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7話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35

 開錠スキルを使用したモニカは、無事に塔からの脱出に成功する。しかし、手元には樹木神から託された勇者の剣がない。

 あの剣はモニカでも扱えるように調整されているし、何かと役に立つ。今すぐにでも逃げ出したい気持ちを堪えて、モニカは下の階を降りるのではなく城内を探索することに決めた。

 塔と城を繋ぐ高所の通路をへっぴり腰で歩ききれば、城へと続く通路へと出る。ところどころ蔦が生え、潮風をまともに受けるせいか、手すりなどが錆び付いている部分もあった。それでも、日常的に使う場所は綺麗にしているようで、全く生活観がないというわけでもなかった。

 どちらにしても、ここはアルマとノアを倒した強敵が住む城だ。最善の注意を払って進むしかない。

 慎重に息を殺して廊下を進んでいく。息を殺すといっても、顔を真っ赤にして口を閉ざして、海中から地上へ空気を吸いにきた生物のようにパカパカと開くだけの非常に滑稽な状態だ。


 「まずいかも」


 モニカはボソリと呟いた。どこからか声が聞こえる。

 それは女のもの。ノアでもアルマでもない、ルビナスの声だ。

 慌ててモニカが小奇麗な扉の中に飛び込む。ここで、全く使われていない方の扉に入れば何とかなったかもしれないが、悲しいことに無意識にモニカは綺麗な扉の方に飛び込んでしまった。


 「な、なにここ……!?」


 扉の中に入れば、そこは大きなクローゼットが二つ。そして、窓際に天蓋付きのベッド。ソファにテーブル、そのどれもが豪華な装飾のされたものだった。どこからどう見ても、生活観の溢れた他人の部屋だ。しかし、近づいてくる声は真っ直ぐにモニカの方へと向かってくる。

 一か八かで、クローゼットを開ければ、そこにはいくつものドレスかけられている。狭く苦しそうな空間だが、文句を言っている場合じゃない。意を決して、クローゼットの中にモニカは潜り込んだ。そして、扉が開いた。


 「――相変わらずね、アナタも」


 いきなりルビナスの声が聞こえたので、モニカはてっきり自分が見つかったのかと思った。だが、どうやら違う様子だ。

 クローゼットの扉の隙間から外を覗き見るモニカ。ルビナスは右手を耳元に当てながら、ぶつぶつと誰かと喋っているようだった。淡い緑色の光が右手から見えるが、もしかすると今のルビナスの手は電話のような役目があるかもしれない。

 モニカが元の世界で携帯電話で誰かと話をするように、ルビナスは足を組んでソファに座れば、右手の相手との会話を続ける。


 「ええ、そうよ。あの方のお望み通り、かわいい勇者様を確保したわ。……あら、残念そうね。……そうよね、アナタが一番勇者を憎んでいたのだものね」


 モニカはルビナスの会話に首を傾げた。


 (私を憎んでいるって、一体誰のことなんだろう?)


 テーブルの上に置かれたグラスにワインを注げば、それを水のように口の持っていけば喉を鳴らす。


 「はいはい、分かっているわ。私とアナタの協力関係はここまでってことよね。アナタもあの方に好かれていたみたいだから、このまま一緒にいても……て、絶対交わらない立場なのよね、私達」


 自嘲気味にルビナスが笑えば、グラスに半分残っていたワインを飲み干した。その後、二度三度ルビナスは頷く。


 「そう怒らないでよ。……私はアナタのこと嫌いじゃなかったわ。……それじゃ」


 ルビナスの右手の光が消える。小さく息を吐けば、もう一度ワインをグラスに注いで口をつけた。先程とは違い、味を楽しむように少しずつ飲み込んでいく。そして、数分でグラスの中を空にしたルビナスは「よし!」と声を上げると立ち上がった。


 「ついについに、あの方が私の城にやってくるのね!」


 両手を拳にして、ぎゅっと握り締めたルビナスの表情は嬉々としている。まるで恋する少女のように、ルビナスはくるりくるりと体の回転と共に部屋の中を回り始める。


 「るんららら~ん、るんららら~ん! やっと出会える、あの方に~! ああ! 出会ったら、どんなご褒美をもらおうかしら! せ、接吻とか、だ、抱きしめて、もらう、とか……あぁ! たまらないわ! もう考えるだけで、胸がドキングドキュンギュンしちゃううぅぅん!!!」


 クローゼットの中から覗いていたモニカはそっと、そこを閉じた。


 (や、やばいよー! 絶対、あの女の人まずいよー! ていうか、これってあまり他人に見られちゃいけないよね! 怒られちゃうよね、私!)


 とりあえず、黙って静かにこのクローゼットの中に隠れていよう。


 「いえいえ、勇者を捕まえたんですもの! もっと、私を(ピーー)して、それから、あの方を(ピーーー)して、それだけではダメだわ。(ピーー)が(ピーー)で、(ピーー)よっ! うふふふふふ!」


 ルビナスの口から出るあまりに品のない言葉の連続にモニカは絶句する。モニカも聞いたことのない言葉もあったが、なんとなく嫌なものだと思えた。


 (都合により、一部音声を変更させていただいてます!!!)


 心の中で無理やり音声をシャットダウンしながら、モニカはクローゼットでさらに身を小さくする。できるだけ声を聞きたくないという気持ちもあったので、クローゼットに行こうと体を動かした。その時――。


 「……今の音」


 モニカの動きを知らせるように、クローゼットが小さく音を立てた。この建造物である城もかなり古い作りだが、このクローゼットもなかなかのアンティークのようだ。

 何故か着崩れた服を整えてルビナスは、クローゼットへ向かう。


 「今、ここから何か音が聞こえたような……」


 すぐ近くまで声が迫る。目と鼻の先といってもいいほど近くに、ルビナスの存在を感じられる。この薄い扉を隔てた自分の目の前にルビナスがいる。そう思うだけで、モニカの体は自然と強張っていく。

 モニカの心臓はバクンバクンと腹の中から飛び出してしまいそうになる。今まで感じたことのない緊張が全身を駆け巡り、それがモニカの判断能力を鈍らせる。許許容量を超えた緊急事態に、ふっふふっふっと不規則な小さな呼吸が出れば、既にこれだけで相手にバレているのではないのかと思うほどに自分の出す声が耳に届かない。

 

 (もうダメ……! このままじゃ、見つかっちゃう!)


 戦えば三秒で負けてしまうモニカが神頼みを始めた瞬間。――バンッと、扉が開く音が耳に届いた。


 「どうした、いきなり何だ」


 開いた扉はクローゼットのものではない。それは、ルビナスの部屋の扉が開いた音だった。ルビナスの気配が遠ざかっていくのを感じ、再びクローゼットに僅かに隙間を作り、外の様子を窺う。そこには、食事を運んできた給仕のマネキンがルビナスに何か報告しているようだった。

 マネキンが何を言っているのかモニカには分からなかったが、ルビナスは何度も頷いていた。


 「そう、侵入者。……子供の姿になろうとも、勇者の仲間てことね」


 自分の城に侵入者がやってきたというのにルビナスの表情には確かに余裕の笑みが浮かぶ。それは、むしろ二人がやってくるのを望んでいたかのようにも見える。

 隣に立つマネキンに「案内しなさい」とルビナスが言えば、マネキンが先頭に立って歩きだす。

 後ろを振り返ることもなく部屋を出て行ったルビナスを見送れば、モニカは疲れた顔をしてクローゼットから倒れるように出てきた。


 「ふいぃ……疲れたぁ……」


 ぐったりと両膝をついて、両手を地面についた。

 あまりの疲労感に、このままその辺のベッドに横になりたいと思ってしまうが、のんびりしているわけにもいかない。


 「やっぱり、ノアちゃんとアルマちゃんが来ているんだ。でも、今の二人は……」


 子供の姿のままでは、きっとルビナスに勝つことはできない。それどころか、もし負けたら、今の状態以上に酷い目に合うのではないかと思ってしまう。

 次から次に浮かぶ嫌な予感を振り払うように首を振れば、モニカは立ち上がる。


 「行こう。二人が子供なら、今の私はお姉さんみたいなもんだもん。私がなんとかしないとっ!」


 歩き出そうとするモニカの目に飛び込んできたのは、ルビナスの部屋の角に立てられた勇者の剣。

 ルビナスは自分の部屋が一番安全だと置いていたみたいだが、どうやら裏目に出たようだった。剣を手に取れば、腰に装着する。


 「やっぱり、樹木神のおじいちゃんがくれた勇者の剣はしっくりくるね。――待ってて、二人とも。すぐに助けに行くから!」


 一人では何も出来ない、二人でやっと何かが変わるかもしれない、そして、三人ならきっと変えられる。

 モニカの中では当然過ぎる理屈を胸に、ルビナスの部屋をモニカは飛び出した。




                ※



 城内に飛び込んだアルマとノアは、杖を引きずり剣を引きずり進んでいく。

 ルビナスの使い魔らしき顔のないマネキン人形達には遭遇するものの、戦うことなんてできないようで、そのまま見送るだけになる。

 数体のマネキン人形達が、どこかへ慌てて駆けていくところを見たノアとアルマはルビナスを呼びに行っているのだと察した。もともと、逃げも隠れもする気はないし、ルビナスと戦闘をすることもなくモニカを助け出せるとは考えていない二人は、階段を上っていくマネキンを見送った。


 「おやおや、階段を上るだけでも一苦労じゃないか」


 やっとのことで二階に上がった二人を待っていたのは、天井に触れてしまうのではないかと思うほどの高い位置で宙に浮くルビナス。その体を支えるために、足元は淡く魔法陣が輝いている。


 「まじょってのは、なんでもありね……」


 アルマは忌々しげに言えば、ルビナスは自慢気に笑う。

 魔法使いであるアルマは杖を振り、魔法陣を生み出し、詠唱を心の中で唱えなければいけない。空を飛ぶのだって、一回使うごとに大掛かりな魔法陣を用意しなければいけないし、道具だって必要になる。そんな手間を全てすっ飛ばした上位存在を前に嫌に生温い汗が流れる。

 ノアがナイフを抜き、腰を低くする。


 「しょーき(勝機)はあるか?」


 囁くようにノアが聞けば、アルマは鼻で笑う。


 「……わちゃちたち、しだいよ」


 そんなもの最初からないに決まっていた。それでも、絶望には屈してはいけないと、足は動いていた。逃げるなんて選択肢は、二人で喧嘩をしたあの海岸に置いてきた。


 「そうだな」


 負けるなんて微塵も考えていないほどのしっかりとした返事をするノア。


 「もしも……まずいときは……まほぉつかうから」


 アルマは魔法を使って、ノアやモニカを巻き込んでしまうのを恐れているのだろう。今までのノアなら、絶対に使うなと強く言うところだが、アルマなりの最終手段なのだろう。軽い気持ちで言っていないことにノアは気づきながら、アルマの言葉を聞き流すように頷く。

 どうせうまく扱えない剣を壁にかけて、ノアはルビナスを睨みつけた。


 「かくごしろ……まじょっ!」


 ルビナスは口の端を歪めて笑えば、攻撃魔法を使うために右手を振り上げた――。

 

 

 

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