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3話 モニカレベル13 ノアレベル32 アルマレベル30

 「ひやぁ……冷たい……?」


 目覚めに感じるひんやりとした触感に、氷の上にでも寝ているのではないかと錯覚するモニカ。

 まず初めに目を開ければ、視界は酷く暗い。急に昼から夜に変わってしまったのではないかと勘違いしてしまいそうな暗闇の中で瞬きをした。


 「おはよう、よく眠っていたわね」


 冷静なアルマの声にとりあえず氷上にいないことを安心しつつ、体を起こせば、自分が一生縁のないと思っていた光景を目にして開口したままで動きを止めた。


 「ここ、どこ……?」


 動揺を隠しきれず震えた声で言えば、角の方で壁に背中をもたれさせて座っていたノアが即答する。


 「牢屋だ。すまない、私が不甲斐ないばかりに」


 なるべく直視したくない現実を告げられて、改めて視線を狭くて苦しい空間の中を見る。 

 最初に目に入るのは鉄格子、ベッドは置いてなく、部屋の中にあるものといえば角の簡易トイレの役割を果たす桶ぐらいだろう。人が一人通れるかどうかも怪しいほど狭い通路を中央に、いくつもの向かい合う牢屋の一つにいるモニカ達。照明は通路に一つしかないため、牢屋の最も奥にいるモニカ達には淡く光が当たるだけだ。

 そんな状況で、互いの顔を確認する方法といえば、肩車をしてやっと届くかどうかも分からないほぼ天井に位置する小窓があるぐらいだ。いくら小窓に辿り着いたとしても、その小さな窓は小柄なモニカが顔を出すのが精一杯というところだった。

 

 「やっぱり、牢屋なんだ……」


 落胆した様子でモニカが言えば、それを聞いていたノアはさらに落ち込んだ声で返事をする。


 「……申し訳ない。私が、もう少し気が回れば、こんなことに……まさか――食い逃げで捕まるとは」


 アルマは勢いよく、顔面からヘッドスライディングでもするように狭い牢屋の中でずっこけた。


 「ノアちゃん、食い逃げしたの!?」


 「モニカには言ってなかったが、モンスター退治の前にいた食堂でだ。……まさか、こんな大事になるとは……軽い気持ちではない、どこかで機会があれば返すつもりだったんだ。まさか、こんなところに入れられるなんて考えもしてなかった……。私が甘かった……」


 「ひえー! 気づかなかったよ、私! じゃ、じゃじゃじゃあ、謝りにいかないと! お菓子とか持って行った方がいいのかな!?」


 「いや、これは私の責任だ。お金を払っても許してもらえないなら、食器洗いでも力仕事でもこなすぞ」


 「私も責任は一緒だよ! 一人でなんてお仕事させないから、モニカも手伝うよう。ノアちゃんっ」


 「モニカ……」


 ノアはモニカの手をそっと両手で包む。そのゆったりとした握り方は、まるでモニカそのものを抱きしめるように。

 にっこりと笑うモニカに、ノアは紅潮した頬で「モニカモニカモニカモニカ」と連呼しながら、少しずつ顔を近づけて――。


 ――コンコン。と、会話を遮るように音が響いた。アルマは呆れた様子で牢屋の床を叩いた。


 「宿屋には、とりあえず全員で謝るとして。……いい加減、本題に入ってもらえる? ノアも、この牢屋という状況を利用して、妙な気を起こすんじゃないわよ」


 本当にどうやって旅を続けていたのだろう、と本格的に疑問に思いながら、アルマは事態を把握できていないモニカのために要点をまとめることにする。

 「はーい」という活発な声と「ちっ」という舌打ち。正反対の反応を耳にするが、それを無視して口を開いた。


 「モニカ、私達はここの領主……ゴートンの用意した食事に強烈な睡眠効果のある毒を盛られたみたいなの」

  

 「あー、だから、私眠っちゃったのか。でも、食い逃げでそんな薬まで使うなんて酷い人だね!」


 「……早めに誤解を解いておくほど、食い逃げが原因でここにいるわけじゃないわ。間違いなくね。私の持っていた銀時計は取られないで済んだから、それで時間を確認してみたけど、昨日食事をしてから数時間。やっと日が昇ったぐらいの時間帯よ。いくら一晩中眠らされているとはいえ、短い間隔で、しかも、モンスターの襲撃があった状況。そんな中で、食い逃げの犯人を兵士に通報し、さらには領主が直接動くことなんてありえないから」


 「おぉ」と感心するモニカ、何故かノアは「なるほど」と口にする。ノアの行動が、本気で食い逃げと思いこんでいた行動だと思うとなかなか大変な立場になりそうな仲間達だとアルマは思った。

 モニカとノアの誤解が解けたところで、アルマはノアに話題を振る。


 「ねえ、ノア。貴女は、毒が効いていなかったのよね?」


 「効いていないというより、鈍くなっていたという方が正しいかもしれんな。だが、それでも普通に体を動かすことには不便はなかったぞ」


 「そう。そんなノアは、どうして気を失ったの? 素手でもスライム程度なら、一発で倒せそうなノアが元気だったのに」


 そこでノアは、ハッと直前の記憶を思い出した。すっかり忘れていたようだったが、体を動かせばじんわりと背部に痛みが走る。


 「そうだ、私は……ゴートンに倒された。私を倒した時のあの動き、奴は間違いなく人じゃない。……それに、私達が勇者の一行であることも知っていたんだ」


 痛みと同時に記憶が脳内を駆ける。なす術もなく、圧倒的な力量の差で負けた苦い過去。一度も戦いに負けたことのないノアには、思い出すだけでも胸の奥がズキズキと苦しくなる痛みにも似た記憶。

 モニカは表情からノアが身体的にも精神的にも傷ついていることに気づき、背中にそっと小さな手を置いた。ノアが驚いてモニカの顔を見れば、優しく微笑んで手を上下に動かして撫でる。決して痛みが引くことはなかったが、ノアの張り詰めた表情は少しずつ柔らかいものに変わっていった。

 ノアの短い言葉を、アゴに手を当てて何か考えるように聞いていたアルマ。考えがまとまったのか、帽子の端を下から指で弾いた。


 「どうやら、モニカの言っていたこの世界の異変が動き出したのかもしれないわね」


 「異変?」撫でる手は止めないで、モニカはずっと頭に残っていた言葉に反応する。

 アルマはモニカを一度だけ見て頷いた。


 「樹木神という世界規模の存在がモニカを呼び出した。だけど、みんながみんな樹木神みたいに人間に友好的とは限らないわよね? 樹木神が世界規模の存在なら、その異変というのも樹木神と同じく意思を持ち力を持った”世界規模の存在”という可能性もある。この仮説が正しいなら、相手にするのは樹木神にも等しい力を持った存在、いや、樹木神ですら手を焼くというのだから、それ以上の存在かもしれない。そういう厄介な存在が異変を起こしているなら、障害であるモニカに気づいていてもおかしくない」


 「つまり、ゴートンはそういう存在の仲間達だということか? 今回のように牢屋に閉じ込めたのは、私達の旅を妨害するために?」


 「はっきりと断言はできないわ。けどね、勇者を狙って行動してきている辺り、あながち間違いではないとも言えないのよ。……だけど、これっていい機会じゃないかしら?」


 アルマは口の端を曲げて笑う。これは、チャンスだ。と楽しげに言うアルマをモニカは不思議そうに見る。


 「モニカの頑張りが、その異変にも影響を与えてきているのよ。今までは、”世界の異変”ていう漠然なものだったけど、それが”異変という存在”ていう具体的なものにまで近づいてきたってこと。これって、大きな進歩じゃないの? さらに、投獄されている状況を見れば、私達はまだ生かされている理由がある。その可能性の一つとして、その強大な存在との接触も考えられるわ」


 息巻いて話をするアルマ。そんなアルマに水を差すように先ほど、負けたことで気の落ちていたノアは、挙手をして発言をする。


 「私達は、ゴートンより上の存在の元へ連れていかれるのか?」


 「ええ、そうよ。そうすれば、原因究明だって簡単よ」


 「……そいつ、ゴートンより強いんだろう? 今の私達で勝てるのか?」


 ノアには珍しく後ろ向きな言葉だったが、顔の両頬を持ち上げて喜んでいたアルマを黙らせるには十分な過ぎる一言だった。そのまま、溜め息のようにアルマは言葉を続ける。


 「何を言っていたのかしらね……私。……武器も奪われて、敵にあっさり騙されて、牢屋に閉じ込められて……」


 「何にしても、まずはここから抜け出すのが最優先だ。武器を取り返さないことには、勝ち目もないからな」


 先ほどよりもしっかりと発声するノアの瞳の中には、強い輝きがあった。ノアは少しずつだが、敗北から立ち直りつつあった。

 重たい沈黙の中、モニカはノアを撫でていた手を止めて「ノアちゃん、アルマちゃん」と声をかけて二人の視線を集める。


 「私もどうしていいか分からないけど、みんなに伝えないといけない大事なことがあるよ――」


 神妙な面持ちのモニカを前に、ノアとアルマは喉を鳴らした。次にどんな言葉が出るのかと、口の動きを二人は注視する。


 「――おトイレしたいんだけど」


 「……は?」


 肩の力を抜かしながら、アルマが間の抜けた声を漏らす。


 「だ、だから、おトイレ行きたいの!」


 顔を真っ赤にして言うモニカを見て、アルマは牢屋の微かな照明すら消してしまうのではと思うほどの溜め息を吐いた。


 「そこに桶があるでしょ。女同士だし、周りの牢屋には誰もいない。音が気になるなら――」


 「――うわあああああん! アルマちゃん、そんなこと言わないでいいよぉ!」


 アルマの口をモニカは両手で塞ぎ、それ以上先を喋らせないようにする。

 「もがもがもが」と何か訴えるアルマを強引に押さえつけていたモニカだったが、次第に顔が青白くなり始めたアルマに気づき慌てて両手を離した。


 「ぷっはぁ! はぁはぁ……牢屋を抜け出す前に死ぬところだったわ……」


 「ご、ごめんよー! アルマちゃん!」


 「殺す気!?」


 「アルマちゃんが、恥ずかしいことを言うからだよ! 痴漢だよ! エッチスケッチ食パンで挟むのはサンドイッチだよ!」


 「ごちゃごちゃうるさーい!」


 やかましく騒ぎ合う二人の空間を切り裂くように、すっと低い声が飛び込んでくる。


 「――モニカ」


 ノアにそう呼ばれ、「なに、ノアちゃん?」と振り返ればモニカの表情が凍りつく。つられてその方向を見たアルマも頭の上から冷水を浴びたように思考を止める。


 「ど、どうだ、モニカのために用意してみた。これなら、音は出ないだろう?」


 ノアは鎧の下に黒いシャツを着ている。しかし、今は着ていない。

 上着を脱ぎ、その上着であるシャツを桶の上に被せた。一回りほど大きなバケツのような桶に自分の上着を敷き詰めて嬉しそうにしていた。その桶を「ほら、どうだ」という感じに持ち上げて見せている。大きな胸を隠す、飾り気のないシンプルな白い下着の姿のままで。

 自信満々に見せるノアの目は異常だった、どこか遠くを見ているというか別のものを見るような恍惚とした何か。

 

 「ノアちゃん……その桶はどういう意味かな……」


 「これなら音とか消えるだろ。私達が見なければ、恥ずかしくもない。完璧だ。二人とも幸せだ」


 「ふ、二人とも幸せ? どういう意味かは聞かないよ。絶対に聞かないよっ。……そこでしたら、ノアちゃんの服が汚れるよね?」


 「いいや」とノアは首を横に振った。そして、うっとりと告げる。


 「構わない、それを着て歩くまでだ」


 「ひぃ!? ……き、汚いよ!?」


 モニカの何かを浴びて汚れた服を着た自分の姿を想像したノアが、さらに表情をうっとりとさせた。


 「――むしろ、光栄だ」


 「いやあぁ――! ノアちゃん、戻ってきてえぇ――! 誰か、誰か、誰か助けてぇ――!」


 「――二人とも、静かにして!」


 尿意が吹き飛んだモニカ、それから口の端から垂れた唾液を拭っていたノアは表情を引き締めたアルマを見た。


 「誰か近づいて来るわ。音は外……たぶん小窓の方」


 アルマの言葉を聞いたままに、小窓に目を向けた三人は口を閉ざす。確かに足音のようなものが、カサカサという音から雑草を踏みながら近づいてくるのが分かる。そして、足音が最接近したかと思えば、ほぼ天井といっても良い高さに作られた小窓に二つの足が見えた。それほど大きな足ではないところを見れば、子供ということに気づく。


 「みなさん、ここにいますか?」


 足が消えたかと思えば、代わりに鼻と口だけが見える。それだけでは誰か判断できなかったが、その声に聞き覚えがあった。


 「レットくん? レットくんだよね!」


 真っ先に脱出を願っていたモニカが一番に反応する。


 「あ、良かった。ご無事でしたか? ……て、牢屋に入っているなら、そんなわけないですよね」


 突然現れたレット少年は困ったように苦笑する。


 「どうして、レットがここにいるんだ?」


 いつの間にか、脱いでいた服を着直し、鎧を装備し真面目な顔をしてノアが言う。


 「ここの使用人に僕の叔母さんがいるんですよ。その人にモニカさん達から助けてもらった話をしたら、牢屋に入れられたことを知って……。居ても立ってもいられなくなって、ここまで来ました」


 「救いの神ね、ありとあらゆる意味で」


 アルマがうんうんと頷けば、モニカもまるで神様にでも頼むように拝んでいる。


 「……ですが、僕には救い出すような力はありません。何か皆さんのお役に立てるのではないかと、こんなものを持って来たのですが」


 レットがそう言えば、窓から転がってくるのは棒状の金属が二つ。――針金が二本。

 アルマは震える手で、その二本の針金を右手と左手で一本ずつ持つ。


 「レットくん、まさかこれで鍵を開けろと言うんじゃないんでしょうね?」


 「えと、その通りです……」


 「私達、盗賊でもなければ泥棒でもないのよ?」


 「……すいません」 


 声は優しげなアルマだったが、その言葉の裏に隠された「こんな物を渡されても、どうしようもねえんだよ!」という意味に気づきながら、レットは申し訳なさそうに謝る。

 試しにアルマが、鍵穴に差し込んで見るがうまくはいかない。カチカチと鳴らしてみるものの、空しく音が響くだけ。


 「ねえねえ、私にもやらせて!」


 あまりの絶望感に針金を投げ捨てそうになったアルマの手からモニカが取り上げる。そして、まるで玩具で遊ぶように鍵穴に二本の針金を突っ込んだ。

「うーんうーん」唸りながら、鍵穴から音を鳴らすモニカ。


 「諦めて、別の方法を考えるしか――」


 『テッテテー! モニカのレベルが上がったのじゃ。”開錠スキル”を手に入れたぞ』


 「……いや、なんとかなるかもしれないわね」


 モニカの右手の印が輝き、最も勇者から遠いスキルの覚醒を告げる。しかし、今のモニカはとりあえずここから抜け出したことに頭がいっぱいだ。ひたすらに、開錠スキルを使いながら針金を鍵穴に掻き回す。


 「いいわよ、モニカ! もっと、その泥棒スキルを上げまくりなさい!」


 『レベルが上がったのじゃ。開錠スキルが、いち上がったのぉ』


 「泥棒、違うよ!? 開錠だよ、アルマちゃん!」


 最初はただ針金を回しとけば開くのではないか、なんて思っていたが、スキルが上がるごとにそうではないことに気づくモニカ。

 左の針金が役割を持ち、右手の針金が開錠をするため重要の鍵となる。直感的だった開錠という行為には、計算された技術があり、それを可能にするための鍵穴の性質を確実に把握していく。


 『レベルが上がったのぉ! 開錠スキルが、さん上がったのぉ!』


 無駄な動きの多かった左手は、標的を捉えるように穴をなぞる動きを行う。さらに、その標的を射るように流れるような動きで右手が動けば、標的の弱点ともいえる場所に触れてそれを押し上げた。 

 樹木神の声が聞こえて、その一分後に開錠を知らせる高い音が鍵穴から響いた。


 「でかしたぞ、モニカ!」


 「さっすがね、モニカ!」


 ゆっくりと開く扉を見ながら、モニカはほっと息を吐いた。そして、レットのいる小窓へ向けて声をかける。


 「ありがとう、レットくん。無事に抜け出すことできたら、絶対にご飯食べに行くね」


 レットも心配だったようで、モニカの声を聞いて安心した雰囲気が伝わってきた。


 「はい、お待ちしてますよ! ……最近の領主様は何か様子がおかしいと聞いています。税が重くなったり、独り言が増えたとか、乱暴な発言や行動が多くなったり……。とにかく、良い話は聞かない人です。みなさん……気をつけてください」


 祈るように告げるレットは、言い終わるとその場から背を向けて歩き出す。離れていく足音のする方向を見ながら、モニカは言った。


 「そんな悪い人には、絶対に負けないから。安心してよ、レットくん」


 あまりにも頼もし過ぎる少女の声を耳に、レットは食事の用意をするために自宅へ向かうために走り出した。

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