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002 対グロウフェン軍事援助

 その男は悠然と佇んでいた。突如として出現した不可思議の存在に呆然とする円卓会議のメンバーとは対照的に、まるで散歩にでも出てきたかのような穏やかさを浮かべていた


「貴様……何者だ」


 ディアスが剣の柄を握り、リッカは既に白刃を抜きかけている。その他にも何人かが既に戦闘態勢をとった上で、霧海から現れた謎の男に対して剣呑な視線を向ける。その内の何人かの視線の移動に気付いた男が、申し訳なさそうに口を開いた


「すみませんが、衛兵は来ませんよ。いや、正確には……来れないと、言いますか」

「……どういう意味だ」


 リッカが更に剣呑な目付きで男――スギハラと名乗った男を睨みつけるが、スギハラは怯んだ様子もない。ただ、僅かに窓を指差しただけだ


「見ていただければ、お分かりになるかと」


 その動きに、窓際に位置していた何人かが警戒心を解かないまま窓辺へと近寄り、外へと視線を向ける。天気は快晴であり、適度に風も吹いている。何もおかしな所はなかった


 風に舞う木の葉や空を飛ぶ鳥達、そして世界の全てが停止している以外は


「何だと!?」


 思わず大声をあげてしまったディアスの瞳が驚愕に満ちる。木の葉や鳥は空中で止まり、窓から見る事の出来る中庭を警戒している兵士も片足をあげたままぴくりとも動かない。木々も水も光でさえもその場に停止し、全く動く気配すらない。完全な静寂の世界が窓の外には広がっていた


「これは、一体……」

「まさか時間停止理術……?」


 突如としてスギハラが現れたとき以上の衝撃をうけている円卓会議のメンバーの中で、リラだけが古代文書にのみ記述の存在する遺失理術の可能性を口にした。その様子を興味深そうに眺めていたスギハラが再び口を開いた


「申し訳ありません。皆様とお話をするのに必要かと思いまして」

「時間を止めた、と」


 窓から正反対、扉側に位置していたリッカが扉のノブに手をかけて力を込めた。だが、普段はいとも簡単に動くはずのノブはまるで最初から動かない物であるかのように微動だにしなかった


「正確に言いますと、この部屋のみを周囲の時間から切り離しております」

「時間の切り離し、ですか……」


 リラが小さく呟く。文献に存在する時間停止理術とは、術者のみが停止した時間の中で行動できると言う物だ。それを考えれば、部屋1つをまるまる周囲の時間と切り離すというのは、ある意味で古の遺失理術を超えるワザであるとも言えよう


「……それで」


 突如として出現し、自分達には理解の追いつかない現象を引き起こしたスギハラに周囲が騒然とする中、エルリオンは毅然とした態度を崩す事無く、正面からスギハラを見返した


「スギハラ殿と言いましたか、我々に何の御用です?」

「では単刀直入に……」


 それまでの人の良い笑みを消し、真顔に戻ったスギハラに、円卓会議のメンバーも改めて警戒心を表す


「用件が1つ、提案が1つです」

「用件と、提案?」


 更に訝しげな表情になるメンバー達を尻目に、スギハラは言葉を続ける


「1つ目。『彼』の道案内です」


 そう言って僅かに身体を動かすと、スギハラの後ろから1人の男が進み出てきた。偉丈夫といって言いスギハラより、やや背は低いが、それでも十分な体躯を持つ男。逆光であったため、直ぐには誰であるか判断できなかったが、身にまとう鎧には誰もが見覚えがあった。やがてその顔をはっきりと認めたエルリオンの瞳が驚きの色に染まった


「……シグ、ですか?」

「です、陛下。言っておきますが、亡霊の類じゃありませんよ」


 シグ、と呼ばれた男――ヴェルゼン公シグムント・ジグ・リッターラントは照れたような表情を浮かべた。その表情はエルリオンが幼い頃から見慣れた、彼の表情に間違いなかった。周囲のメンバーも驚愕の表情を浮かべていたが、シグが本人であることを半ば本能的に確信していた


「ま、待ってくれ。確かにヴェルゼン公かもしれんが……報告では確か、切り込み前に幾つもの傷を負っていた筈だ」

「えぇ、確かに死ぬ寸前でした」


 ウォルターの疑問に、スギハラが答える。その瞳には僅かだが悲しみの色が見えた


「その事で謝らねばなりません。彼の命を救うため、我々は彼の身体の大部分を改造せねばならなかった」

「改造?」

「全身のほぼ8割を人工器官へと置き換えてしまったという事です」


 スギハラの言葉にエルリオンを含めたほぼ全員が困惑した表情を浮かべるが、無理もない。この世界では人工器官という概念そのものがまだ存在せず、シグ本人も何度となく説明を受けて漸く理解したのだから


「もの凄く簡単に言うと、俺の身体の殆どは超精巧な義手や義足って事です」

「……はぁ」


 誰が漏らしたのかは知らないが、気の抜けた声が小さく響く。半分以上のメンバーは理解出来ていないだろうが、この辺は追々説明していけばいい。それよりも大切なのはこの後に待っている


「それよりも陛下、スギハラさんの提案です」

「え、えぇ……提案と言うのは?」


 シグに急かされるように、エルリオンがスギハラの方を向く。シグに関して聞きたい事は山のようにあるが、それはあくまで個人的な思いであって、今は言うべきではないのだろう


「えぇ。我々はアナタ方に対し、戦力の派遣・技術の提供・装備品の供与を行いたいと考えております。勿論、無償で」


 この発言に、メンバーは再度騒然とした。戦時下、それも不利な戦況での軍事援助は確かに在り難い。しかも無償となればこれを断る道理など無い。だが、それでもなお二の足を踏むに十分な理由を、スギハラは持っていた


「……援助は確かにありがたいが」

「分かっています。何処の誰とも知れない、不気味な男からの提案ですからね。挙句無償となれば、裏で何を考えているのかわかったもんじゃない。まず、躊躇しますよね」


 ディアスの言葉を、スギハラが遮った。自分で説明したとおり、スギハラの提案は余りにも好条件過ぎる。友好関係にある国ならば分からないでもないが、謎の技術を持った不気味な男からの提案ではその裏を疑うのも当然と言えよう。それも決して優位とはいえない戦況での提案だ。身も蓋も無いが、ただただ怪しいとしか言えまい


「私も個人的には怪しいと思いますからね、仕方の無い事です。ですが、そうも言ってられない状況にあるのも事実でしょう」

「それは……確かに」


 エルリオンが小さく呟く通り、戦況はグロウフェンの不利で動いている。逆説にはなるが、国家の存亡時である以上、例えどれ程に怪しくとも、協力してくれると言うのであれば協力を求めるべきである、という論法も成り立つ。しかも戦っている相手はグロウフェンの国是など何とも思わないフリーディア帝国軍とメスティアの狂信者達だ。万が一敗北すれば、その先には絶望しか残ってはいないだろう。言って見れば、敗戦と言う確実な絶望を選ぶか、怪しい提案に乗って不確実な未来を選ぶかの選択だ


「不条理な選択とは思いますが、ね」


 スギハラが何処か申し訳なさそうに呟いた。このまま進めば確実な絶望、提案に乗っても未来がどうなるのか予想も出来ない。不条理極まりないとも言えるが、今はこの二択しか存在しない。そしてそれを決めるのは、ここに集った円卓会議のメンバーとエルリオンであるのだ


「……シグ、貴方はどう思います」

「未来なんて予想できないものですよ。第一、国が滅びたら未来も何もあったもんじゃないでしょう」


 スギハラから視線を外さずに、問いかけてきたエルリオンにシグは淡々と答える。その点に関しては周囲のメンバーも同意見らしく、何人かが小さく頷く。確かにスギハラの提案を受け入れる事は不確定な未来を呼び込む事になるかもしれないが、元々未来は不確定なものであり、それを心配するよりは目の前にある問題に対して全力を注ぐべきなのかもしれない


「今は兎に角、目の前の事を何とかすべきじゃないかな、と。個人的な意見ですが」

「そう、ですね……」


 万が一、スギハラの提案の乗った結果として何か問題が起きたとしても、それはその時に対処すればいい。少なくとも確実に絶望しかない道を進むよりは、幾分か希望がある筈だ。エルリオンが決意を固めた上で周囲を見渡すと、メンバーはいくらかの困惑を見せながらも頷いた。決めるのはエルリオンであり、その結果の責任を負うのもまた彼女なのだ


「分かりました。その援助、有り難く受けれさせて頂きます」

「そのご判断を尊重します」


 スギハラが丁寧に腰を折って頭を下げる。完全な一枚岩とは言えないかもしれないが、ここにグロウフェン王国は国家の決定として派遣戦力の受け入れを認めた事になる


「……派遣する戦力に関しましては、幾分制限がありますので1日ほど待って頂けますか」

「制限?」


 リラが不思議そうに呟くのを見て、スギハラが答える


「それは明日、派遣した際にご説明致します。……この周辺に広い平原はありますか?」

「あぁ、南に少し行った所にあるが……」

「では、そこに出現させる事にします。時間は丁度、太陽が天の頂点に至った時でいいですね」


 さっさと話を進めるスギハラにメンバー達は面食らうが、スギハラは気にした様子も無い


「それでは明日、確かに」


 言うだけ言うと、スギハラの姿が霧海の中に消えていく。正確に言えば霧を纏うようして、1個の霧の固まりとなり、消えていく。同時に部屋の半分を占めていた霧海も消え去り、後には唖然とした円卓会議のメンバーと、シグが残された。シグがちらりと窓から外をのぞくと、鳥も木の葉も、木々も水も光も動き出しており、周囲の時間と部屋の時間が1つに戻った事を示していた


「……我々は壮大な夢でもみていたのだろうか?」


 ディアスが未だに信じられないと言った顔でシグを見詰める。だが、彼が此処に存在するという事が、否応なく今の現象が事実であったという事の証明に他ならない。ディアス以外のメンバーもどこか夢を見ていた様な顔で周囲を見回している


「現実ですよ、全部ね」


 そう言ったシグは自分の手を何度か開いたり閉じたりしてみた。自分の身体から生まれた、自分ではない身体。その横顔を、エルリオンが複雑な顔で見詰めていた




 その夜、王城ミュリオスの一室。王室に連なる者達が使用するプライベートルームとでも言うべき部屋に、エルリオンとディアス、そしてシグの姿があった。小さなテーブルを囲み、葡萄から作られた酒をグラスに注ぎ、身内だけのささやかな酒宴だった


「……すると、お前は例のスギハラ殿の世界で1年を過ごしたというのか」

「えぇ、こっちじゃ3日でしたけど、『向こう』では1年とちょっと……。どうやら時間の進み方が違うようです」

「俄かには信じられんが……お前が嘘を言って益があるとも思えんしな」


 ディアスが砕けた口調になっているのも、相手が幼い頃から知っているシグだからであり、何よりも今がプライベートの時間であるためだ。公的にはエルリオンに敬語を使う事に躊躇しないディアスだが、こういった場では昔からの呼び名である「エル」を使うことも躊躇わない


「シグ、貴方の身体の事なのだけど……」

「リラさんが困った顔してた事ですか。俺も、正直そこまで詳しく理解している訳じゃないんですけど……」


 頬に少しばかり赤みの差しているエルリオンに、シグが困ったような顔を向けた。何だかんだと言った所で、彼女もシグの生還を嬉しく思っているのは事実であり、それが酒を呑む手を進めさせた1つの原因であろう


「曰く、金属の骨格と俺の肉体を基にした人工筋肉、内臓や目やらは精密な機械に置き換えられたそうなんですが……」

「なんの事かさっぱりだな」

「だからリラさんが困った顔になったんでしょうけど」


 スギハラの一件の後、自身の身体を眺めたリラが困惑の表情を浮かべていた事を思い出していた。どうやら多くが人工物に置き換えられた身体は、理術士から見ると非常に奇妙なモノに見えるようだ。もっともそれは外見的なものではなく、纏う理力の違いに過ぎないのだが


「スギハラさんが言っていました。『残念ながら我々の世界の基礎知識が無ければ、全ての説明を理解する事は難しい』と」

「だから、彼の世界で学んだのか」

「一部だけです。全てを学ぼうとしたら1年どころじゃすむ訳が無い」


 彼の世界はシグにとっても未知の世界だった。学ぶ事が出来たのは彼の世界の、極々一部に過ぎなかったが、それでもシグにとっては毎日が新たな発見と驚きに満ち溢れていた。それでも1年でどれほどの事を学ぶ事が出来たか、シグ自身には見当も付かなかった


「ただ、言える事はあります」

「何です?」

「この戦争、勝てますよ」


 グラス片手にそう断言するシグに、エルリオンとディアスは思わず顔を見合わせた




 翌日。ミュリオス南方に広がる草原地帯一帯は厳重に封鎖されていた。万が一を考え、周囲を騎士達が警護する中で、エルリオンを含めた円卓会議メンバー、それにシグが今や遅しと空を見上げていた


「間もなく頂点に至る頃ですが」


 サティが何度も空を見上げながら呟く。他の面々も半ば心配そうに周囲に目を向けている。その中でシグのみは特に心配した様子も無く落ち着いたままだ


「スギハラさんは約束を守りますよ」

「そうは言われますがヴェルゼン公……」


 誰かが口を開こうとした次の瞬間、世界が凝固した。ほんの一瞬だけ全ての時間が停止し、次の瞬間に草原には夥しい量の霧が溢れかえった。周囲を経過していた騎士や兵士、円卓会議のメンバーも言葉を失う中、霧海はほんの数秒で消え去り、その中から見慣れないモノが姿を現した


「如何ですか?」


 その声に振り向けば、そこにはスギハラが立っていた。地味なスーツにネクタイ、今回は霧が無いのでシンプルな革靴もしっかりと見える。何と言っていいのか迷っている周囲の面々を他所に、スギハラは眼前に現れた鋼鉄の軍団を紹介した


「これが第1次派遣軍になります。とりあえずコード1940クラスの戦車や装甲車等を約1000両、同じくコード1940クラスの航空機を約500機。他にも同コードクラスの銃火器をおよそ6万人分とその数倍の医療物資。兵士は歩兵を含めて約3万5千人ほど用意させて頂きました」

「こ、これは…………?」

「この他にも各種の補給物資や提供する技術の資料やサンプル、幾つかの試作品も同時に持ってきました」


 大地を圧倒する鋼鉄の猛牛や、異形の猛禽、そして整然と並んだ兵士や無数のコンテナ。あまりに理解を超えた光景に呆然とするエルリオンに、スギハラが恭しく頭を下げる。そんなスギハラに何と声をかければいいのか本気で困惑するエルリオンは、思わず助けを求めるようにシグを見た


「素晴らしいですよ、ねぇ陛下?」

「え、えぇ……その通りですね」


 シグの助け舟に何とか声を絞り出すエルリオンに笑顔を向けつつ、スギハラは再び口を開いた


「戦力のご説明を致しましょう」

「では、こちらへ」


 予め張ってあった天幕へと面々を誘うシグ。スギハラを含めて歩き出したその光景を見ると、シグは後ろを振り返った。数多の兵器達と、洗練された兵士。そして無数の技術の塊


「勝てるともさ」


 小さく呟くと、シグは天幕に向けて足を踏み出した

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