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004 湖畔の街にて

 ヴェルゼン領中核都市ツェルンベルグ。ヘンシェル湖畔に発展したこの都市は付近を陸運の要たるローマン大街道が通り、またヘンシェル湖の水運も盛んである事から早くから交通の要、また商業の要として発展してきた。地理的に恵まれていたのはそれだけではなく、北方には幾つもの炭鉱や鉱山も発見されている山岳地帯を有し、海にこそ面していないがかなり恵まれた土地であった

 代々この地を治めていたのは王家に連なる一族、つまりシグの一族である。シグの父親である先代ヴェルゼン領主エーリッヒ・ジグ・リッターラントは産業の振興に力を入れ、また領民達とも積極的に対話を交わす等、いささか高貴な身分の人間しては破天荒な部分が多かったが、その分だけ領民達から慕われていた。そのエーリッヒが戦場で亡くなった時はヴェルゼン領そのものが喪に服したかのようだった。だが、その息子であるシグも父親譲りの積極性を発揮して、平時には領地を自ら歩き回っていたりもした。そんなシグの評判は父親同様に高く、やはり領民達から愛される領主であった

 だが、そんなツェルンベルグの街もここ最近は暗い影をおとしつつあった


「聞いたか、シグムント様が行方不明だって……」

「あぁ、リュート公様を退却させる為に突っ込んだそうだ」

「ご無事ならいいんだけど……」

「相手はあのフリーディアの連中とメスティアの狂信者どもだからな……心配だなぁ」


 街のあちこちでそういった噂が流れている。カルナ大平原におけるグロウフェン王国軍の大敗は既に人々の噂として広まっていたが、その中でもツェルンベルグの人々の心を重くしているのは、彼らの領主たるシグの生死不明の話であった。愛すべき領主の行方不明という緊急事態に、人々の顔にも不安の色が見える


「……まさかもう」

「馬鹿を言うな!シグムント様が簡単にやられる訳があるか!」

「お屋敷の人達は否定しとるが……どうなんじゃろうか」

「エーリッヒ様の事もあったしのぅ……」


 老若男女を問わずそう噂しあっては小高い丘の上に立てられた屋敷に目を向ける。その、家柄を考えれば不釣合いなほどに質素な屋敷がシグの生家であった




「また聞かれたよ、『シグムント様は大丈夫でしょうか』ってね」


 屋敷の中庭、手入れの行き届いた庭の片隅で白と黒のメイド服を着た少女がやや苦しげに言葉を吐き出していた。一見した所、単なるメイドだが、腰には不釣合いな長剣が二振り。その少女の向かいには、これまた白と黒のメイド服を着た女性が立っていた。ただし先の少女を軽く見下ろすほどの長身であり、その顔には野性的な笑みが浮かんでいた


「シグも慕われてるねぇ」

「言っている場合か」


 やや剣呑な瞳を向けたのは、リザードマン種のアイシア・アルビオ。この屋敷のメイドであり、同時にシグの私設騎士団である『ヴェルゼン騎士団』の1人である。その向かいに立つ長身の女性は同じくメイドで騎士団の1人、オーガ種であるケーラ・ウォーレンと言い、見た目通りの肉弾戦を得意とする


「アタシは特に心配はしてないけどな。シグがそう簡単にくたばる訳ないさ」

「そりゃ隊長が易々と不覚を取る筈は無いと信じているが、それでも街の皆は心配なんだぞ」

「そうですわ、誰もがアナタと同じように能天気にしていると思ったら大間違いですわよ?」

「あ、何つった?」

「……けんかはだめ」


 横合いからかけられた言葉に喧嘩腰の視線を向けるケーラ。屋敷の方から並んで歩いてきたのは、エルフ種のミラ・ディ・リュクとダークエルフ種のルン・ファ・チェスの2人だ。やはり2人ともメイドにして騎士団員、ミラもルンも弓矢を得手とするが、腕前はミラの方が一枚上手だ。発言からも分かる通り、ケーラとミラは性格的にも正反対である為か口喧嘩が絶えない。流石に物理的な喧嘩にまで発展する事は少ないが、だからと言ってお互いに嫌っている訳でもないという、何とも微妙な関係性である。因みにシグよりも少し年下程度のルンがやや片言なのは、辺境の地の出身だからだ


「今、イリスさんとククルさんが街に行ってますわ。恐らく同じ様な事を聞かれているでしょうけど」

「買出しか?セラとレンはどうした?」

「せらはどっかいった、れんはのいについてる」


 ケーラからの剣呑な視線を半ば無視して、ミラがアイシアに話しかけるとアイシアの頭に疑問が浮かぶ。ルンが答えると、今度はアイシアの顔に軽い疲労の色が浮かぶ


「レンはいいが……セラの奴……」

「まぁ、ハーピー種はそんなもんだろ」


 半ば諦めたようにケーラがそういう通り、話に出てきたセラ・ラ・ライラはハーピー種である。自由奔放な所が長所であり、また短所でもある。同様にレン・リュクセスはサハギン種、イリス・フォルケンハインはアラクネ種、ククル・アプティオン・パーレン・セプはスフィンクス種であり、残りの1人であるノイはゴーレムである


「屋敷内の事はまぁ、ノイとレンがいれば問題ないだろうが……」

「また、いりすさんにおこられる」


 僅かに心配そうな顔を見せるルンに、ミラが小さく笑みを見せる。種族仲があまりよくないと言われるエルフとダークエルフだが、ミラとルンはまるで姉妹のような関係で、とても仲がよい

 この9人はヴェルゼン騎士団の中でも特別の腕利きだ。騎士団には他にも亜人種や人間種の騎士や兵士がいるが、9人は特に個人戦闘において卓越した実力を持っている。とは言え、アイシアやイリス辺りは指揮官としてもある程度の才能を持っており、一概に一騎当千の猛者の集まりとも言えない


「皆・サボる事・駄目」

「お、噂をすれば……」

「……」


 4人が集まっている所を見つけたのだろう、何処か機械的な声音を響かせつつ、ノイが近付いてきた。外見上は人間とそう大きく変わらないが、瞳や身体のあちこちに人間との差異を見つける事が出来るノイの後ろから、こちらは何処を見ているのかわからない表情でレンが顔を出す。あまり感情を表に出さないレンだが、どうやらノイに同意しているらしい事は分かる


「サボってる訳ではありませんわ、シグの事を話していたんです」

「……シグ兄?」

「そう、しぐにーさまのこと」


 ミラの言葉に珍しくレンがきょとんとした顔を見せると、ルンが頷く。レンとルンはシグよりも少し年下である為か、シグの事を兄と慕っている。それだけに生死不明で行方不明のシグの話と聞いて興味を持ったのだろう


「マスター・生死判明・した?」

「いや……街の皆が心配していると言う話だ」

「……承知・マスター・不在時・領地・領民・守護する・我が・任務」


 ノイにしろレンにしろ表情というのが分かり辛いが、微かに落胆した様にアイシアには見えた。別にシグの事を何とも思っていない訳ではなく、自身に与えられた職務に忠実であるだけだ。勿論、ノイ以外の面々もそうであるのだが、完全に割り切れる訳ではない


「言っていても仕方あるまい、今は兎に角隊長が――」

「うぉーい!」


 アイシアが何か言おうとした瞬間に、頭上から声が降ってきた。見上げれば、白黒のメイド服を身に纏った少女が此方へと滑空してきていた。両の手は鳥の翼状になっており、足は巨大な鍵爪。典型的なハーピー種の姿をした少女、セラは地上1メートル程まで降下すると瞬時に両手と足を人間のそれへと変化させた

 グロウフェン王国に限らず、オーレン大陸に生きる多くの亜人種は本来の姿と人間の姿、2種類の姿を持っている。多数派である人間との共存には同じような姿形が何かと便利である為の進化だが、本来の姿も人間に近い種族も多い。また強力な力を誇る種族の中には人間とはかけ離れた『原種』の姿を持つ種もいる。

 余談にはなるが、多くの地で『モンスター』と呼ばれる亜人種は、その種族のカでも原始的な種である。例えばアイシアの場合で言えば、彼女はリザードマン種であり本来の姿は人間とも大きくは違わない。手足の先端(肘や膝から先)が硬質の鱗で覆われ、瞳が変化し、顔にも幾らか鱗が生える程度だ。だが、一方では完全なトカゲの姿をしたリザードマン種も存在する。彼らは人間に近い姿へと変化する能力もなく、野生生物程度の知性で人間や亜人種へと襲い掛かる『モンスター』である。これはアイシアの一族がリザードマンの中でも高度な種である為で、人間とサルの関係とほぼ同じであるといっていい。ある程度の感慨はあっても、同族意識を持つ所まではいかないという関係である


「こら、セラ。お前は何時もそうやって――」

「違ぇんだって!一大事だよ、一大事!」


 アイシアの言葉を遮ってセラが声を荒げる。「いちだいじ」が「いちでぇじ」に聞こえるのは、セラ特有の喋り方だ。ちなみに何が違うのかはセラ本人もわかっていない


「おいおい、シグが行方不明以上に一大事なんざ無いだろ」

「いやさ、今空飛んでたらさ!向こうの方から何かでっけぇ鳥みたいな?アタシらハーピーの何倍もでけぇ何かが飛んでくんの!」

「……とうとう幻覚を見るようになりましたのね」


 セラの言葉に、ミラが同情の視線を向ける。シグ不在の不安によって幻覚症状が出るようになってしまった、という脳内設定にされてしまったセラは、苦虫を噛み潰したような表情を周囲の同僚達に向ける


「勝手に幻覚呼ばわりすんな!ちぃと遠かったけど、間違いなく見たんだって!やたら速かったから、もう少ししたら――」

「皆・静かに」


 今度はセラの言葉をノイが止めさせる。淡々とした、それ故によく響く声に、セラも含めた全員が口を噤む。ノイはそのままセラが降りてきた方向に視線を向け、何かを確かめようとしているようだった。つられてレンとルクも空を見上げるが、はるか遠くに鳥が1羽見えるだけだ


「ノイ、何が」

「聞こえる」


 たまりかねたアイシアが口を開いたのとほぼ同時にノイが呟く。ノイを除く全員が不思議そうな表情をすると同時に、今度はミラが顔を上げた。そしてやや遅れてレンとルクも表情を変える。そのまま数秒が経過すると、今度はアイシアやケーラにも『音』が聞こえてきた


「何だ、この音……」

「きいたことない」

「爆発音……いや馬車の車輪の音にも聞こえるが……」

「否・この音・空から」


 全員が顔を上げて空の一点をみつめていると、やがて変化が起きた。『それ』は最初、小さな小さな1点の影にしか見えなかった。だが『それ』は恐るべき速度で空を駆け、あっという間に巨大なその姿を見せつつあった


「ほら、あれだって!速くてでっけぇ鳥みたいな奴!」


 最も視力に秀でたセラが騒ぎ立てるが、やがて誰の目にも映るようになった『それ』に、誰もが息を呑んだ。セラの言葉通り、普通のハーピー種の十数倍、並みの飛竜と比べても数倍は巨大な『それ』は、長大な翼を持ち、羽ばたく事もなく信じられない速度でこちらに近付いてきていた。全体的に緑色をした身体は不思議な威圧感さえ持っていた


「ありゃ……何だ」


 呆気に取られたケーラの言葉に、だが誰も答える事が出来ない。誰もが見た事も聞いた事も無い『それ』は、彼女達の視線の先でやや速度を落としつつ高度を下げ始めた。どうやら着陸の体勢に入ったようだった


「何だがわからないが……街に行こう。『あれ』が悪い物だったら、対応せねばならない」

「ゆみ、とってくる」

「先に行くぜ!」

「ケーラ・先行・許可する」


 一気に慌しくなった屋敷の中庭で、行動が開始される。何かあれば街と領地を守るのが騎士団の使命だ。ルンが弓矢を取りに走り、ケーラはさっさと走り出した。ノイは恐らく、屋敷に残る他のメイドや執事達に指示を与えるのだろう。アイシアも剣の柄尻を叩くと走り出した。見れば緑色の『それ』は相変わらず聴き慣れない音を響かせながら、ヘンシェル湖へと舞い降りつつあった

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