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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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102、ダンジョン神隠し殺人事件





 進入禁止の文字が並んだ黄色いテープの向こうで大量の野次馬スケルトンが骨を鳴らしながらこちらを遠巻きに見ている。

 ざわざわ騒がしい向こうとは裏腹に、テープで区切られた通路のこちら側は不気味なほど静かだ。

 宝箱が設置されている以外には何の変哲もない袋小路。だがこの場所こそが今回のミステリーの舞台である。


「ここが事件現場か……」


 テープを乗り越え、吸血鬼がこちらへとゆっくりとした足取りで歩いてくる。

 現場への到着が遅れたのは、その身に纏っている季節外れのインバネスコートと鹿追帽を探してクローゼットの中を引っ掻き回していたからだろうか。

 妙にミステリー感漂う彼の衣装に言及する者はなく、俺も例に漏れず彼の服装を無視して話を進めていく。


「吸血鬼、話は聞いてる?」

「ああ、冒険者が神隠しにあったと聞いたが」

「神隠しか、上手いこと言う人がいるなぁ」


 吸血鬼の言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべる。


 つい先刻まで我がダンジョンは臨戦態勢に入っていた。進入してきた冒険者を殲滅するため、ダンジョンのいたるところにスケルトンが配置されていたのである。

 そんな中、冒険者はこの袋小路で忽然と姿を消した。

 いや、冒険者が俺らの見ている前で煙のように姿を消したと言うわけではない。俺たちは宝箱を取りにこの通路へ入っていく冒険者を見ただけだ。だが通路の前で待ち伏せしていた俺たちが彼の姿を見ることは二度となかった。


「魔法で逃げた可能性は?」

「魔法の可能性はないよ。魔法を使うタイプの冒険者じゃなかった。アイテムを使った可能性は捨て切れないけど……あの冒険者、かなり順調にダンジョンを進んでいたんだ。こんなところでアイテムを使ってまで脱出するとは考えにくいね」

「なるほどな。つまりは、密室殺人というわけだ」

「まだ殺人って決まったわけじゃないけどね」

「いいや、冒険者が生きている訳ない。今頃バラバラドロドロになって腹の中さ、アイツのな!」


 そう声を上げながら吸血鬼が指差したのは、黄色い進入禁止テープの向こうでスケルトンにまぎれていたゾンビちゃんである。


「なに傍観者ぶっているんだ。どうせ貴様がやったんだろう!」


 野次馬に混ざっていたゾンビちゃんの胸ぐらを引っ掴み、吸血鬼は彼女をこちら側へと放り投げた。

 勢いよく地面に叩きつけられ、ゾンビちゃんは大の字に寝そべったまま不機嫌そうに口をとがらせる。


「モウ、イタイよぉ」

「誤魔化すな、さっさと自白しろ」

「知ラナイもん、ソンナノ」

「しらを切るつもりか!」


 二人とも自分の意見を押し通そうとするばかりで、説明や説得を一切しようとしない。

 このままではいずれ殴り合いの喧嘩に発展しかねない。一触即発の空気を感じ取り、俺は慌てて睨み合う両者の間に割って入る。


「まぁ落ち着いてよ吸血鬼。証拠もないのに」

「ソウダソウダ、ショーコ出セショーコ!」


 俺の言葉に同調して勢い良く手を上げるゾンビちゃんを冷ややかに見下ろし、吸血鬼はため息交じりに口を開く。


「証拠? そんなものが必要なのか。ヤツには十分な動機があるだろう」

「動機かぁ……確かに」


 確かに動機は十分だ。肉を独り占めするためなら、彼女はどんなことだってやりかねない。

 とはいえ、やはり証拠もなしにゾンビちゃんを犯人だと決めつけることなどできない。なんらかの特殊な仕掛けでもない限り、彼女が冒険者に手を出すことなどできないはず。


「俺たちは通路に入っていく冒険者を見送って、それから戻ってこない冒険者を追って袋小路に入ったんだ。それまで誰もこの通路に出入りしてないし、もちろん俺たちが入ったとき袋小路には誰もいなかった」

「密室殺人にトリックは付き物って事だな」

「でもゾンビちゃんにそんな複雑なこと考えられないよ」

「ふん、それはどうかな。この前痛い目見たばかりじゃないか。満腹か空腹かだなんて本人にしか分からない。アホなフリをしているのかもしれないぞ」

「な、なるほど。あれが演技って可能性も……」


 俺は恐る恐る視線だけをそっとゾンビちゃんに向ける。

 彼女は地面にちょこんと座って退屈そうに足をバタつかせている。時にはあくびすらしている始末だ。彼女にそんな知性が備わっているとは思えないが、知性が備わっているからこそそれを隠している可能性も考えられる。


「よし、これでハッキリさせよう」


 そんな中、吸血鬼が颯爽と取り出したのはおぞましい拷問道具のギッシリ入ったおもちゃ箱である。今まで活躍の場を与えられずタンスの肥やしとなっていたソレに日の目を見せようと必死であるらしい。


「そんな乱暴な……せめてトリックの痕跡でも見つけないと」

「痕跡か。穴を掘った痕跡などはなかったか」

「壁に穴を掘ってこの通路に侵入したって線はもちろん最初に考えたよ。でもそんな形跡なかった」

「いや、物凄く上手く穴を埋め、痕跡を隠蔽したのかもしれない。だが痕跡はなにも壁にあるだけじゃないぞ。例えば――」


 猛禽類が獲物を掴むような勢いで吸血鬼はゾンビちゃんの手を掴む。そして難しい表情を浮かべ、ゾンビちゃんのツギハギだらけの蒼い手をジッと見つめる。

 しばらくの沈黙の後、吸血鬼は額に手を当てて「ふぅー」と息を吐いた。


「えっ、どうだったの?」


 吸血鬼は俺の言葉に答えることなく、無言でその場にしゃがみ込みゾンビちゃんの指先を地面へと擦り付ける。

 そして彼は土で汚れたゾンビちゃんの指先をこちらへ向け、至って真剣な表情で口を開いた。


「見ろレイス、小娘の手に土が付着している。穴を掘った証拠だ」

「捏造はダメだよ」


 吸血鬼は小さく舌打ちをし、放り投げるような勢いでゾンビちゃんの手を離す。


「じゃあアレだ、ネズミにでも食わせたんだよ」

「え? なんの話?」

「トリックの話に決まってるだろう。良いか、まず小娘は自分の体をネズミに食わせた」

「だからなんの話だよ……」

「まぁ最後まで聞け。無数の肉片となって無数のネズミの腹に収まった小娘は宿主であるネズミの神経に寄生し、体を支配したんだ。そして小娘はネズミに乗って人知れずこの袋小路へ侵入した」

「なにその特殊能力。初耳だよ」

「貴様に小娘の何が分かる。僕らはアンデッドだぞ、常識なんて物で僕らを縛り付けるんじゃない」

「そう言われるとなにも言い返せないけど……」

「なら黙って聞いていろ。袋小路に集まった小娘の肉塊はネズミの腹を突き破り、もとの一つの体に戻った。そこで冒険者を襲ったんだ」

「うーん……じゃあ帰りはどうしたの? 袋小路から脱出する時」

「そりゃあもちろん、またネズミに乗って帰ったんだよ」

「さっきネズミの腹を食い破って外へ出たって言ってたじゃん。そんな状態でネズミ動けるの?」

「なに言ってるんだ、こっちはアンデッドだぞ。そんなの余裕だ」


 吸血鬼は根拠のない自信を滲ませながら胸を張ってそう言ってみせる。

 だがアンデッド歴の浅い俺でも……いや、こんな事素人にだって分かる。そんな滅茶苦茶な推理を実行できるはずない。


「えー……ゾンビちゃん、今の話どう?」


 尋ねると、ゾンビちゃんはキョトンとした表情を浮かべて首を傾げる。


「ゴメン聞イテナカッタ」

「ほら、聞く価値もないって」

「それは小娘が犯人だからだ! 図星で、反論できないからそんな事言うんだろう」

「じゃあ一応聞くけど、冒険者の死体の方はどうなってるって言うの? 血痕も骨も衣類も荷物も残さず人一人を短時間で食べ切るのってなかなか難易度が高いと思うんだけど」

「は? 知るかそんなこと」

「ここに来て推理放棄しないでよ……」

「そもそも推理なんて必要ないだろう、どうせアイツが犯人だよ」


 悪びれる様子もなく驚くほど無責任なことを言いながら、吸血鬼は宝箱の上に腰を下ろす。だが彼が宝箱の上に腰を落ち着けて一息付く事はなかった。

 吸血鬼が宝箱に背を向けて腰を落とした瞬間、宝箱がひとりでに開いたのである。それだけでも奇妙だが、宝箱の中には宝ではなくどこまでも続くような闇が満ち、その縁には爬虫類にも似た恐ろしく尖った牙がみっちりと並んでいる。

 吸血鬼はそこに自分の体を支える宝箱があると信じ、中に広がる奈落へと腰を下ろす。気付いた時にはもう遅い。近くに掴めるようなものはなく、吸血鬼はエビのような無様な格好のまま宝箱に落ちていき、そして――


 ぱたん、とフタを閉じて、それはなんの変哲もない宝箱へと姿を変えた。




*******




「ミミックだね」


 俺はその宝箱モドキを見下ろしながら呟く。

 ミミックとは宝箱などに擬態するモンスターであり、お宝の匂いに釣られてノコノコやってきた冒険者に襲いかかるトラップ型モンスターである。

 とはいえ、吸血鬼に内側からボコボコにされたミミックは噛み合わせがおかしくなって牙が丸見え、留金もいくつか外れて、表面には血のようなものまで滲んでいる。これじゃあしばらく「狩り」は休業せざるを得ないだろう。


「冒険者を横取りしたうえにこの僕を食うとは、良い度胸してるじゃないか」


 ミミックに丸呑みにされ、吸血鬼は全身ミミックの体液でドロドロ。その尖った牙に引っ掛けたのか、季節外れのインバネスコートもところどころやぶれてしまっている。

 そんな状態にされて機嫌が良いはずもない。吸血鬼は両手に拷問器具を持ち、そろりそろりとミミックに近付いていく。

 だがミミックが口を利けなくなる前に聞いておかねばならない事もある。


「ちょっと待って、ここにあった宝箱は!?」


 尋ねると、ミミックは怯えたように身を縮めながらそろりそろりとカニ歩きで通路の隅に移動する。

 宝箱――いや、ミミックが設置されていた地面には最近掘り返されたような跡があった。スケルトンたちに頼んで掘ってもらうと中から本当の宝箱が出てきた。


「なるほど、こうやって本物を隠してたんだなぁ。そうだ、中身は無事?」


 俺の言葉にスケルトンは頷き、宝箱の蓋を開く。

 開け放たれた宝箱の中には輝く金貨、白銀の剣、鋼鉄の甲冑、冒険者の鞄、その他様々な装飾品が入っていた。

 ただしどの「宝」も例外なく血に塗れ、噛みちぎられ折り畳まれた死体とごちゃまぜになって箱に押し込められている。変わり果ててはいるものの、宝箱に押し込められた死体は「神隠し」にあった冒険者その人であった。


「な、なんでこんなとこに? ミミックにそんな習性あったかなぁ」


 首を捻る俺たちとは裏腹に、吸血鬼は爽やかな笑みを浮かべてダンジョンの隅っこで縮まるミミックに近付いていく。もちろんその手には拷問道具を持って。


「獲物も見つかったことだし、これで心置きなくバラせるな」


 未だ謎は解けていないが、吸血鬼を止める理由も特にない。嬉々として拷問道具を振り上げる吸血鬼を静観していると、ガタガタ震えながらミミックがその巨大な口を開けた。


「マッテマッテ!」

「うわ、喋った!?」

「マルカジリ、アヤマル! デモチャント許可トッタ。コレ、ショバ代」


 ミミックはそう言うとその長い舌で死体の詰まった宝箱を指す。

 もちろんミミックとそんな契約を交わしたなんて話は聞いていない。俺は吸血鬼と顔を見合わせ、互いに首を傾げる。


「許可だと? いったい誰が」


 尋ねると、ミミックはその大きな口から再び長い舌を出し、それを突き出そうとした瞬間。どこからか飛んできた石がレーザービームのごとくミミックを貫いた。

 ミミックの体を通過してきた石にはべっとりと血が付いており、穴からは湧き水のごとく血が漏れ出ている。


「お、おい。大丈――」


 何か訴えようとしているかのごとくピクピクと舌を痙攣させていたが、やがて死に際に人が目を閉じるようにミミックはその口を閉じてしまった。


「ああああっ容疑者がっ!?」

「誰がやったんだ!」


 吸血鬼は声を荒げながら振り返る。

 その瞬間、みんなで揃えたようにスケルトンたちがゾンビちゃんを指さした。


「やっぱりお前かッ!」


 吸血鬼の追及から逃れるように、ゾンビちゃんは口を尖らせながら視線を泳がせる。


「ナ、ナンノコト?」

「とぼけるな! また肉を独り占めしようとしたな」

「ゾンビちゃんが手引きしてたのか……後でミミックも死体もまとめて処分しようとしてたんだね……」

「ソンナ事シテナイもん。ショウコ出せショウコ!」


 ゾンビちゃんはわざとらしく頬を膨らませ、追い詰められたネズミが猫を噛むようにわーわー喚き立てる。

 確かにもはや証拠は出てきまい。死人に口なし、ミミックがゾンビとして蘇れば話は別だが、まぁそんな事は起こらない。

 だがここはダンジョンの中だ。証拠を上げ、裁判を通さなければ人を裁けないような世界ではない。


「知るかそんなこと! 生憎僕は探偵じゃないんでなァ、貴様は拷問フルコースの後生き埋めの刑だ!」


 吸血鬼は見も蓋もないセリフを叫びながらミミックの体液をすって重くなったインバネスコートを脱ぎ捨て、鹿追帽を地面に叩きつける。


「ヤダッ! 控訴スル!」


 ゾンビちゃんはそう叫びながらスケルトンたちを蹴散らし、ダンジョンを疾走していく。それを追いかける吸血鬼の背中を眺めながら、俺は思わずため息を吐いた。


「探偵の次は大捕り物かぁ……」


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