく、げどくざいをっ」


 懐に手を突っ込み、胸元を除き、スカートをめくってみるが、どこにも解毒剤の瓶が見当たらない。


 「そ、そんなっ」


 「さがしものはこれか?」


 声がした方向をルビナスが見れば、いつの間にか後方に回り込んだノアが手に持つのは見覚えのある液体が入った瓶。これ見よがしに、ノアが瓶を振り液体を揺らす。


 「ふわぁ!? か、かえしぇ!」


 「やなこった」


 ルビナスが手を伸ばすがノアは軽く後ろに飛べば回避をする。そのまま、ルビナスは自分の足にもつれこける。じんわりとルビナスの目元には液状のものが滲む。


 「ありゃ、もしかして……ルビナスちゃん。ないているの?」


 「にゃにゃにゃにゃいていない!」


 ニタニタと笑いながら近づいてくるアルマ。完全にノアとアルマに囲まれた状態になったルビナス。

 今のルビナスは魔女ではない。そのため、杖なしでは魔法を使うことができない。すなわち、今のルビナスはただの子供同然だった。


 「あ、あんた、これよわいものいじめでしょ!? たすけなしゃい!」


 ルビナスはプライドを捨てて半泣きでモニカの顔を見つめる。子供の姿になったルビナスに見つめられれば、助けてしまいそうな気もするが、両手を顔に当てて自分の視界を塞ぐモニカ。そのまま、「えーと、あの、その」ともごもごと何やら言いにくそうに口を動かせば、そっとその場から離れていく。


 「……少し、お花を摘みにいってきます」


 モニカはそのまま逃げるように、その場を後にする。


 「くぅ……この、ひとでなしゆうしゃぁ!?」


 指の骨を鳴らす音を聞きルビナスは、全身から汗を噴きだす。

 「さて」といえば、ノアはもう一度指を鳴らした。震えながらもルビナスは必死の抵抗を試みる。


 「こどもをいじめるなんて、さいていなんでしょう!? ぼうりょくはんたい、いじめよくない!」


 本当に子供に戻ったかのようにわーわー言うルビナスを取り囲むノアとアルマは笑顔だ。ただ、目が笑っていない。


 「もちろん、おとながこどもをいじめるのはよくない。だけど――」


 そこで、ルビナスはハッと気づく。

 どうして、ノアとアルマが解毒剤を持ちながら使用していないのかが、そこで初めて理解できた。


 「――おなじこどもなら、いいだろう?」

 「――おなじこどもなら、いいでしょ?」


 「――ヘリクツ!?」


 城内にルビナスの悲鳴が響き渡った。どうしようもない、マネキン人形の使い魔達はとりあえず無い耳を塞いで主の悲鳴が聞こえなくなるのを待った。



                  ※



 ノアとアルマという悪魔によって血も涙も無い暴力を受けたルビナスは、よろよろと城の廊下の壁に背中をもたれさせていた。太陽が高くなっているところを見れば、既に三人は旅立って半日は経つ。今から追いかけても間に合わなければ、子供の姿のままでは逆に勝てるかどうかも怪しい。過去に作った魔法薬を駆使すれば、なんとかいけるかもしれないが、どちらにしてもまずは解毒剤を作ることが先決に思えた。

 大人に戻れるのはいつになるのだろうかという不安を抱えながら、震える右手を動かせば耳元に当てると右手は淡く光る。とりあえず、通信魔法が難なく動くことに安心しつつ、通信相手の声に耳を傾ければ、本気で泣きそうになる。


 「……す、すびましゃえん。……ゆうしゃたちを、にがしてしまいましたぁ……」


 通話相手は怒らなかったようで、余計にルビナスは泣きそうになる。左腕でごしごしと目元を擦ると、何度も「ごめんなしゃいごめんなしゃい」を繰り返す。

 ルビナスの謝罪の連続に疲れたのか、通話相手は謝ることをやめるように指示する。そう言われれば、ルビナスは何度もうんうんと頷いた。


 「で、でも、ごべんなしゃあああああい! ――じゃおうさまぁ(邪王様)!?」


 泣きながら謝るルビナスの声を聞き、邪王と呼ばれた者は困ったように溜め息を吐いた。

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