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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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144、ゾンビちゃんはこんらんしている!

 




「一体何があったんだ……」


 姿を見せるなり、吸血鬼はそう呟きながら目を見開いて体を硬直させる。

 まぁそれも無理からぬことだ。というか、突然その光景を見せられて状況を理解できる者などいないだろう。

 吸血鬼の視線の先――もがくスケルトンの動きを封じるようにその肋骨に腕を回し、一心不乱に彼の胸骨を齧っているゾンビちゃんを見て、俺は苦笑いを浮かべる。


「『混乱』が解けなくて困ってるんだよ」


 今やほとんど骨になって通路の隅に横たわっている冒険者。このような混沌とした状況が生まれたのは、ヤツがゾンビちゃんに混乱の魔法をかけたせいなのだ。結局冒険者はゾンビちゃんを混乱させることには成功したものの、混乱したゾンビちゃんに殴り殺されることで命を落とした。

 それだけなら良かったのだが、術者がいなくなっても、そして術者が食い尽くされて骨になっても、ゾンビちゃんの混乱はまだ治らないのである。


「とりあえず、スケルトンを助けてあげてくれるかな」


 スケルトンの縋るような視線に耐え兼ね、俺は吸血鬼にそうお願いをする。もう10分もあの状態でゾンビちゃんの攻撃に耐えているのだ。その体はゾンビちゃんの甘噛みのせいでヒビだらけ。恐怖からか、彼の歯は先程から細かいリズムを刻み続けている。もし彼に涙腺があれば、今頃顔中ビシャビシャになっていたに違いない。


「全く、なんで僕が……」


 ブツブツと文句を言いながらも、吸血鬼はスケルトンに絡むゾンビちゃんにゆっくりと近付いていく。そして彼はすわった眼でがりがり骨を齧るゾンビちゃんの腕に手を伸ばした。


「もうやめろ小娘。そんなもの齧ったって腹の足しにもならな――」

「うなああっ」


 吸血鬼の手が触れるや否や、ゾンビちゃんは齧っていたスケルトンを突き飛ばし、奇声を発しながら拳を振り上げて吸血鬼に襲いかかった。

 しかし混乱しているゾンビちゃんの攻撃は大ぶりで、動きも鈍い。吸血鬼にかわされ、行き場を失った彼女の拳は死にかけたハエのようなヘロヘロした動きで壁に衝突していった。

 とはいえ、混乱中でもその怪力は健在であるようだ。無残にひび割れた壁に息を呑み、俺たちは互いに顔を見合わせる。


「暴れられると厄介なんだよね」

「そのまま齧らせておけば良かったな」


 ゾンビちゃんは壁にめり込んだ拳を引き抜き、焦点の定まらない目をこちらへと向ける。

 今の彼女は明らかに正気じゃない。次の瞬間、何の前触れもなく俺たちに襲い掛かってきたとしても不思議ではない。暴れまくってダンジョンの壁を破壊する可能性だってある。

 俺たちはゆっくりとゾンビちゃんから後退りしつつ、彼女の襲撃を想定して身構える。

 しかし次の瞬間、彼女が手を伸ばしたのは俺たちでもダンジョンの壁でもなく、己が身に纏った血塗れのワンピースであった。


「ベトベトするぅ、ベトベトするぅ」


 ゾンビちゃんは眉間に皺を寄せながら身をよじり、袖口から腕を引き抜こうとする。


「なにをやっているんだ、アイツは」


 吸血鬼が怪訝そうな表情を浮かべて呟く。

 うまく腕を引き抜けなかったらしく、ゾンビちゃんはぐずる子供のように声を上げながら、次にワンピースの裾へ手を伸ばす。

 ……まさか、服を脱ぐ気か。


「ダメダメダメ! みんな押さえて!」


 俺の声とほぼ同時に、後退りしていたスケルトンが一斉にゾンビちゃんに飛びかかった。

 ゾンビちゃんは一瞬で骨の山の下敷きとなったものの、その程度で彼女の動きを完全に封じることはできない。積み重なったスケルトンを次々投げ飛ばし、ゾンビちゃんを押さえつける山はどんどん小さくなっていく。


「このまま暴れられると不味いね……仕方ない。スケルトン、もう一度あれを!」


 俺の合図を受け、後方で見守っていた一体のスケルトンがゆっくりとゾンビちゃんに近付いていく。そして彼は飛んでくる骨を避けながら、子供の頭ほどもある茶色い塊を高く掲げた。


「ほーら、見てよゾンビちゃん。肉だよー」


 俺が声を上げるや否や、ゾンビちゃんの手がピタリと止まった。彼女はスケルトンを投げ飛ばすことを止め、骨の山からのそのそと這い出てスケルトンから肉を受け取る。


「オシシイ、オイシイ」


 ゾンビちゃんは相変わらず虚空を見つめながら、食欲以外のすべての欲求や感情を失ってしまったかのように一心不乱に肉にかぶりつく。


「食べてる間は落ち着くんだよね」

「……それで冒険者も食わせたのか」


 吸血鬼は怒りの混じった冷ややかな笑みを浮かべながら、食べ散らかされ、ほとんど骨となった冒険者を指さす。吸血鬼の取り分であるはずの血液は、無残にも地面に吸われ、大きな染みを作っていた。


「ごめんごめん。混乱したゾンビちゃんが食べ始めちゃって、もう止められなかったんだよ。結構いっぱい食べてるはずだし、満腹感が刺激になって目が覚めると良いんだけど……」


 すっかり小さくなった肉片を口に放り込むゾンビちゃんを、俺は祈るような気持ちで見つめる。最後の一口を咀嚼し、飲み込んだその時。


「ハッ!」


 その大きな目を見開き、ゾンビちゃんが動きを止めた。


「おっ、目が覚めた!?」

「……ックショイ」

「ダメか……」


 俺はゾンビちゃんのくしゃみに負けないほどの大きなため息を吐く。ゾンビちゃんに与えた肉は、これでもう何個目になるだろう。肉はゾンビちゃんを落ち着かせるのには絶大な効果を発揮するが、彼女の混乱を解く効果はないのかもしれない。

 盛大なくしゃみに俺とスケルトンが肩を落としている中、吸血鬼が勇ましく、そして冷徹な声を上げた。


「そんなもの与えて甘やかしてるからダメなんだ」


 ゾンビちゃんの前に歩み出た吸血鬼は、手に太い鎖を持ち、その青白い顔に不敵な笑みを携えている。


「狂犬には肉より鎖をくれてやる」


 吸血鬼はそう言って、手に持った鎖をジャラジャラ鳴らしながらゾンビちゃんを捕らえる準備を進めていく。

 スケルトンたちでは太刀打ちできないが、吸血鬼なら彼女を拘束することもできるかもしれない。そうすれば彼女の扱いがもっと簡単になるし、なによりこれ以上肉を消費しなくて済む。

 俺たちは期待感を胸に、鎖を手にした吸血鬼を見つめる。

 彼はまるで野生動物に近付くハンターのようにそろりそろりとゾンビちゃんに近付いて行った。


「大人しくしてろよ……」

「ナニスルの!」


 吸血鬼が鎖をかけようとした瞬間、それを咎めるゾンビちゃんの怒声がダンジョンに響き渡った。ゾンビちゃんの思わぬ反応に、吸血鬼は呆然として動きを止める。


「女の子を縛り付けるナンテ良い大人のヤルコトなの!?」


 ゾンビちゃんは吸血鬼をまっすぐ見つめながら、厳しい口調で彼の行為を問いただす。

 想定外の理性的な反撃だ。吸血鬼は困惑したように視線を泳がせながらも、なんとか反論しようと口を開く。


「な、なんだ急に……お前が暴れるのが悪いんだろう。だいたい、こんな無茶苦茶しておいてなにが女の子だ。これが女の子の食べる量か」


 吸血鬼はそう言って、ほとんど骨となった冒険者の亡骸を指差す。

 するとまたゾンビちゃんの雰囲気が一変した。


「ショウがナイじゃんゾンビだもん」


 ゾンビちゃんは消え入りそうな声でそう呟くと、目元に手を当てて「エーン」と泣き出してしまった。

 腕を引きちぎられても汗一つかかないゾンビちゃんが、まさか涙を流すとは。俺はどうして良いか分からず、ゾンビちゃんの周りをおろおろ動き回ることしかできない。


「ど、どうしよう。泣いちゃったよ」

「君は本当にポンコツだな。よく見ろ」


 吸血鬼は呆れたように言いながら、ゾンビちゃんの顔を指さす。

 目を凝らしてよくよくゾンビちゃんを見てみれば、その目からは涙など出ておらず、手の隙間からしっかりとこちらの様子を窺っていた。


「……なんだ、ウソ泣き?」


 俺は安堵と驚きから、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 吸血鬼は特に驚くような素振りも見せず、うんざりしたように首を振った。


「こんなのに騙されるな。小娘の涙腺なんてとっくに腐り落ちてるに決まってるだろ」

「チョットそこ座リナサイ」

「は?」


 吸血鬼は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにゾンビちゃんを見やる。

 彼女は下手な泣き真似を止め、ほとんど無表情で吸血鬼を見つめていた。そして彼女は蒼い人差し指で地面を指し、もう一度口を開く。


「ハヤク!」


 その勢いに気圧され、吸血鬼は渋々ながらゾンビちゃんの前に腰を下ろす。

 やはりゾンビとはいえ、彼女も女の子だ。「腐ってる」なんて言われるのが我慢できないくらい嫌だったのだろうか。

 ゾンビちゃんは吸血鬼を真っ直ぐに見つめながら一呼吸起き、そして子供を叱る父のような激しい口調で言った。


「仲間にポンコツとはナニゴトだ」

「……そっちか」


 俺は思わず苦笑いを浮かべて呟く。

 そういえば敵や味方に説教しだす、というのも混乱中によく見られる行動であった。

 ゾンビちゃんは淡々とした口調で吸血鬼への説教を続ける。


「ソノ人を小馬鹿にシタ態度ドウニカしてよ」

「ああもう、面倒だな……」

「面倒とはナンダ! イツモイツモ都合が悪いとソウヤッテ面倒で済マスから――」


 この説教は長くなりそうだ。

 吸血鬼はゾンビちゃんの説教を右から左へ受け流しながら、近くにいたスケルトンが腰につけた袋を素早くぶんどる。

 そして彼は袋の中から巨大な肉塊を取り出し、説教を垂れ流すゾンビちゃんの口にそれを突っ込んだ。


「まぁまぁ。これでも食べて落ち着け」


 ゾンビちゃんの口を物理的に封じ、吸血鬼は強引に説教を中止させた。

 そのあまりに乱暴な行動に文句を言うということもなく、ゾンビちゃんは嬉しそうに肉を咀嚼している。


「なんだよ、結局肉渡しちゃってるじゃん」


 ゾンビちゃんから早々に逃げ帰ってきた吸血鬼にそう声をかけると、彼はバツの悪そうな表情を浮かべて口を尖らせた。


「仕方ないだろ。あんなの想定外だ」

「まぁ、混乱してるにしては結構正論だったね」


 獣のように暴れているならともかく、真正面から理路整然と正論を言われては拘束もやりにくい。

 どんどん小さくなっていく肉塊を眺めながら、吸血鬼はお手上げとばかりに大きなため息を吐いて頭をかく。


「で、どうしたら良いんだ。冒険者はどうやって混乱を治してる?」

「しばらく放っておけば大抵は治るんだけどね。ダメなときは……荒治療だけど、軽く攻撃して刺激を与えてみるとか」

「そうか。それが正攻法なんだな?」

「混乱を治すアイテムってあんまり売ってないからね。放っておくか殴るか、それくらいしか方法がないんだ」

「なるほどな。女に手を上げるのは気が進まないが、混乱を解くためだ。仕方あるまい」

「……もしかしてさっき言われたこと気にしてる? 予防線張らなくていいよ」


 やるなら肉に注意が向かっている今がチャンスだ。吸血鬼は準備運動とばかりに肩を回しながら再びゾンビちゃんに近付き、そしてパーの形にした手を振り上げる。腰の捻りをくわえたフルスイングのビンタが、唸りを上げながらゾンビちゃんの頬に向かって放たれた。

 しかしゾンビちゃんは肉を頬張りながら上半身を倒し、吸血鬼の攻撃をサッと躱す。


「……あれ?」

「ん?」


 吸血鬼はキョトンとした表情で派手に空振った自分の右手とゾンビちゃんとを見比べる。

 ゾンビちゃんはというと、時折吸血鬼の方をチラリと盗み見ながら、視線をあらぬ方向に向けて肉を食べ続けている。


「……混乱しているにしては冷静な身のこなしだね」

「ああ、混乱してるにしては……な!」


 吸血鬼は勢い良くゾンビちゃんの首を鷲掴みにし、そのまま彼女を持ち上げて宙吊りにする。


「お前、もう混乱解けてるだろう!」


 ゾンビちゃんは吸血鬼の剣幕に動揺する素振りも見せず、すっかり小さくなった肉を口に放り込んで飲み込み、満足気な笑みを浮かべる。


「へへへ」

「ま、待ってよ。なんでまたそんな事――」

「肉だ! 肉に決まってるだろう! ヤツにはそれ以外ない」

「え……えええ! もしかして俺たち、また騙されたの……?」


 ゾンビちゃんの策略にようやく気付き、俺は思わず頭を抱える。俺たちはまんまと彼女に騙され、肉を搾り取られていたのだ。

 ゾンビちゃんの混乱がどの段階で解けていたのか、俺にはもはや知りようもないが、俺たちはゾンビちゃんが暴れる度に肉を使って彼女を宥めていた。それはもう、何度も何度も。

 そのせいで頭が良くなり、彼女は学習してしまったのだろう。混乱状態のまま暴れることで肉を得られる、と言う事を。


「よくも騙したな! やはりお前には鎖がお似合いだ。土の中で反省しろ」


 吸血鬼は吐き捨てるように言うと、スケルトンに穴掘りを命じながらゾンビちゃんに重く太い鎖を巻き付けていく。

 しかし鎖で拘束されても、細い首が軋むほど締め上げられても、ゾンビちゃんの表情はそのまま眠ってしまいそうなほど安らかだ。先程までとあまりに違うその様子に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。


「結局、混乱させられてたのは俺達の方だったね」



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