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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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114、見た目は子供




 ダンジョンに響いた銃声は、戦闘の始まりと終わりをいっぺんに告げた。


「ウッ……」


 凶弾に崩れ落ちたのは、ダンジョン一のしぶとさと頑丈さを誇るゾンビちゃんである。いや、凶弾というのは少し違うか。正しく言い直すとすれば、彼女を襲ったのは凶「弾」ではなく凶「注射器」であった。その銃口から飛び出したのは、弾丸ではなく謎の赤い液体が入った注射器だったのだ。


「やった、実験成功だ! ゾンビにすら効果を示したぞ」


 ゾンビちゃんが地面に倒れこんでピクリとも動かないのを見て、白衣に身を包んだ骸骨のような男が雄叫びにも似た喜びの声を上げる。

 四肢がもげても体中をハチの巣にされてもまだ獲物に向かっていこうとするゾンビちゃんが、注射器一本で地面に倒れこみ、動こうとしないのだ。これは何かとんでもないことが起きているに違いない。俺は慌てて壁から飛び出し、ゾンビちゃんの元へ駆け寄る。


「ゾ、ゾンビちゃん!?」


 刹那、銃口から飛び出した注射器が俺の透明な体をすり抜けて壁に突き刺さった。


「チッ、亡霊か。肉体を持たないお前に用はない、失せろ」


 男は俺の透けた体を見ながら吐き捨てるように言う。その口ぶり、そしてこれ見よがしに纏った白衣。ただの冒険者でないことは明らかだ。


「用って……お前、一体何が目的なんだ。宝が目的ってわけじゃなさそうだけど」

「もちろんだ、私をそのへんの墓荒らしなんかと一緒にするな。宝箱の中身になんて興味はない。私の興味の対象はただ一つ、これだよ」


 そう言って男が白衣のポケットから取り出したのは、様々な色の液体が充填された注射器やカプセルの数々である。それらを指の間に挟み、妙にカッコイイポーズを決めながら男は口を開いた。


「私はある組織で毒に関する研究を行っていてね。これらはすべて私のお手製なのだが、どれもこれもトリッキーな猛毒ばかりだ。ワンプッシュでこのダンジョンを死の洞窟に変えられる毒だってある。まぁ実験動物をむやみに殺すような真似はしないがね」

「なるほど、アンデッドに毒の効果を試す実験ってわけね……投与方法は?」

「経口はもちろん、静脈、皮下、腹腔、吸入、粘膜からの投与も可能。つまり体内に入ればたちまち効果を表す。アンデッドと言えど、私の毒からは逃れられないぞ」


 男は小脇に抱えた銃に頬ずりをしながらしたり顔でそう口にする。

 しかしそんな男をあざ笑うような声が彼の後方から上がった。


「ほう、なら血管や皮膚や内臓が無ければ問題ないな」


 そこでようやく男は背後に敵が迫っていたことに気が付いたようだ。そこにいたのは司令官気取りの吸血鬼と、彼の後ろに控えたスケルトンの軍団である。

 スケルトンは良いとして、なぜ吸血鬼がこんなところにいるのだろう。騒ぎに気付いて野次馬でもしに来たのか、それとも緊急事態に慌てたスケルトンが呼んだのか。どちらにせよ過剰なほどに派手な登場である。

 だがスケルトンを集めてくれたという行為自体には賞賛を送らざるを得ない。


「くくく、なるほどな。確かに肉体がないのでは自慢の毒も機能しない」


 男はお手製の毒がスケルトンに効かないことを認めたものの、その表情からは怯みや敗北などといった負のイメージが全く感じられない。それどころか、どこか余裕すら感じられる始末だ。

 何か策があるに違いないと身構えていると、彼はポケットから黄色い小瓶を取り出し、銃に素早く取り付けた。


「だがそんなものは対策済み! こっちの『対スケルトン殺傷用毒物』を使えば、貴様らの骨など泥のように――」


 ペラペラと喋っている隙をつき、スケルトンたちは男をぐるりと取り囲んだ。

 男はわずかに驚いたような表情を浮かべながらも、スケルトンに向けて引き金を引く。すると銃口からは水鉄砲のように細い液体の筋が飛び出て、液体を浴びたスケルトンの肋骨を確かに溶かした。が、その一撃はスケルトンを足止めする程度のダメージにすらならない。スケルトンの動きを止めるには、威力も液体の量も少なすぎる。

 実戦になってようやく自らのミスに気付いたらしい男は、蒼い顔でポケットの中を引っ掻き回す。現状を打開する毒物を探しているのだろうか。しかしそんな物、はなから持っていなかったに違いない。


「発想は良かったが、所詮は机上の空論だったな。そんなだから組織とやらに実験動物も用意してもらえんのだ馬鹿め」


 あざ笑うような吸血鬼の言葉を合図に、スケルトンたちがじりじりと男に近付いていく。

 結局断末魔の悲鳴を上げたのは、実験動物ではなく実験者の方であった。




******




「まぁ大した奴ではなかった……が、ゾンビに効く毒というのは確かになかなか凄いな」

「そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ!」


 俺は地面に倒れたまま動かないゾンビちゃんの様子を見ながら、死体から暢気に血を抜く吸血鬼をぴしゃりと叱りつける。

 しかし吸血鬼の口調は相変わらず楽観的だ。


「放っておけ。どうせそのうち目を覚まして、いつものようにこの死体を貪り食うさ」

「だと良いけど……」


 そう言っているそばから、吸血鬼の予言は的中することとなった。

 ゾンビちゃんがもぞもぞと動き始めたのである。


「ほら見ろ、さっそく――」


 そう言いかけた吸血鬼は、ゾンビちゃんに視線を向けるなりその表情を凍らせた。そう、彼の予言は確かに当たったが、100%完璧に当たった訳ではなかったのだ。

 目を覚ましたゾンビちゃんは「いつもの」ゾンビちゃんではなかった。

 もともと小柄である彼女だが、それがいつもよりさらに小柄になっていたのである。「ボロボロのワンピース」にダボダボという形容詞が加えられ、「ボロボロでダボダボのワンピース」になってしまっている有様だ。それもただサイズが小さくなったわけではない。もともと大きな目がその小さな顔のせいでさらに大きく見え、そしてガラス玉のように光を取り込んで輝いている。髪は細く柔らかそうに靡いており、その肌もマシュマロみたいにふわふわだ。

 これはまるで……子供みたいじゃないか。


「えっ……ど、どういう事?」

「僕に言うなよ……」


 困惑する俺たちとは裏腹に、ゾンビちゃん自身は至って「普通」であった。彼女は目をこすりながらあくびを一つすると、フラフラと立ち上がって死体の元へ自分の足で歩いていき、その肉を食べ始めたのだ。


「ゾ、ゾンビちゃん……だよね?」


 恐る恐る尋ねると、ゾンビちゃんは肉を咀嚼しながら血塗れの小さな顔をこちらに向け、くりくりした大きな目に俺を映して頷いた。


「ン? ウン」

「ええと、俺のこと分かる?」


 念のために聞いてみると、ゾンビちゃんは怪訝な表情を浮かべて頷いた。どうしてそんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたげだ。

 肉に夢中で自分が小さくなっていることに気付いていないのか、もしくは興味がないのか。だが幸いにも記憶はハッキリしていそうだ。脳まで若返った訳ではないらしい。


「記憶や思考には影響を与えず、体だけが子供になってる……ってとこかな」

「まず間違いなく毒のせいだな」


 吸血鬼はそう呟くと、みるみる骨となっていく死体の白衣から注射器を一本取り出した。ゾンビちゃんに投与された、あの赤い液体が充填された注射器である。その表面に印刷された蟻のような文字を、吸血鬼は目を凝らして読み上げる。


「AP……T……? ダメだ、掠れててこれ以上は読めない。どうだレイス、聞き覚えあるか?」

「うーん……あるような、ないような」

「なんだ、ハッキリしないな」

「と、とにかく今は毒よりも解毒薬探さないと。スケルトン、そいつの荷物調べてみて」


 俺の指示にスケルトンたちが死体の荷物に集まり、カバンやポケットをひっくり返して中を探る。しかしそう時間がかからないうちに、スケルトンたちはゆっくりと首を振った。


『全部毒物だ』

「まぁ、そう簡単には行かないよね……」


 俺たちはガックリ肩を落とし、小さなゾンビちゃんを見下ろしてため息をつく。

 見るぶんには愛らしくて良いかもしれないが、こんな短い手足では戦うのも一苦労だろう。なにか特殊な道具――そう、子供でも扱いやすい特殊な発明品でもあれば別だが……

 そんな事を考えていたその時、通路から数体のスケルトンがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。先頭にいる一体は、大量の草に満たされた竹籠を担いでいる。


『これは使えない? 倉庫にあったやつありったけ持ってきた』


 竹籠に入った草の形には見覚えがあった。

 薬草に次ぐ冒険者の必需品。これを知らない冒険者はモグリである。


「毒消し草かぁ……まぁ毒といえばコレだし、試してみようか」


 俺たちは小さな期待を胸に抱き、ゾンビちゃんに毒消し草を差し出す。彼女はなんの疑問も持たず、脊髄反射のように目の前の毒消し草を口にしたものの、それを咀嚼した途端見たこともないような苦い表情を浮かべた。


「……マッズイ!」


 ゾンビちゃんは一言そう言うと、口の中の苦味を消し去るべく目の前に転がる死体の肉にがっつく。

 確かに毒消し草は苦くて不味いことで有名である。しかし食べることが大好きな彼女がここまで嫌がるとは、意外だ。


「小娘が食べないものなどあるのか……」

「もしかしたら味覚も子供みたいに敏感になってるのかもね」


 とはいえ、彼女は毒消し草を吐き出したりはせずきちんと飲み込んだ。

 そのうちに効果が現れて、風船が膨らむようにゾンビちゃんの体がもとの大きさに――というのを期待したのだが、どうやらダメみたいだ。いくら待ってもゾンビちゃんの体に変化はない。


「やっぱり毒消し草じゃダメかなぁ」

「いや、量が足りないのかもしれん」


 吸血鬼はそう言うなり地面に置かれた大きなカゴから毒消し草を引っ掴み、ゾンビちゃんに差し出す。


「さぁ食え」


 しかし彼女も学習したのか、目の前に出された毒消し草を食べようとはしない。それどころか、口を固く閉ざして首を横に振ってみせた。


「いいから食え!」


 吸血鬼はゾンビちゃんの小さな口を無理矢理こじ開け、溢れんばかりに毒消し草を詰め込んでいく。

 もちろんゾンビちゃんがされるがままに大人しくしているはずもなく、吸血鬼の腕の中で大暴れをしている。だがあの毒はゾンビちゃんから自慢の怪力の大部分をも奪っているらしく、吸血鬼はそれを軽々と押さえつけている。


「ははは、いい子だから吐き出すなよ」

「なんか、虐待してるみたいで嫌だなぁ……」

「子供に薬を飲ませるのが虐待か? 世知辛い世の中だ」


 言葉とは裏腹に意地悪い笑みを浮かべながら、吸血鬼は悪びれる様子もなくそう言ってのける。

 だがその笑みは一瞬で苦痛の表情に変わった


「痛ッ!?」


 窮鼠猫を噛むとばかりに、追い詰められたゾンビちゃんは吸血鬼の手を噛みちぎり、彼の腕から逃げ出した。

 弱体化したとはいえ、やはりゾンビちゃんはゾンビちゃんであった。吸血鬼は肉のえぐれた手を押さえながら舌打ちをする。


「無駄な足掻きを……まぁ良い。子供の遊びに付き合うのは大人の義務だからな」


 吸血鬼はそう呟くなり毒消し草の入った籠を担ぎ、小さくなっていくワンピースの少女を追いかけ始めた。

 ただでさえ吸血鬼はゾンビちゃんより足が速い。吸血鬼があんな短い足になってしまったゾンビちゃんを捕まえるなど、それこそ赤子の手をひねるようなものだ。

 だが吸血鬼はその性格の悪さをいかんなく発揮し、ゾンビちゃんを嬲る様にゆっくりと距離を詰めていく。


「待てよ小娘、廊下を走るな」


 サディスティックな笑みを浮べながら、吸血鬼は歩いてゾンビちゃんを追いかける。

 一方、ゾンビちゃんはたまにこちらへ引き攣った顔と恐怖の滲む視線を向けながら息を切らして必死に逃げている。

 傍から見れば逃げる幼女と追いかける変質者そのものだ。


 というか、そもそも嫌がるゾンビちゃんを押さえつけて毒消し草を食べさせたとして、その程度で彼女が元の姿に戻ることができるのだろうか。

 このような姿になったという事は細胞レベルにまで毒がまわったという事だろう。ならば細胞レベルにまで解毒剤を染み込ませる必要があるのではないか。

 だとすると――道具が必要である。

 俺はゾンビちゃんをいたぶるのに夢中になっている吸血鬼を横目に、スケルトンに指示を出す。


 そうこうしている間にもゾンビちゃんはダンジョンの迷路のような通路をその短い脚で必死になって逃げ周り、結局ぐるりと一周した挙句に元の死体のあるフロアへと戻ってきた。

 ここにある入り口は一つだけ。つまり彼女は出口のない袋小路に自ら入り込んでしまったわけである。


「さて、鬼ごっこは終わりだ」


 そう言いながらフロアへと足を踏み入れたものの、ゾンビちゃんの姿は見えない。

 だが不思議がるようなことは何もなかった。死体の纏った白衣に、明らかに不自然な盛り上がりがあったからである。


「鬼ごっこの次はかくれんぼか? 出てこいよ、好き嫌いしてたら『大きく』なれないぞ」


 吸血鬼は相変わらず意地の悪いセリフを吐きながら、薄ら笑いを浮かべて白衣に近付いていく。

 先程手に負った傷が回復すると共に警戒心も薄れてしまっているに違いない。


「気を付けてよ、吸血鬼」

「はは、何を心配しているんだ。あの体でこれだけ食べていたら、もうその辺の子供に毛が生えた程度の力しか出ないだろう」

「だからこそだよ。満腹になったせいで知能が高くなってたら困るでしょ」

「ははは、ヤツを買いかぶりすぎだ。せいぜい見た目程度の賢さしか持ってないさ」


 吸血鬼は俺の警告に耳を貸そうとせず、白衣に手をかけて一気にそれをめくる。

 予想通り、出てきたのは小さく丸まったゾンビちゃんだ。しかし彼女は白衣の中で子供のように震えていたわけではなかった。一矢報いるチャンスを、白衣の下で息を殺して待っていたのである。

 彼女はなんの用心もしていなかった吸血鬼に向かって、構えていた銃の引き金を引く。小さなスナイパーの一撃は見事吸血鬼の首筋に命中した。


「くっ……このっ、小娘がッ……無駄なあがきを……ッ!」


 彼の首筋に刺さったのは、赤い液体の充填された注射器だ。それが吸血鬼の体内に入っていくと、彼の怨嗟の声がみるみる高くなり、細身のジャケットがどんどんぶかぶかになっていく。

 気付くと目の前にいたのは、長身の男ではなく細身の少年であった。


「クソッ、眩暈が……」


 吸血鬼は壁に手をついて肩で息をしている。どうやらまだ自分の体に起こった変化に気付いていないらしい。


「吸血鬼……小さくなってるよ」

「ん……? うわっ!?」


 俺の一言でようやく気付いたらしい。吸血鬼はぶかぶかになり、大幅に余ったシャツの袖を見て目を丸くする。


「お前ッ……まさかあの毒を打ったのか!?」

「アハハ、私よりチッチャイね」


 ゾンビちゃんは引き攣った顔をした赤い目の少年の頭をポンポンと叩き、ケタケタと笑う。

 吸血鬼は自らの情けない姿とゾンビちゃんにしてやられた事が我慢ならないようだ。その幼い顔に似合わない憎悪に満ちた表情を浮かべ、目の前の少女を睨みつける。


「貴様……!」

「まぁ落ち着いて。取り敢えずコレ食べなよ」


 俺の言葉に合わせ、スケルトンが吸血鬼の小さな口に毒消し草を放り込む。

 彼はそれを数回咀嚼した後、悲鳴にも似た声を上げた。


「マッズ!?」


 吸血鬼はむせこみながらも口に放り込まれた毒消し草をなんとか飲み込んだようだ。

 しかしやはりその小さな体に変化はない。口に苦い上に良薬ですらないものを食わされた吸血鬼は、その憤りを目の前の小さな少女に向ける。


「こんなもの食えるか馬鹿が!!」


 吸血鬼は悪態をつきながらゾンビちゃんに掴みかかった。

 待ってましたとばかりにゾンビちゃんも応戦するが、二人の喧嘩にいつもの迫力はない。毒のせいでお互い弱体化しているのか、これでは子供の喧嘩と変わらない。


「二人ともやめなよ」


 スケルトンたちがスッと二人を取り囲み、それぞれの襟をつかんで猫のように持ち上げ、喧嘩を強制的に止める。

 ゾンビちゃんは親猫に掴まれた猫のように大人しくしていたが、吸血鬼は甲高い声で喚きながらその短い腕でゾンビちゃんを掴もうともがき続ける。


「離せ!」

「そうはいかないよ、子供の喧嘩を止めるのは大人の義務だからね。本当はキャンディーでもあげて慰めてあげたいところだけど、そうもいかないなぁ」


 俺が苦笑いを浮かべて言うと、吸血鬼はようやく自分の姿を客観的に想像することができたのだろう。バツの悪い表情を浮かべ、ゾンビちゃんから目を逸らしながら舌打ちをした。


「分かってるよ、コイツみたいに逃げたりなんかしないさ。毒消し草を食えばいいんだろう。血を持ってきてくれ、あれで流し込んでや――」

「いや、良いよ。食べる必要はないんだ」

「良イノ?」


 俺の言葉に真先に声を上げたのはゾンビちゃんだ。

 毒消し草の味が心底気に入らなかったのだろう。きょとんとしつつも、どこか嬉しそうに呟いた。

 しかし次の瞬間、スケルトンが運んできた二つの大鍋を見るなり、何かを察したのか二人の顔が強張る。


「あっ、二つ持ってきてくれだんだ。準備良いね」

「おいレイス、これは一体――」

「二人をこれから毒消し草と一緒に煮込むんだ。毒と細胞を綺麗に破壊して、一から体を再生すればきっと元に戻るから」


 俺の言葉は彼らが薄々感じていた「嫌な予感」を決定的なものとしたようだ。二人の顔が恐怖の色に染まる。


「ま、待てよレイス。僕らを見ろ、幼気な子供だぞ? それを鍋で煮込むっていうのか?」


 吸血鬼は引き攣った笑みを浮べながら子供じみた声色で同情を引くような言葉を吐く。

 もちろん俺だって心が痛まないではないが、こうする以外彼らを助ける方法が浮かばないのだ。俺は出来る限り優しげな笑みを作り、子供に言い聞かせるような口調で彼らに死刑判決を言い渡す。


「ごめんね、俺もこんなことしたくないんだけど……まぁ、お風呂に入るみたいなものだと思って。子供のころよく言われなかった? 『100数えるまで出たらダメだよ』ってさ」

「……こんな熱湯を前にそんな恐ろしいことを言われた経験はないよ」


 吸血鬼は煮えたぎる鍋を見ながら乾いた笑いを漏らす。

 一方、ゾンビちゃんはその幼い顔に似合わない低い声で俺に対する批判的な声を上げた。


「コレはギャクタイじゃないの?」

「子供を刃物で切り刻むのは虐待だけど、手術は違うよね? それと同じだよ」


 俺がそう言って宥めると、観念したのかゾンビちゃんはゆっくりとその大きな目を閉じる。

 こうして子供らしからぬ悟りきった表情を浮かべた二人は、仲良く並んだ鍋の中に揃って沈んでいったのであった。



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