121、新春一発芸大会
のんびりした空気の流れる昼下がり。
本来ならば冒険者が最も多く訪れる忙しい時間帯だが、今日のダンジョンは不自然なほどにゆったりした空気が流れている。スケルトンはまだ細かな仕事をのろのろと進めているものの、吸血鬼などはソファの背もたれに体を預け、ぼーっと天井を眺めている有様だ。
「暇だ」
「暇だね」
「どうして冒険者が来ないんだ」
吸血鬼は天井を見つめたまま寝言のように呟く。
冬は冒険者の数が少なくなる……とはいえ、雪も降っていないのにこれほど冒険者が来ないのは不自然である。
だが、その理由はもう分かっていた。
「そりゃ冒険者も来ないよ。だって正月だもん」
「えっ、もうそんな時期か」
吸血鬼はソファから飛び起き、目を丸くしてこちらを見つめる。俺は彼を見下ろしながら腕を組んで数回頷いた。
「吸血鬼くらいの年になると、目にも止まらぬ速さで一年が過ぎ去っていくんだろうね」
「人を老人扱いするな」
そう言ってこちらをひと睨みすると、吸血鬼はまた覇気のない顔でボーっと壁を見つめながら呟くように口を開く。
「忙しすぎるもの大変だが、こう暇なのも考えものだな」
「そうだねぇ……」
俺は吸血鬼の言葉に同意をしながら、そっと部屋の隅に目をやる。
そこにはジメジメした空気を纏い、光の無い目で虚空を見つめるゾンビちゃんがうずくまっている。知らない人が彼女を見たら完全に死体だと思うに違いない。今にもキノコや苔が生えてきそうな不動っぷりである。
スケルトンや吸血鬼は暇だ暇だと言いながらも長い休暇をそれなりに過ごせているのだが、ゾンビちゃんは休暇の使い方が非常に下手だ。今や食事の時間以外、一日の大半をああやって過ごしている状態である。
「なんだあの体たらくは。まるで廃人じゃないか」
「酷いよねぇ。最初はネズミ狩りとかで時間潰してたみたいだけど、ここ数日ずっとあの有様だよ」
俺はそう言ってため息を吐く。
備蓄している肉のお陰で獣状態になっていないだけマシではあるが、そうはいってもいつまでもこの状態ではあまりに不憫である。
なんとかしてやれないものかと考えていると、吸血鬼が何か思いついたように顔を上げ、そしてゆっくりとソファから立ち上がった。
「……よし、じゃあ僕が一つ暇潰しに協力してやろう」
********
吸血鬼の宣言からおよそ一時間。
スタッフ役らしきスケルトンに案内されて部屋に入ると、想像よりずっと大掛かりな舞台装置が俺を出迎えた。臙脂色のカーテンに覆われていてその全貌を窺い知ることはできないが、どうやら吸血鬼はなんらかのショーをするつもりらしい。
ご丁寧に会議室から椅子まで運び出してあり、すでに舞台の前では観客が開演の時を待っている。ゾンビちゃんが客席にいないところを見るに、彼女も吸血鬼と同様に演者として舞台に立つのだろうか。
「アンデッドの皆様、大変長らくお待たせ致しました」
俺が最前列の空席に座るなりカーテンが開き、舞台の上で恭しくお辞儀をする吸血鬼が姿を表した。
舞台衣装と言うことなのだろうか、派手な燕尾服を纏い、シルクハットまで被っている。
「なにこれ?」
思わず舞台上の吸血鬼に尋ねると、彼は急に素に戻って口を開いた。
「見て分かるだろう、イリュージョンだよ」
「こんな舞台装置いつの間に……」
「長く生きていればイリュージョン道具の一つも必要になってくるものだ。さぁスケルトン、頼むぞ」
舞台袖に向かって声をかけると、黒服を纏ったアシスタントスケルトンがガラガラと音を立てながら、鮮やかな緋色の布に飾られた台車を舞台上へと運んできた。
台車に乗っているのは小さな棺桶に入ったゾンビちゃんである。棺桶に空いた穴からは彼女の頭と腕、そして足首から先が出ている。
与えられた干し肉の塊を食べているからか、ゾンビちゃんはそんな窮屈な状態にも関わらず大人しく台の上に横たわっていた。
「では始めよう」
そう言うと、吸血鬼は台車から馴染み深い長剣を取り出した。恐らくは冒険者に広く使用されている最もスタンダードな剣、『鋼の剣』であろう。
彼は鈍色の刃を鞘から取り出し、客席に向け掲げる。
「見ての通り、種も仕掛けもない剣だ。これを――」
吸血鬼はそう言いながら、棺桶から出ているゾンビちゃんの足から数十センチ上――恐らく膝に当たるであろう場所に剣を刺した。
「うえっ……」
俺は口をへの字にして思わず声を上げた。
吸血鬼の突き刺した剣は棺桶を貫通してズブズブと沈み、そして台車の下から剣の先が見えるまでになった。
それだけならば別に不思議ではない。これはマジックなのだ。これだけ大掛かりなマジックは確かに迫力があるが、言ってみれば良くある「剣刺しマジック」である。
問題は、棺桶を通って出てきた剣先が赤黒い液体でべったりと濡れていたことである。
マジックの失敗が頭をよぎったのは俺だけではなかったようだ。観客席のスケルトンたちからもざわめきが上がったが、当のゾンビちゃんは声を出すこともなく涼しい顔で肉を食べ続けている。
吸血鬼も床に溜まっていく血を気にすることなく、また台車から剣を取り出し、もう片方の脚があるであろう部分に剣を突き刺した。
先ほど同じく、棺桶から出てきた刃にはべっとりと血が付いている。しかしゾンビちゃんはやはり涼しい顔で肉を食べ続けていた。という事は、これも演出の一つなのだろう。
「おー、ちゃんとマジックになってるじゃん。ちょっと過剰演出気味だけど……」
舞台に広がっていく血溜まりを眺めて、俺は思わず苦笑いを浮かべる。滑って転ばないのが不思議なくらいだ。
「さて、仕上げだ」
吸血鬼がそう言って次に取り出したのは、剣ではなく断頭台に使用されているような巨大な刃だ。彼はそれを器用にくるりと回して仕掛けがない事を証明する。
そして吸血鬼は巨大な刃の両端に付いた持ち手を掴み、それを棺桶――ゾンビちゃんの腰があるであろう位置にあてがい、力を込めて刃を押し込む。
しかし先ほどとは異なり、今回の刃はスムーズに棺桶を通っていかなかった。ゾンビちゃんは涼しい顔をしているものの、巨大な刃はベキベキだとかゴリゴリだとかいう鈍い音と血飛沫を上げながら、少しずつ少しずつ棺桶に巨大な刃が沈んでいく。
「こんなスプラッターな演出必要かなぁ、悪趣味じゃない?」
あまりに痛々しい「マジック」に、俺は思わず顔を顰めてスケルトンたちにそう耳打ちする。
しかし今さらこのショーを止めても仕方がない。
そもそも吸血鬼のマジックはすでに佳境へ向かっているようだ。刃が完全に棺桶を二つに分断したのである。
吸血鬼は血に塗れた三本の刃を引き抜き、床に投げ捨てた。そして台車に手をかけ、真っ二つになった棺桶を左右に引き離す。これぞ人体切断マジックの肝であろう。
そして吸血鬼がその切断面をこちらに向けた瞬間、客席は骨を打つざわめきでいっぱいになった。しかしそれは歓声ではない。悲鳴である。
「ひえっ!?」
俺も思わず短い悲鳴を上げる。
吸血鬼が客席に向けた切断面からは、骨と肉と内臓が覗き、そしておびただしい程の血が滴っていたのだ。
「ストップストップ! これマジックじゃないじゃん!」
俺は慌てて檀上に上り、この残虐なショーを止めさせるべく声を荒げる。しかし吸血鬼は悪びれるどころかドヤ顔で口を開いた。
「君はこのショーをマジックだと思っていたのか? それはとんでもない『勘違い』だな」
「上手い事言った、みたいな顔止めてくれる?」
「種も仕掛けもないって最初に言ったじゃないか」
「マジシャンはみんなそう言うじゃん!」
「何をそんなに怒っているんだ。僕は別に小娘を無理矢理切断したわけじゃないぞ。ちゃんと本人に許可は取ってるし、報酬も払った」
「ああもう、ゾンビちゃんもなんでそんな平気な顔してるんだよ!」
俺はそう言ってゾンビちゃんに視線を移す。
スケルトンにより棺桶から出された彼女は、腰、そして両足を切断された状態にも関わらず、相も変わらず涼しい顔で肉を頬張っている。ゾンビちゃんにとって肉は麻酔薬か何かなのだろうか。
しかしせっかく手に入れた報酬も長くは持たない。巨大な肉塊の最後の一口を、ゾンビちゃんは早くも腹に収めてしまったようだ。すると彼女は口寂しさを誤魔化すように声を上げる。
「私モ! 私モなんかヤル!」
「ええ、その状態で……?」
「お前に一体何が出来るんだ?」
ゾンビちゃんは俺たちの問いかけに考えるような素振りを見せ、そしてパッと顔を輝かせた。
「大食イ!」
「却下」
「ナンデ!」
ゾンビちゃんはそう声を上げ、体を切断された時には見せなかった不服そうな顔を見せた。
「そりゃそうでしょ……」
「お前に大食いなんてさせたら備蓄してる肉がなくなるだろう」
「ムー……」
納得してもらえたのか定かでないが、とにかく大食いができないという事実は理解できたようだ。
ゾンビちゃんは再び腕を組んで考える素振りを見せた後、子供のように無邪気な声を上げた。
「じゃあ私もイリュージョン! ヤル!」
「小娘がイリュージョン? ははは、笑わせるな。お前にできるものか」
「デキルもん!」
嘲るような吸血鬼の言葉にゾンビちゃんは頬を膨らませ、ムキになったように声を上げる。
するとやめておけば良いのに、吸血鬼もニヤニヤと笑いながらゾンビちゃんを煽るように口を開いた。
「面白い、ならやってみろ。舞台を貸してやろう」
トントン拍子に話が進み、いつの間にかゾンビちゃんを止められないところにまで来てしまった。
こうなってしまってはもう俺に彼女を止めることはできない。しかし最後の抵抗だ。俺はため息を吐きながらゾンビちゃんに懇願する。
「お願いだから血が出るようなマジックはやめてね……」
*******
ゾンビちゃんの体の回復が済むと、さっそくゾンビちゃんによる「イリュージョンショー」が幕を開けた。
吸血鬼から衣装も借りたのだろう。ゾンビちゃんは大幅に袖の余ったぶかぶかの燕尾服と、油断すると目元まで覆ってしまうシルクハットを被り、ぎこちない動きでお辞儀をする。
「エート……アンデッドのミナサマ、お待タセしました」
たどたどしい口調での挨拶を終えると、それに合わせてスケルトンが台車を舞台上に運んで来た。
上に乗っているのはゾンビちゃんの顔よりふた周り程も大きい肉塊である。彼女は台車の前に立ち、肉を見下ろしながらにんまり笑う。その瞬間彼女の目は肉に釘付けになり、もはや観客など眼中にないようだ。
「タネもシカケもないニクです。このニクをイマカラ一瞬で消します」
「消すって、まさか……」
肉塊が運ばれてきた時点で嫌な予感がしていたが、その一言で予感は確信に変わった。
ゾンビちゃんは肉を鷲掴みにし、すごい勢いでそれに齧り付く。
ああ、やられた。彼女の狙いはこれだったのか。
確かに「血が出ないマジック」ではあるが……「ちゃんと種や仕掛けのあるマジックをする」という誓約を結んでおくべきだった。
しかし一応マジックという体裁を整える意思はあるのだろうか。「一瞬で肉を消す」という宣言通り、いつもより肉を食べるペースが早いようだ。
しかし半分ほど肉が消えたところで、ゾンビちゃんに異変が起きた。
「ウグッ……」
凄い勢いで肉を食べ進めていたゾンビちゃんの動きが、突然止まったのである。
お腹がいっぱいになったのだろうか?
いや、そんなまさか……
「グッ……ううっ……」
ゾンビちゃんは両手で自らの首を締めるような仕草を見せる。もともと血の気のない蒼い顔をしているから分からなかったが、この仕草でピンときた。
「あっ、分かった! 肉が詰まったんだ!」
「窒息してるなこれ」
肉が詰まって声も出せないというのに、ゾンビちゃんは気道の確保より食事を優先したようだ。なおも肉を口に押し込むべく食べかけの肉塊に手を伸ばす。
「ちょっ……頼むから一回肉諦めて!」
「体張ってまで正月っぽい事しなくて良いんだぞ」
慌てて舞台上に上がり、吸血鬼がゾンビちゃんの背中を叩く。しかし固い干し肉はかなりガッツリゾンビちゃんの喉に詰まってしまっているようだ。いくら叩けども肉はゾンビちゃんの喉から出ようとしない。
そのうち吸血鬼の方が先に音を上げた。
「ダメだ。これはもう手術だな」
「ああもう……スケルトンお願い!」
呼び掛けると、舞台袖からスケルトン医療団が素早く飛び出してゾンビちゃんに駆け寄った。すでに準備を整えてスタンバイしていたのだろうか。彼らはゾンビちゃんを舞台の上に寝かせると、短剣を取り出し、鮮やかな手付きで喉を切開する。
もう今回の一発芸大会優勝者は彼らの手術で良いだろう。
しかし残念なのは、最終的に俺との約束が守られなかったことである。
「結局血が出る事になるんだよなぁ……」
「まぁ、このダンジョンに相応しい新年じゃないか」
吸血鬼はそう言うと、悪びれる様子もなくヘラヘラ笑った。
ゾンビちゃんはと言うと、喉を切開されているにも関わらず大きな肉を抱えてどこか幸せそうにしている。
スケルトンたちもまた、恐ろしいほど冷静に舞台装置の解体を進めていた。
新年早々、いつも通りの光景である。
俺はその様子を眺めながら、きっと今年も、こんな光景を何度も見ることになるのだろうなぁ……などと考えるのだった。




