番外編 うわっ…私達(アンデッド)って弱点多すぎ…?
いつもアンデッドたちの生活を見守っていただき、誠にありがとうございます。
今回は150話突破記念特別番外編ということで、語り手はレイスではなくあの男です。
今後とも、アンデッドたちの生活を見守っていただければ幸いです。
ダンジョンってなんか落ち着くよね。
地味だし暗いしジメジメしてるし、住むのは嫌だけど、たまーに行きたくなる。
一つ難点があるとするなら、女子率が圧倒的に低いことかな。
もっと女の子がいっぱいいると嬉しいんだけど。
*****
「やぁ吸血鬼君、久しぶ――んん?」
ダンジョンの暗闇の中にぼんやり浮かび上がる人影。
すっかり吸血鬼君だと思いこんでいた俺は、振り向いたその女の姿に驚くと共に胸が踊るのを感じる。
そこにいたのは、黒い髪を後ろでまとめ上げた長身の女性だった。
鮮やかな紅い瞳、白い肌、そして艷やかな赤い唇。少々キツそうだが、文句無しの美人だ。
警戒心を抱かせないよう、にこやかな笑みを作りながら彼女に近付いていく。
もちろん、スリットの入った黒と赤のマーメイドドレスから伸びる白い脚に目が向かないよう意識しながら。
「珍しいな、こんなところにこんな綺麗な人がいるなんて! 吸血鬼君のお友達ですか?」
「チッ……あんたどの面さげてここに来たの?」
俺を見るなり、害虫でも発見したような顔をして女性は思い切り舌打ちをする。
その威圧感と、彼女の醸し出す雰囲気には妙な既視感があった。
「あれ? やっぱり吸血鬼君……?」
よくよく見れば、顔も吸血鬼君に似ている。
彼の妹や姉かとも思ったが、アンデッドである吸血鬼君に存命の兄弟姉妹がいるとは考えにくい。
「……あっ、分かった! またミストレスに変な道具使われたんだね。でもドレスまで着込んで、案外ノリノリ――」
「うわっ、狼男!」
別の女の子の声がして、俺は素早く振り返る。
視界に入ったのは、こちらに駆け寄る半透明の少女だった。駆け寄るとは言っても彼女には膝から下がなく、空中を浮遊するようにして移動している。
肩で綺麗に揃った髪、困ったように八の字に下がった眉。派手さはないが、どこか儚げな雰囲気がある可愛らしい少女だ。
彼女の纏っている平凡な冒険者服には見覚えがあったが、その胸部にはしっかりと膨らみがある。
彼女は生気の無い青白い顔に怒りの感情を滲ませていた。
「もう来ないでって、あんなにしつこく言ったのに!」
「えーと……もしかしてレイス君……?」
尋ねると、レイス君っぽい女の子は吸血鬼君っぽい女の子と顔を見合わせて呆れたように肩をすくめた。
「なに寝ぼけたこと言ってるの。また変な呪いでもかけられた?」
「さっきからコイツ、なんか変なのよ。まぁ元々頭おかしいから誤差の範疇かもしれないけど」
……一体どうなっているんだ。
吸血鬼君はともかく、レイス君まで。彼に魔法は効かないはずなのに。
よくよくあたりを見回すと、スケルトン君たちもいつもより少し小柄な気がする。ピンクのエプロン着けてる子もいるし……あの子、肋骨にリボン巻いてる?
一体どうなってるんだ。考えれば考えるほど分からなくなってきたぞ。
「うーん……まぁ、いいや!」
うだうだ悩んでいても仕方がない。
重要なのは、目の前に可愛い女の子が二人もいるってことだ。
「吸血鬼君が美人なのは納得だけど、レイス君も意外と良いねぇ! なんかこう、幸薄そうなのがプラスに働いてるよ。うん、男の時よりモテそうだ」
「よく分からないけど、すごく失礼なこと言われてる気がする……」
音もなく、滑らかに後ずさりするレイスちゃん。
そうだった。彼女は幽霊だ。
いくらレイスちゃんを口説いても、彼女には指一本触れる事ができない。それじゃつまらないな。
となると。
「やっぱり暗闇の中の女の子って良いよね。瞳孔が開くから、いつもより可愛く見える」
吸血鬼ちゃんの紅い瞳を覗き込みながら、俺はにこやかにそう囁く。
だが吸血鬼ちゃんはニコリともせず、こちらを睨みつけながら吐き捨てるように言った。
「人は死んでも瞳孔が開くわ。あんたの瞳孔も開かせてあげましょうか」
「相変わらず冷たいなぁ、吸血鬼く……じゃなくて吸血鬼ちゃんは」
ちょっと冷たくされたくらいじゃ、俺は引かないよ。
俺は吸血鬼ちゃんと距離を詰め、彼女の手を握ろうと腕を伸ばす。
だが吸血鬼ちゃんは素早く俺の腕を掴み、そのまま捻り上げた。
「気安く触らないで」
「アイタタタタ! 助けてレイスちゃん!」
「自業自得だと思うし、なんならもっと痛めつけられたら良いのにと思うよ」
「そんなぁ、レイスちゃんまで」
なんかみんな、いつもより風当たり強くない?
男の吸血鬼君やレイス君はなんだかんだと口では言っても、俺の話に一応は耳を貸してくれるし、ゴリ押しすれば結構言うこと聞いてくれたりするのに。
女の子なら、なおさらもっと優しくても良いんじゃないかな。
俺に厳しい女の子なんて、滅多にいないのに。
……いや、待てよ? 一部、俺に厳しい女の子もいるな。
「もしかして吸血鬼ちゃん、この世界だと俺の元カノだったりする?」
そう尋ねた瞬間、俺の頭に鈍い衝撃が走った。
視界がくらみ、ダンジョンの中にいるのにどういう訳か星が見える。
首を傾けると、拳を震わせながら鬼のような表情を浮かべる吸血鬼ちゃんと目が合う。
彼女は俺に噛み付かんばかりの勢いで怒鳴り散らした。
「な訳無いだろ! 殺すぞ!」
「あはは、さすがに違うか……」
「お前のせいでこっちは大迷惑してるの。ふざけた事ばかり抜かしてると、また腹に石詰めて井戸に沈めてやるから」
多分冗談や脅しで言ってるんじゃないな。これ以上怒らせると本当に沈められそうだ。
「ご、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」
彼女をなんとか宥めようと、とりあえず謝ってみる。
だが、今度は真上から俺を責める声が降ってきた。レイスちゃんだ。
「怒るに決まってるでしょ! あんたのせいで大変だったんだからね。この前だってまた狼男の彼女とか言う女がダンジョンに乗り込んできて、吸血鬼の顔の皮剝がしちゃったんだよ!?」
「ああ……なるほど、そういう事」
女吸血鬼がボスを務めるダンジョンに入り浸っているとなれば、事実はどうあれ勘違いする女の子も出てくるのだろう。
女の子は敵対する女の子を攻撃するからなぁ。
どうやら、みんなが男だった時より多くの迷惑をこのダンジョンにかけてしまってるみたいだ。
「皮肉な話だなぁ。嬉しいけど悲しい、妙な気分だよ」
「あんたの気分なんてどうだって良いのよ! ああもう、顔も見たくないわ。捻り潰してやりたいのは山々だけど、あんたの血でドレスが汚れるのすら煩わしい」
「仕方ないね。あまり乱暴な事はさせたくないけど……おーい、ゾンビ君! ゾンビくーん!」
レイス君の言葉に、俺はハッとして体を硬直させる。
確かにレイス君、吸血鬼君、スケルトン君の性別が変わったなら、ゾンビちゃんの性別も変わっていると考えた方が自然だ。
とはいえ、その事実を簡単には受け入れることができない。やや凶暴なダンジョンのオアシス、ゾンビちゃんが男になってしまったなんて。
落胆のあまり、体の力が抜けていくのを感じる。
「嫌だなぁ、そこは据え置きのままが良かっ……た……」
レイスちゃんの呼びかけに応じるように暗闇からぬっと出てきたその男に、俺は言いかけた言葉を飲み込む。というか、驚きのあまり息の吐き方を忘れてしまったのだ。
俺の前に立ち塞がったのは、一言で言えば山だった。
ダンジョンの天井に頭を擦らんばかりの長身、ゴツゴツした筋肉の鎧に包まれた縫い傷だらけの体、ツギハギだらけのタンクトップを纏った大男。
それを見上げて、俺はポツリと呟く。
「えっ……もしかしてあれゾンビちゃん?」
呆然とする俺を置いてけぼりにして、レイスちゃんと吸血鬼ちゃんは平然とその大男に声をかける。
「ゾンビ君、お願いね」
「頼むわよ、少年」
あれが? あの岩山がゾンビちゃん?
あの小さくて可愛いゾンビちゃんは、一体どこへ行っちゃったの?
今日一番の混乱と恐怖の中、俺は二人に向かって必死に訴える。
「いやいや、少年って見た目じゃないでしょ! っていうかなんでゾンビちゃんだけ原型なくなってんの!? いくらなんでもアレがゾンビちゃんなのはちょっと無理あるっていうか――」
「分カッタ。オレ、オマエ、潰す」
大男は地響きのような声でそう呟くと、俺に向かってツギハギだらけの丸太のような腕を伸ばす。
逃げることは困難だった。
なす術なく大男に持ち上げられ、無理矢理彼の太い首に跨がらされる。肩車のような格好になった俺の脚を、大男は強引に引っ張り込んだ。
「ちょっ……い、痛い! なにすんだよ!」
「オマエ、性別違ウ。ココデハ、オマエハ女の子じゃナイとイケナイ。ダカラ、女の子にスル」
「えっ……と。あのう、そ、それはどういう……?」
嫌な予感がする。冷や汗が止まらない。
そして俺を担いだ大男は、俺の予感を肯定するように脚を引く力を強めた。
「痛い痛い痛い痛い! ごめん、ごめんってば! ああああああッ!? 潰れる潰れるッ! 助けてえええぇぇぇッ!」
俺の声がダンジョンに反響する。
痛みがどんどん強くなり、だんだん視界がぼやけていく。
ダメだ。やめてくれ。
心臓でも眼球でも潰してくれて構わない。でもそこだけは、そこだけは!
しかし俺の訴えはダンジョンに虚しく響くばかりで、大男の力は弱まるどころかどんどんと強くなっていく。
そして。
ぶちんと何かが弾ける音がして、なにもかもが真っ白になった。
*******
「――という夢を見てさ。朝からもう気分最悪だよ」
話し終えると、吸血鬼君は紅い目を細め苦い表情を浮かべる。
「気分最悪、はこちらのセリフだ。誰の許可を得てそんな気色の悪い夢を見ている。出演料取るぞ」
「あはは。吸血鬼“ちゃん”になら払ってもいいけど、吸血鬼君にお金使いたくないなぁ」
俺は吸血鬼君の姿を眺めながらそう答える。
黒いドレスではなく、いつもの貴族みたいな派手な服。もちろん履いているのはスカートじゃなくズボンだ。髪は短いし声も低い。
彼は長い脚を組み、腕を組んでいつもの威圧感を放つ。ここは吸血鬼“ちゃん”と変わらないな。
「で、わざわざ夢の報告をしにこんなところまで来たのか? 用が済んだなら帰れ」
「そんな訳ないじゃーん。実はさぁ、お願いがあって」
吸血鬼君は俺の言葉に露骨に嫌な顔をする。
でもなんだかんだで俺の話聞いてくれるんでしょ?
アンデッドのみんなが男で良かったような残念なような。不思議な気分を噛み締めながら、俺はダンジョンの暗くてジメジメした空間を見回す。
あ、もちろんゾンビちゃんは女の子でオールオーケーだけど!




