表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

003 第1次グロウフェン派遣総軍

「始めにご紹介しておきましょう」


 天幕の中で、スギハラは自身の傍らに立つ男に目配せをした。それに軽く頷いて一歩前に出た男は、一見すれば特に特徴を持たない凡庸な外見をしていた。だが、その瞳や立ち振る舞いには、洗練された軍人としての色が現れていた


「今回の第1次派遣軍……正確に言えば第1次グロウフェン派遣総軍の総指揮を取ります、イマムラ大将です」

「宜しくお願いします」


 右手を自身の額の辺りに持ってくる、見慣れない敬礼に幾人かが戸惑ったが、それが軍人としての礼節に満ちたものである事は理解できた。腕を真横にして胸のやや下辺りに付ける、グロウフェン伝統の敬礼で返答すると、イマムラの表情にも僅かながら笑みが浮かんだ


「次に、簡単ですが戦力の説明をいたします」


 天幕の下には幾つかの椅子もあったのだが、スギハラとイマムラを含めた全員が立ったままその言葉に耳を傾けた。2人とシグを除いた全員が突如として現れた霧海の軍団を眺めていたくて仕方が無いようだ。やや離れているとは言え、天幕からは霧海の軍団がよく見えていた


「先ず陸上戦力として、コード1940クラスの戦車を約200、兵員輸送車を兼ねた装甲車を約200、偵察などに使用できる軽装甲高速車両を約100、各種の自走砲を約300、その他重機や輸送車両などを約200、合計で約1000両となります」


 淡々と言葉を紡ぐスギハラだが、シグを除く面々は目を白黒させている。どうやら戦車というのは鋼鉄の猛牛達の事らしいが、一体どれ程の戦力を秘めているのかわからない状態では200とか300と言われても実感が沸かない


「後で実際に動かして見せますから、少しお待ち下さい」


 スギハラはそう言うと、言葉を続けた


「航空戦力としては、同じくコード1940クラスの航空機を用意しました。戦闘機が約200、爆撃機が約180、大型飛行艇を含めた水上機が約50……これは近くの湖に出現させています。その他に輸送機などが約70、合計で約500機となります」

「その、航空機というのは、あの異形の猛禽類の事かね」


 ディアスが興味津々といった様子で尋ねる。どう見ても金属の塊のような航空機に、何処か感じる物があったらしい。そんなディアスにイマムラが返答する


「その通りです。『こちら』風に簡単に説明すれば、機械で作られた人工の飛竜のような物かと……生物ではありませんが、戦闘力は保証します」

「飛竜に相当するのか!?」


 ディアスの顔が、今度は純粋な驚きに彩られる。今や絶滅も噂される伝説の種族たる龍族、その下位種である飛竜。下位種とは言え強力な戦闘能力と飛行能力を持ち、実質的にこの世界の制空権は飛竜によって左右されるとさえ言われている。勿論、亜人種の中にも空を飛ぶ事が出来る種族も居るが、人間数人分にもなる巨大な体躯を持つ飛竜に対しては不利は否めない。とは言え、飛竜はその戦術的価値に比例して運用にも大変な労力を要し、十分な国力の無い国家ではまともに運用することさえ出来ない


「航続距離で言えば飛竜を超えます。ただし、運用には巨大な平地が必要となりますが」

「助走が必要という事か?それならば我が国はあちこちに平原がある」


 一応『向こう側』の基本知識を持つシグが付け加えると、ディアスは満足そうに頷いた。フリーディア帝国軍にも飛竜部隊が存在しており、何とも厄介な敵として知られている。イマムラやシグの言葉が真実であれば、グロウフェンはそのフリーディアの飛竜部隊を凌駕する戦力を手に入れた事になる


「兵士は主に戦車などの乗員と航空機の搭乗員、及びそれらの整備関係の人間が約9000。残りは歩兵や工兵などで約2万6千ほどとなります」

「つまり……あの鋼鉄の猛牛や異形の荒鷲は、ヒトが操作するという事ですか」


 国内では『賢識』と呼ばれるリラが問いかけると、スギハラが小さく頷いた。他のメンバーにはいまいち実感がわかない様だが、鋼鉄の猛牛や異形の荒鷲とやらの力は未知数であっても、それを除いてもおおよそ2個軍弱に匹敵する兵士の数はそれだけでも十分にあり難い戦力だ。工兵と言う言葉は聴き慣れなかったが同様の性格を有する部隊は各国で様々な名称で呼ばれていた為、すんなりと受け入れられた


「あの金属の箱は、組み立て式コンテナと言うのですが……中には約6万人分の銃火器と約30万人分の医療物資、技術資料や各種のサンプル等が格納されています。コンテナ自体も分解後は装甲板として使用できるようになっています」

「シグ殿の話ですと、『こちら』では銃火器は存在しないとの事ですので、後ほど説明を兼ねたデモンストレーションを行いたいと思います」


 淡々と言葉を続けるスギハラとイマムラに、シグを除くメンバーは目を白黒させるが、それでも何とか会話について行こうと必死である。何せ、この霧海の軍勢が強力な部隊である事は誰もが本能的に理解している。あとはそれらを理解し、どのようにフリーディアとの戦いに生かせるか、だ。万が一にも敗北すれば絶望の未来が確実であるだけに、必死にもなろう


「大まかには以上になります、更なる詳細はデモンストレーション後に……それでは1つ、重要な事をお話します」

「制限の事ですね」


 簡単に戦力の説明を終えたスギハラが、緊張感の満ちた表情となった事にリラが反応した。先日も言っていた『制限』の事であると察した様子に、スギハラが小さく頷く


「この第1次グロウフェン派遣総軍ですが……『こちら』に居られる時間が限られているのです」

「限られている、とは?」


 ほんの僅かにリッカが不安そうな顔を見せる。これだけの戦力を見せておいて直ぐに帰られたのではお話にならない


「簡単に言いますと、『こちら』側にとって我々は外部から侵入した異物なのです……『毒』と言ってもいい。ヒトの身体がそうであるように、『こちら』の世界も我々を吐き出そうとする作用が働くのです。ただし、吐き出すまでにかかる時間は、我々……『毒』の質と量に比例します」

「……つまり、強力な軍勢を多数揃えれば早く吐き出される。つまりは短時間で『向こう』側に戻されるという事ですか」

「その通りです。幸いといいますか、今回の派遣軍はそれほど強烈な毒とは言えません。幾分かの余裕も見ていますので」


 スギハラのその言葉に、メンバーが困惑した表情を浮かべる。未知の部分はあるものの、これだけ強力な戦力を持つ軍勢を『それほど強烈な毒』とは言えないという。ならばスギハラの言う『強烈な毒』とは一体、どれ程の戦力の事を言うのだろうか


「それで……この軍勢はどの程度留まる事が出来るのですか?」


 ディアスが皆を代表するように口を開く。取り合えず当面最も大事なのはその事であり、それによって今後の軍事行動も考えねばならない。まさか2日や3日とは思えないが、ディアスはやや緊張した面持ちだった


「現状の戦力のままでしたら、約8ヶ月程度は保証します。ただし……」

「ただし?」

「一度『こちら』の世界から去った場合、世界の拒否反応が収まるまでは再び訪れる事が出来なくなります。今回の場合、もしも8ヶ月経過した時点ですと、次に軍を送り込めるまで少なくとも3ヶ月は必要です」

「ふむ……」


 8ヶ月という言葉に明るくなったディアスの表情に、ほんの少しだけ困惑の色が浮かぶ。8ヵ月後に霧海の軍勢が消えてしまえば、次に来るのは早くともそれから3ヵ月後。つまり8ヶ月以内に、ある程度は霧海の軍勢無しでも最低3ヶ月は戦線を支えられる程度の軍事力を再建しなければならないという事だ。と、ここまで考えて何時の間にか霧海の軍勢を『あて』にしきっている事に気付いたディアスは内心で自分を戒めた


(いかんいかん、確かに彼の軍勢は強力かもしれんが、ここは我らが国。我らが守らずしてどうするのだ)


 内心でディアスがそう思っている事を知ってか知らずか、スギハラが再び口を開いた


「それではデモンストレーションに移りたいと思います。先ずは陸上の機甲戦力、次いで航空戦力、最後に各種の銃火器や装備品の説明を行います」

「分かりました。ではお願……」

「あの、陛下」


 エルリオンが先頭に立って歩みだそうとした時、遠慮がちにシグが口を開いた。振り向いたエルリオンに、シグは申し訳なさそうな顔を向けていた


「どうしました、シグ」

「済みませんが一度、ウチに帰る許可を頂きたいんですが」

「ヴェルゼン領にですか……」


 シグのいう事も分からないではない。1度は生死不明の行方不明になった身だ、自身の治めるヴェルゼン領でも噂が飛び交っている事だろうし、それに乗じた問題行動を起こす輩がいないとも限らない。領地の精神的安定の為にも、1度は戻って無事な姿を見せるというのは確かに必要な事であった。ただし問題があるとすれば、王都ミュリオスからシグの屋敷のあるヴェルゼン領の中核都市ツェルンベルグまでは馬車でも2日は必要だという事だろう。距離そのものは差ほどでもないが、途中で山岳地帯を迂回せねばならない分だけ時間がかかってしまう。目前とまではいかないまでも、フリーディア帝国軍が迫っている状況では、あまり時間的な余裕は無いというのも事実だ


「シグさん、ツェルンベルグの近くに大河か湖はありますか?」

「えぇ、湖畔の町ですから」

「でしたら飛行艇を出しましょう。2式であれば、1時間もあれば到着出来るでしょう」


 スギハラのその発言に周囲が目を丸くした。馬車で2日は必要な筈の行程を、僅か1時間で到着する事が出来るという言葉は、俄かには信じ難いものだった


「宜しいですか、エルリオン様」

「え、えぇ……構いません」


 エルリオンも少しだけ呆気に取られていたが、スギハラの提案を断る道理は無い。上手くすれば夜までにはミュリオスへと帰ってくる事も可能かもしれない。シグは『向こう』の知識を持っているという事なので、最悪デモンストレーションに参加できなくとも問題は少ない筈で、作戦会議までに間に合えばいい


「では、失礼します、陛下」

「それでは皆様、デモンストレーションを行います」


 スギハラの声を背に受け、マントを翻してシグが歩き出す。その背中に一瞬だけ寂しそうな視線を向けると、エルリオンも足を踏み出す。時間は限られていた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ