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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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1、うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?




「あぎゃっ」


 杖から放たれた炎の玉が吸血鬼の身体に命中するや否や、情けない声を上げながら彼の身体が燃え上がる。吸血鬼はそのまま地面に崩れ落ち、炭で出来た人形のようになってしまった。

 吸血鬼を倒した冒険者たちは意気揚々と宝物庫へ入っていく。


 ――俺がアンデッドになってから数十回目の敗北である。


「俺、ダンジョンの事って良く知らないけどさ。このペースでの敗北って普通なの?」

「ははは、どうかなぁ。僕にも良く分からないよ」


 吸血鬼はその黒くなった体にポツンと浮かぶ目玉を泳がせる。

 これはきっとあまり良くない成績なんだろうなぁ、とため息を吐いた。


 宝物庫に入っている宝箱の数々はいわば「撒き餌」である。これで人間をおびき寄せ、アンデッドたちがのこのこやってきた人間をエサにするという仕組みだ。俺はもちろん物を食べることはできないし、ゾンビや吸血鬼たちは何も食べなくても死にはしないが、飢餓状態では本来の力が出なかったり体の再生が遅くなるのだという。

 現在、吸血鬼は完全に回復するまで4時間以上の時間を要するようになってしまった。この間に冒険者が来てしまったら不戦敗で宝物を盗られてしまう。このままでは直にストックしてある宝物が底をついてしまうだろう。宝物の無いダンジョンにわざわざ入る連中もいるまい。ダンジョンへの訪問者が減り、ますますアンデッドたちの能力が下がる――完全な悪循環である。


「しかし、君もレイスなどではなくもっときちんと戦力になるようなアンデッドになってくれたら良かったのになぁ」

「はは……」


 俺は幽霊レイスである。

 何者も俺に触ることができないし攻撃を与えることもできない。その代りに俺も何かに触ったりダメージを与えることはできない。つまりそこにいるだけ、戦いを見ているだけしかできないのだ。

 しかしそれは俺にはどうにもできない事であるし、むしろ戦わなくて良いレイスになることができて良かったと思っている。まぁ良かったと言っても「不幸中の幸い」レベルではあるが。


「小娘はどうしている?」

「ちょっと見てみるね」


 俺は天井に頭を突っ込み、上の様子を窺う。レイスは一切の物理的干渉を受けないため、迷路のようなダンジョンを自由に動き回ることができるのだ。そのため冒険者の様子を仲間に伝えたり、伝言を届けるのが俺の唯一と言って良い仕事である。


「ゾンビちゃん大丈夫ー……?」


 恐る恐る声をかける。

 突然、何者かが俺に組み付いてきた。しかし俺の身体を掴めるはずもなく、「何者か」は俺をすり抜けて地面に転がる。

 それは少女の形をした生ける屍――俺は彼女をゾンビちゃんと呼んでいる。その体は先ほどの冒険者との戦闘で傷ついてしまったのか、いつにもましてボロボロであった。左腕は取れかけ、輪切りになった足は地面に散乱してしまっている。唯一無事である右腕だけで芋虫のように地面を這い、必死で俺の半透明の身体に喰らいつこうとしている。


「俺の体はずっと前にゾンビちゃんが食べちゃったじゃないか」

「ハラヘリ……ハラヘリ……」

「あー、ダメだなこりゃ」


 俺は諦めて頭を引っ込めた。

 彼女はお腹の具合によって頭の良さが随分違うらしい。満腹であればかなり高い知能を発揮してくれるようなのだが、飢餓状態であれば知能を持たないアンデッドとそう変わらない有様となってしまう。彼女を満腹にさせるにはかなりの量の肉が必要と言う事で、俺はまだその賢い彼女を見たことがない。「ちょっと空腹」で、「ちょっとアホ」な状態であることがほとんどである。

 しかし今現在、彼女の知能は「ちょっとアホ」どころではないらしい。


「ゾンビちゃんヤバいよ、俺を齧ろうとしてきた。その辺のネズミの方がまだ賢いや」

「ああ、ダメかぁ。今は近寄らない方が良いな、スケルトン兵団にも言っておいた方が良いだろう。頼めるか、僕はしばらく動けない」

「分かった」


 俺は壁や天井をすり抜けて上のフロアへと向かう。遠くからゾンビちゃんの呻き声が漏れ聞こえてくる中、スケルトン達を探して彷徨い歩いた。スケルトンたちの数は多く、これだけ歩けばスケルトンの5、6体に遭遇するはずだが今日はやけに人気がない。

 ダンジョンの隅っこ、行き止まりの袋小路にてようやくその姿を見つけた時は思わず安堵の息を吐いた。

 様々な武器や防具に身を包んだスケルトンたちが何体か集まり、膝を抱えている。恐怖からだろうか、骨を震わせてガタガタ音を立てていた。俺の気配に気付いて怯えたようにハッとしたが、俺の顔を確認すると嬉しそうに抱きついてきた。まぁ例によってすり抜けてしまうのだが、その気持ちは十分伝わってくる。


「おお、恐かったね。もう大丈夫だよ。他のみんなは?」


 尋ねると、彼らは一斉にその白くて細いカルシウムタップリの指を上にあげる。どうやら彼ら以外は上のフロアに避難することができたらしい。階段から遠い場所にいた上、どこからか聞こえてくるゾンビちゃんの呻き声に怯えて動くに動けなかったのだろう。


「みんな俺について来て、ゾンビちゃんに見つからないよう案内するよ」


 ガチャガチャ音を立てながら立ち上がるスケルトンたち。注意深くゾンビちゃんの現在地を確認しながら彼らを上のフロアに送る。

 スケルトンたちの疲労もピークに達しているようだ。足取りがおぼつかず、いつ崩れ落ちてもおかしくはない。

 やっとの思いでたどり着いた上のフロアには、ダンジョンの様々なところから集まったアンデッドたちが死体のように転がっていた。

 疲れていないのは俺だけ、空腹でないのも俺だけ。

 

「なんとかできないかなぁ……」





***********






「なんとか、と言われてもなぁ……」


 吸血鬼が困ったように唸り声を上げる。


 この悲惨な現状を打破するため、俺はダンジョン中の知能あるアンデッドたちに招集をかけて会議室へと集まってもらった。会議室への扉は冒険者たちが入らないよう土の壁に上手く偽装されていて、中はダンジョンであることを忘れさせてくれるような造りをしている。床はフローリングだし、その上には豪華なカーペットなんかがひかれているし、机や椅子もお城で使われているような装飾がついた豪華な品で、どうやって運んだのか検討もつかないほど大きい。


 しかしその豪華な会議室に相応しい会議ができているとは言い難かった。


 ゾンビちゃんはその辺を這っていたネズミを何匹か食べて多少知能は回復したようだが、なにか有益な思考ができるような状態ではない。会議場の椅子のほとんどを埋めているスケルトン軍団は時折骨を鳴らして音を立てるが、それが何を意味するのかはよく分からない。とりあえず賑やかしにはなってくれている。吸血鬼も渋い顔で一点を見つめるばかりで積極的な発言をしようとはしない。

 全体的に覇気がないのは恐らく疲労と空腹からだろう。


「このダンジョンは冒険者にやられっぱなし! そりゃあ、俺たちの手に負えないほど強い冒険者だっているとは思うけど、いかにも駆け出し(カモ)みたいな冒険者にも負けてる。このままじゃいくらアンデッドとはいえ無事ではいられないよ!」


 俺の言葉に会議場がザワザワとざわめく。そのほとんどが雰囲気を出そうと頑張ってくれているスケルトンたちによるものだが、まぁそんなに悪い気はしない。

 そんな中、ゾンビちゃんがなにか呟いていることに気が付いた。彼女は鎖で拘束され、椅子に縛り付けられている。万一暴走状態になった時のために吸血鬼が傷だらけになりながら拘束してくれたのである。

 俺は彼女の口元に耳を近付ける。空腹のゾンビの口に耳を近付けることができるというのも幽霊(レイス)の良い所だ。


「ネズミ……ネズミ食べる……」

「ゾンビちゃん、ネズミじゃなくて人間を食べよ!」

「ニンゲン……?」


 もはや人間の味も忘れてしまったか、ゾンビちゃんは首を傾げながら「ニンゲン……ニンゲン……」と呟いた。


「もうそいつはダメだ。あまり構うな……それから、まぁ我がダンジョンの勝率の低さについてだが……」


 吸血鬼がようやくその重い口を開く。

 会議に緩やかな緊張が走る。スケルトンたちもその体を揺らして音を立てることを止め、部屋は静寂に包まれた。

 みんなの視線が注がれる中、吸血鬼は屈辱に顔を歪める。


我々(アンデッド)はっ……弱点が多すぎる!」


 吸血鬼はそう叫びながら机に拳を叩きつける。


「光の魔力に弱い、聖水に弱い、清らかな水に弱い、聖なる火に弱い、銀に弱い、日の光にも弱い! 奴らはそれを知っていて、卑怯にも我々の弱点となる攻撃手段をしこたま持ってきているのだ。その上、我々が得意とし、潤沢な血液と美味な肉を持つ筋肉バカはそもそもこのダンジョンに来ない!」

「ああ……まぁ、そりゃそうだよね」


 ダンジョン奥深くで待ち構えるしかない俺らと違い、冒険者は自分の足で旅をしてある程度戦うモンスターを選ぶことができる。わざわざ苦手なモンスターがうようよいる場所には来ないだろう。


「僕だって必死に戦ってはいる。それはみんな同じだろう。だがこうも弱点ばかりつかれては戦うのも嫌になるというものだ」


 スケルトンたちも俯き、その暗闇を湛えた眼窩を地面に向ける。彼らも同じ思いだったのだろう。

 戦闘をしない俺は彼らの苦しみに気付くことができなかった。


「そうだったんだね……ごめん、気付かなくて」

「気にするな。君は君の仕事をしているだけだ……しかし、そろそろ手を打たなくてはね」


 そう言って吸血鬼は大きくため息をつき背もたれに体を預ける。

 豪華な椅子に腰掛け、ベストに清潔なシャツと真っ赤なスカーフという上品な服装、そして憂いを浮かべる端正な顔。まるで国の将来を憂う王子のようである。


「こういう話はできるだけ避けてきたんだ。自分の弱点を直視したくないのは普通だし、自分の弱さを認めることにもなる。けどこのままじゃダメだ。何かないか、僕たちの弱点を克服する何か!」


 その呼びかけに会議室が色めき立つ。

 一体のスケルトンがなにやら紙とペンを取り出しサラサラと書き出した。それを俺たちに提示する。

 綺麗ではないが、読むことに支障はない程度の文字でこう書かれていた。


『殺したら死ぬ連中を雇う』


 恐らくアンデッドではないモンスターに助太刀してもらうという意味だろう。スケルトンの提案はなかなか的を得ているように思う。


「光の魔法を使う魔法使いや神官は身体能力が低いから、一瞬で間合いを詰めて近接戦闘に持ち込めるような魔物なら有利に戦えるんじゃないかな」


 俺は嬉々としてそう言ったが、吸血鬼は浮かない顔で静かに首を振る。


「魔物の派遣を依頼できるようなコネはないし、なにより金が無い。アンデッドがダンジョン外に出て魔物集めをするわけにも行かないし」

「お金……そうかお金かぁ」


 生と死の呪縛から解き放たれたアンデッドも、金の呪縛からは逃れられないらしい。


「だったらダンジョンの構造を変えるとか、人員を増やすとか、武器防具の新調とかも当然ダメだよねぇ」

「ああ、ダメだよ。寝室のリフォームもしたいしね」

「だよね……えっ、ちょっと待って。寝室って?」


 思いもよらない言葉に思わず聞き返すと、吸血鬼はさも当然のことのように首を傾げた。


「僕の寝室の床や壁が朽ちてきてしまってね。この前張り替えたんだがやはり安物はダメみたいだ。ただでさえダンジョンというのは湿気が多くて腐りやすいからね、次は大理石の床にしてみようと思う」


 冷えた体の奥から一気に熱いものがこみ上げる。

 俺は一瞬で間合いを詰め、至近距離から吸血鬼の綺麗な顔を睨みつける。


「……みんながお腹減って困ってるっていうのに!」


 指し示したようにスケルトン軍団が立ち上がる。そして吸血鬼を取り囲むようにしてジリジリとにじり寄った。


「なっ、なんだ君たち! このダンジョンの代表は僕だろ!?」

「代表が組織の金を横領するなんて許されないぞ。みんなかかれ!」


 その言葉を合図にスケルトン軍団が吸血鬼の上にのしかかる。

 しかし軽い身のこなしでスケルトンの雪崩を避けた吸血鬼は、スケルトンの山の上に君臨し、腰に手を当ててその大きな牙を剥き出して威嚇した。


「反逆罪は死刑に相当するぞ」

「逆ギレか! 殺してみろ!」

「ああ、何回だって殺してやるよ!」


 まさに一触即発といったその時だった。

 地獄の底から響く魔王のイビキのような唸り声がすぐ近くから聞こえる。恐る恐るそちらに顔を向けると、鎖を引きちぎって強引に自由を手に入れたゾンビちゃんが焦点の定まらない目を我々に向けていた。


「殺す、食べる、殺す、食べる食べる食べる、殺す殺す」

「や、やばい……空腹発作だ!」

「みんな逃げろ!」


 そこからはまさに地獄絵図だった。

 逃げ回り、衝突事故を起こしてバラバラになるスケルトンたち、なんとか暴走を止めようと勇敢にも立ち向かうが腕を齧られて戦意消失した吸血鬼、白目を剥き涎を垂らしながら思う存分怪力をふるうゾンビちゃん……

 そのうち衝撃に耐えられなくなった柱が軋み始め、あっというまに土が崩れてアンデッドもろとも生き埋め……いや、埋葬されてしまった。


「あー、大騒ぎするから」


 唯一難を逃れた俺は大量の土の山を見ながらため息をつく。こういう時、本当にレイスは便利だ。


「死んでないで早く出てきてよ?」


 その言葉に反応するように土の山のあちこちがピクピク動く。

 全く、アンデッドでなかったら大惨事になるところだ。


「いや……待てよ?」


 俺は大勢が埋まった土の山を見ながらニヤリと笑った。





**********





 ダンジョンに足を踏み入れたのは一人の壮年の男である。魔法使いだろうか、木の杖を手に慣れた様子でダンジョンの奥へと入っていく。

 その堂々たる佇まいと溢れる魔力からか、普段入り口近くで侵入者を待ち受ける吸血コウモリや有象無象の魔物たちも息を潜めてジッと男がどこかへ行くのを待っている。

 その男を高いところから見下ろすのはダンジョンを代表するアンデッド集団だ。


「うっへっへ、カモがネギ背負ってやってきたぜ」

「こういう卑怯なことはしたくないのだが、背に腹は代えられないな」

「ニク! ニク! ニク!」


 俺たちの苦手とする魔法使い、それもなかなかの手練。そしてここは俺たちが滅多に足を踏み入れることのない地上一階。朽ちた天井にはヒビが走り、隙間から弱点である太陽の光が微かに漏れ出ている。瘴気も薄く、明らかに俺たちアンデッドには不利な条件だ。

 なのにどうしてこんなに余裕なのか。それは俺たちの傍らにある巨大泥団子とでも言うべき土の塊にあった。それは吸血鬼の身長を超えるほどの直径、水をタップリ含んだダンジョン産の土による重量感、まさにヘビー級の泥団子である。

 これをヤツの頭上に落としてやるという算段だ。


「魔法使いみたいな虚弱体質はこの泥団子でワンパンだぜ」

「ニクまだ? まだニク?」

「よしよし、もう少しだ小娘。ヤツが俺たちの真下に来た時に落とすのだぞ」


 俺たちは息を潜めて団子の影に隠れる。

 ダンジョンとは言え太陽の光差し込む一階、しかも魔物の姿も見えない。だからだろうか、男は特に警戒する様子もなく軽快な足取りで罠を張って待ち構える我々の元へと歩いてくる。


「よし、もうすぐだ……押せっ!」

「ニクーッッ!」


 吸血鬼の合図とともにゾンビちゃんが泥団子をその怪力で落とす。十数メートルはあろう高さからヘビー級泥団子は真っ逆さまに落ちていき、地響きのような音を立てて地面にぶつかり小さな土の山を作った。


「よしっ! 生き埋め作戦成功だ!」

「うううっ、久々に人の血にありつけるのか」

「……ニク?」


 歓喜に湧く中、ゾンビちゃんだけが首を傾げて崖から真下を覗き込む。

 その瞬間、ゾンビちゃんは風船が破裂するようにして辺りに四散した。肉片がダンジョンの壁や地面、そして吸血鬼の白いシャツの上で不気味に蠢く。


「……は?」


 吸血鬼と顔を見合わせる。

 喜びをいっぱいに表したその端正な顔が徐々に恐怖の色を浮かべていく。


「何が起きた」


 ただでさえ白い顔をさらに白くしながら吸血鬼が尋ねる。

 恐る恐る崖下を覗き込むと、土の下にいるはずの男がこちらに杖を向けて微笑んでいた。


「アンデッドは知能が低いと思っていたけど、ここには良い参謀がいるようだ」


 溢れ出る強キャラ臭。

 俺は早々に悟った。


「あっ、ダメだこれ勝てねぇわ」

「おい!」


 吸血鬼が俺に縋り付くように手を伸ばす。しかしその手は無情にも俺の体をすり抜けた。


「相手が悪いよコレ。申し訳ないけど次頑張ろう」

「次ってなんだ! 今は、今はどうするんだ!?」

「ゴメンね、できるだけ体を傷つけられないように死んでね。こんな爆殺されたら回復に数日かかるよ」

「人事だと思って!」

「俺スケルトンたち避難させてくるね」

「おい待てよ! いや待ってくれ頼む、置いてかないで!」


 吸血鬼の悲惨な叫びを聞きながら、俺は地面に飛び込んだ。その断末魔の叫びはダンジョン最下層にまで響いたと言う。

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