民生委員
おれの仕事は担当する住人の生活状況を把握し、必要に応じた助言や援助を行なうことだ。この職務に応募したのには理由がある。交通費などの実費が支給されるからだ。おれは、さる政治家の奥さんとアバンチュールの真っ最中で、亭主が留守のすきによろしくやっている。通いの費用がバカにならず、それを経費で落とそうと、そういう魂胆だ。担当する住民には悪いが、定期見まわりを一度すっぽかしたところで、どうということはあるまい。
おれは愛人のもとに飛んだ。太陽の照りつけるビーチでの、彼女とのバカンスは最高だった。そのあとが悪かった。つぎに任地を訪れると、そこの住人が死に絶えていた。前々回、様子を見たときは問題なかっただけに、驚いたのなんの。悪いことは続くもので、おれはうかつにも探偵の尾行に気づかなかった。その調査員は浮気の証拠写真を撮ったうえ、仕事の不始末も報告書に書いたようだ。怒り狂った亭主は、おれの落ち度を知事にちくりやがった。
おれは尻尾に火がついたように逃げた。あちこち飛びまわったが、ついにαN1星で追いつめられた。十挺の光線銃を突きつけられたら、どうしょうもねえ。おれは両方の尻尾を上げて降参した。裁判では懲役二万年の判決を受けた。いまも服役中だ。かつての愛人は亭主とよりを戻したという。
くそったれ。
その囚人の担当していた太陽系の第三惑星を、宇宙連邦厚生局の係官二名が訪れると、大気は有毒ガスで汚染されていた。彼らの目的は、絶滅した住人の標本を母星に持ち帰ることだ。宇宙船からの地上スキャンで、標本の存在が確認された場所は、教会の地下にある礼拝堂だった。
防護服に身を包んだ係官二名が、宇宙船から地上に降り立った。廃墟と化した市街を、一対の尻尾を引きずって進む。
「定期巡回さえ怠らなければ、この星の住人を絶滅させずにすんだ」
アルタインが無線でいきどおった。
「しゃあねえやな。そう怒るなよ」
バルテメルが気軽に応答した。
「こうなる前に厚生局に報告があれば、なんらかの手は打てたぞ」
「いまさらだよ。滅んじまったもんはしゃあないって」
二人は教会の門をくぐり、地階に下りていく。防護服のセンサーが室温の低下を伝える。アーチ天井の延びる礼拝堂に出た。左右から天井を支える何本もの柱のあいだを抜ける。奧の祭壇の前に棺が置かれていた。
なかに安置されていたのは少女の遺体だ。
その顔は白くつややかで、毛髪は生前のまま残っていた。黒く長い衣をまとい、胸の前で両手を組んでいる。死んでいるとは思えなかった。
低温で湿潤な環境下では、まれにこのような死体現象が起きる。腐敗をまぬがれ、体内の脂肪が蝋化したのだ。それを祭壇に安置した理由はわからないが、この星の住人の標本としては最適だった。絶滅したあとなので、骨ぐらいしか採取できないのではないか、と心配していたところだ。
「さっそく反重力カートで船内に搬送しようぜ。この惑星の動きは速すぎて、なんだか気分が悪くなってきた」
バルテメルが不平をもらした。
「そうだな。母星よりずいぶん速い。それだけ目まぐるしく事態は進展する。見まわりの間隔は、その惑星の周期に合わせるべきなんだ。この星の百年に一度では少なすぎた。だから滅亡を見過ごしたんだ」
アルタインは怒りに身体を震わせた。
「わかったよ。帰還しだい局長に進言しよう。早く任務を済まそうぜ」
「その前に、この太陽系の住人のために祈るんだ」
「わかったよ」
二人は目を閉じて一対の尻尾を垂れると、黙とうを捧げた。
終