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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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100、海に行きたい!





「やぁみんな! 夏だね!」


 いつものように軽薄な声を響かせながら俺たちに手を振るのは可愛らしい子羊たちを貪り食らう害獣、狼男だ。もう数えるのも嫌になるくらいのお決まりの登場、お決まりの挨拶であるが、一つ普段と違うところがある。

 彼の肌が死人ばかりが彷徨うアンデッドダンジョンに全く似つかわしくない、健康的な小麦色をしていたのだ。


「コンガリ」

「ど、どうしたのそれ……低く見積もってもチャラさ五割り増しだよ」

「次は火炎放射器装備の女と揉めたか」

「そんな訳ないでしょ、海に行ったんだよ」


 狼男は苦笑いを浮かべながら小麦色の頬を掻く。どうやらダンジョンの外には忌まわしい夏がやってきているらしい。

 太陽がギラギラ輝き、視界いっぱいに広がる青い海が目に浮かぶ。日焼けも海も俺たちには縁遠い世界だ。縁遠すぎて、狼男の言葉にいまいちピンときていない者すらいるらしい。ゾンビちゃんがきょとんとした表情で首を傾げる。


「ウミ?」

「あ、もしかして海行ったことない? ちょっと待ってね」


 狼男はポケットからおもむろに手の平ほどの大きさの紙を数枚取り出し、ゾンビちゃんへ差し出す。

 その表面にはおぞましいほど青い空の下、目に痛いほど鮮やかな水着に身を包んだ女の子が大きなボールを高く飛ばしている場面が印刷されている。奥には小さいながら狼男らしき銀髪の男も写っていた。恐らく海に行った時の写真だろう。

 二枚目には波の押し寄せる砂浜で同じく女の子とじゃれ合っている写真、三枚目は目隠しをした狼男が瑞々しい鮮やかな色のスイカを木の棒で叩き割っている写真。

 そして最後の一枚は今までの写真とは使われているインクの色からして全く違う写真である。今まで狼男と共に写真に納まっていた鮮やかな水着の女性と見慣れぬ白いワンピースの女性が赤黒い何かに赤黒い液体の付着した石を振り下ろしている場面だ。激しく動いているためかだいぶブレており、銀色の毛髪がなければ写真に写った赤黒い「なにか」が狼男であるとは分からなかったかもしれない。


「……こんな写真だれが撮ったの?」

「分かんない。気絶して、気付いたら置いてあったんだよね」

「恐ッ!?」

「熱心なファンがいるみたいでさー、あはは」

「笑い事じゃないだろう」


 ヘラヘラ笑う狼男に、俺たちは哀れみのような軽蔑のような羨望のような複雑な視線を向けた。

 当の狼男は俺たちの視線も凄惨な写真も気にすることなく、赤黒い物体になっていたとは思えないほど爽やかな笑顔を浮かべて口を開く。


「でも楽しかったよ、海。そうだ、今度みんなで行こうよ! 途中で寝ちゃったから、まだまだ遊び足りないんだよねー」

僕等アンデッドが海なんか行くわけないだろう。行くとしてもお前とは行かない、絶対にだ」


 揺るぎない意思を見せる吸血鬼に、狼男は不満そうな声を漏らす。


「なんでだよー、こんなとこでジッとしてたら夏楽しめないじゃん。レイス君も幽霊なら海に潜んで女の子の足の一つでも引っ張らなきゃ」

「幽霊がみんなそういうことすると思わないでくれる?」

「なんだよ、みんなしてつれないなぁ」


 不服そうな表情で狼男は溜息をつく。だがどうして彼にそんな表情をされなければならないのか、不服なのはむしろこちらの方だ。

 狼男なんかと外出したらアンデッドですら命がいくつあっても足りないようなトラブルに巻き込まれるに決まっている。そんな恐ろしい誘いに冗談でも首を縦に振るヤツがいるわけない。

 ……と、そう思った瞬間。

 意外なところから意外な声が上がった。


「私、ウミ行キタイ!」


 俺と吸血鬼が渋い表情を浮かべる中、ゾンビちゃんが明るい声を上げながら意気揚々と手を上げた。


「本気で言ってるの……?」


 我が耳を疑い思わず聞き返すが、ゾンビちゃんから前言撤回を申し出る気配は感じられない。

 俺たちが言葉を失う中、狼男がいつにも増して軽薄な声を上げる。


「良いねぇ! 行こうよ海、ノリ悪い男たちなんて置いて二人でさ!」

「何言ってるんだよ、ゾンビちゃんが海なんて行けるわけないでしょ!」

「えー? なんで?」

「ゾンビちゃんが夏の海になんて行ったら暑さで腐っちゃうじゃん」


 必死の思いでそう狼男を制止すると、彼はゾンビちゃんを一瞥して苦笑いを浮かべた。


「さすがに腐敗が進むのは困るなぁ……じゃあ夜行けば良いよね?」

「だとしてもダメだよ! ゾンビちゃんをダンジョン外に出すこと自体が危険すぎる。きっとすれ違う人間全員に襲い掛かるし、下手すれば善良な非戦闘員たちの住む閑静な町をまるまる一つ血の海に沈めてしまうことだってあり得るよ。瘴気の薄い場所でゾンビちゃんがどうなるのかも分からないし」

「レイス君は頭が固いなぁ。ま、無理にとは言わないけどね」


 狼男は腕を組み、不満げにため息を吐きながらも俺の言葉に頷いた。

 だが、俺にはもう一人説得しなければならない人がいる。こちらの説得は骨が折れそうであった。


「ヤダヤダ! ウミ行ク、ウミ!」


 ゾンビちゃんは駄々をこねる子供のように「海」というワードを繰り返し、俺の言葉に耳を貸そうともしない。

 肉以外の事で彼女がここまで頑固になるのも珍しい。それゆえに対処の方法も分からなかった。


「ああもう、狼男が余計なこと言うから」

「お前は本当に余計なことしかしないな」


 俺達から睨まれてもなお、狼男は悪びれる様子もなくヘラヘラと笑っている。


「いやいや、女の子が海に行きたいとか言うの普通じゃない? せっかくの夏なのにこんなとこに閉じこもってたんじゃおかしくもなるよ」

「さらっと失礼なこと言わないでよ! とにかく、海に行くなんて絶対ダメだからね。海なんてしょっぱい水がいっぱいあるだけだよ。ベタベタするし暑いし変な虫とかいるし、何にも楽しくないから」


 必死の説得も虚しく、ゾンビちゃんは頬を膨らませてそっぽを向くばかり。さっきから何を言ってもこの調子だ。もはや打つ手が浮かばない。

 ほとほと困り果てていると、この騒動の発端である狼男がまるで他人事のように声を上げた。


「ダメだよレイス君、女の子の扱いが全然なってないよー。女の子の頼みは諦めさせるんじゃなくできる限り応えてあげなきゃ」

「簡単に言ってくれるなぁ、誰のせいだと思ってんだよ……そんなの一体どうしろって言うの?」

「どうにもならない事をどうにかするのが男ってものでしょ? 『ダメ』ばっかりじゃモテないよレイス君!」

「……ん? どういう意味?」

「要はダンジョンの外に出さなきゃいいんでしょ? 俺に任せてよ、女の子のワガママには慣れてるからさ!」




*******




「よーし、まずはこれだ!」


そう言って狼男が取り出したのは白い砂浜でビーチバレーに興じる場面を切り取った写真である。確かに海でなくともビーチバレーはできる。

 が、問題は別の部分にあった。


「言っておくけど、うちにボールなんてないよ」


 俺の言葉に狼男は目を点にし、信じられないとばかりに呆然と口を開く。


「え、じゃあ急にフットサルとかしたくなったらどうすんの?」

「別にフットサルなんてしたくならないんだけど」

「そうなの? うーん、それじゃあ……」


 狼男は困ったような表情を浮かべてキョロキョロと辺りを見回したが、通りがかったスケルトンを視界に入れるなりパッと顔を輝かせた。

 小走りでスケルトンへと近付き、その白い頭蓋骨へおもむろに手を伸ばす。


「スケルトン君! 頭、ちょっとだけ貸して」


 狼男は早口でそう捲し立てると、スケルトンの返事を待たず頭蓋骨を思い切り引っ張った。


「な、なにしてんだよ!」


 狼男とスケルトンの綱引き……いや、頭蓋骨引きに俺は思わず悲鳴にも似た声を上げる。

 だが狼男は特に気にする様子も悪びれる様子も見せず、ヘラヘラ笑いながら腕に一層力を込める。


「一瞬! ね? 一瞬だけだから、絶対痛くしないから!」


 スケルトンの必死の抵抗も虚しく、頭蓋骨はスケルトンの首を離れ、狼男の手に渡ってしまった。

 スケルトンは頭を取り返そうと狼男に縋るが、首無しと化したスケルトンにそれだけの力は残っていない。狼男はスケルトンを翻弄するかのように頭蓋骨を手の中でクルクル回しながらゾンビちゃんに笑いかけた。


「ゾンビちゃん、バレーは知ってる? ボールを相手に返していって、落とした方が負けってゲームなんだけど。まぁ細かいルールは良いから、取り敢えずやってみよっか」


 喚くようにガチャガチャと骨を鳴らすスケルトンを無視し、狼男は無情にも頭蓋骨を高く放り投げる。スケルトンの頭蓋骨はくるくると回りながら緩やかな弧を描いて飛んでいく。

 ゾンビちゃんの方も右手を大きく振り上げ、落下してくる頭蓋骨へと照準を合わせる。そして頭蓋骨が振り上げた手の位置にまで落下したその瞬間、彼女の腕は唸りを上げ、風を巻き起こしながら頭蓋骨へと叩き込まれた。


「あっ……」


 俺はその光景に思わず息を飲む。

 ゾンビちゃんの手が、頭蓋骨にヒビを入れながらめり込んでいったのである。それは派手な音を響かせながら空中で粉々に砕け散り、形を失いながら地面へと静かに降り注いだ。

 首のないスケルトンは自分の頭だったものの欠片の前へふらふらと歩み寄る。しばらく立ち尽くしていたが、やがて崩れ落ちるようにして地面に膝を付き、途方に暮れたように動かなくなった。


 一方、この惨事の張本人である狼男は哀愁を放つスケルトンに目もくれずヘラヘラと笑う。


「うわぁ、ゾンビちゃん強いなぁ」

「なにやってんだよ! スケルトンの頭蓋骨のスペアは有限なんだよ!?」

「あー、ごめんごめん。まぁ女の子のミスをそんなに責めないであげてよ」

「俺は狼男を責めてるんだけど……!」





*********





「ビーチバレーはゾンビちゃんにはちょっと難しかったかな。じゃあ次はこっちの写真ね」


 どうやら狼男はこの疑似海水浴をまだ続けるつもりらしい。

 次に取り出したのは輝く白い砂浜と青い海を背景に、南国の花を思わせる鮮やかな水着に身を包んだ女性とはしゃぐ狼男の写真である。

 だがこればかりは海に行かないとどうにもならないのではないだろうか。ビーチボールは砂浜でなくともなんとか形にはなるが、水辺でも何でもない洞窟の中ではしゃいだって滑稽でしかない。

 ……と思っていたが、よくよく考えれば我がダンジョンにも水辺がないわけではなかった。


「ここに温泉があるのは幸いだったよ」


 魔女の鍋の底からすくってきたようなドロリとした紫色の毒沼を前にして狼男は満足げに頷く。写真の中の輝く青い海とは程遠いが、水辺には違いない。


「舞台は整ったね。あとは衣装に着替えるだけ……さぁゾンビちゃん、水着を持ってきて!」


 狼男はいつもより一段階高いテンションでゾンビちゃんにそう指示をするが、ゾンビちゃんはキョトンとした表情で首を傾げた。


「ミズギ?」

「分かんない? 海とか湖とか、水辺で着用する服だよ」

「小娘がそんなの持ってるわけないだろ」


 呆れたような吸血鬼の言葉に、狼男は信じられないとばかりに目を見開いた。


「ええっ!? 水着持ってない女の子なんているの!?」

「逆に聞くけど水着持ってるゾンビなんかいるの?」

「水着ないとか想定外だよ。困ったなぁ、どうしよう……」


 狼男はいつになく深刻な表情を浮かべて頭を抱える。さすがに水着の代替品になりそうなものは我がダンジョンには置いていないし、どうしたものかと悩んでいたその時。突然ドボンという音とともに紫色の飛沫が上がった。見ると、朽ちかけたツギハギワンピースを纏ったままのゾンビちゃんが水死体のごとく水面に浮いている。


「……小娘には着替えるという概念自体がないんだろうな」

「ワイルドだなぁ……ま、でもそういうのもアリかな」


 狼男はやや複雑な表情を浮かべながらもズボンの裾をまくり、ゆっくりと湯気の立つ温泉へ足を踏み入れる。

 すると、水面から目を出したゾンビちゃんが人に慣れたアザラシのごとく狼男の足元へと寄っていく。そして彼女は狼男のシャツの裾をその蒼い手で掴んだ。

 一見なんの変哲もないように見えるその光景は、俺たちに凄まじい衝撃を与えた。狼男から手を握られればその指をイソギンチャクのごとき現代芸術作品に変え、肩を組まれればその脇腹にマンボウの口のごとき大穴をあけていたゾンビちゃんにが、自分から狼男に手を伸ばしたのだ。

 俺は何度か目をこすり、それが幻でないことを確認してからようやく口を開いた。


「こ、これってまさか、ゾンビちゃんが狼男にじゃれている……!?」

「気でも狂ったか小娘!?」


 吸血鬼も目を見開き、信じられないとばかりに声を荒らげる。

 狼男すら普段と違うゾンビちゃんの様子に驚いた様子だったが、すぐにしたり顔を浮かべ、スポットライトを浴びる舞台俳優のごとく大袈裟に、そして勝ち誇ったように腕を広げた。


「そう、これが海の力だよ! 普段は内気な女の子も海の魔力に当てられると嫌でも積極的になってしまうんだ」

「くっ……騙されちゃダメだゾンビちゃん! 場の雰囲気に流されてはいけない!」


 海の魔力は慣れ親しんだ俺たちの声をも掻き消してしまうのだろうか。ゾンビちゃんは俺たちに見向きもせず、狼男のシャツの裾を引っ張り続けている。


「あはは、シャツが伸びちゃうよー」


 必死に声を上げる俺たちを横目に、狼男はヘラヘラと笑いながらゾンビちゃんに手を伸ばす。穏やかそうに見える表情とは裏腹に、獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のような怪しい光がその瞳に宿っているのを俺は見逃さなかった。


「き、気を付けてゾンビちゃ――」


 しかし次の瞬間、俺の警告の声はまったく無意味なものとなった。


「ちょっ……ゾンビちゃん?」


 狼男の震える声がダンジョンに響き渡る。

 彼の伸ばした手からは一筋の血液が伝い、落下した赤いしずくが毒沼に波紋を広げていた。その出血元である手首にはゾンビちゃんの歯が深く食い込んでいる。獲物を前に舌なめずりをしていたのは、なにも狼男だけではなかったようだ。

 ゾンビちゃんは食らいついた狼男の腕を凄い勢いで掴み、沼の中へと引きずり込む。


「ゾッ、ゾンビちゃん!? やめっ……」


 逃げ出そうとする余裕すら与えられず、狼男はゾンビちゃんに引っ張られるがまま派手な飛沫を上げて沼の中に沈み込んだ。

 余裕で足の着く深さの温泉であるにもかかわらず、狼男は溺れているみたいに必死に水面を叩いている。


「助ッ、助けッ……!」


 その言葉を最後に、狼男はとうとう頭の先まで沼に沈み込んでしまった。

 直後、紫色の沼にふわりと赤いもやが広がる。それとほぼ同時に激しく水面を揺らせていた沼の底から湧き出る気泡もなくなり、ダンジョンには不気味な静寂だけが残ったのだった。




********




 しばらくして。

 狼男はぜえぜえと息を弾ませながらも、本来紫色の沼を赤く染めたとは思えないほど元気に毒沼から這い出してきた。そしてやや蒼くなった顔をゾンビちゃんに向け、力無い笑みを浮かべる。


「し、死ぬかと思った……ねぇ、ゾンビちゃん。ちょっと人工呼吸してくれない?」

「お前は二度と呼吸するな」

「この温泉が底なし沼だったら良かったのに」

「酷いなぁ、みんな。でも海の楽しさはこんなもんじゃないよ! ええと次はね……」

「もういいよ、海なんてこんなもんだよ。楽しくないでしょ、ゾンビちゃん」


 俺はそう言いながらゾンビちゃんを見やる。

 だが彼女はこちらを見ようともせず、うずくまって何かへ視線を送っている。


「ゾンビちゃん……?」

「コレ! コレがヤリタイの!」


 ゾンビちゃんは顔を上げ、勢いよく俺に一枚の写真を突き付けた。温泉での襲撃の際に狼男から奪ったのだろう、紫色のしずくを垂らすその写真には棒を携えた狼男と、無残に割れて赤い汁を飛び散らせた緑の縞模様と瑞々しい赤の果肉が写っている。


「えっ、スイカ割り?」


 ゾンビちゃんからのリクエストに、狼男も顔を輝かせ嬉々として声を上げる。


「スイカ割りかぁ、それならダンジョンでも無理なくできるね! あ、でもスイカないとできないか……仕方ない、俺ちょっとスイカ探しに――」

「いいや、その必要はない」

「え? なんで?」


 きょとんとした表情を浮かべる狼男に、吸血鬼はジリジリと近付いていく。ゾンビちゃんもふらりと立ち上がり、薄笑いを浮かべながら狼男へと接近していく。


「な、なに? なんか怖いんだけど……えっ、ちょ、待っ――」




*******





「右! もっと右だよ!」

「そっちは左だぞ。逆を向け」


 棒を携えてボロボロの布で目隠ししたゾンビちゃんが、俺たちの声に従ってフロアを右へ左へうろうろふらふらさまよい歩いている。

 やがて彼女はある地点で静かに足を止めた。恐らく地面になんらかの気配を感じたのだろう。手に持った棒を振り上げ、凄まじい衝撃波を放ちながら地面にそれを振り下ろす。轟音を放ちながら地面に鉄製の棒がめり込み、大地が大きく揺れる。


「ひッ!?」


 すぐ脇に振り下ろされた鉄棒に狼男は小さく悲鳴を上げながら顔を引き攣らせる。できることなら今すぐ逃げ出したいに違いないが、地面に首から下を埋められた狼男には文字通り手も足も出すことはできない。


「残念、惜しい。スイカはもう少し右だ」

「頑張ってゾンビちゃん!」


 俺たちの声援に哀れなスイカが悲鳴にも似た声を上げる。


「なっ、なんで俺がスイカ役なの!?」

「逆に聞くけどなんでスイカ役がダメなの? 『ダメ』ばっかり言ってるとモテないよ」

「もしかしてさっきの言葉怒ってる!? 結構根に持つタイプだねレイス君! 本当、謝るから許して」


 必死に許しを請う狼男に近付いていく被害者がもう一人。

 砕け散った頭蓋を両手に乗せた、首なしスケルトンである。


「そ、それもゴメンってば! 今度からボールは持参するようにするから! 今すぐスイカも買ってくるし」


 ここから逃れようと必死になって声を上げる狼男を見下ろし、吸血鬼は意地の悪い邪悪な笑みを浮かべる。


「スイカなんか割るよりお前の頭割った方が面白いじゃないか」

「吸血鬼君!?」

「それより、そんなにペラペラとお喋りしていて良いのか?」


 轟音と共に狼男のすぐそばにあった石の塊が砕け散った。

 視覚を奪われたゾンビちゃんにとって狼男の声はこれ以上ないヒントだ。喚けば喚くほど彼の埋まっている場所が割れてしまう。

 狼男は悲鳴を噛み殺し、絶望に満ちた表情をゾンビちゃんに向ける。


「ひっ……」

「あー惜しい」

「もうちょい左だ、小娘」


 吸血鬼の指示によりゾンビちゃんは半歩ほど左に移動する。そこはまさにスイカの目の前、もはや声を抑えようと何をしようと「スイカ割りのスイカ」の運命は変えられまい。


「ああああごめんなさいごめんなさい! 助けて、助け――」


 なおも助けを求める狼男の眼前で、ゾンビちゃんは無情にも棒を振り上げる。刹那、鈍い音がダンジョンに響き渡り、真っ赤な果汁が鉄の棒と彼の銀髪を赤く染めていく。

 その音は、季節感のない我がダンジョンに夏の訪れを告げたようであった。



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