113、ウニプリンな血液
ダンジョンへ侵入してくる冒険者たちの装備が冬物に変わり、日が落ちるのもすっかり早くなってきた。
日の光とは無縁な地下での生活を送っている俺にはいまいちピンとこないが、外の世界の魔物たちは日照時間の低下に伴い活動が活発になっているらしい。
日の光を最大の弱点とする吸血鬼などはその際たる例だ。忌々しい太陽の力が弱まる冬の季節の到来を祝って、吸血鬼協会主催のパーティーが毎日のように催されているという。我がダンジョンの吸血鬼も頻繁にパーティーへと繰り出していっては、朝と言っても良いくらいの時間に帰ってくる。
その日もいつものように装飾過多なシャツを纏ってパーティーへと出掛けていったが、どうやらパーティーではいつもと違った催しが行われたようだ。
帰宅した吸血鬼の手には、見慣れない小さな紙袋がぶら下げられていた。
「どうしたのそれ?」
「クク、よくぞ聞いてくれた」
吸血鬼はニヤニヤ笑いながら紙袋を開き、中からおもむろに見慣れたボトルを取り出した。普段吸血鬼が血液を詰めて保存しているあのボトルである。しかし赤いリボンで綺麗にラッピングされているところを見るに、どうやら贈答品の類であるらしい。
「なに? 血液?」
尋ねると、吸血鬼は愛おしそうにボトルをなぞりながらしたり顔を浮かべて頷く。
「ああ、そうだ。だがただの血液じゃないぞ。これは『ブルーブラッド』だ」
「……カブトガニの血ってこと?」
「青いのは血そのものじゃない! この青が指しているのは血管の色だ」
それを皮切りに、吸血鬼はそのボトルを満たす血液についてとうとうと語り始めた。
「日焼けしていない白い肌は血管の青を浮かび上がらせるだろう? つまりブルーブラッドは労働による日焼けをしていない、いわゆる『貴族』を指す言葉だ」
「ふーん……じゃあもしかしてそれ、貴族の血ってこと?」
吸血鬼は俺の言葉に目尻を下げてにんまり笑う。
「ああ、それもさる名門貴族の令嬢の血だそうだ」
「……貴族の、しかも女の子の血? どこでそんなの手に入れたの?」
「吸血鬼協会のビンゴ大会で当てた」
「いや、そうじゃなくてさ。大丈夫なの? 貴族なんか敵に回したら後々厄介な事になるんじゃ」
貴族がダンジョンなどの危険な場所へ自ら赴くというのは考えにくい。
となると、脳裏をよぎるのは誘拐、闇討ち、人身売買など聞こえの悪い単語ばかり。
それも貴族の箱入り娘が消えたとなれば大騒ぎになるのは間違いない。可愛い娘のために貴族が全力を出せば、もしかしたらこのダンジョンにも辿り着いてしまうのではないか。
だが吸血鬼は、俺が頭の中でこねくり回した妄想を吹き飛ばすような笑い声を上げて俺の言葉をアッサリと否定した。
「ははは、まさか僕らが貴族を殺して血を搾り取ってるとでも思ったのか?」
「そ、そりゃあ……だってそうするしか」
「全く、君は想像力というものがない上に酷く野蛮だな」
吸血鬼はしたり顔で偉そうな事を言いながら大袈裟にため息をついてみせる。こんな深夜に話を聞いてやっているというのに、なんて尊大な態度だろう。
文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけたが、俺が口を挟む暇もなく吸血鬼が話を続ける。
「貴族っていうのはな、着るもの、食べるもの一つとってもその辺の庶民のそれとは桁違いに金がかかっている。とはいえ、奴らにとって宝石で彩られた豪華絢爛な生活というのは特別でも何でもない。親族もお友達も恋人も、数世代前の先祖たちだってみんな同じ生活をしているんだからな。まぁ金があるならそれもいいが、時々収入と支出のバランスが取れなくなるヤツも出てくる。没落貴族ってヤツだ。そいつらが金を稼ぐ手っ取り早い方法が『これ』だよ」
吸血鬼はそう言って赤いリボンで綺麗にラッピングされたボトルを持ち上げる。
その話は、俺に吸血鬼へのイラつきを忘れさせるのに十分な衝撃を与えた。
「ええ、売血ってこと? ……貴族が?」
「もともと吸血鬼ってのは上流階級出身者が多くてな、そう言った連中にコネクションがある。これは向こうにとっても悪い話じゃないぞ? 血液なんて売ってもバレない、ヤツらの大事にしてる外聞も一応は保たれるからな」
吸血鬼はなんてこと無いといった風にさらりと言ってのけるが、貴族がバケモノに体の一部を売るなんてとんでもない話だ。
死人から採ったものよりずっと恐ろしい怨念が渦巻いていそうな血液を抱え、吸血鬼はうっとりとそれを撫で回す。
「しかし美しいとは思わないか? 世の中の汚いことなど何も知らずに育った可憐な深窓の令嬢が、衰退しつつある家のために自らの高貴な血を捧げる――退廃的だが、美しい物語だよ」
「趣味が悪いなぁ、俺にはただただ可哀想としか思えないよ」
「なに言ってる、こっちはきちんと対価を払っているんだ」
「吸血鬼は払ってないじゃん、ビンゴ大会で当てたんでしょ?」
「はは、まぁな」
上機嫌な吸血鬼の笑い声がダンジョンに響くと同時に、どこからか微かに骨のぶつかる音が聞こえてくる。スケルトンたちが起床したのだろう。つまり、朝が来たのだ。
「残念だが、開封は少しの間お預けだな」
吸血鬼は肩を落としつつ、どこか弾むような声で呟きながらボトルを机の上に置いたのだった。
**********
ところがその夜、吸血鬼の言う「物語」は唐突に終わりを告げた。
「こ……これは一体……どういう事……?」
何かが壊れる派手な音に誘われて部屋に飛び込んだ俺の目の前に広がったのは、粉々に割れたボトル、床に広がる血、そして狼狽する数体のスケルトンであった。
足元に広がる血の海を呆然と見つめる彼こそがこの事件の当事者に違いない。彼は部屋に入って来た俺に気が付くなり、震える手で紙にペンを走らせる。
『掃除しようとしたら、手が滑って』
スケルトンの掲げた紙には、体と同じく震える文字でそんな事が書かれていた。
よく見れば彼らの手には箒やちりとりが握られている。秋の夜長に掃除をしようだなんてなかなかに殊勝な心掛けであるし、彼らだって悪気があったわけではないのだろう。
だが、いくらなんでもこの失態は不味かった。
「こ、こんなのが……こんなのが知れたら、吸血鬼なんて言うか……!」
俺は頭を抱え、絞り出すように声を上げる。
これが普通の血液ならば叱責程度で済んだかもしれない。しかしこの血液は「普通の血液」ではなかったのだ。
その無残に割れて血の海に沈むボトルには、赤いリボンが付いていたのだから。
『吸血鬼は今どこに?』
スケルトンは怯えたように辺りを見回しながら殴り書きした文字で俺にそう尋ねる。
だが不幸中の幸いというかなんというか、吸血鬼はガラスの割れる不穏な音にいち早く反応できる場所にはいなかった。
「大丈夫、外出中だよ。また吸血鬼協会の会合だって。でも深夜零時までには戻ってくる、確実にね」
無尽蔵の体力を持つであろうアンデッドも、さすがに連日の徹夜はキツイらしい。楽しみにしている「高級血液」が待っていることもあり、吸血鬼はいつもより早い帰りを宣言しながら出掛けていったのである。うかうかしていれば時間は矢の如きスピードで過ぎ去っていき、気が付けば俺たちの体を射抜いていた、なんて事にもなりかねない。
「あああー、どうしたら良いのかなぁ。取り敢えず謝罪して弁償……でも貴族の血っていくらなのかなぁ。そもそもどこで買うんだろう、そんなもの」
必死に頭を働かせて効果的な謝罪プランを練るも、吸血鬼が怒りを治めてくれるイメージが全く浮かばない。烈火の如く怒り狂ってダンジョンを破壊しまわるところや、スケルトンの骨をすり潰しながら髑髏の盃で血をあおる姿はバッチリ想像できるというのに。
ところが、スケルトンたちは俺が必死に頭を悩ませているにも関わらず、持っていたちりとりを使って地面にできた血溜まりを掃除し始めた。
俺は彼らの行動に対する驚きと怒りを押し留めることができず、思わず強い口調で声を上げた。
「片付けなんて後で良いよ! 状況分かってる? このままじゃあ君たち酷い目に――」
だがスケルトンたちは俺の言葉を遮るように首を振る。そして先程とは打って変わり、落ち着き払った様子で何やら紙にペンを走らせた。
『謝罪はしない』
「はぁ!? なに言ってるの?」
『弁償もしない、弁明もしない』
『我々がするのは隠蔽工作のみ』
「い、隠蔽工作って、まさか――」
スケルトンは血の海に浮かんだリボンをすくい上げ、そして部屋の隅のケースに入った空の瓶を手に取りカタカタと笑った。
『材料は腐るほどあるよ』
********
いつもの見慣れたビン、偽装されたラベル、血で濡れたリボンもバッチリクリーニングを済ませてある。
外見だけなら本物と瓜二つ。問題はそれを満たす中身だ。
「確認なんだけど、ただ血を詰めるだけじゃないんだね」
ビンの中身を求めてやって来たのは、冒険者から採取されたボトル入り血液が収められた倉庫である。
だがその辺の血液をただ移し替えただけでは偽装工作とは言えない。スケルトン達はただの血液を「貴族の血」に偽装するアイデアを持っているらしかった。
『下賤の民と貴族の血じゃ月とスッポン、プリンとウニ。でもプリンだって醤油をかければウニになる。貴族と似た要素を持つ冒険者の血を足し合わせていけばいつかきっと貴族の血に近いものができるよ』
「プリンとウニねぇ……言いたいことは理解できるけど、でも俺たちは血の味なんて分からないよ。この体じゃ味見もできないし」
俺は自らの透けた手と、スケルトンたちのとうに舌を失った頭蓋を見ながら苦笑いを浮かべる。
だがスケルトンたちもそんな事は百も承知であったようだ。
『大丈夫、戦術顧問をお連れした』
スケルトンは胸を張って紙を掲げ、部屋の扉に手をかける。
とはいえ、このダンジョンで味覚を持っている者など吸血鬼を除けば彼女か、もしくはネズミくらいしかいない。
予想通り、扉を開けるなり部屋へ入ってきたのは舌なめずりをしたゾンビちゃんであった。
『さぁ先生、こちらへどうぞ』
「ウム」
スケルトンに案内された机の上には、血の入った小皿が二つ並べて置かれている。
それらを指し示しながら、スケルトンはまた紙を掲げた。
『片方は高級な貴族の血、もう片方はダンジョン産の一般的な冒険者の血です。その違いをお聞かせください』
「良カロウ」
どうやらゾンビちゃんに利き血でもさせるつもりらしい。
スケルトンに勧められるがまま、ゾンビちゃんは小皿に満たされたほんの僅かな血をそれぞれ舐める。
『どう?』
「ンー、血ノ味!」
スケルトンの問いかけに対しゾンビちゃんは即座に答える。
だが彼女の言葉は、俺たちのこれからの作戦に役立つものとはとても言えない。
「そんなの見れば分かるよ! そうじゃなくて、この二つの違いを教えて」
もう一度尋ねると、ゾンビちゃんは困ったような表情を浮かべながら片方の皿を指差して口を開く。
「エート……コッチは土の味スルよ! ソレト、なんかジャリジャリして痛イ」
「それは多分、土とガラス片が混入してるからだね」
俺は苦笑いを浮かべながら絞り出すようにしてそう答える。
彼女の舌に細かな味の違いを認識する能力があるとはとても思えない。しかしタイムリミットはすぐそこまで迫っているし、この時間では助っ人を呼ぶわけにも行かない。
もとより背水の陣だ。やらなければ殺られるだけである。
「こうなったらもうヤケだ! みんなで力を合わせて吸血鬼を欺こう」
新たな共犯者を加え、決意と開き直りを新たに、俺たちは偽装血液の作成――名付けて「ウニプリン作戦」を開始することとした。
「じゃあ構成していく血液を選んで行こう。ええと、貴族……とまではいかなくても、上流階級っぽい人の血ってある?」
棚にズラリと並べられたボトルには冒険者の簡単なプロフィールと血液の採取日の載ったラベルが貼られているが、スケルトンたちはそれを見て回るまでもなく俺の言葉に首を振ってみせた。
よく考えてみれば当然である。ひと目でそれと分かるような、例えば白いタイツとキュロット、それからレースのたっぷりついたシャツを纏い、髪をリボンでくくったような人間がダンジョンに来たら俺達が覚えていないはずがない。
「流石にそんな人いないか……なら女性の血はある? 若ければ若いほど良いんだけど」
ところが、スケルトンたちは一見簡単そうなこの条件にも首を縦に振らなかった。
「ええっ、女の血もないの!?」
思わず声を上げると、スケルトンたちは肩を落としつつ紙にペンを走らせる。
『ちょっと前に吸血鬼が全部持って行っちゃったんだ』
『パーティーの手土産にするとかなんとか』
「こ、困ったなぁ。ええと、他に特徴と言ったら……血管の青が透けるくらい肌の色が白い、とか」
だがこの条件にもスケルトンたちは困ったように首を傾げるばかりであった。
確かに肌の色までラベルには書かれていないし、そもそも街から街へと渡り歩き日々魔物と戦っている冒険者に日焼けしていない者などそうはいない。
ちなみに肌の色が血の味に関係するのかどうかというところまで考えられる余裕を、今の俺は持ち合わせていなかった。
「やっばり流石にいないよねぇ、そんな冒険者。もしかして『深窓の令嬢』って『冒険者』の対極に位置する存在なんじゃ……」
「ネェネェレイス、コレはー?」
早くも計画の頓挫が疑われ始めたその時、ゾンビちゃんが一本のボトルを手に声を上げた。ラベルには冒険者の特徴とともに今日の日付が書かれており、俺はその冒険者の姿を鮮明に思い出すことができた。
だが、だからこそゾンビちゃんがこのボトルを取り出した理由が分からない。俺の記憶にある冒険者の姿は、浅黒い肌をした筋肉隆々の大男だったからである。
「ええと、この冒険者って色白だったかな? そんなイメージなかったけど」
「でも青カッタよ」
「えー? 見間違いじゃなく?」
疑いの目で見られていることに気付いたのか、ゾンビちゃんは頬を膨らませ、ムキになったように声を上げる。
「ちゃんと青カッタもん! オシリが!」
「……お尻?」
確かに尻というのは人体の中で最も日焼けしにくい場所の一つではあるが、血管が浮き出るようなイメージはない。
お尻が青いといえば、血管が浮かんでいるというよりはむしろ――
「あのさ、もしかしてそれって蒙古斑じゃ?」
「モーコハン?」
ゾンビちゃんは首を傾げて俺の言葉を繰り返す。
だが俺がゾンビちゃんに蒙古斑がなんたるかを説明するより早く、スケルトンたちが彼女の手から半ば引ったくるようにボトルを受け取った。そして彼は漏斗の刺さった空の偽装ボトルにその中身を注いでいく。
「な、なにやってるのスケルトン!?」
思わず目を丸くすると、スケルトンは白い親指を立てながら片手で紙を掲げた。
『採用』
「採用、じゃないよ! そんな理由で決めて良いの!?」
白い肌からすけて見える血管の青と蒙古斑では、発生する仕組みが全く違う。
俺は慌ててスケルトンの突飛な行動に異を唱えるが、他のスケルトンたちも半ば諦めたように首を振った。
『仕方ないよ。もう時間もないし』
『そもそもそんなバッチリ条件の合う冒険者、どんなに探したっていない』
「ええ、それ言っちゃう? まぁそうなんだけどさぁ……」
いまいち納得がいかないが、早いとこ偽装血液を完成させなければならないのもまた事実。
ゾンビちゃんが突破口を開いた……というか、ハードルを下げてくれたお陰でスケルトンたちも俄然やる気になったようだった。
『さぁ次々』
『どんな些細な事でも良い。没落貴族の令嬢と冒険者の接点、頑張って探そう』
スケルトンたちは口パクで鬨の声を上げながら意気揚々とボトルの並んだ棚に群がる。
それからわずか数分後、一体のスケルトンが紙とボトルを勢い良く掲げた。
『これはこれは? ボロボロの中古高級武具で戦ってた冒険者』
「ああ、アンティークの剣がぶっ壊れて負けた男ね」
俺と同じく、多くのスケルトンもその冒険者に覚えがあったようだ。血液の入ったボトルを見ながら数体のスケルトンが「そんなヤツいたね」とばかりに頷いている。
そしてボトルを掲げたスケルトンはさらに紙へとペンを走らせ、こう続けた。
『この金メッキ感、既視感ない? そう、これはもう金がないのにプライドだけは高い没落貴族そのものだよ』
「嫌な言い方だなぁ」
『採用』
偽装ボトルの近くに陣取っていた主犯のスケルトンがまたしてもそう書かれた紙とおっ立てた親指を掲げる。それを合図に、偽装瓶へ「見栄っ張りの血液」が注がれていく。
それによりボトルの半分程度まで血液が満たされた頃、ボトルの物色を続けていたスケルトンの一人がまたもや新たなボトルを掲げた。
『お嬢様と言えば「世間知らず」じゃない? そこでこの冒険者!』
「それは?」
あまり期待せずにそう尋ねると、スケルトンは期待通りくだらない文言の載った紙を掲げる。
『薬草と間違えて毒消し草たらふく持ってきた冒険者の血だよ』
「ああ、ピンチのとき回復できなくてパーティ全滅させちゃった人か……それは世間知らずっていうかただのバカなんじゃ」
『市場で売られているキャベツとレタスの違いが分からないってのは「お嬢様」の定番あるあるネタだよね』
『採用!』
力づくとも思える承認を経て、「世間知らずの血」が漏斗を通じ、偽装ボトルの中へと注がれていく。
ボトルはもう8割方満たされているが、その血液にお嬢様を感じさせる要素は未だに含まれていない。
「なんか……ただの連想ゲームになってない?」
そう呟く俺の顔を誰一人として直視する者はおらず、まるで俺の姿が見えていないかのようにスケルトンたちは話を進めていく。
『さぁ時間がないぞ! 没落貴族のお嬢様っぽいもの、何かないか』
『隊長、これはどうです?』
間髪入れず、スケルトンが棚からボトルを取り出した。彼はそのラベルを眺めながら紙にペンを走らせる。
『この冒険者の血は、没落貴族の「退廃的」「破滅的」「絶望的」要素を含んでいると思います!』
『ふむ、それはどんな冒険者だ?』
『覚えてますか? キノコ狩り冒険者ですよ』
「ええっ、アイツ?」
俺はスケルトンたちの会話に思わず素っ頓狂な声を上げる。
その冒険者……数日前にダンジョンで息絶えた、通称「キノコ狩り冒険者」は俺たちの脳裏に深く刻み込まれている冒険者の一人であった。
どうやら彼は借りちゃいけないとこから金でも借りてしまったらしい。その冒険者がアンデッド顔負けの蒼い顔をしながら狙っていたのは、宝箱ではなく我がダンジョンの奥深くに生える錯乱キノコだったのである。
冒険者の「あのキノコ取らなきゃ、俺は海底で魚の餌だ!」という悲痛な叫びは今でも耳が覚えている。
まぁ結局、魚ではなくアンデッドの餌になった訳だが。
「確かに破滅的だったけど、ベクトルが違うんじゃ……」
『良いね、そのなりふり構ってられない感じ。売血する貴族にお似合い』
「なんだろうなぁ、うーんと……君たち貴族に恨みあったりする?」
俺の言葉はまたもや無視され、「破滅に向かって突き進む男」の血がボトルへ注がれていく。
十分な量の血液で満たされたボトルは、見た目だけならば吸血鬼が紙袋に入れて運んできたあの「ブルーブラッド」そのものである。
スケルトンはボトルをゆっくりと上下に倒して中の血液を十分に混ぜ合わせ、そして先程使用していた小皿にほんの少し血を垂らし、ゾンビちゃんへ差し出した。
『先生、味見を』
「うむ」
ゾンビちゃんはそれを手に取り、やや粘り気のある血を指ですくって舐める。そして彼女はアッサリと呟くように言った。
「ンー、フクザツな味」
「……ま、そりゃそうだろうね」
元々無茶苦茶な作戦だし、不安な要素も腐るほどある。とはいえ、もうこの「特性ブレンド血液 深窓の没落お嬢様風味」に掛けるほかない。
高級血液を目指して何も知らず帰路についた吸血鬼が、もうすぐそばまで迫っているに違いないのだから。
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「どうしたんだ、今日は揃って夜更かしだな? ところで、手が空いていたら例の『ブルーブラッド』とグラスを用意してくれないか」
予想していた通り、上機嫌で帰宅した吸血鬼はコートを脱ぐとほぼ同時に例の高級血液とグラスを要求してきた。俺たちは用意していた偽装血液とグラスを何食わぬ顔で吸血鬼の前に出し、息を呑んで彼の様子を伺う。
だがその行動はかえって吸血鬼に不信感を抱かせてしまったようだった。
「……なにをそんな熱心に見つめているんだ?」
「えっ、あ、いや……」
吸血鬼の怪訝そうな視線から逃れるように、俺はスケルトンたちと顔を見合わせて笑う。
「ほら、みんな『深窓の令嬢の味』が気になって仕方ないんだよ。だって貴族なんて見た事すらほとんどないし、ねぇ?」
俺の口から出たでまかせに、スケルトンたちは小刻みに何度も頷く。
こんな説明でも納得がいったのだろうか。吸血鬼はパッと顔を輝かせ、満足そうに頷きながらボトルに入った血液をグラスに注いでいく。
「なるほど、やはり君たちも興味があるか。実は今日の会合でも貴族の血のテイスティングをしてきてな」
「……えっ?」
吸血鬼の何気ない一言に俺たちは思わず顔を強張らせた。俺たちの心の中など露知らず、吸血鬼は上機嫌で話を続ける。
「まぁ死にかけた爺さんの血だったが。それでもやはり貴族の血筋というだけあって、どことなく上品な味がしたよ」
「そ、そうなんだ……良かったね……」
そう言って愛想笑いを浮かべたものの、俺の頭の中は焦燥と絶望と恐怖で真っ黒に塗り潰されてしまっていた。
今回の作戦は吸血鬼が貴族の味を知らないという希望的観測のもとに行われている。プリンに醤油をかければ確かにウニに近い味がするかもしれないが、それでウニ好きを騙すことはできないのだ。
こちら側の絶望にも気付かず、吸血鬼は嬉々としてグラスを回す。
「名門貴族令嬢の血となれば、また一段と素晴らしい味が楽しめるに違いない。血の味を知らない哀れな亡霊たちにも分かるようこの高貴な味を伝えてやろう」
頼んでもいない食レポ宣言をしつつ、吸血鬼は血液に満たされたグラスに口をつけてそれをゆっくりと傾ける。
この穏やかで嬉々とした表情が数秒後には般若の顔になると思うと、とっくに失ったはずの内臓が口から飛び出しそうな感覚に襲われる。
俺たちが祈るような気持ちで、かついざとなればすぐこの場から逃げ出せるよう準備をしながら見守る中、吸血鬼は血を口に含ませるなりカッと目を見開いた。
「な、なんだこの味は……!」
刹那、スケルトンたちの骨が小刻みに震え、カタカタと音を上げる。
もうおしまいだ。やはりこんな計画無茶だったのだ。スケルトンの骨の山がここに築かれるのを覚悟したその時。
「素晴らしい! なんと繊細で複雑な味なのだろう、しかしそれと同時にものすごい力強さ感じる……こんなのは初めてだ」
その言葉に、カタカタと鳴り響いていた怯えの音がピタリと止んだ。
……今、たしかに彼は言った。偽装血液を口にして「素晴らしい」と言ったのだ。
吸血鬼は見開いた目を子供のように輝かせ、そしてグラスを満たす深紅の血液をしきりに眺めている。
「上品さと言うよりは、なんというか……涙ぐましい努力と必死さを感じるな。さすがは没落貴族」
吸血鬼の言葉は決して的はずれなものではない。その血液は確かに涙ぐましい努力と必死さの結晶だ。没落貴族ではなく俺たちの、であるが。
『どういうこと? 味音痴なの?』
吸血鬼がグラスを満たす血液に夢中になっている隙をつき、スケルトンが俺にそっと紙を見せる。
俺は少し考えた挙句、スケルトンの白い頭蓋に耳打ちした。
「俺にも分かんないけど……とてつもない化学反応と思い込みが奇跡を起こしたのかもね。いや、もしかしたら――」
俺はそう言いかけて、思わず苦笑いを浮かべる。
よくよく考えてみれば、ろくに運動もしてない女の子の薄い血より鍛え抜かれた冒険者の血の方が美味しいのではないかとも思えてきたのだ。
この先吸血鬼が本物の貴族の血を飲んだとき、彼が「あの時の血の方が美味しかった」と呟いたら面白いなぁ、などと考えるのであった。




