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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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142、はじめてのりゅうがく 冒険編




 久方ぶりの肉体や不慣れな環境や小さなトラブルに苦しめられながらも、スケルトンは順調に森を抜け、草原を歩き、馬車を乗り継ぎ、そしてとうとう世界有数の商業都市、リヴァーブルグへと足を踏み入れた。

 スケルトンはダンジョンでは決して見られない大量の人間たちにおののき、大きな建造物に口をあんぐり開けたりしながらあちこちに視線を向けている。

 見た目は完全に田舎から出てきた無害な観光客。スケルトンの正体に気付くどころか、彼に視線を向ける人間すらいない。彼は今、完全にリヴァーブルグの風景と一体化していた。

 世界でも有数の商業都市に目を丸くしていたのはなにもスケルトンだけではない。会議室にはますます多くのアンデッドが集まり、壁に映し出されたリヴァーブルグの壮大な景色に歓声を上げている。


「ニク! ニク食ベル!」


 壁に映った大量の人間に興奮したのだろう。ゾンビちゃんが声を上げ、壁に映った行き交う人間に襲い掛かる。しかしそれはあくまでただの光の塊。

 ゾンビちゃんは鈍い音を立てて壁にぶつかり、彼女の手はいたずらに壁を搔くばかり。


「アレ? アレ?」

「そこをどけ小娘、邪魔だ」


 指を擦り減らさんばかりに壁を掻きまくるゾンビちゃんの首根っこを掴み、吸血鬼は彼女を強引に地面へ座らせる。

 壁には再び、商業都市の素晴らしい街並みが映った。街には運河が血管のごとく張り巡り、あちこちに美しい橋が架かっている。世界中から集められた商品がこの運河を通って街中の市場や商店へ卸されているのだ。


「やっぱり綺麗な街だなぁ」

「それで、ここからはどうするんだ」

「ここまで来ればダンジョンは目前だよ。大河に沿うようにして山を登っていくんだ。馬車が出てるから途中まではそれに乗って、あとは半日も歩けば到着」

「……それのどこが目前なんだ」


 こうして喋っている間にも、スケルトンは浮遊霊のごとくリヴァーブルグを歩き回る。俺たちがこの会議室からどれだけアドバイスしようと、どれだけ意地汚く野次を飛ばしたとしても、ダンジョン外にいるスケルトンには聞こえないのだ。

 つまり、スケルトンが乗り合い馬車を探そうともせず、好奇心のままリヴァーブルグを彷徨っていることに俺たちは何も言えないのである。


「完全に観光客だね。見た目だけじゃなく」


 俺は思わず苦笑いを浮かべながら観光を楽しむスケルトンを見守る。

 しかし俺たちだってスケルトンを通して見るリヴァーブルグ観光が決して嫌なわけではない。会議室に並んだたくさんの椅子を埋めるスケルトンたちの洞穴のような眼窩には、普段あまり見せない好奇心にあふれた輝きが宿っている。

 恐らくその光は壁に映し出されたスケルトンにも宿っているのだろう。

 だからだろうか。光に集まる虫のように、人混みの中から怪しげな男がぬるりと這い出てスケルトンへ近付いてきた。


「……見るからに胡散臭そうな輩だな」

「うーん、たぶん観光客狙いの押し売りだね」


 その男は能面のような笑みを浮かべながらスケルトンに薄汚れた大きな宝石箱を差し出す。随分パーソナルスペースの狭い男だ。獲物を逃がさんとするムカデのようにスケルトンの体に引っ付き、宝石箱の中のアクセサリーの数々を勧めているらしい。ジュエリーショップで売っているような物に比べれば随分安いが、それがなおさらに怪しい。しかも男がスケルトンにより強く勧めてているのは、宝石箱の中で最も高価な商品、燃えるような緋色のルビーが輝くネックレスである。


「大丈夫かなぁ。あんなの十中八九偽物なのに」

「まさかあいつ、あれを買ったりしないだろうな?」


 吸血鬼は頬を引き攣らせながらそれを見守る。

 確かに、スケルトンはそのルビーを買えるだけの金を持っているのだ。もちろんそれを購入してしまえば財布の中身はすっからかんである。みんなのお土産はもちろんのこと、乗り合い馬車に乗る金だってなくなるのだ。

 無視して行ってしまえば良いのに、スケルトンは律儀に男の差し出した商品を眺めている。


「買うなよー、買うなよー、頼むから……」

「スケルトンって押しに弱い方なのか? それとも、意外と宝石に目がない方だったか?」

「どうかな。そんな事ないように思うけど……で、でもダンジョンの外のスケルトンを俺は知らないし……」


 俺たちは祈るように壁に映し出されたスケルトンを見つめる。

 声は聞こえないため、あの胡散臭い男がどんなことを話しているのかは定かではない。しかし口の動きから、男が何かべらべら話しているのは確実だ。

 男の口説き文句に落とされたのだろうか、スケルトンはとうとう、男の持つ宝石箱に手を伸ばした。


「ああっ、不味い!」

「ダメだダメだ、やめろやめろやめろ……!」


 壁一面に胡散臭い男の胡散臭い笑みが浮かぶ。この笑みは、先ほどまでの能面のような笑みとは違う。これは狩りに成功した狩人の目だ。

 しかし次の瞬間。男の胡散臭い笑みが、波が引くようにして消えた。

 真顔の男と共に壁に映っているのは、緋色の宝石――いや、宝石と呼ぶのもおこがましい赤い石の付いた骸骨のキーホルダーだ。あまり魅力的とは思えないキーホルダーと引き換えとばかりに、スケルトンは僅かな小銭を男へと渡す。

 男はしばらくの間あっけにとられたような表情を浮かべていたが、とうとう苦笑いを浮かべながらそれを受け取った。


「……ま、よくよく考えればスケルトンが宝石なんかに心を奪われるはずないな」

「うん……スケルトンの感性が独特で良かった」


 骸骨キーホルダーを購入したことでスケルトンの購買欲に火が付いたのだろう。スケルトンは財布を手に市場を物色することにしたようだ。

 吸血鬼が頼んでいたスライム印の整髪料を皮切りに、彼は次々俺たちへのお土産を手に取っていく。

 俺へのお土産には解剖学の本を選択したらしい。表紙を飾り、挿絵にもなっている緻密な骸骨のイラストが彼の目を引いたのだろう。完全に表紙買いだ。

 さらに普段から真剣を扱っているのになぜか木刀を購入し、誰も食べられない骨の形のキャンディーを購入し、何が気に入ったのか、骨を咥えた木彫りの狼を購入し、スケルトンはそれを大事そうにリュックにしまい込む。


「なんというか……スケルトンのセンスは少々独特すぎるな。土産に服を頼まなくて良かった」


 先程買ったばかりのドクロ柄ワンピースをパンパンの鞄につめていくのを見ながら、吸血鬼は呆れたようにため息を吐く。


「土産なんて帰りに買えばよかったのに。鞄がはち切れそうだよ」

「あの鞄がはち切れそうになっている原因の八割は君にあるんだけどな」


 その細い体も相まって、スケルトンは今や荷物が歩いているような格好になってしまっている。本人も一刻も早く馬車に乗って荷物を下ろしたいところだろうが、これだけ大きい街だと馬車停を探すのも一苦労だ。

 土地勘がなく、声を出せないスケルトンにできるのは街を彷徨うことだけ。ウロウロしているうちに、通りの雰囲気が怪しくなってきた。

 電飾に飾られた小さな家、派手なホテル、道行く男たちの目まで電飾に代わってしまったかのようにギラついている。

 そして軒を連ねる建物の窓からは毒々しい色の光と共に艶めかしい白く細い腕が伸びていた。

 その光景に、俺は弾かれたように飛び上がる。


「こ、ここはマズい! マズいよ!」

「ああ、そうか。リヴァーブルグには歓楽街もあるんだったな」


 不味い場所に入り込んだという自覚があるのだろう。スケルトンも困惑したようにキョロキョロとあたりを見回している。

 血と死と暴力の蔓延る暗闇で生きている……いや、「死んでいる」俺たちにとって、その場所はあまりに眩しすぎるのだ。

 しかしその場所で立ち尽くし辺りを見回すその様子は、完全にただの観光客。うぶな獲物を、百戦錬磨の肉食獣がみすみす逃すはずもない。

 それはほんの一瞬の出来事だった。気が付くと、女は既にスケルトンの腕に絡みついていたのだ。女の動きはまるで蛇のように滑らかで、スケルトンがそれに反応することはできなかった。どんな手練れの冒険者でも、あれほどまでに洗練された動きができる者はそういないだろう。

 まぁそんな事は大した問題じゃない。本当の問題は、彼女の纏っている服だ。彼女が着ているキャミソールのような形をしたピンクのワンピースが、どういうわけか、透けているのである。


「ネェネェ、スケルトンなにシテルの? 食ベラレテル?」

「だ、ダメダメ! 見ないで! あんなスケスケなの、教育に悪い!」


 決して上品とは言えない格好をした女をゾンビちゃんから隠すべく、俺は慌てて彼女の穢れなき濁った目を手で覆う。しかし俺の体ではレースのカーテン程度の目隠しにもならない。


「スケスケなのは君の体だろう。幽霊が今更、あんなのに興奮するなよ」

「こここ興奮なんてしてない! そ、それよりスケルトンは大丈夫かな。あんまり体を触られるとスーツだってバレるかも」


 豊かな金髪に豊かな体。派手な顔立ちをした下着姿の美女に絡まれたまま、スケルトンは微動だにしない。それをいいことに女はスケルトンに体を這わせ、その細い指で彼の頬を撫でながら血に濡れたような赤い唇を耳に寄せる。声は聞こえないが、彼女の真っ赤な唇からは妖艶なセールストークが囁かれているのだろう。

 ……いや、よく見るとスケルトンはただ身動きできず固まっているわけではなかった。彼は女の体を凝視していたのだ。その視線にやましさだとか罪悪感なんてものはなく、まるで商店で品物を見定めているような、冷徹さすら感じるような眼光を携えている。

 その眼のギラつきは、他の男性客とまるで変わらない。


「な、なんか……大丈夫かな、スケルトン」

「いや……スケルトンに限ってそんな事は……」


 スケルトンの様子がおかしいのに気付いたのは俺だけじゃなかったようだ。会議室に微妙な空気が流れ始める。

 気付いていないのはゾンビちゃんくらいなものである。


「ねぇスケルトン食ベラレル? 食ベラレチャウ?」

「そうだな。ある意味そうなるかもな」

「ねぇ吸血鬼。お願いだからゾンビちゃんに変なこと言わないでくれる?」


 これ以上彼女に薄汚れた大人の世界を見せたくはない。そろそろ本当にゾンビちゃんを会議室から退出させようかと考え始めたその時。今まで身動き一つしなかったスケルトンが、突然動きを見せた。

 首に手を回して上目遣いをする女に、スケルトンがゆっくりと手を伸ばしたのだ。


「うあっ、ダメダメ!」


 俺は思わず悲鳴にも似た声を上げるが、もちろん俺の声はリヴァーブルグのスケルトンには届かない。

 しかしスケルトンの手は女の柔肌に触れる寸前で止まった。そしてスケルトンは彼女の肌を覆う透き通ったワンピースを軽くつまみ、女にメモを見せて尋ねる。


『これ、どこに売ってますか?』



********



 背中に突き刺さる冷ややかな視線をものともせず、スケルトンは小さな袋を大事そうに抱えてランジェリーショップから出てきた。

 スケルトンが買ったのはあろうことか、あの女の着ていたスケスケのワンピース――「ベビードール」というらしい――であった。


「い、一体あれをどうする気なんだろ。自分で着るなら別に止めないけど、ゾンビちゃんに着せる気なら――」

「馬鹿言うな。どうせ、愛しの骨格模型用かなんかだろう」

「ええ? 随分過激なコスチュームだけど……」


 そう呟きながら、俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 俺の目に映ったのは、興奮気味に騒ぎ出すスケルトンの集団であった。


『彼女の均整の取れた完璧な骨格を隠さず、それでいて美しく彼女を着飾る』

『素晴らしい選択だ』

「え、ええ……あの服好評なんだ」


 しかしスケルトンたちも一枚岩ではないようだ。

 スケルトンたちの掲げる紙には、リヴァーブルグのスケルトンを賞賛する言葉ばかりではなかった。


『冗談じゃないぞ!』


 激しく憤ったスケルトンが腕と共に攻撃的な言葉の載った紙を振り上げる。

 あの服が美しいというのも分からないではないが、あれが娼婦の服であることもまた事実だ。そりゃあ、大事な骨格模型にそういった服を着せたくないというスケルトンもいるだろう。

 保守的なスケルトンたちはリヴァーブルグでのスケルトンの行いを非難するように次々紙を掲げる。


『薄布とはいえ、彼女の美しい骨を覆い隠すなんて』

『メイド服着せたい』

『どんなに薄くとも、彼女の体に布を掛けるなんてありえない!』

『服を着せるなんて、彼女の美しい骨への冒涜だ!』

「……そ、そっちかぁ」



********



 色々と道草をくってしまったものの、スケルトンは無事に馬車亭を見つけ、乗り合い馬車へ乗ることができた。

 ここまでくればダンジョンはいよいよ目前である。あとは馬車を降りて、崖に沿うように歩いていくだけだ。しばらく行けば大きな橋が見えてきて、向こう岸へ渡ることができる。そうすればダンジョンはすぐに見えてくる。

 ところが、最後の最後に大きな問題が発生した。


「どうするんだこれ……」


 壁に映し出された光景を俺たちは呆然と見ることしかできない。映像の中のスケルトンも崖の上で呆然と立ち尽くしていた。

 あるはずの橋が、どこにもなかったのだ。代わりにあるのは無残に崩れた「橋の残骸」のみ。


「……橋が落ちたのか」

「そ、そんな」


 目の前の現実が波のように押し寄せて、絶望感に溺れそうになるのを感じる。

 しかし俺は折れそうになる心を何とか立て直し、無理やりに明るい声を上げた。


「だ、大丈夫だよ! 別にここの橋がダンジョンへ通じる唯一の道ってわけじゃないんだ。迂回して向こうへ渡れば」

「向こうへ渡るのに一体何日かかるんだ? 言っておくが、あのスーツはいわば借り物だ。あまり時間が掛かると、返却に間に合わないぞ」

「うっ……そんな、ここまで来たのに」


 俺はその事実を受け入れることができず、がっくりと肩を落とす。

 確かに、迂回する道ではあと数日余計に掛かることになる。かと言って、ここまで来て引き返すのは惜しい。

 スケルトンもきっと同じ――いや、それ以上に悔しい気持ちに違いない。彼は地面を這うようにして横たわり、ゆっくりと崖を覗き込む。


「お、おいおい。何をしているんだアイツは」

「まさか、崖を降りる気じゃ」


 俺たちはアンデッドだから、いまいち慎重さに欠けるところがあるのは否めない。なにせ、どんなミスをしても死にはしないのだ。

 しかし今のスケルトンは別である。スーツが破れれば、清浄な空気や日の光に中てられてスケルトンは本当に死んでしまう。それに加え、ミストレスの怒りを買うことで俺たちもまた殺されるのだ。

 しかしそれをイマイチ分かっていないのだろうか。スケルトンは崖のすぐそばに座り込み、背負っていた大きなカバンを開け、ゴソゴソと中身を出し始める。


「まさか浮き輪で川を渡ろうって言うんじゃないだろうな」


 吸血鬼が苦笑を浮かべながら冗談混じりにそう呟く。たしかに崖の下には川が流れているが、川は遥か下である。ここから飛び降りでもすれば、例え水の中に飛び込めたとしてもスケルトンの体はバラバラ。浮き輪などなんの意味も持たない。

 こんなことならばもっと役に立つアイテムを持たせてやるんだった。しかし今更後悔したってもう遅い。……いや、よくよく考えればこの状況で役に立つようなアイテムに心当たりなどない。どんなアイテムを使ったって、この状況を打破するのは難しいように思えた。

 そんな絶望的な状況で彼が取り出したのは、俺の持たせたアイテムの一つ――空砲であった。スケルトンはその銃口を空に向け、引き金を引いた。


「なんのつもりだ?」

「うーん、ダンジョンの魔物たちに気付いてもらおうとしてる……?」


 確かにダンジョンは向こう岸にあるが、スケルトンのいる岸からダンジョンのある岸まではかなりの距離がある。俺たちには聞こえないが、川の雑音や風の音だってゼロではないはずだ。とても空砲の音に気付いてもらえるとは思えない。

 苦肉の策だったのだろうが、望みは薄いだろう――などと勝手に諦めていたその時。突如壁いっぱいに巨大なトカゲが映し出される。

 あまりに突然のことで、そのトカゲの正体が飛竜であることを理解するまで数秒の時間を要した。


「ワー! 大ッキイ!」

「ドラゴンか?」

「……そうだね、多分アイススケイルドラゴンだよ。繁殖期が近いのかも」


 俺はその透き通った氷のような鱗と水晶の刃のような爪を見て、思わず息をのむ。

 アイススケイルドラゴンは切り立った崖に巣を作り、卵を産むのだ。恐らく橋を壊したのもアイツだろう。巣を行き来する際の風圧で自然に壊れたか、もしくは巣に近寄らせないため故意に落としたか。どちらにせよ、この時期のアイススケイルドラゴンは――いや、どの時期だろうとドラゴンというのは魔物の中でも特に危険な部類に入る。


「でも不幸中の幸いだね。卵を産んでなくて良かったよ」

「なぜ卵が無いと分かる? カメラは巣を捉えてないだろう」

「卵のあるドラゴンの巣の近くで空砲なんて鳴らしてたら、問答無用で殺されてるよ」


 しかし卵が無かろうと危険なことには変わりない。

 空砲まで使ってドラゴンをおびき寄せ、一体何をするつもりなのか。

 俺たちが固唾をのんで見守る中、スケルトンはドラゴンに向かって身振り手振りで何かを伝え始めた。最初は彼が何をしているのか全く分からなかったが、向こうの崖を指して懇願するように手を合わせるジェスチャーをしたことでようやく俺たちはスケルトンが何をしようとしているのかを理解した。


「あいつ、ドラゴンと交渉するつもりか?」

「アイススケイルドラゴンの知能は高いから、意思疎通は可能かもしれないけど……」


 スケルトンはリュックからから財布を取りだし、金貨を見せる。しかしドラゴンはスケルトンの申し出にあっけなく首を横に振った。ドラゴンは金貨になど興味がないのだろう。

 腕を組み少し考えて、スケルトンは次にリュックからスライム印の整髪料を取り出す。しかしこれにもドラゴンは首を振る。


「流石に整髪料じゃダメだよね」

「アイツ、真っ先に僕への土産を差し出したな……」


 次にワンピース、本、宝石骸骨、木刀を次々取り出すが、ドラゴンはことごとく首を横に振ってスケルトンを落胆させていった。

 そりゃそうだ、相手はドラゴン。市場で買った土産なんかで釣れるはずもない。しかしスケルトンは諦めない。まだカバンを探っている

 スカスカになったリュックから渋々出してきたのは、先ほどランジェリーショップでスケルトンが購入していた、綺麗な包に入ったベビードールである。スケルトンはそれを広げ、きらきら輝くベビードールを風に靡かせて見せる。

 一体それのどこに惹かれたのだろう。

 ドラゴンは今日初めて、首を横にではなく、縦に振ったのである。


「は……?」

「なんで?」


 俺たちと同じく、スケルトンもまさかランジェリーを取られるとは思っていなかったのだろう。

 せっかく了承してもらえたにもかかわらず、スケルトンはベビードールを抱え、渡すのを嫌がるようなそぶりを見せる。しかしドラゴンはすっかりその気だ。

 乗れとばかりに尻尾を向け、鞭のようにそれを地面に叩きつける。スケルトンは明らかに肩を落としながら尾を伝い、ドラゴンの背に跨る。

 それからはもう、あっという間だった。すぐにドラゴンはその大きな翼をはばたかせ、地面を蹴って大空へと飛び立ったのである。

 風を切り、空を飛ぶその姿は、冒険者を志す全ての少年少女が一度は夢見たであろう光景だ。


「野生のドラゴンの背に乗るなんて……ドラゴンテイマーの素質があるんじゃないかな」

「それよりあのドラゴン、あんなもの貰ってどうする気だ?」


 色々な疑問が残されてはいるが、スケルトンは見事に崖を渡ることができた。

 約束は守ったぞ、とばかりに、ドラゴンはその大きな鼻先でスケルトンの肩をつつく。ここで約束を破れば、スケルトンはあっという間にその爪と牙で八つ裂きにされてしまうことだろう。

 スケルトンは促されるがまま、ベビードールをドラゴンの頭にかける。それはまるでベールのようにドラゴンの頭を覆った。

 次の瞬間。ドラゴンがはじかれた様に上空に視線を向けた。カメラもそれに合わせて視線を空に向けたのであろう。会議室の壁にも空の映像が投影される。ダンジョンではほとんど見ることのない雲一つない青空がそこにはあった。ただ一つおかしな点があるとすれば、青空に微かな黒いシミのようなものがあること。そしてそれが見る見るうちに大きくなっていくことだろう。

 それはあっという間に壁を覆いつくすほどの大きさとなり、スケルトンの前へと降り立った。スケルトンを運んだドラゴンより、さらに一回りほど大きい、透き通った蒼い鱗を持つ竜――アイススケイルドラゴンの雄である。彼はスケルトンには目もくれず、ベビードールを纏った雌のドラゴンをじっと見つめる。すると雄の体が見る見るうちに赤みを帯びていく。これはアイススケイルドラゴンの発情の合図だ。

 彼らはそのまま、体を絡ませるようにしながら共に谷底へ落ちていく。おそらく巣へ戻ったのだろう。


「あのヒラヒラはドラゴンの雄にも効果があるのか……」


 ドラゴンとの別れを惜しんでいるのか、スケルトンは名残惜しそうに崖の下を見下ろす。

 ……いや、スケルトンが惜しんでいるのはドラゴンとの別れではなくベビードールであろう。しかし終わってしまったことはどうにもならない。スケルトンは未練を断ち切るように勢いよく崖に背を向け、さっそくこれからお世話になるダンジョンへ入っていく。

 しかしカメラが捉えたのはそこまでであった。

 ダンジョン入口に潜んでいた魔虫が、ステルスモードだったはずのカメラの存在に気付いたらしい。魔虫がカメラに襲いかかったのである。


「ああっ、ヤバイヤバイ!」


 安物だったため、カメラに戦闘機能はもちろん防御機能もついてはいない。

 なす術もなく、カメラは不気味な形をした虫たちに蹂躙されていく。やがてぶつん、と音を立てて会議室が暗闇に包まれた。

 道半ばにして、カメラはその翼を折られてしまったのだった。



*******



 それから数日。

 カメラを壊されてしまった以上、俺たちにダンジョン外のスケルトンの様子を窺う術はない。俺たちにできるのは無事を信じて待つことだけであった。

 そしてとうとう、スケルトンがダンジョンへ帰還したのである。

 留学先のダンジョン、そして帰路の途中にも様々な事件があったのだろう。その姿は、ダンジョンを発った時より一回りも二回りも成長したように見えた。


「お帰りスケルトン! ダンジョンはどうだっ――」

「ニク! ニクは? ニクある?」

「きちんと土産は持って帰ってきたか?」

『お帰り』

『お土産!』

『無事だった?』

『お土産!』

『お土産!』


 アンデッドたちは砂糖に群がる蟻のように土産を催促しながらスケルトンを取り囲む。

 そのがっつきっぷりに、俺は思わずため息を吐いた。


「旅行行ったんじゃないんだからさぁ……」


 しかしスケルトン自身もみんなに囲まれることは嫌ではないのだろう。

 彼はみんなの期待に応えるようにそのパンパンのカバンを開き、市場で買った土産を次々取り出す。

 俺たちにとってはよく分からない土産――木刀や骨のキャンディーもスケルトンには好評であるらしい。やはり彼らのセンスは理解しがたい。


「スケルトンに持たせてたアイテムも回収しとこうか――ん?」


 スケルトンのリュックを覗き込んだその時、俺はその異変に気が付いた。

 彼の持っていた財布が、妙に薄いのだ。最後に見たとき――つまり留学先のダンジョンへ向かう乗り合い馬車で運賃を払ったときには、もっと多くの金貨が彼の財布には入っていたはずなのだ。

 もともと十分な額の金は持たせてある。これだけの土産を買って、行きと帰りの馬車代を払っても、もっと金貨が残るはずなのだ。

 まさか、どこかに落としてしまったのだろうか?


「ネー、ニクないの? ニクー」


 やはりドクロ柄ワンピースはお気に召さなかったのだろう。ゾンビちゃんはリュックをひっくり返し、肉を探し回る。

 すると、リュックの底から見たことのある柄の、綺麗な包みが出てきた。しかしそれはいつか見た包みよりもだいぶ大きい。ゾンビちゃんはそれを手に取り、首を傾げる。


「ナニコレ?」

「あっ、ゾンビちゃんそれ――」


 俺が制止する暇もなく、ゾンビちゃんはその綺麗な包みを破り中身を取り出す。


「ンー、ニクじゃない……」


 お目当ての物じゃないことが分かり、ゾンビちゃんはつまらなさそうにその薄く透明なヒラヒラを投げ捨てる。

 それは明らかに、ランジェリーショップで購入したベビードールであった。それも一枚ではない。大量の、色とりどりのベビードールである。

 ドラゴンにベビードールを取られたことがよほど悔しかったのだろうか。


「か、買い足したんだね……」



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