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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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138、ハーレムは辛いよ



 女冒険者と言うのは、ちりめんじゃこに混じったエビ並に希少な存在である。

 それはパーティの男女比率にも大きく影響しており、1つのパーティに女性が一人いるかどうか。男ばかりのパーティというのもざらにある。

 しかし世の中と言うのは不公平なものだ。金を持っている者の元に金が集まるのと同じく、女からモテる者の元に女は集まるのである。

 そんな世の格差をまざまざと見せつけるように、その男たちは現れた。


「たかし、見るにゃ!」


 ダンジョンに響くのは、幼さの残る少女の甘い声。こういった若い女性の冒険者と言うのはそれだけでも珍しいが、一際目を引くのは彼女のその「耳」だろう。

 耳とはいっても、彼女のそれは普通の人間のものとは全く違う。

 ……いや、もしかしたら普通の人間の耳も彼女は持っているのかもしれない。しかし柔らかな栗色の髪が彼女の顔周りを覆っており、それを確認することはできない。代わりに頭頂部からは、彼女の髪と同じ色をした大きな二つの三角形が覗いている。どうやらそれは動物の……恐らくは猫の耳である。

 獣人、というヤツだろうか。

 しかし俺の知っている獣人に比べると、だいぶ人間寄りといった印象を受ける。顔は人間そのもの、鼻が長いわけでも口が裂けているわけでもなければ、毛皮に覆われているわけでもない。

 獣人と言うのはプライドが高く、なんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出している者が多い。しかし彼女はまるで飼いならされた猫のように隣を歩く男の腕に絡みつき、橙色のチューブトップに包まれた豊満な胸を押し付ける。


「なんだ」


 男は落ち着いた声でそう返事をするが、その視線は遠慮もなく彼女のチューブトップから覗く深い深い谷間へとガッツリ注がれている。

 それを気にする様子もなく、獣少女は男に眩しい笑顔を向けた。


「気付かないにゃ?」

「なにがだ」

「まえがみ! いつもと分け目変えてみたんだにゃ。可愛いかにゃ?」


 その言葉で男はようやく視線を上げた。

 しばらく彼女の輝く笑顔をその濁った眼で見つめた後、男は無表情のまま首を傾げた。


「……分からんな。いつもと同じように見えるが」

「じゃあいつも通り可愛いってことだにゃー」


 獣少女はそう言うと、甘えたように男の腕に頬ずりをする。

 満更でもない表情を浮かべながらも、男は明らかに冷静を装って口を開いた。


「あまりくっつくなよ、動きにくいだろ」

「イヤだにゃ〜」

「はぁ、やれやれ」


 町中ならともかく、なんでダンジョンで男女のイチャイチャを見せつけられなければならないのか。

 その上いったい誰へのアピールなのか、男はさも「女に興味なんてありません」といった態度を前面に出してくる。これだけでも拷問に近いが、身の毛のよだつ事実がもう一つ。この男の周りにいる女は一人ではない。


「ねぇお兄ちゃん……ここ、オバケ出るって本当?」


 獣少女とのイチャイチャが一段落すると、今度は彼女よりも一層幼い少女が蚊の鳴くような声を上げた。

 ダンジョンへ潜るにはやや幼すぎるその少女は、アイスブルーの大きな瞳に不安を讃えながら男の顔を覗き込む。


「アンデッドダンジョンだからな。そりゃあもう、バケモンがうようよいるぞ」


 男は少女の問いにあっさり頷き、配慮に欠けた言葉を口にする。

 案の定、男の言葉によって恐怖が少女の全身に広がってしまったようだ。彼女は顔を強張らせ、落ち着かないように目を泳がせる。


「怖いのか? やっぱりモニカはダンジョンの外で待ってた方が――」

「だ、大丈夫! 怖くなんてないもん」


 少女は明るい声を上げ、気丈にも笑顔を浮かべてみせる。しかしその声は微かに震えており、笑顔もまたぎこちない。

 さすがに男も少女の強がりに気付いたのか、おもむろに彼女の小さく白い手を握り、首を振る。


「嘘つくなよ。震えてるぞ」

「う……ほ、ほんとはちょっとだけ怖い。でもお兄ちゃんから離れる方が怖いもん」

「やれやれ……」


 男はそう言いながら首を振ると、なにやら懐に手を入れてゴゾゴソとやり始めた。彼が取り出したのは白い薄紙に包まれた手のひらに収まるサイズの丸い「なにか」だ。


「ほら、やるよ」

「あっ、モナカ!」


 男の取り出した丸い何かを見るなり少女は目を輝かせ、嬉しそうにそれを受け取る。薄紙の中から取り出したのは、厚みのあるウエハースのような食べ物だ。少女は小さな口でそれに噛り付き、そして眩しい程に可愛らしい天使のような笑顔を見せる。


「美味しい……ありがとうお兄ちゃん!」

「モニカはモナカが好きだな。名前も似てるし」

「うん、大好き! でもお兄ちゃんの方がもっともっと好きだよ」


 少女はそう言うと、男の空いている方の腕に抱きつく。

 すると反対側の腕に抱きついている獣少女が不服そうな声を上げた。


「あー! またあざとい発言! ズルいにゃ、反則だにゃー!」

「べ、別にズルなんてしてないもん!」

「いいや、その可愛さは完全にルール違反だにゃ。たかし、いい加減どっちの方が可愛いか決めるにゃ! もちろん私の方が可愛いにゃ?」

「モニカの方が可愛いよ!」

「はぁ、やれやれ」


 男は両腕に女子達を絡ませながら肩をすくめてみせる。

 これだけでもコイツができるだけ苦しんで死ぬよう願わずにはいられない程の苛つきが腹の底から湧いてくる状況だが、おぞましい事実がもう一つ。

 この男の背後には、もう一人女がいるのである。


「二人共やめなさい、たかしが困っているでしょう」


 先程までの少女達とは違う、落ち着いた妖艶な声が小競り合いをする二人を窘める。

 胸元のザックリ開いたスパンコール輝く黒いドレスに身を包む、スレンダーかつ巨乳のハイブリッド美女だ。小振りの杖を腰にさしているところを見るに、恐らくは魔法使いなのだろう。高いピンヒールを履いた彼女はパーティで一番背が高く、三人を見下ろすようにしながら落ち着いた笑みを浮かべる。


「どっちも本当に可愛くて、たかしにだって決められないのよ」

「むー……」


 二人は同じように頬を膨らませながらも、彼女の言葉に従って小競り合いを止めたようだ。

 すると魔法使いの女性はニッコリと笑みを浮かべ、その長い腕を男の首元に這わせ、胸を頭に押し付けるようにして男に抱きついた。


「でも、たかしが本当に愛しているのは私よね?」

「あーっ! ズルいにゃ! 一番ズルいにゃーっ!」

「もー。いっつも美味しいとこもっていくんだから」

「うふふ」


 不敵な笑みを浮かべる魔法使い、感情のままに不満の声を上げる獣少女、不服そうに頬を膨らませる幼い少女。その中心で、男はまたしてもスカした態度で肩をすくめてみせた。


「全く、やれやれだ……」


 ……なんだこれは。

 反吐が出る、頭が痛い、腹の底から何かがせり上がってくるみたいだ。

 こんな不公平があってたまるか。

 大体、こいつのいったいどこが良いのだ。

 顔が良い、とかならまだ諦めもつく。しかしパッとしない顔、妙に腹の立つ喋り方、不審者御用達季節感皆無の黒いロングコート、服の上からでも分かるヒョロヒョロ感、明らかにセットに失敗している鳥の巣みたいな頭。

 全く良いところがないではないか。

 その上、腕っ節が強そうだとか、物凄い魔力を感じるとか、そういった様子もない。

 まさか女の子を洗脳でもして連れ回してるんじゃないか。そんな考えすら浮かんでくる始末である。

 結局彼の周りに女の子が集まる理由を解明できないまま、そのパーティはダンジョンを進んでいく。

 しかし大して歩かないうちに、女の子達がため息とともに声を上げて足を止めた。


「たかしぃ、喉乾いたにゃー」

「モニカも。歩きっぱなしだったから」

「でも水筒の水は飲みきってしまったわ。困ったわねぇ」


 まだスケルトンたちの出てこない浅いフロアであるとはいえ、彼女たちはまるでピクニックにでも来たような呑気な様子である。しかし男は女の子達を叱りつけるでもなく、なにやら懐から黒い板を取り出し、表面撫で始めた。女の子達もそれ以上は何も言わず、ただ男が板を撫でる様子をジッと見つめている。

 男が板を撫で始めてから僅か数分。突然ダンジョンに空気を震わせる轟音が鳴り響いた。音と共に颯爽と現れたのは、背の高い二輪車に跨がった爽やかな青年だ。青いストライプのシャツとハーフパンツに身を包んだその青年は、笑顔を浮かべて男に頭を下げる。


「たかし様、ご注文の商品お届けに上がりました」


 青年はそう言いながら荷台に積んでいた茶色い箱を差し出す。男は慣れたものとばかりの滑らかな動きで硬貨を取り出し、引き換えに箱を受け取った。


「またどうぞ!」


 青年はそう言うと、また凄い轟音を響かせながら来た道を引き返していく。まさか、このためだけに危険なダンジョンに足を踏み入れたというのか。

 そんな事ができるのは物凄いバカか、もしくはダンジョンの魔物など飛び回る羽虫程度にしか捉えていない絶対的な力の持ち主だけである。

 ……こんなパーティより、俄然あの二輪車に跨った青年に興味が湧いてきた。

 とはいえ、彼は既にダンジョンから出てしまったようだ。そうなってしまえば観察のしようもない。俺は渋々あのパッとしない男へと視線を戻す。

 男はというと、箱の中から水で満たされた透明のボトルを取り出し、喉が乾いたとのたまう女達にそれを配っているところであった。


「わーい! ありがとうお兄ちゃん」

「いつもありがとうね」

「さすがたかしだにゃ! やっぱりダンジョン探索には水が不可欠だにゃ」


 男からのプレゼントに大袈裟に喜んでみせる女達。

 しかし男は女達の言葉に首を振り、妙に芝居がかった口調で言った。


「それ、ただの水じゃないぜ」

「にゃ?」

「まぁ飲んでみろよ」


 男に促され、女達はぎこちない手つきで蓋を開けて水を口に含む。

 刹那、女達はそれぞれ目を丸くして感嘆の声を上げた。


「凄いにゃ! 水なのに甘いにゃ。オレンジジュースみたいだにゃ」

「透明なのにすごーい! ええと、モモの味?」

「私のはレモンティーの味がするわ。不思議ね、無色透明なのに」

「フレーバーウォーターだ。さっぱりしていて良いだろ」


 目を丸くして不思議がる女たちに、男はしたり顔で声をかける。すると女たちは一斉に男へと笑顔を向け、口々に男を讃えた。


「うん。とっても美味しい!」

「たかしはいつも面白いものを持ってくるわね……やっぱりあなたは特別だわ」

「たかしはやっぱりすごいにゃ。こんなの初めてだにゃー!」


 ……いくらなんでも、水ごときで少々褒め過ぎではあるまいか。

 そのような称賛を得られる水が果たしてこの世に存在するのか。それとも、この世のものではない特別な水なのか。どちらにせよ、その味がいかほどのものなのか、もはや俺には検証のしようがない。

 しかしヤツが特別な力を持っており、その力のお陰で女が寄ってきているという事は間違いなさそうだ。じゃなきゃあんな男がハーレムなど持てるはずがない。


「ほらお前ら、チェーンソーと草刈り機出せ。そろそろ本格的にダンジョン攻略していくぞ。働かざる者食うべからず。しっかり働いてもらうからな」

「厳しいにゃー」

「役に立てるか分からないけど……モニカ、頑張るね」

「頼りにしてるわよ、たかし」


 冒険者たちはそれぞれ武器を構え、ダンジョンをどんどん進んでいく。しかしこの武器というのも、なんとも奇妙な形をしたものであった。

 魔法使いが手に取ったのは俺達にも馴染み深いスタンダードな杖であるが、男と獣少女が構えたのは赤い箱からノコギリに似た巨大な刃が伸びたようなゴツい剣だ。箱の部分には持ち手がついており、それを両手で掴んで支えている。

 一方、本来ならばその手に人形でも抱いているはずの幼い少女もまた、見たことのない凶悪そうな武器を抱えていた。彼女が持っているのは柄の長い、槍のような武器である。しかしその先端に付いているのはただの刃ではない。暗殺者アサシンの使う飛び道具に似た、丸く薄く、縁には爬虫類の歯を連想させるギザギザの付いた円盤型の刃だ。

 正直よく研がれた普通の刃の方が切れ味は良さそうだが、警戒するに越したことはないだろう。見たことの無い食べ物、武器、そして危険なダンジョンへ平然と入ってくる非武装の配達員――ひょっとしたらこの男、見た目に反して強敵かもしれない。

 しかしこんな体になってしまった今でも、負けられない戦いと言うものはあるのだ。

 俺は決意を新たに壁の中で叫ぶ。


「よーし! あいつら絶対殺すぞー!」



*********



 ダンジョンの一員としての使命感、そしてほんの少しの妬み嫉みといった私情を胸にスケルトンへ指示を出したものの、冒険者たちの戦闘力は俺の想像を大きく超えていた。

 戦闘が始まるや否や、冒険者たちの凶悪かつ不思議なフォルムの武器に変化があった。あの爬虫類の歯のようなギザギザ付きの刃が、悪魔の咆哮のような凄まじい轟音とともに回転し始めたのだ。

 その刃はスケルトンたちの硬い骨をやすやすと断ち切ってしまう。あの武器の前では、スケルトンが枯れ枝で作られた人形のようである。

 唯一の弱点といえば、あの武器がかなり重いらしいことだ。本来ならば女子供、そして貧弱な男がいつまでも振り回せるようなものではないに違いない。

 彼らがこの扱いづらい武器を用いて戦うことができたのは、ひとえにあの麗しい魔法使いのお陰であろう。

 体力上昇、脚力上昇、腕力上昇、防御力上昇――一体いくつの補助魔法を彼らにかけたのか。優秀な魔法使いが一人いるお陰で、素人の寄せ集めパーティがあっという間にダンジョン攻略精鋭部隊に早変わりだ。

 近距離戦は不利だと考え弓部隊をぶつけてみるも、遠距離からの弱い攻撃は魔法使いの張った障壁に阻まれて的に届かない。

 歯軋りする俺を嘲笑うかのように、冒険者たちはすいすいダンジョンを進んでいく。


 そしてほとんど無傷のまま、とうとう彼らはゾンビちゃんと相対することとなってしまった。


「見て分かるとは思うけど……あの刃には気を付けてね。それから、できれば魔法使いを優先的に攻撃してほしい。障壁さえなければスケルトンの弓も届くようになるから」

「ウン、分カッタ」


 本当に分かったかは定かでないが、とにかくゾンビちゃんは俺の言葉に頷いて冒険者たちの元へと突っ込んでいく。

 もちろん彼女には相手から繰り出される攻撃を避けるだとか防ぐだとかいう考えはないらしい。轟音を上げて回転する刃が、なんの策もなく突っ込んできたゾンビちゃんを襲う。回転する刃がゾンビちゃんの肉に食い込み、細かな肉片と血を巻き上げて飛ばす。

 ところが大方の予想を裏切り、ゾンビちゃんはなかなか倒れなかった。スケルトンの硬い骨をスパスパ切っていた大きな刃だが、どうやら肉を切るのには向いていなかったらしい。血で刃が滑ってしまい、なかなか切断に至らない。

 冒険者たちは肩を上下させながら、その血飛沫と肉片に塗れた顔を歪ませる。


「さすがはアンデッド。しぶといわね」

「たかし、サポートするから急所を狙うにゃ! 首を落とすんだにゃ!」

「えっ……あ、ああ」


 先程までとは打って変わり、蒼い顔にうっすら汗を滲ませながら男が頷いた。

 そして武器を持った女たちは少しでもゾンビちゃんの動きを鈍らせ、隙を作ろうとその凶悪な刃を振り下ろす。その度にぐちゃりという湿っぽい音と共に血飛沫が上がり、ゾンビちゃんの体がイタズラに崩れていく。あちこち肉を削がれ、ハラワタが飛び出し、右足の腱を切られてバランスを崩し、膝をついた瞬間、獣少女が声をあげた。


「たかし、今だにゃ!」


 息を殺し、この瞬間をじっと待っていたのだろうか。気が付くと、男はゾンビちゃんの背後で幽霊のようにぼうっと立っていた。足が使えない今、背後からの攻撃を避けるのは難しい。

 まさに万事休す、次の瞬間にもゾンビちゃんの首が体とお別れする事になるに違いないと思われた。ところが、どういう訳かゾンビちゃんの首はなかなか地面に転がり落ちない。男が一向にその大きな刃をゾンビちゃんに振り下ろそうとしなかったのである。


「お兄ちゃん、早く!」


 暗器のような円盤型の刃でゾンビちゃんの腹を掻き回しながら、可愛い声で少女が叫ぶ。しかしその声を受けてもなお、男は棒立ちのまま動こうとしない。

 そうこうしている間にゾンビちゃんは自分の腹を掻き回す少女の武器の柄を掴み、それを鈍い音とともにへし折った。その瞬間に刃は回転をやめ、ただの血に濡れたなまくらの円盤と化す。

 少女は壊れた武器からすぐさま手を離し、蒼い顔で仲間に助けを乞う。


「お姉ちゃん、草刈り機が!」

「ああっ、もう!」


 役立たずの仲間たちに業を煮やしたのか、獣少女が振動と回転を続ける凶悪な刃を振りかぶりゾンビちゃんに向かっていった。

 しかしゾンビちゃんは振り下ろされた刃をなんの抵抗もなく手で受け止める。血飛沫と共に何本かの指が弧を描いて飛んでいくが、ゾンビちゃんは眉一つ動かさず、刃を少しずつ曲げていく。


「は、離せバケモノ!」


 獣少女は全体重を掛けて武器を引くが、ゾンビちゃんはその刃を決して離さない。


「たかし、まずいにゃ! 早く攻撃してよ!」


 獣少女は悲鳴にも似た声で男に助けを求める。

 しかし男は相変わらず女達の戦いを眺めるばかりで、全く戦闘に参加しようとしない。


「たかし!!」


 焦燥と恐怖と怒りを孕んだ声で、獣少女は再び男の名を叫ぶ。

 しかし次の瞬間、男の口から飛び出たのは自らを奮い立たせる咆哮でも、女たちを気遣う優しい言葉でも、この状況を打開する作戦名でもなく、物凄い量の吐瀉物であった。


「ひゃあっ!?」


 獣少女は悲鳴にも似た声を上げながら、ドラゴンが火を吹くような勢いで吐瀉物を吐き出し続ける男に引き攣った顔を向ける。

 男は腹部を殴打されたわけでも毒液を浴びたわけでもない。体調が悪そうといった様子も見せていなかった。

 そんな男の突然の嘔吐に、女達はもちろん、戦いを見ていただけの俺ですら呆気にとられて声を出せない。

 しかしゾンビちゃんは違った。彼女は男の嘔吐になど目もくれず、女の構えた武器の刃をへし折るとともに、その赤い持ち手部分を蹴り上げた。


「ッ……しまった!」


 武器を失った獣少女はすぐさまその場から飛び退き、戦線離脱とばかりにゾンビちゃんと距離を取る。

 しかしゾンビちゃんはそうやすやすと獲物を逃さなかった。

 彼女は重力に従って落下してくる刃の折れた武器を片手で受け止め、それを凄い勢いで敵側に投げつける。

 唸りを上げて飛んでいく刃の無くなった赤い鈍器は魔法障壁を薄いガラスのように破り、そしてまさか自分にまで攻撃が及ぶとは思っていなかったのであろう魔法使いの頭に直撃した。


「う……あ……」


 魔法使いは声にならない悲鳴を上げ、受け身も取らず仰向けに倒れ込む。彼女の黒髪はドロリとした赤い血液で怪しく光り、地面には流れ出た血液がどんどん広がっていく。


「退却……退却するよ! ほら早く!」


 武器を失い、大きなダメージを負った仲間を抱え、冒険者たちはゾンビちゃんに背を向ける。

 ゾンビちゃんは獲物を逃がすまいと地面を這い、必死になって冒険者たちに腕を伸ばす。しかし腱の切れた足と肉の削げ落ちた腕では追撃にも限界がある。

 しかしゾンビちゃんの活躍のお陰で、奴らの攻撃手段と防御を一気に封じることができた。これからの戦いはもはや掃討戦である。


「みんな、剣を持って! 追撃開始だ、奴らを逃がすな!」


 近くで待機していたスケルトンにそう伝えると、彼らは威嚇するようにガタガタと顎を鳴らしながらロングソードを高く高く掲げた。



*******



「何考えてんだボケカス!」


 怒号、それから人が壁に叩きつけられるような鈍い音が上がる。それに続いて、呆然とした男の声が響いた。


「は……? え……?」

「鳩が豆鉄砲食らったみたいな阿呆ヅラさらしてんじゃねぇよゴミ。だいたい、テメェがダンジョンいきたいとか抜かしたんだろうが。なにゲロ吐いてんだクソカス野郎」


 魔法障壁でも張っているのか、もしくは魔法により作り出した亜空間に潜んでいるのだろう。姿を見る事はできないがどこからか奴らの声が聞こえてくる。

 そして驚くことに、この品のない暴言を撒き散らしているのは、先程まで語尾に「にゃ」を付けて甘えた声を出していた獣少女であるらしい。

 その豹変ぶりに驚いているのは男も同じであるらしい。しかし男はしどろもどろになりながらも開き直ったように口を開く。


「ぎ、逆に……なんでお前らは平気なんだよ。あんな無修正グロ見せられて、なんで平然としてんだよ! さっきからもう、血の匂いが鼻について取れねぇよ」

「血の匂いがするだ? 当たり前だろ、怪我してるやつがいるんだからよ。テメェがゲロ吐いたせいでなァ!」

「あ痛ッ!? ぼ、暴力はやめ――えっ」


 男の声が突然途切れる。数秒の沈黙を経て、男の震える声が再びダンジョンに響いた。


「そ、それ……どういう状態?」

「あ?」

「……お姉ちゃん、ズレてるよ」

「……ああ」


 少女の言葉を受け、獣少女はようやく「なにか」に気付いたようだ。

 刹那、空間が小さく裂けて何かが俺の足元に転がった。栗色の柔らかい毛に覆われた2つの三角形――耳だ。猫の耳である。

 恐らくはどこか別の空間で男も俺と同じように声も出せず呆然としているのだろう。そんな男を嘲笑うかのように、獣要素がゼロになっているであろう獣少女の声が響く。


「なにアホ面晒してんだよ。ああ、もしかして本当に獣人だと思ってたとか? な訳ねーだろ、あたしが獣人だったらとっくのとうにお前なんか食い殺してるわ」

「え、ええー……」

「うるせぇな、ゲロクセぇ口開くんじゃねぇよ」

「さ、さっきから、口悪すぎだろ……」

「ちょっと、あなた達落ち着いてよ……傷に響くわ。それに、あまり大きな声を出すと見つかるわよ」


 二人を窘めるように気怠い声を上げたのは、恐らくは例の魔法使いである。

 男に攻撃的な言葉をぶつけていた獣少女も魔法使いの言葉で少しは平静を取り戻したのか、先程よりは落ち着いた声で言葉を返す。


「……それは悪かったな。で、どうだ。できそうか」

「いいえ。残念だけど、この状態じゃ転移は無理ね。回復魔法だって満足に使えないもの。この空間もいつまで持つか」

「チッ……よりによって頼りの魔道士がこれじゃあな。絶体絶命ってやつだ」


 獣少女は噛み潰すようにそう言うと、腹のそこから込み上げるような大きなため息を吐いた。パーティ内に重苦しい空気が充満しているだろう事が声だけでも分かる。

 そんな空気をなんとか打破しようとしたのだろうか。男が突然、この状況に似合わない妙に明るい声を上げた。


「あっ、そ、そうだ! こ、これやるよ。ロキソヌンだ」

「……なんなの、それ」

「この前、お前が魔力の使い過ぎで頭痛いって言ってたときに飲ませた薬だ。ほら、これ飲んだらすぐに痛みが治まって、お前凄い喜んでただろ? その痛みだって、きっとすぐ――」

「痛み? こんな時になにを言っているの?」


 必死に空元気を出す男の言葉に、魔法使いは背筋が凍るほどに冷酷な声で答える。


「無痛になったら、どう事態が好転するのかしら。もう少し考えてから口を開いてくれない?」

「で、でも……」

「今、この空間はものすごく微妙なバランスでなんとか維持できているの。余計な真似しないで」

「そんなのよりさぁ、ポーションとか脱出アイテムとかそういうのはないのかよ」

「いや……そういうファンタジーアイテムは流石に……」

「はー、本当に使えねぇな。その辺の道具屋で買えるもんも無いのかよ」

「いや、でも……その……」


 獣少女の言葉に、男は今にも消えてしまいそうな声を出すことしかできない。

 しかし男はそのまま黙り込んだりはしなかった。


「そ、そうだ。また水を買おうか! さっきのフレーバーウォーターだ。ひと息ついて落ち着けば、きっと打開策も思いつ――」

「あんまりフザケたこと言ってんなよ。殺すぞ」


 獣少女の唸るような低い声が男に突き刺さる。彼はあまりに辛辣な獣少女の言葉にただただ困惑することしかできない。


「えっ……な、なんでだよ。美味かったろ?」

「命の危機が迫ってるってのに、なに悠長に水なんか飲もうとしてんだよ。買うなら普通武器かなんかだろ。本当に救えねぇ馬鹿だなお前は」

「うう……」

「だいたい、テメェがダンジョンに行こうなんていうからこんな事になったんだろうが! 黙って商売してりゃあいいものを、かっこつけやがって」

「べ、別にかっこつけじゃ……俺はなぁ、ダンジョンで稼いだ金をお前らへのプレゼント代の足しにしようと思ったんだよ! お前ら、あの商品たちの送料とか関税がいくらかかるか知らないだろ!」

「ああ、知らないね。っていうかさ、お前のプレゼントセンスって最低なんだよな。女を釣るためのプレゼントが『味の付いた水』ってなんだよ。クソみたいなプレゼント褒めさせられるあたしらの身にもなれよ。物珍しいってだけで大して美味くもないしよ」

「……あ……そ……んな……」


 今の獣少女の発言は、男にかなり大きな衝撃を与えたのだろう。男は言葉にもなっていないうめき声を上げるばかり。目には見えないが、彼の悲痛な表情は自然と頭に浮かんでくる。

 しかし女たちは男のショックなど意にも介していないようだ。魔法使いと獣少女は声がこちらに漏れている事も知らず、男をほったらかして今後の脱出計画についての話し合いを始める。

 精神を引き裂かれ、蚊帳の外に追いやられた男であったが、彼はまだ完全に打ちのめされたわけではなかったようだ。


「そ、そうだ。俺、モナカもう一つ持ってんだ」


 先ほどのやり取りなどなかったかのように、男は突然口を開いた。

 獣少女と魔法使いは、脱出のための良いアイデアが浮かんでこないイライラをぶつけるかの如く、男に再び冷たい言葉を浴びせかける。


「……何回言わせるつもりなの? ずっと思ってはいたけど、あなたって本当に愚かだわ」

「おい、それ貸せよ。てめぇのゲロくせぇ口にぶち込んで一足先に楽にさせてやるからよ」

「か、勘違いするなよ、別にお前らに言ったんじゃない。モニカに言ったんだ。小さな子供にはこういう時にこそ甘味が必要だろう? ほら、モニカ。お前の好きなモナカだ」


 男は魔法使いと獣少女の二人を突き放すように言いながら、少女の方に優しい声をかける。

 泣き声は聞こえてこないものの、幼い少女がこの状況で平然としていられるはずもない。イラつきを隠そうともしない二人とは異なり、少女は震える声で男に縋るように声を出す。


「……ねぇお兄ちゃん」

「どうした?」


 少女はしばしの沈黙の後、今にも泣き出しそうな声を上げた。


「どうしていつもいつも、お兄ちゃんはモニカにこんなもの食べさせるの?」

「……は? え?」

「バサバサするし、甘い豆なんて気持ち悪いし、私それ大嫌い。お兄ちゃんの事はもっと嫌いだけど」


 怯える少女らしい震える声、しかし彼女の言葉は非常に鋭利だ。それは他二人の辛辣な言葉より、よほど強く男の心にダメージを与えたようだった。


「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよいきなり……そ、そうだ、お前、恐いからって取り乱してるんだよな。大丈夫だ、とにかくモナカ食べて――」

「ねぇお兄ちゃん。私がお兄ちゃんのことを好きだって、どうしてそんな風に考えられるの? お兄ちゃんが私に変なものを押し付けてくるのも、それを喜んで当然だって態度も、私大嫌いだった」

「ど……どうしたんだよモニカ。なんでそんなこと言うんだ」

「どうしたって。本当に微塵も心当たりがないの? お兄ちゃんが平気な顔してお風呂に入ってくるのも、モニカのベッドに入ってハアハアしてくるのも、全部モニカが喜んで受け入れてると思ってたの?」

「え……あ……それはその……」

「身の毛がよだつわ。本当に最低の男ね」

「この気持ち悪さはもはや才能だな」


 しどろもどろになった男に、女二人の援護射撃が襲い掛かる。

 もはや言い逃れはできない。男はまるで泣き叫ぶ赤子のように声を上げた。


「な、なんでそんなこと言うんだ! こんなのはあんまりだッ!」


 これはもはや、誰がどう聞いても逆ギレである。その上、どうやら喚くだけでは済まなかったらしい。

 籠の中の鳥が滅茶苦茶に暴れているような激しい音、そして女たちの悲鳴がダンジョンに響く。


「や、やめなさい! こんなとこで暴れたら――」


 その時だった。

 一際派手な音と女たちの悲鳴が響いた後、ガラスの割れるような派手な音が聞こえてくる。直後、スケルトンたちのけたたましい骨音が響いた。

 どうやら、冒険者たちが身を隠していた亜空間が崩壊したらしい。


「あのクズ! 今度見つけたらブッ殺してやる!」


 音を頼りに俺が駆け付けた時、数体のスケルトンたちがすでに冒険者たちを取り囲んでいた。女たちは悪態を吐きながらスケルトンたちを睨みつけている。

 一方、男の姿はすでにどこにもない。結界の崩壊と同時に逃げ出したのだろう。残された女たちは鉛筆を削るのに使用するような頼りない短剣を取り出し、構えることしかできない。


「ど、どうしましょう」

「こんな武器しかないけど……それでもやるしかないだろ!」


 女たちはそう呟くと、勝ち目の見えない戦いの中へ果敢に飛び込んでいく。

 どうやら魔法使いによる身体能力向上魔法の効果はまだ続いているようだ。このような状況でも、女たちは舞うかのごとき華麗な戦いを見せる。

 しかし、やはり障壁と例の武器がないのは痛い。

 倒しても倒しても、スケルトンたちは次から次へ増援に駆けつける。数の暴力に押され、彼女たちはみるみる追い詰められていく。スケルトンたちだけでも、そう遠くないうちに彼女たちを全滅させることができるだろう。俺は勇敢な女性たちを置いて一人逃げ出した男冒険者を探しに行こうか。

 そんな事を考え始めたその時。

 聞き覚えのある轟音がダンジョンの空気を震わせた。


「こ、この音……!」

「もしかして」

「サヤマさん……?」


 絶望に沈んでいた女たちの顔に一縷の希望が見える。


「……みんな用心して。アイツが何か注文したみたいだ」


 俺は声を潜めてスケルトンたちにそう注意をする。

 今さら新しい武器を持ってこられたとしても、もはや魔法使いの障壁もない。万が一運よくダンジョンを進めたとしても、あの重く大きな武器が吸血鬼に当たるとは思えない。だからといってダンジョンを引き返せば、再びゾンビちゃんと相対することとなる。どうあがこうとも、今さら一発逆転などありえないのだ。

 ……しかし、なんだろう。この胸のざわつき。


「なんか、嫌な予感がする。スケルトン、早く奴らにとどめを――」


 しかし、俺の指示は遅すぎた。いや、もっと早く指示を出していたところで、もはやそれを止めることなどできなかったのだ。

 轟音を響かせる悪魔のような黒い二輪車に跨り、『ヤツ』は現れた。


「待たせたな」


 男は二輪車で女たちを囲むスケルトンを蹴散らし、彼女たちの前で止まると、気取った口調でそう言い放った。


「たかし! そ、それってもしかして」

「ああ、バイクだ。カッコイイだろ。それだけじゃないぜ、見てろ――」


 男がそう言いながら取り出したのは、先程までは持っていなかった銃身の長い銃である。これもあの爽やかな青年から購入したのだろう。

 やはりそれも例に漏れず、ただの銃ではないようだった。


「行くぞッ!」


 雄叫びを上げながら引き金を引くと、クラクラするような轟音とともに銃口から弾が飛び出す。しかし、銃口から飛び出した弾丸は一つではない。それは、まさしく弾丸の雨と形容するに相応しい光景であった。


「こ、こんなのアリかよ……」


 銃弾の雨、そして骨片と化していくスケルトンを眺めながら、俺は思わず声を漏らす。

 ベクトルは違えど、男の活躍に驚いているのは俺だけではなかったらしい。つい数分前まで男を罵倒しまくっていた女たちも目を丸くして彼の蹂躙を見守る。


「これ、例の機関銃ってやつ?」

「す、凄い威力だわ」

「でもたかし、銃は価格も関税も送料も高いし色々面倒くさいから買えないって」


 女の言葉に、男はふっと息を吐くように笑う。そして彼はどこか遠くに視線を向けながら言った。


「リボ払い――って、知ってるか?」


 男の言葉に聞き覚えがなかったらしい。

 女たちはきょとんとした表情で首を傾げる。


「り、りぼ?」

「この世界には存在しない概念だろうからな。知らなくても恥じることじゃない。ま、お前らの心配する事じゃないさ」


 男はそう言いながら女たちに微笑みかけてみせる。

 しかしなぜだろう。絶体絶命の窮地から脱し、世紀の大逆転をやってのけたにも関わらず彼の顔は全く晴れやかではない。それどころか、アンデッドではない何かに追いかけているかのような「怯え」が彼の表情から滲み出ている。


「さぁ家に帰ろう。シャワーを浴びて、布団に潜って、朝になったら何かプレゼントを買ってやろう。全部元通り、何も変わらない。それで良いだろ?」


 男の呼びかけに、女たちは満面の笑みを浮かべ、その大きな二輪車へと飛び乗る。

 ダンジョン入り口へと引き返していく男たちを追いかける者は、もう誰もいない。俺はみるみる小さくなっていく彼らの背中を眺めながら、ため息とともに呟いた。


「ハーレムの維持って大変だなぁ……」


 当初、俺の胸の中で燻っていた妬み嫉みはすっかり消え失せ、残ったのは僅かな同情だけであった。


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