150、アンデッドVSエイリアン
スポットライトのごとくダンジョンを照らす光の柱。
日向に入らないよう注意深く位置を調節して天を仰げば、青い空を鳥が横切って行くのが見える。
まさかダンジョンにいながらこんな景色を目にすることができるとは。
まぁ、呑気に空なんか見ている場合じゃないのだが。
「あーあ……どうすんだよ、この穴……」
ダンジョンの天井に開いた、巨大な穴。事情を知らない者が見たらトロールが尻餅でもついたのかと考えるだろう。
だが、事態はもっと深刻だ。
「おーい、レイス! 早くこっちに来てくれ!」
下の穴から聞こえてくる吸血鬼の声。
ダンジョンに空いた穴は一つではない。天井にも、地面にも、さらに下の階の地面にも、さらにさらに下の階の地面にも。ダンジョンを貫くように穴が続いている。
「なんか、吹き抜けができたみたいだね」
穴を降りながら言うと、ダンジョン最下層で待ち受けていた吸血鬼が呆れたようにため息を吐いた。
「なに暢気なことを言っているんだ。それより、上はどうだった」
「上層階からは空が見えたよ。光が入って危ないから、あんまり近付かない方が良いね」
「やはり“上”から落下してきたのか。全く、いい迷惑だ」
俺たちは天井に開いた穴の真下へと視線を向ける。
銀色に光る巨大な物体。ちょうど灰皿をひっくり返したような形をしたあの金属の塊こそ、ダンジョン各階に穴を開けた犯人である。
「しかし天井から最下層まで突き抜けるって、どんな速度で落ちてきたんだ」
「すーっごい高いところから落下してきたとか?」
「なんだ、凄い高いところって」
「空の上とか」
「なんだ、空の上って」
「分かんないけど……」
どうして良いか分からず、俺たちは意味があるんだかないんだか分からないような話をしながらぼんやりと鉄の塊を眺める。少し熱を持っているのか、その塊から蒸気のようなものが上っている。
「ナニナニ? オイシイ? オイシイ?」
騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。暗闇の中から、ゾンビちゃんがこちらへ疾走してくるのが見える。
問題は、彼女が俺たちを追い越して鉄の塊へと向かっていった事である。
「熱そうだし、あんまり近付かないほうが――」
俺が言い終わるより早く、ゾンビちゃんがそのツギハギだらけの脚を止める。だが、彼女はなにも俺の忠告を聞き入れたわけではない。
金属の塊から伸びた銃身がゾンビちゃんに向けられたからである。
「イタッ!」
ゾンビちゃんが後ろにのけぞるようにして倒れこむ。
銃声も聞こえず弾丸も見えなかったが、どうやら撃たれたらしい。
「だから言ったのに! ほら、早く離れて」
「ウウ……」
さすがのゾンビちゃんも眉間に皺を寄せ、腹を押さえながら地面を這うように鉄の塊から退避する。
まさかあの塊が攻撃手段を持っているとは。何らかの罠の一種だろうか。とにかく、これからはより慎重に対処していかねばならない。
と、考えたのも束の間。
どういう仕組みなのか、その物体の上半分が突如透明に変わった。まるで金属がガラスに代わってしまったかのようだ。
おかげで内部が良く見える。中は、まるで一人乗りの船のようだった。舵はないが、いくつものレバーやボタン、ランプなどがあちこちに付いている。
そしてそこには、この変わった形の船に相応しい変わった乗組員も乗船していた。
一言でいえば「銀色の子供」だ。
小さな体躯、スケルトンよりも細い腕、大きな頭、蛇のような鼻、ナイフで切ったような唇のない口、顔の大部分を占める巨大な黒い目。なによりも異質なのはその肌だろう。まるで銀箔を纏ったようにツヤツヤと光っている。
「なんだあれは。新手の魔獣か?」
「いや……あれ……もしかしてエイリアンじゃ……」
「鋭利暗? 恐ろしい名前の魔獣だな」
俺の言葉に、吸血鬼はピンとこないように首を傾げる。
エイリアンらしきその生物は長い指で制御盤を叩きながら、備え付けられたマイクに向けて口を開く。
キイキイという金属音に似た声に被せるようにして、無機質な機械音声がダンジョンに響いた。
「ア、ア、アー……ワタシノ言葉分カルカ」
「うわぁっ!? 喋った!?」
「原住民ト接触、翻訳プログラム動作良好、意思疎通可」
エイリアンは再び手元に視線を移し、制御盤を操作する。
一体なにが起きているのか、全く理解することができない。それは吸血鬼も同じらしく、怪訝な表情をこちらへ向けて困惑したように言う。
「な、なんだ? アイツ、一体なにをしているんだ?」
「こっちが聞きたいよ……まぁ、少なくとも俺たちと友好的な関係を築きに来たわけじゃなさそうだね」
エイリアンがスイッチを押したりレバーを引いたりする度、船から銃身のようなものが伸びてこちらへと向けられる。
そうじゃなくとも、すでに一人撃たれている仲間がいるのだ。俺は足元にうずくまるゾンビちゃんにそっと声をかける。
「ゾンビちゃん、撃たれたところどんな感じ?」
「ウウ……ナンカ、ヘンな感じ」
人一倍痛みに強いゾンビちゃんが、顔を顰めながら腹をさすっている。
かなり小さな弾丸だったのか、血は出ていないようだが。
とにかく、奴は我々にとって全く未知の存在。使う武器も戦闘力も、目的すら分からない。
しかし幸か不幸か、とりあえず言葉は通じそうだ。俺は勇気を出し、あの生物と交流を図るべく声を上げる。
「えーと、この星に……というかこのダンジョンに一体何の用?」
しかし必死に振り絞った俺の勇気と言葉はあっさりと流されてしまった。
エイリアンはこちらを見もせず、制御盤を叩き続けている。
「無視かよ……」
「どうするレイス、こちらから仕掛けるか」
吸血鬼が鋭い視線をエイリアンに向けながら、俺にそっと耳打ちをする。
だが、俺は少し考えて首を振った。
「攻撃パターンも分からないのに、なんの準備もなく攻撃するのは危険だよ。とりあえず様子を見つつスケルトンたちに囲ませて――って、ちょっと!」
言い終わらないうちに、俺はまたしても制止の声を上げる羽目になった。
ゾンビちゃんが地面を蹴り、再びエイリアンに向かっていったからである。
「ゾンビちゃん俺の話聞いてた!?」
「オナカキモチ悪い。アイツ、ムカつく!」
よほど腹に据えかねたのだろう。
ゾンビちゃんは怒りの声を上げながらエイリアンの乗る船に駆け寄り、それに殴りかかろうと拳を握り締める。
しかし拳が届く範囲にたどり着くより早く、宇宙船からヌッと出てきた金属製らしきアームがゾンビちゃんの体を摘まみ上げた。
「ウググググ……」
宇宙船から続々と細いアームが伸び、蛇のようにゾンビちゃんの体に巻き付いて彼女を拘束する。
しかし流石はゾンビちゃん。ミノムシのようにされてもなお、アームの拘束から逃れた右腕を振り回して抵抗を続ける。
ゾンビちゃんの拳は未知の生物の操る金属製アームにも有効であるらしい。すでに数本のアームがへこんだり折れたり千切れたりして使いものにならなくなっている。
だが、残念ながらそれも長くは続かなかった。
次に船から伸びたアームの先端には、巨大なハサミが付いていたのである。アームは唯一自由の利くゾンビちゃんの右腕を何の躊躇いもなく切断した。
「ギャッ!?」
ハサミ付きアームはゾンビちゃんのツギハギだらけの腕を掴んだまま、機体の中へと戻っていく。
ものの数秒後、ゾンビちゃんの腕は細長い透明のカプセルに収められてエイリアンの手へ渡った。エイリアンはカプセルをひっくり返したり逆さまにしたりして眺めながら、またも無機質な機械音声を響かせる。
「対象ノ組織片ヲ入手。主成分はアミノ酸。ヤヤ変質ガ見ラレル。他、リン酸カルシウム、鉄、ナトリウム等」
ゾンビちゃんの体を調べるのが目的か。
腕だけならともかく、もしもあの腕のようにゾンビちゃんを機内に連れ込んで、そのまま飛び去ってしまったら――
俺は慌てて吸血鬼に目を向けるが、彼はどういうわけかその赤い瞳を輝かせながらエイリアンの乗る船を見つめていた。
「なんだあの機械。少し……カッコイイな……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 今のでなんとなく攻撃方法分かったでしょ、ゾンビちゃん助けて!」
「分かった分かった」
吸血鬼は渋々といった風に返事をしたが、その動きは俺でも目で追うのに苦労するほど素早かった。
風のようにゾンビちゃんに近付いた吸血鬼は、地面を蹴って飛び上がり、船から伸びたアームを回し蹴りで引き千切る。
「クソッ、硬いな。あとは自分でやれ!」
軽いフットワークで襲い来るアームを避けながら、吸血鬼はゾンビちゃんに向かってそう声を上げた。
ゾンビちゃんは体に巻き付いたアームの隙間をこじ開けるようにして左腕を伸ばす。そして彼女の自由を奪うアームを掴み、その細腕一本で残ったアームを機体の根元から引き抜いてみせた。
「超合金腕ガ! クッ……!」
エイリアンが慌てたように制御盤を叩いた。新たなアームが次々と機体から伸び、ゾンビちゃんに向かっていく。
しかしゾンビちゃんは自らの体に巻き付こうとするアームを一本一本丁寧に潰しながら、少しずつ船へ向かっていく。
やがて間合いに入ったゾンビちゃんは、拳を固く握りしめてガラス越しにエイリアンを殴りつける。
「ヒアッ!?」
ゴンッ、という音を立てて船が大きく揺れる。その衝撃に恐怖したのだろう、機械音声の悲鳴がフロアに響く。
しかし船を覆うガラスはかなり頑丈そうだ。ゾンビちゃんの腕をもってしても傷一つ付いていない。
ガラスが破れるのが先か、ゾンビちゃんが疲れて音を上げるのが先か、それとも機体の揺れにエイリアンが音を上げるのが先か。
すでにエイリアンはアームを出すことすら諦め、頭を抱えて震えている始末だ。
「凄い、形勢逆転だね!」
「……待て、なにか変じゃないか?」
「え? ああ、やっぱり左腕だといつもとパンチのフォームと違う?」
「そうじゃなくて……腹が……」
吸血鬼に促され、ゾンビちゃんの方に視線を向ける。
ワンピース越しでも十分に分かる。どうして今まで気付かなかったのか。彼女の腹部は、ちょうど臨月の妊婦のように大きく膨らんでいた。
「ほ、ほんとだ……なにあれ」
どうなっているのか。一体何によって膨れているのか。
ゾンビちゃんが拳を振り抜こうと構えた瞬間、膨れた腹が大きく波打った。
「ウッ……」
ゾンビちゃんらしくもない、ヘナヘナと落ちていくような拳。それに引っ張られるように彼女自身も前のめりに倒れ込む。
あれほど激しかった揺れが収まった事を不審に思ったのか。エイリアンがゆっくりと体を起こし、恐る恐るといった風にガラス越しにこちらを覗き込む。
地面に横たわったゾンビちゃんを見るなり、ヤツの様子が変わった。
「ケケケケケ」
三日月形に口を曲げ、細かい金属音を上げる。
もしかして、笑ってるのか?
「まさか、あの時の弾丸……!」
「ウ、ウゥ……ウウウゥゥゥ……」
腹が膨れていく。どんどんと腹が膨れていく。ダメだ、これ以上は。
しかし俺達にはなす術もなく、やがて限界を迎える。
それはまるで「びっくり箱」のようだった。
しかしゾンビちゃんの腹から血飛沫と共に勢いよく飛び出したのは、ピエロの人形ではなく、鱗のない蛇に似た、血塗れの生物。
「それ」は細かな歯がびっちり並んだ巨大な口を開け、屠殺時の豚のような産声を上げる。
あまりにグロテスクな姿に、俺たちは思わず短い悲鳴を漏らした。
「うわっ、なんだあれは!?」
「き、気持ち悪い……」
ずるずるとゾンビちゃんの腹から這い出る鱗の無い蛇。
一体どれくらいの長さがあるのか。その尻尾は未だゾンビちゃんの腹の中に埋もれたままだ。
その様を眺めながら、エイリアンは満足げに口を開く。
「孵化確認、発育良好。コレヨリ、生物兵器“ベリーブレイカー”養殖計画ヲ実行スル!」
“養殖計画”
エイリアンの言ったその言葉に、もうとっくに血なんか流れていないはずの体から血の気が引いていくのを感じる。
「まさか、この星の人間を餌に!?」
恐らく、船に付いた銃器からゾンビちゃんに撃ち込まれたのが、あの生物の卵かなにかだったのだろう。
目視するのが困難な程の大きさから、内臓や肉や血液などを餌にして腹部には収まらない程のサイズにまで成長したのか。それも、この短時間で。
あんなのが繁殖したら……この世界はおしまいだ。
内臓をかき混ぜられ、腹を食い破られれば、いかに屈強な戦士でも数秒と持つまい。
「ケケケ、ケケケケ……ケ?」
だが、それは人間に限った話だ。
「ウウ……オナカ痛イ。オナカ痛イ!」
ゾンビちゃんが勢い良く上体を起こす。彼女の鋭い視線が、腹から飛び出した蛇を捉えた。
血に塗れた蛇を鷲掴みにし、身をくねらせて逃げ出そうとするそれを手繰り寄せる。
睨み合うゾンビちゃんと蛇。蛇はゾンビちゃんを威嚇するように口を大きく開け、びっちり生えた細かな歯を見せつける。
「ピギーッ!」
だがゾンビちゃんは蛇の頭を握りしめ、その口を強引に閉じさせる。
そして次の瞬間、彼女は蛇の頭を自らの口に押し込んだ。
「ピャッ――」
蛇の頭に歯を押し当てる。ガリッ、と音がして、蛇はそれっきり動かなくなった。ゾンビちゃんの唇を青い血が染める。顎を伝い、零れ落ち、ワンピースを染める。
彼女の蛇を手繰る動きは一向に止まらない。どんどんと咀嚼し、飲み込み、その肉を食らう。
一度は腹から飛び出したその生物を、彼女はもう一度腹の中に収める気らしい。
「正気かアイツ?」
「なにも食べなくても……さすがにお腹壊すんじゃ?」
その奇妙な光景に俺たちは思わず顔を引き攣らせる。
だがヤツの困惑っぷりは俺たち以上らしい。
「バ、バケモノ……!?」
黒い目を見開き、唇の無い口をへの字に曲げるエイリアン。
きっとヤツは腹が裂け、内臓を露出させながら食事する生物を見たことがないのだろう。
「母体ノ生命活動停止セズ、“ベリーブレイカー”ヲ捕食! 繰リ返ス、母体ノ――ヒイッ」
蛇を食べ終えたゾンビちゃんは、口周りに付いた青い血を舐めながらフラリと立ち上がる。その視線は既にエイリアンに向けられていた。
「次はオマエ食ベる」
腹の穴から内臓を覗かせながら、ゾンビちゃんはゆっくりと船に向かっていく。
恐怖に縮み上がるエイリアン。しかし、ヤツは引き攣った顔に無理矢理笑みを乗せて言う。
「コノ宇宙船ハ超硬化ガラスニ覆ワレテイル。大気圏ノ熱ニモ、隕石ノ衝撃ニモ耐エル素材ダ。オ前ラガ逆立チシテモ作レナイシ、壊ス事モデキナイ!」
半ば自分に言い聞かせるように、エイリアンはベラベラと船の頑丈さを説く。
ヤツの大きな瞳には、目の前に迫るゾンビちゃんしか映っていないに違いない。細長い透明のカプセルが空になっている事に、ヤツは気付いてすらいないのだ。
もちらん、切り取られ、船内に持ち去られたゾンビちゃんの右腕が、蜘蛛のように制御盤の上を這っている事にも。
「死ナナイノハムシロ好都合ダ。餌ノ再利用ガデキ――」
右腕が指で制御盤を蹴り、大きく飛び上がる。彼女の小さな手は、同じく小さいエイリアンの顔にピタリと吸い付いた。
「ア……アアアアアッ!? 緊急事態、緊急事態! 緊急脱出ヲ――」
エイリアンが制御盤に付いた一際大きな赤いスイッチを叩き押す。
それとほぼ同時に、バキッという音と共にエイリアンの頭にゾンビちゃんの指がめり込んだ。
「ア……」
蛇と同じ青い血を流しながら、制御盤に突っ伏すエイリアン。
その拍子に、制御盤に付いたなんらかのスイッチを押してしまったらしい。
船の上半分が再び不透明な金属に変わり、中が見えなくなる。下部からは炎が上がり、轟音を立てながら船が打ち上がった。
あとに残ったのは、焦げた地面と、新たに開いた天井の穴。
俺たちは揃って天を仰ぎ、空に消えていく船を眺める。
「あー、また穴が……どうしようこれ」
「腹に穴が開くより良いだろ」
「ウウ、銀色食ベ損ネた……」




