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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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129、アンデッドハンターのダンジョン殲滅作戦




 凄まじい銃声、雨のように降り注ぐ銃弾、飛び散る肉片と周囲を赤く染める血液。

 若い女の細い腕に似つかわしくない厳つい2丁の拳銃から交互に放たれる弾丸がゾンビちゃんの体を次々と貫いていく。恐ろしいことに、どの銃弾もすべて銀製だ。

 ダンジョン一の生命力を誇るゾンビちゃんも、これほどまでに銀の銃弾を浴びせられればひとたまりもない。

 明らかに過剰な量の弾丸を受け、ゾンビちゃんはとうとう仰向けに倒れこんだ。

 酷い光景だ。ゾンビちゃんの体にあいた穴、穴、穴。まさにハチの巣と言うに相応しい状態である。頭を狙えば多少弾を節約できただろうに、なぜかゾンビちゃんの頭には一発も弾丸が撃ち込まれていない。

 一体この戦闘だけでどれくらいの金額が飛んで行ったのだろう。このダンジョンに設置されたすべての宝箱を回収したとしても、恐らくは消費した銀の弾丸を買い直すだけの額にはならないに違いない。一体何のためにダンジョンへやってきたのか、まったくもって不明である。

 しかし金に糸目をつけない本末転倒の戦い方は、我々を非常に苦しめていた。銀の弾丸を始め、光魔法を繰り出す聖者の杖、銀のダガー、高濃度聖水、果ては小型火炎放射器まで、対アンデッド用特殊武器の展覧会でも始めるのかと思うほど多種多様な武器を駆使してダンジョンを突き進んでいる。

 攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。女のホットパンツから伸びる艶やかな脚にも、胸元の開いたノースリーブから伸びる引き締まった腕にも、かすり傷一つ付いていない。まさしく一方的な蹂躙だった。

 まぁ新しい武器の具合を確かめるため、自分の実力を下回る難易度のダンジョンへ足を運ぶのはままある事だ。大きな迷惑には違いないが、ここは彼女が満足して帰ってくれるのを見守るしかないだろう。


 そんなことを考えていると、冒険者が不意に動き始めた。

 彼女はリロードを終えた銃を銀色に光る短剣に持ち替え、すっかり動かなくなったゾンビちゃんに近付いていったのだ。そして仰向けに倒れたゾンビちゃんの長い髪を引っ掴み、その細い首に鈍く光る刃を入れる。

 あっという間にゾンビちゃんの頭は首から引き離され、体を置いてけぼりにしたまま冒険者と共にダンジョンを進んでいく。


「……は? ちょっ、なにやってんだよ!」


 今までにないその光景を俺はしばし呆然と眺めていたが、ハッと我に返って壁から飛び出す。瞬間、銀色に光る弾丸が俺の透明な体をすり抜けて壁にめり込んだ。

 本能的な恐怖により思わず固まる俺に、女は鋭い視線を向けて舌打ちをしながら銃を下ろす。


「貴様もいずれ浄化してやりたいが……今構っている暇はない。引っ込んでいろ」


 吐き捨てるようにそう言うと、女は視線を前に移して再び足を動かしはじめた。

 俺は慌てて女の前に立ち塞がり、その手に持ったゾンビちゃんの頭を指差す。


「待ってよ。それを置いて行ってもらわないと。テイクアウトはやってないんだよね」

「それはできないな。こんな穢れた場所に置いていたら彼女はいつまでも安らかな眠りにつくことができない」


 ここ最近冒険者の襲撃が控えめなこともあり、ゾンビちゃんは毎日10時間は寝ているが……恐らくそういう事ではないのだろう。

 今までにない物凄く嫌な感覚を胸に、俺は彼女に問いかける。


「それをどうするつもりだ」

「穢れた魂もろとも浄化し、土に還す」


 彼女の言葉に、もうとっくに血など通っていないこの体から血の気が引いていくような錯覚を覚える。

 ……最悪だ。

 瘴気の充満したこのダンジョンならば、細切れにされようとハチの巣にされようと光魔法をしこたま浴びようと、時間が経過すれば完璧に再生し、何事もなかったかのように再び活動を始めることができる。

 しかしダンジョンを一歩出ればそうもいかない。

 ダンジョンの外で、明確な殺意を持ってしかるべき処置を施せば、恐らくはゾンビちゃんを消滅させることも可能なのだろう。

 このままでは不味い。非常に不味い。

 俺は足元に火が付いたような焦燥を感じながら、しかし冷静を装って口を開いた。


「ダンジョンを過度に破壊する行為は冒険者協定に反している。ギルド追放もあり得るぞ」


 しかし女は表情を変えず、俺の透明な体を冷酷な視線で貫く。


「小賢しい……化物のくせに冒険者協定なんてものを知っているのか。しかしそんなもの、私には関係ない。私は冒険者ではないからな」

「ギルド無所属か……? だとしても、冒険者協定に違反すれば相応のペナルティが」

「何度も言わせるな、私は冒険者ではない。私は狩人、獲物を屠る者」

「狩人って……まさか、ハンター!?」


 彼女の言葉に俺は思わず目を見張る。

 俺も話に聞いたことしかないが、ハンターというのは冒険者ともまた違う職業であるらしい。

 ダンジョンに潜って宝を手に入れたり、魔物を倒して素材を手に入れたり、ギルドからの依頼をこなして報酬を受け取るなど様々な仕事を行う冒険者と違い、ハンターの仕事は「殺し」に特化している。

 人の世界に入り込んだ魔物や、人間にとって危険度の高い魔物を猟犬のごとく追跡、駆除するのだ。そのターゲットの多くは、危険度が高く通常の武器ではトドメを刺すのが難しいアンデッド。

 なるほど、アンデッド殺しに特化した装備も彼女の正体がハンターだというならば納得がいく。だがハンターが俺たちを狙うという事自体には全く納得がいかない。


「俺たちは健全なアンデッドだ。街に出て非戦闘員を殺したりしてないし、ダンジョン外にだってほとんど出ていない。もちろん冒険者は殺してるけど……そもそも冒険者は自分の命をベットして宝を獲りに来てるわけだし」

「だからなんだ」

「だ、だから、ハンターに狙われるような理由はないってことだよ!」

「狩人がウサギを仕留めるのに理由が必要か?」


 女冒険者――いや、女ハンターは冷徹にそう吐き捨てると、俺の透明な体をすり抜けてダンジョンを進んでいく。

 この体では彼女を物理的に足止めすることができない。かといって説得も無駄だろう。アンデッドそのものに強い恨みがあるのか、何らかの信念があるのか、それとも俺たちを恨む何者かが彼女に依頼したのか。とにかく彼女を言葉で止めることは諦めた方が良さそうだ。

 冷静に今後の作戦を考える必要がある……と思う反面、胸の中に渦巻く感情がそれを邪魔していた。焦燥、恐怖、絶望――様々な負の感情が俺の背中をせっつき、思考力を奪っているのだ。

 足元で燻っていた火が全身に回ってしまったかのようだ。冷静さを失わないよう、なんとか理性で感情をセーブしているものの、少しでも気を抜くと今にも叫び出すのを抑えられなくなってしまいそうだ。

 とにかく一人で考え込んでいても何も始まらない。一刻も早くこの事を他のアンデッドたちにも伝えなければ。

 負の感情により冷静さを欠いている事と視野が狭くなっている事を自覚しつつも、俺はダンジョンを守るべく行動を開始することにした。



*********



「大変だよ吸血鬼! 殺される! みんな殺されちゃうよ!」


 ダンジョン最下層にて、いつものように冒険者を待ち受けていた吸血鬼は慌てて飛び込んできた俺を見るなり怪訝な表情を浮かべて口を開いた。


「……は? そんなのいつものことだろう。このダンジョンに来る人間はいつだって僕らのことを殺しに来ているじゃないか」

「違うんだよ。そういうんじゃなくて、本当に殺されちゃうんだって!」


 必死に説明すればするほど、吸血鬼は眉間に刻まれたシワを深くしていく。

 どうやら俺は自分で思っていた以上に焦ってしまっているらしい。一刻も早く情報を伝えなくては、という気持ちが先走ってうまく言葉が出てこない。

 だがすぐに俺が上手い説明をする必要は無くなった。

 爆発音とともに天井が崩壊し、瓦礫と共にハンターが降りてきたのだ。その無茶苦茶な行動と彼女が手に持ったゾンビちゃんの頭を一目見て、吸血鬼は状況を察したようだった。


「……なるほどな、確かにこれは殺されそうだ」


 ハンターはゾンビちゃんの首を投げ捨て、二丁の拳銃を手に吸血鬼へと立ち向かっていく。

 しかし吸血鬼もただ蜂の巣にされるつもりはないようだ。

 彼は素早くハンターと距離を取ると、宝物庫の分厚い鉄扉を強引に剥ぎ取り、それを盾に襲い来る銃弾から身を守る。

 銀の弾丸というのはアンデッドにとっては脅威だが、それそのものの威力が高いわけではない。雨のような弾丸も、その分厚い即席盾を貫通するだけのパワーはないようだ。

 並大抵の人間では持ち上げることすらできないであろうその巨大な鉄の板を手に、吸血鬼はフロアを自在に動き回りながら、じわじわとハンターとの距離を詰める。

 人に最も近い姿をしているため忘れがちだが、やはり彼もれっきとした化物だ。

 考えてみれば、彼は吸血鬼として俺が想像することもできないような長い時間を生きてきたのだ。ハンターとの戦いだって一度や二度ではないのかもしれない。

 吸血鬼がこの戦いに勝てさえすれば、すべて丸く収まる。きっと何時間かすればゾンビちゃんも傷を負ったスケルトンも完璧に元通り、あとは自動的な回復が望めない天井の穴を塞ぐ算段を立てるだけだ。


 そしてとうとう転機は訪れた。

 銃弾の嵐が鉄扉を殴りつける音がピタリと止んだのである。引き金を引いているのに、弾が銃口から飛び出してこない。


「弾切れだ!」


 俺がそう呟くと同時に、盾から飛び出した吸血鬼が素早くハンターへと向かっていく。

 彼はずっとこの時を待っていたのだろう。

 弾の無くなった銃など漬物石と大して変わらない。そしてリロードや他の武器を取り出すだけの時間を吸血鬼が与えるはずもない。

 勝機は掴んだ。

 俺と、そして恐らくは吸血鬼自身も勝利を確信したその時。


「ッ!?」


 ハンターは吸血鬼の攻撃を銃身で防ぎ、がら空きになった脇腹に蹴りを放つ。

 しかしその蹴り、ただの蹴りではなかった。

 シャツにジワリと血が滲み、紅いシミがみるみるひろがっていく。吸血鬼の脇腹には、ハンターのブーツのつま先から飛び出た刃が突き刺さっていた。


「う……ぐ……」


 素早く刃を引き抜いて蹴り倒されると、吸血鬼はそのまま地面に転がるようにしてうずくまった。当然のことながらブーツに仕込まれていた刃も銀製であるらしい。つま先から飛び出た刃は根元まで血に濡れて怪しく光っている。かなり深く刺さったらしい。吸血鬼は脇腹を押さえ、苦しそうに呻きながら血を吐き出す。

 致命傷ではないようだが、やはり銀製武器による攻撃はダメージが大きいようだ。

 肩で息をしながらなんとか立ち上がるも、明らかに動きが鈍くなっている。先ほどまでの俊敏さを出すのは難しいだろう。

 その間にもハンターはゆっくりとリロードを済ませ、そして吸血鬼に銃口を向ける。


「終わりだ」


 背筋が凍るような声でそう告げると、ハンターは惜しげも容赦もなく吸血鬼の体へと弾丸を撃ち込みまくる。

 銃弾はどんどん吸血鬼の体に穴を作り、彼の体はみるみる血に塗れたハチの巣と化していく。

 こうなってしまえば、もはや吸血鬼に打つ手はない。そしてとうとう、吸血鬼が膝を折って地面に崩れ落ちる。

 するとハンターはゾンビちゃんの時と同じように銃を短剣に持ち替えて吸血鬼へと近付いていく。

 綺麗な頭部を刈り取るためだろうか。ぐずぐずに崩れかけた体とは対照的に、頭には一発も銃弾を撃ち込まれていない。

 しかし吸血鬼の首は、そしてもちろんゾンビちゃんの首も彼女に渡すわけにはいかない。

 俺は素早く手を挙げ、フロア入り口付近に合図を送る。それとほぼ同時に、何本もの矢が俺の体を音もなくすり抜けていった。その矢の目指す標的は、俺たちに背を向けて余裕しゃくしゃくとばかりに息絶えた吸血鬼へ向かっていくハンターだ。


 俺だってこのダンジョンの命運をただただ吸血鬼に丸投げしていたわけではない。もしもの時のため、事前にスケルトンたちを集めて準備をさせていたのである。

 ボスを倒したともなればいくら凄腕のハンターと言えど多少は気が緩むはず。そこへ突如降り注ぐ矢の雨。ハンターは成す術もなく地面に崩れ落ちる、という作戦だ。

 ところが、俺達の最後の希望は枯れた木の枝を踏むかのように無意識に、そして容易くへし折られた。

 ハンターの体を覆うドーム型の魔法障壁がスケルトンたちの放った矢をなんなく弾いたのである。ハンターはつまらなさそうに銃を構えてスケルトンたちに次々ヘッドショットを決めると、より一層つまらなそうな表情を浮かべて口を開く。


「雑魚どもを一掃するのは難しいが、安心しろ。すぐにきちんとした手順を踏んで浄化し、この場所をまっさらな洞窟に変えてやる」


 彼女が言っていることを理解するまでに数秒ほどの時間掛かった。

 最悪だと思っていた状況に、さらに底があったのだ。彼女のターゲットはこのダンジョンそのものであるらしい。我々を、完璧に根絶やしにしようというのだ。

 もはや用意していた最後の手も潰えてしまった。

 本当に、このままダンジョンがなくなってしまうのか? 永遠の命が、こうも容易く潰えてしまうものなのか? 俺はそれを指をくわえて見ている他ないのか?

 ……そんなのは嫌だ。

 俺は自らの無力で透明な手をじっと見つめ、そして決心する。何もできない無力な幽霊にだって、やらなきゃいけない時がある。今がその時じゃないか。

 俺はゆっくりとハンターの前に立ち塞がり、そして静かに口を開く。


「二人を置いて、今すぐに出て行け」

「それはできない。私の獲物だ」


 ハンターは歩みを止めず、俺の体をすり抜けて吸血鬼の方へと向かっていく。

 俺はハンターの背中を見つめながらさらに続ける。


「俺に帰る場所なんてない。こここそが俺の家、職場、居場所なんだ」

「なんのつもりだ。アンデッドが泣き落としでもする気か」


 ハンターはこちらを見ようともせず、地面に横たわり動かなくなった吸血鬼の側に座り込んだ。そして吸血鬼の黒い髪を鷲掴みにし、短剣を首に添える。

 俺は彼女にジリジリと近付きながら、ゆっくり、低い声で言う。


「もしここが単なる洞窟になってしまったら、俺は新しい居場所を探さなくちゃならない。そしたらどうしようかなって考えたんだけど……決めたよ、君に憑くことにする」

「はっ、まさかこの私を脅しているのか? 貴様が無力な浮遊霊であることは調査済みだ。そんなのがこの私にいったいなにを――」


 鼻で笑いながらハンターはようやくこちらを振り返る。しかし彼女の目に俺の姿が映ることは無かった。

 なぜなら俺は彼女の艶やかな足と足の間に潜り込み、ホットパンツの僅かな隙間から覗く布をじっくり観察していたからである。


「ふーん、白かぁ」

「なっ!?」


 俺が今どこで何をしているのかようやく気付いたのだろう。ハンターは慌てて立ち上がり、俺の目から逃れるようにその場から飛び退いた。

 しかし俺は素早くハンターとの距離を詰め、彼女の目をジッと見つめる。今までほとんど表情を変えてこなかったハンターが明らかに動揺しているのが分かった。

 俺は微笑みを浮かべ、彼女に優しく声をかける。


「勇ましいハンターも、下着は可愛いの履いてんだね」

「やめろっ! 一体何を!」


 恐らく反射的に、なのだろう。

 ハンターは手を硬く握りしめ、そして俺の頬目掛けてそれを打ち込む。

 だが当然の事ながらその拳は俺にダメージを与えることなく空を切った。俺はその拳を目で追いながら冷静に口を開く。


「君の言う通り、俺は何もできないよ。でも何もできないのは君も同じだ」


 下卑た笑いを浮かべ、俺は煙のようにハンターへ纏わりつく。

 そして彼女の引き攣った表情をジッと観察しながら、耳元で囁いた。


「俺はこう見えて結構寂しがりだからね。片時も君から離れないよ。着替えも、お風呂も、もちろんトイレの時も。夜寝るときは添い寝して子守唄を歌ってあげるよ。君の寝顔を見ていれば退屈な夜も楽しく過ごせそうだ」

「ヒッ……!?」


 先ほどまでの勢いは一体どこへ行ってしまったのか。ハンターはか弱い少女のように短い悲鳴を上げ、体を強張らせる。

 しかしすぐにあの鋭い視線を取り戻し、ハンターは俺に向けて攻撃を開始した。銀の短剣、銃弾、魔法、聖水、呪符まで、ありとあらゆる攻撃が俺の体をすり抜けていく。

 しかしスケルトンやゾンビちゃん、吸血鬼を苦しめてきた武器の数々も俺にはまったく効果がない。


「あはは、調査済みなんじゃなかったの? 俺にはどんな攻撃も通用しないよ」

「い、いや……そんなはずはない。私は数々のアンデッドを葬ってきた。貴様にもなにかしらの弱点があるはずだ」


 ハンターは憎々しげに顔を歪め、俺を睨みつけながら唇を噛む。

 しかしその唇が小刻みに震えていることを俺は見逃さなかった。


「まぁ疑うなら試してみれば良いけど。時間はたーっぷりあるんだし……ねぇ?」

「くっ……卑劣な……!」

「そのセリフがあと何回聞けるか楽しみだなぁ」

「は、恥ずかしくないのか! こんな卑怯な手で」

「君がこれから味わう恥ずかしさに比べればどうってことないよ」


 ハンターの目の中に恐怖の色が浮かぶ。彼女の胸の中で、俺への憎しみや殺意よりも恐怖の方が勝ったのだ。

 俺が取り憑く、というのがどういう事なのかようやく想像できたのだろう。彼女の顔がみるみる蒼くなっていく。


「どうしたの? アンデッドみたいな顔色だよ。ああそうだ、君がもし死んだら永遠に一緒にいられるね。……俺を置いて自分だけあの世へ逝こうだなんて思わないでよ」

「あ……う……」


 次の瞬間、ハンターは俺に背を向けて素早く地面を蹴ると、ダンジョンから脱兎のごとく逃げ出した。ゾンビちゃんの首や吸血鬼の首には目もくれず、地面に落とした対アンデッド用特殊武器を拾うこともせず、短距離走選手のごとくただ前だけを向いて走っていく。

 その姿が見えなくなるのをじっと待ち、そして彼女が完全にダンジョンを脱出すると同時に、俺は歓喜の声を上げた。


「やった……やったよみんな。ダンジョンを守ったんだ。この俺が!」


 女の子に逃げられるのがこんなに心地良く感じるのは初めてだ。

 ハンターがおっさんではなく、若い女性だったのは不幸中の幸いであった。俺は自然とガッツポーズをしつつ勝利の余韻を噛みしめる。

 しかし興奮が収まってくると、周りが妙に静かなことに気付いた。もちろんゾンビちゃんや吸血鬼はまだ意識を取り戻していないはずだが、生き残ったスケルトンはこのダンジョンの命運を見守っていたはず。歓声を上げながら俺の周りへ集まり、ハンターを追い払った俺に労いと称賛の言葉をかけるというのが自然な流れではなかろうか。

 俺はやや不満を覚えながらフロアの入口へと進んでいく。そこの岩陰には俺が集めていた弓隊スケルトンだけでなく、生き残った数多くのスケルトンたちが待機していた。


「大丈夫だよみんな、ハンターはもういない。俺が追い払ったんだ!」


 そう言うも、スケルトンの反応は芳しくない。

 みんな俺の方を見つめながら愛想笑いでもしてるみたいに歯を鳴らし、小さく拍手をする。

 この様子だと、どうやらハンターが出て行った事を知らないわけではないようだ。そりゃそうだろう。ここで待機していれば嫌でも俺たちの会話は聞こえて――


「……あっ」


 その時。ハンターに放ったセリフの数々が走馬灯のごとく俺の頭に流れ込んできた。

 もしかしてスケルトンたちのこの反応、俺はドン引きされているのだろうか。


「いや、あれはこのダンジョンを守るために言っただけであって……別に本心であの娘に憑いていこうと思ったわけじゃないからね」


 俺は冷静にスケルトンたちに弁解をするも、スケルトンたちの表情は依然として固い。

 必死に言い訳をすればするほど、スケルトンたちはその暗い眼窩を俺から背けていく。

 ……どうやら演技力が高すぎたようだ。

 迫真の演技があだとなり、俺はダンジョンの英雄になり損ねたのだった。


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