117、ガラスの靴
「……なんですかその服」
「どうだ、似合ってんだろ」
「いや、似合うもなにも……」
俺はどんな表情をすれば良いのか分からぬまま、じっと体中に腐肉をくっつけた先輩を見つめる。
彼は我がダンジョンを金儲けの手段にしようと、度々ゾンビに変装してはアンデッドたちの前に姿を晒す命知らずである。だが今日の先輩はいつもと少し様子が違った。いつも身に纏っているいかにもなボロ布ではなく、背広などを羽織りネクタイまで締めている。ゾンビが着るにしては上等すぎてアンバランスだ。
「来るなって何度も言ってるじゃないですか、そんな格好までして……」
「おいおい、あまり無礼なことを言うなよ。今日の俺は貴族様の遣いとしてきたんだからな!」
「貴族の遣い? 先輩が?」
「ああ、そうとも」
先輩は胸を張り、ドヤ顔で頷いてみせる。
俺は思わず顔も名前も知らぬその貴族に同情してしまった。先輩を雇わざるを得ないなんて、余程の貧乏貴族に違いない。
「実はとある貴族からお触れが出ていてな。ちょっとこれを見てくれ」
そう言うと、先輩は手に持っていた小汚いトランクから踵の高い婦人靴を取り出した。しかもただの靴じゃない。一点の曇りもない透き通ったガラスで作られた、かなり小ぶりな美しい靴である。その幻想的な見た目と実用性の乏しさから、俺にはその靴が人形か妖精のものなのではないかと思えた。
だが先輩の次の言葉で、俺の考えは否定されることとなる。
「この靴にピッタリな足を持つ女を探してるんだ」
「はぁ、なんでまた……いや、待ってください。女って、まさかゾンビちゃんの事ですか!?」
「ああ、そうとも」
先輩は「当然だろ」と言わんばかりの表情で頷き、唖然とする俺に向かってさらに言葉を続ける。
「懸賞金が出てるんだ。貴族の元へこの靴に合う足の女を連れていけば、しばらく遊んで暮らせるくらいの金が手に入る」
「いやいや、貴族って人間ですよね? ゾンビなんか連れて行ったってしょうがないでしょう」
「大丈夫大丈夫、条件は『靴がビッタリ合う女』ってだけなんだ。人間じゃなきゃダメ、なんてどこにも書いてなかったぜ」
「なに言ってるんですか。こんなとこ探してないで、普通の街で人間の女の子を探して連れて行ってくださいよ」
「そんな正攻法、もうとっくに試したに決まってるだろ。でもダメなんだよ。貴族様のお膝元の街にはもう話が広まってて、足の小さい女はみーんな城に行っちまった。ならばと思って、俺はその貴族の顔も名前も知られていないような遠くの街へ行って女を探してみたんだ。だがそれもダメだった。せっかく何日も歩いて遠くの街へ向かったってのに、事情を説明しても変態か、詐欺師か、人攫い扱いだ。まったく世知辛い世の中だよ」
「そりゃあそうでしょうね」
ただでさえ胡散臭い話に加えて先輩のこの胡散臭い顔。
こんなのについてくるような女がいれば、とっくの昔に騙されて今頃は骨も残っていないだろう。
「先輩の旅が骨折り損のくたびれ儲けに終わった事は同情しますけど、ゾンビちゃんを会わせるわけにはいきません。お引き取りください」
俺はそう吐き捨てて、先輩を冷たく突き放す。いつもなら「そんな事言うなよ」などと言ってすり寄ってくるところだが、今日の先輩は俺の予想と全く違う反応を見せた。
先輩は特に慌てるそぶりも狼狽えるそぶりも見せず、なぜか余裕の表情で俺にこう言ったのだ。
「ふーん、そんな冷たいこと言うのか。じゃあもう良い、お前には頼まない」
俺は先輩のどこか含みのある物言いに引っ掛かりを感じて首を傾げていたが、すぐに彼の余裕の正体に気付くこととなった。
「連れてきたぞ」
吸血鬼が暢気な声を上げながら通路の奥の暗がりから現れた。それだけならまだ良かったのだが、彼の後ろにはゾンビちゃんの姿まであったのだ。
「うわぁ!? なに連れてきてるんだよ!」
思わず素っ頓狂な声を上げると、吸血鬼は怪訝な表情をこちらに向けて口を開く。
「なんでって……良い金儲けの話があるって言うから」
「こんな胡散臭いヤツの話に乗らないでよ! もしかして吸血鬼って投資詐欺とか引っかかるタイプ?」
「どうもどうも吸血鬼さん、ご協力ありがとうございます。ではさっそく」
先輩はニコニコと愛想笑いを振りまきながらガラスの靴を手に持ち、ゾンビちゃんの前に跪く。
ゾンビちゃんも吸血鬼も特に説明は受けていないのだろう。先輩の行為を不思議そうに見つめている。
「ナニナニ?」
「いいから、少しの間大人しくしてて下さい。さぁ足を上げて。ほら早く」
先輩はなんの遠慮も躊躇もなくゾンビちゃんの脚を掴み、やや強引にガラスの靴へと彼女の足を誘導していく。興奮しているのか、目は血走り息も荒い。これでは変態と言われても言い訳できない状況である。しかし恐らく彼が見ているのはゾンビちゃんの脚ではなくその先にある懸賞金なのだろう。
そして小柄なゾンビちゃんの小さな足がガラスの靴に吸い付くようにはまったのを見るなり、彼の興奮は最高潮に達した。
「す、すごい……ピッタリだ! やった、やったぞ。あはは、ここまで来たかいがあった」
一人勝手に盛り上がる先輩に、俺たちは揃って怪訝な視線を送る。
オーダーメイドされたようなガラスの靴のサイズ感とは裏腹に、ゾンビちゃんはその靴の履き心地が気に入らなかったらしい。まぁそれも無理はない。普段裸足でダンジョンを駆け回っている彼女にガラスの靴など履けるはずがないのだ。
ゾンビちゃんはすぐさまガラスの靴を脱ぎ捨て、いつもと同じ裸足でダンジョンの地面に足をつける。
しかし先輩はそんなこと気にもせず、興奮冷めやらぬ様子でゾンビちゃんに声を掛けた。
「すぐに支度をしてください、今から急げば明日には城につきます!」
「ちょ、ちょっと待ってください。ゾンビちゃんはダンジョンの外に出られませんよ。それも昼間外を出歩いたりなんかしたら、すぐに体が腐るに決まってます」
「そうなのか? ならこのトランクに入ってて下さい。この中なら日光も当たらないでしょう」
先輩はそう言うと、地面に置かれた開きっぱなしのトランクを指差す。確かにそれなりの大きさのトランクで、小柄なゾンビちゃんを運ぶこともできるかもしれない。
しかしそれはあくまで彼女をトランクにギュウギュウ押し込み、上から力を加えながら強引に蓋を閉めればトランクに鍵がかけられる状態まで持っていけるだろうという程度の話だ。もちろんゾンビちゃんがトランクの中で体を動かせるようなスペースはなく、並の人間なら三分と持たずに音を上げるだろう。
その上、問題は狭さ以外にもある。
このトランクはゾンビちゃんのために用意したものではない。あくまで先輩が使用していた旅行カバンなのだ。中には使用済みと思われる靴下や下着の類が散乱し、今にも黄色い湯気のようなものが浮かんできそうな有様である。
地面で寝ることを厭わないゾンビちゃんも、さすがにこのトランクは気に入らなかったようだ。思い切り顔を顰め、俺に助けを乞うような視線を向ける。
「狭イし変なニオイするよぉ」
せっかく見つけた逸材をみすみす逃す訳にいかないのだろう。先輩はゾンビちゃんの言葉に面白いくらい目を泳がせて狼狽えた。
「そ、そうですか? なら市場に寄ってお香を買ってあげます! なんなら氷も買ってきましょう、それなら腐らないでしょ」
「そんな死体を運ぶみたいに……まぁ間違ってはないですけど」
「ちょっと待て、ちゃんと説明しろ。なぜ小娘に靴を履かせて、その上どこかへ連れ去ろうとしているんだ」
今まで怪訝そうな表情でこちらを見ていた吸血鬼がとうとう声を上げた。
すると先輩はハッとしたような表情を浮かべ、努めて平静を装いながら吸血鬼の質問に答える。
「実はですね、このガラスの靴にピッタリ足のはまる女性を貴族の元に連れて行くと懸賞金が出るんですよ」
「……貴族って人間の貴族か? お前ゾンビだろう、どうやって城の中へ入るつもりだ」
怪訝そうな表情を浮かべた吸血鬼の鋭い一言に先輩はひどく慌てながら少々上ずった声を上げる。
「あっ、え、ええとそれはですね……そ、そうそう! 魔法です、魔法ですよ。人間に化けて貴族の元へ行くつもりなんです」
「へぇ、便利だな。だがそもそも何故そんな女を集めるんだ。その貴族、変態なのか?」
「この靴――まぁこれ自体はレプリカですが、数日前に開かれた舞踏会で貴族様お気に入りの姫が落とした物らしいんです。そのどこぞの姫は名も名乗らずに貴族の前から姿を消してしまったらしくて、手掛かりはこの靴のみって話みたいですよ」
「……ん? じゃあその貴族は足の小さい女性を探している訳じゃなく、あくまでその舞踏会で一目惚れした姫を探してるってわけですか?」
尋ねると、先輩は俺の言葉にアッサリと頷く。
「多分そういうことなんでしょうね」
「名前も告げずに逃げ出したって……それは振られたって事なんじゃないのか? その貴族もしつこい男だな」
そう言いながら吸血鬼が呆れたようにため息をつくと、先輩は苦笑いを浮かべて吸血鬼をたしなめた。
「そう野暮なこと言わないでくださいよ。貴族の領内じゃ『ロマンチックな話』だとか『一途で素敵な王子』とか言われて持て囃されてるんですから」
なるほど、確かに想い人を探してこんなに手間のかかる事をやらせるなんて、その貴族の男はかなりのロマンチストらしい。
……だがその男、冷静に考えてみれば少々ロマンを追い求め過ぎではなかろうか。本当に一目惚れした姫を探したいだけなら、この方法はあまりに非効率だ。
「なんで貴族はこんな面倒な真似をやらせたんですかね。女性一人一人に靴を履かせて回るなんて時間がかかることやらずに、似顔絵でも書かせてばら撒けば良いのに」
「相手はどこぞの姫ですよ? そんな指名手配みたいな真似したら失礼でしょう」
「だとしても、もっと他にやり方があったと思うんですよね。懸賞金をかけてその辺のゴロツキたちにまで権利を与えてしまったら、どう考えても舞踏会になんて行ってない足が小さいだけの女の子ばっかり集まると思うんです。それって手段が目的化しちゃってません?」
俺は横目でゾンビちゃんを見ながらそう呟く。彼女もまた「どう考えても舞踏会になんて行ってない足が小さいだけの女の子」である。彼女が仮に舞踏会に参加していたとしたら、華やかで楽しいはずの舞踏会はガラスの靴なんて拾う余裕もないほどの地獄と化していたはずだし、貴族だって食い散らかされて骨になっているはずだ。
靴を使って想い人を探すにしても、背格好やおおよその年齢を指定するとか、舞踏会の招待状が届く程度の身分の子女に限定するとか、いくらでも絞り込む方法はあるはずなのだ。
その方法をとらず、莫大な金をかけて「足の小さな女の子」を掻き集めたという事は――
「……貴族の目的がそもそも違うんだと思います。舞踏会で一目惚れした姫を探すために足の小さい女性を探してるんじゃない」
「そんなこと俺に言われても。そもそも目的なんて俺には関係ない。金が貰えればそれで良いですから」
「いやいや、関係あるんですよ。俺の考えた貴族の目的は二つです。一つは貴族がいわゆる『足フェチ』で、理想の足を持つ女性を探したかった。もう一つは彼がいわゆる『ロリコン』で、足の育ちきってないような小さい女の子を集めたかった。どちらもあまり大々的には言いにくい個人的な趣味ですからね。ロマンチックな甘い衣で本音を包みたくなるのも仕方のないことです」
「やっぱり変態じゃないか」
吸血鬼は呆れたような苦笑いを浮かべて一言そう呟く。
だが先輩は今の俺の話に一欠片の興味も持てなかったらしく、酷くつまらなさそうな表情でこちらを見るばかりだ。
「だがら、その話と俺になんの関係が」
「ゾンビちゃんを城へ連れて行くのはやっぱり無理です。トランクの中でゾンビちゃんがお腹を空かせたら、まず最初にあなたを食べますよ」
「うっ……」
俺の脅しにも似た言葉に、先輩はどきりとした表情を浮かべてゾンビちゃんを盗み見る。
目の前にぶら下げられた金貨への興奮で忘れていた恐怖が先輩の中にじわりと広がっているようだ。そんな中、俺は愚かな先輩に救いの手を差し伸べる。
「でも一部分を持っていくだけならできなくもない」
「……どういうことだ?」
「なるほど、そういうことか」
首を傾げる先輩とは裏腹に、吸血鬼は俺の考えに気付いたようだ。
吸血鬼はおもむろにゾンビちゃんの蒼い脚を掴み、その鋭い爪と怪力で彼女の脚の縫い目を引き裂く。
「痛イ痛イ!」
「ひっ……な、なんだ一体」
ゾンビちゃんの悲鳴と肉を裂くブチブチという音を響かせながら、吸血鬼はとうとうゾンビちゃんから左脚を奪った。血に塗れたツギハギだらけのそれを、吸血鬼は先輩に投げてよこす。
「ほら、持ってけ」
「だ、だからこれは一体――」
釣れた魚を抱えるような姿勢でゾンビちゃんの脚を持ちながら、先輩は今にも泣きそうな声を上げる。
突然目の前で女の子を解体しだして脚を投げられたとしたら、俺なら脚を避けるか叩き落としてしまっていたかもしれない。それでも先輩がゾンビちゃんの脚を抱えているのは、彼がその足に金の気配を感じたからかもしれない。
今や多額の懸賞金を先輩が受け取る可能性は限りなくゼロだ。しかしその脚は、先輩が懸賞金を受け取るための僅かに残った最後のチャンスそのものなのである。
「もし貴族がロリコンじゃなく足フェチだったなら、足を渡すだけでも懸賞金が貰えたり貰えなかったりしたりしなかったりするかもしれなくもないような……」
「全然自信ないじゃねぇか! ふざけんな!」
「まぁまぁ、手ブラよりマシじゃありませんか。腐らないうちにお城へ届けてあげてくださいよ」
思わず苦笑いを浮かべながら、俺は小汚いトランクを指差す。
「ッ……クソッ」
先輩は微妙な表情を浮かべながらトランクの周りをフラフラ彷徨い歩いた挙句、とうとう意を決したように血塗れの脚をトランクに放り込み、フタをして鍵をかけた。
しかしその瞬間、陸に上がった魚が暴れてるみたいな音がトランクの中から響く。
先輩は何度か悲鳴を上げながらも、ゾンビちゃんの脚を手土産に気味悪そうな表情でダンジョンを後にしたのだった。
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「あー、こっちだったか」
俺は紙面を飾るきらびやかな写真を見て思わず声を上げた。
冒険者の鞄に入っていたその新聞は、聞き慣れない地名の領土を治めているらしい貴族の結婚式を報じる記事が一面を飾っていた。
豪華な衣装を着こなした精悍な顔付きの男の隣には、彼の身長の半分ほどしかないのではと思われるほど小柄な女性が純白のドレスを纏って微笑んでいる。
記事によると新婦の年齢は10歳、新郎とは20歳も離れているとか。
「あの男どうなっただろうな。ちゃんと腐る前に城へたどり着いただろうか」
「さぁ、捕まってなきゃ良いけど」
もし本当に先輩があの脚を城に持っていっていたなら、今頃大変な騒ぎになっていることだろう。
ここでこそ人の死や死体というのはごく身近なものだが、閑静な街の住人や城の召使たちにとってトランクから人の脚が出てくるというのは気を失うほどにショッキングな出来事だ。
もちろんその脚の出処を問い詰められるだろうし、下手をすれば殺人の容疑で牢にぶち込まれるかもしれない。
「……でもまぁ結婚するなら恩赦とかあるし、大丈夫だよね。多分」




