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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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128、迷子の迷子の生首さん




 断続的に響き渡る女の悲鳴。

 もしかしたらダンジョンに侵入してきた冒険者のものかもしれない。しかし俺たちに気付かれず知能なきゾンビのフロアを突破したのだとしたら相当な手練れか、もしくは何らかのイレギュラーである。俺は数体のスケルトンと、念のためその辺にいた吸血鬼も連れ、度々上がる悲鳴を頼りにダンジョンを進んでいく。

 しかしたどり着いた先にいたのは冒険者ではなく、ダンジョンの一角で無邪気に遊ぶゾンビちゃんであった。


「な、なにやってんの……?」


 珍しくボール遊びに夢中になっているゾンビちゃんを眺めながら俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 全く、慌てて駆け付けたのが馬鹿みたいだ。辺りを見回せど、冒険者など見当たらない。

 しかし不思議だ。先ほど聞こえていたあの声。ゾンビちゃんのものとは思えなかったが。


「や、やめろ! いい加減にしないか!」


 その時、今まで俺たちが必死に追いかけてきた女の悲鳴がすぐそばで上がった。

 やはりいつものゾンビちゃんの声とは違っている。しかも彼女の唇は全く動いていない。いつのまにボイスチェンジ腹話術なんて器用な技を習得したのだろう。


「本当いい加減に……ゲホッゲホゲホ」


 凄い。えずいているような声まで出しているにも関わらず、ゾンビちゃんはやはり一切唇を動かしていない。こんな特技があるならもっと早く言ってくれればいいのに。

 そんな暢気な事を考えていたその時、俺はその違和感の正体にようやく気付いた。 

 違ったのだ。俺の考えは何もかもが違っていた。

 まずあの声はゾンビちゃんが出しているんじゃない。ゾンビちゃんがポンポン宙に打ち上げているボールから上がったのだ。もっと言えば、ゾンビちゃんが遊んでいるのはボールではない。騎士のかぶるような、銀色の兜だ。そしてその兜、どうやら中身が入っているらしい。


「ねぇゾンビちゃん、それ――」

「アッ」

「うぎゃっ!?」


 ゾンビちゃんの腕の間をすり抜けて、兜がけたたましい音を立てながら地面へと叩きつけられた。

 兜はカラカラと音を立てて回り、やがて動かなくなる。そして一瞬の間を置き、兜からぬるりと生首が這い出てきた。


「うえ……気持ち悪い」


 ゾンビちゃんに遊ばれたせいで目を回してしまったのだろう。

 今にも吐いてしまいそうな勢いで生首がゴホゴホとえずいている。胴がないためか彼女が本当に嘔吐することは無かったが、その顔は酷く蒼い。……いくら吐きそうだとはいえ、これは少々蒼すぎる。

 いや、問題はそこじゃないな。そもそも生首がえずいている事自体がおかしいのだ。


「これ、デュラハン……?」

「デュラハンって首無し騎士だろう? 体と馬はどうした」


 俺の呟きに、吸血鬼は怪訝そうな表情で生首を見つめる。

 確かにいくら辺りを見回しても、彼女の首から下はどこにも見当たらない。馬はもちろん、仲間らしい者もいない。まさかここまで転がってやってきたのだろうか。

 しかし生首は助けを求めるどころか、俺たちの視線から逃げるようにそっぽを向く。


「うるさい、私に構うな!」


 彼女に腕があったら、差し出した手を叩かれていたに違いない。それくらい愛想の無い態度であった。

 とはいえ、こんな場所に無防備な生首を捨て置くのはさすがに気が引ける。


「生首だけでこんなとこにいたら危ないよ。ネズミに齧られたって、手も足も出ないでしょ」

「放っといてくれ!」


 切れ長の目でこちらを睨みつけながら、生首は噛み付くような勢いでそう声を上げる。

 キツイ顔をしてはいるものの、よくよく見ればかなりの美人だ。美人の怒った表情というのはなかなかに凄味がある。

 だがここが彼女の部屋ならまだしも、生首が転がっているのは我がダンジョンの中なのだ。人の家に侵入しておいて「放っといてよ」はないのではないか。

 そもそも死を予言する者であるデュラハンが、もうとっくに死んでいるアンデッドの巣窟に転がっているというのもおかしな話だ。

 いろいろな疑問を胸に抱えながら、俺は吸血鬼にそっと耳打ちする。


「……どうする?」


 すると吸血鬼は、俺が悩んでいたのが馬鹿みたいに思えるほどなんともあっさり、吐き捨てるようにして言う。


「ああ言っているんだ、お望み通りにしてやれば良いじゃないか。ネズミに齧られようがゾンビに弄ばれようが、僕等には関係ない事だ」


 あまりに冷たい吸血鬼の言葉に俺は思わず唸り声を上げる。

 しかし俺が反論できるほど、吸血鬼の考えは間違っていない。なにせ本人が俺たちの助けを拒んでいるのだ。吸血鬼の言う通り、俺たちには関係ない事である。


「や、やめろ! 私に触るな、ちょ……キャーッ!?」


 そう、生首が再びゾンビちゃんに拾われ、弄ばれ、天井近くまで投げ飛ばされようとも、俺たちには関係ないのだ。


「や、やめろ。やめなさ――アガッ!」


 一際高く打ち上げられた生首がとうとう天井に激突した。

 鈍い音と何とも言えない悲鳴を上げ、そして次は重力に引っ張られて地面へと引き寄せられていく。しかし生首だけでは受け身を取ることもできず、ただただ無情にも近付いてくる地面を見ることしかできない。

 再び地面に叩きつけられる生首から、俺は思わず目をそらす。

 ……さすがに、文字通り手も足も出ず蹂躙され続ける女性をただただ見ているというのは、俺の中にかすかに残った良心が許さなかった。地面に転がった首をなおも拾い上げようとするゾンビちゃんに、俺は思わず口を開く。


「ダメだよゾンビちゃん、あんまり意地悪したら……」


 しかし俺がゾンビちゃんへの説教を始めるより早く、ダンジョンに聞きなれない音が響いた。

 それは一定間隔でリズミカルに鳴り響きながら、徐々に大きくなっていく。

 それが何かの足音だと気付いた時にはもう遅かった。禍々しいオーラを放つ黒い大きな影は、すぐそこまで迫っていたのだ。

 暗闇から堂々と出てきたのは、首のない艶やかな毛並みの黒馬に跨り、美しい鎧に身を包んだ首無しの騎士である。


「お、もしかして体がお迎えに来たんじゃないの」


 俺は密かに胸をなで下ろしながら明るい声を上げる。これで強情な生首がゾンビちゃんに蹂躙される様を見ないで済む。

 それにしても、さすがはデュラハン。生首だけではなにがなんだか良く分からなかったが、こうして馬に跨っている姿は、勇ましく、気高く、そして恐ろしい「アンデッドの騎士」そのものだ。

 しかし、デュラハンが近づいてくるにつれ、俺は徐々に違和感を覚えていった。

 女の小さな頭や細い首に、その鎧に覆われた屈強でガッチリした体は少々大きすぎる。仮にこの頭をそこの体にくっつけたとしたら、10頭身をゆうに超えてしまうのではなかろうか。

 女性の体のことをとやかく言うのは失礼かもしれないが、我慢できず、俺は吸血鬼に耳打ちをした。


「……随分体格が良いね。やっぱり女性とはいえ騎士だから――」

「馬鹿言うな。どう考えても男の体だろうあれは」


 吸血鬼はそう言うと呆れたようにため息をつく。

 確かにあの屈強な体は、男のものと言われたほうがしっくりくる。しかし、吸血鬼の言葉により俺はますます混乱することとなった。


「んん? 意味分かんないんだけど。なんで頭が女で体が男なの? キメラ?」

「……君はたまに凄く馬鹿になるな、頭が固いのか? 体だけの男と頭だけの女はそれぞれ別の個体なんだろ」

「あ、そっか」


 恥ずかしい凡ミスを照れ笑いで誤魔化し、さらに続ける。


「ま、まぁでも、仲間が来てくれたんならそれで――」

「なにしに来た!」


 これにて一軒落着かと思った矢先、事件の解決を拒むような生首女の刺々しい声が響いた。

 せっかく迎えに来てくれたのであろう仲間に対してこの態度。そのまま帰られてしまっても文句は言えないような状況だが、首無し男はなんとも冷静に紙とペンを取り出し、何かを紙に書き出してそれを生首に掲げる。


『君を迎えに来たんだ。怪我はないか』


 やはり首がないと声も出ないのだろう。

 男は丁寧な文字でさらりと女を気遣う言葉をかける。この男、見た目のわりになかなかの紳士らしい。

 しかし女の方もなかなかに手強い。


「優しいな。だが来てくれたのは君だけか?」


 ふん、と鼻を鳴らし、女は苛立ちを顔いっぱいに広げる。そして首無し男が何かを紙に書くより早く、女は吐き捨てるように言った。


「いい、分かってるさ。結局君の頭は私の身体が目当てなんだろう。ああ、分かっているさ。わたしなんていない方が静かで良いに決まっている」

『頭は乗馬ができない。足手纏いになられると困るから置いてきただけだ』

「どうかな。君の頭、この前だって私に嘘を――」


 それから女は長々と以前起こったのであろう男とのトラブルについて怨嗟の声を垂れ流す。まったく、肺もないのによくもまぁこんなに息が続くものだ。

 しかし男の方はというと、生首女の文句に言い返すこともせず、ただ冷静に紙へ言葉を載せていく。


『俺たちは君に首ったけなんだ。あの時だって、君に嫌われたくない一心だった』


 しかしその言葉は女の頭を冷やすどころか、彼女の怒りに油を注ぐ形となってしまったらしかった。

 生首女はその綺麗な形の目を吊り上げ、岩が砕けんばかりの金切り声を上げる。


「またそうやって、君のため君のためって! なんて恩着せがましいんだ、それで私が『あら私のためだったの? ありがとう!』なんて言うと、君は本気で思っているのか? 君というやつはいつもいつも……話している途中だぞ、リフティングをやめろ!」


 金切り声を不快に思ったのか、それとも中身のない痴話喧嘩にうんざりしたのだろうか。ゾンビちゃんは唐突に生首を蹴り上げ、全身を使ってリズミカルに生首を打ち上げ続ける。

 悲鳴を上げながら何度も宙を舞う生首。一際大きく蹴り上げられた生首を、見かねた首無し男がキャッチすることでようやく彼女はゾンビちゃんから離れることができた。

 しかし生首は目を回してえずきながらも、男の腕の中でふるふると奇妙に動き始める。どうやらこの行為は彼女なりの抵抗のようだ。


「なにをやっている! 助けてくれなんて頼んでな……ひっ」


 生首女は小さく悲鳴を上げてピタリと動きを止めた。

 せっかくのおもちゃを取り返すべく、ゾンビちゃんが虎視眈々と男の腕に抱かれた生首を狙っている。生首女もその視線に気付いたのだろう、虚勢を張るのをやめ、男の腕の中で怯えた表情を浮かべる。とはいえ、あんな立派な騎士にああもしっかり守られていては、ゾンビちゃんも簡単には手出しできない。

 しばらくにらみ合いが続いていたが、襲ってこないゾンビちゃんに生首女も安心したのだろうか。彼女は男の腕に身――いや、「頭」をゆだね、微笑を浮かべながらゆっくりと目を閉じる。


「やっぱり、君の腕の中が一番落ち着くな……」


 どうやら彼女のヒステリーも収まってきたようだ。

 他者を寄せ付けない二人だけの小さな世界がダンジョンに生み出されていく。

 だが忘れないでほしい。ここはアンデッドダンジョンで彼らはアンデッドに囲まれているのだ。残念なことに、俺に他人の甘い空間を覗き見る趣味はない。全く、人の家で何をやっているのだこいつらは。何より、今の彼らは隙だらけである。

 その隙をゾンビちゃんは見逃さなかった。


「ボール! ちょうだい!」


 ゾンビちゃんはおもちゃにじゃれつく猫のような俊敏さでデュラハンたちに飛びかかる。

 しかしさすがは騎士だ。首無し男はゾンビちゃんが地面を蹴ると同時に素早く剣を抜き、空中に飛び上がったゾンビちゃんの首をその鈍色に光る刃で跳ね飛ばしたのである。

 彼女の首と胴体は鈍い音を立てて転がり、やがて動かなくなった。その切断面からは壊れた蛇口のように血が滴って地面に血だまりを作っている。飛び散った血は壁やデュラハンたちの体にも付着し、あたりを無差別に赤く染め上げていた。

 首無し男は彼女を守る様にますます腕に力を籠める。そして剣に付いた血を払って刃を鞘に収めると、彼は次に自分の腕に抱かれた生首にその指を伸ばした。恐らく彼女の頬に付いた返り血を拭おうとしたのだろう。どこまでも優しい男だ。

 しかし彼女はそれを拒絶するかのごとく腕の中で跳ね上がり、そっぽを向くように顔の向きを変えてみせた。

 表情は分からないが、恐らくはわけも分からず混乱しているであろう首無し男に、生首女はじっとりした視線を向ける。


「……可愛い女の子を首だけにしてどうするつもりだ。それも私の目の前で!」


 どうやら首無し男がゾンビちゃんを「生首」にしてしまったことで、彼女の胸……いや、頭に謎の嫉妬心が芽生えてしまったようだ。

 せっかく機嫌を取ったのに、それも全部水の泡である。振出しに戻る、といったところか。

 繰り返される痴話喧嘩を眺めながら、吸血鬼が呆れたように言う。


「うるさい女だな。こんなのの相手、耳のある男じゃ務まらないはずだ」

「はは、本当に……」


 俺は思わず苦笑いを浮かべながら吸血鬼の言葉に同意をする。

 この美しい彼女を逃したくない気持ちも分からないではないが、残念ながら彼女の性格には大いに難があるようだ。

 「こんなの」の相手ができる男は世界中探してもデュラハンの身体くらいのものだろう。

 頭が無ければ頭に血が上ることもなく、冷静に彼女の機嫌を取ることができる。ヒステリーを対処するには最高の人材だ。

 ……それが彼の本当の幸せなのかは別として。


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