7 慌てて・・
「引っ越して来たばかりなのね。学校にはまだ行ってないの?
ここらへんだ と坂西中かな。うちの子達は坂西小なの。
一年の女の子と二年の男の子。あなた達よりずっとおちびちゃんね」
が、学校! 確かに、この時間にこんなところをうろうろしてるのはおかしい。
でも学校に行ってる設定だとこの時間にママと会えなくなるし。
またしても私は瞬時に色んなことを考えた。焦りで涙も引っ込む。
「あ、あーのっ、えっと。わ、私達、転校はしてないんです。そう。
お父さんの長期出張について来ただけで、一カ月くらいで戻るんです。だから、今はお休みっていうか。宿題を山ほど出されちゃってますけど。ね、あ、あきと」
「あ、ああ」
口から一気に出たこの設定は、昨日テレビで見てたドラマのもの。一カ月も学校を休めるなんてうらやましいーって心底思ったんだよね。
って言うか、はるにい演技ヘタすぎるよ。目は泳いでるし、挙動不審だし。
これは話を振らない方がいいわね。私一人で話しようっと。
「そっか。転入してまたすぐに転校するの、大変だもんね」
ママは簡単に納得してくれる。昔のママがこういうおっとりした性格の人でホント良かった。
よし。今回の目的、とにかく知り合うことは成功したわね。
後は次の約束を取り付けなくては。
「あ、あの! もし明日も時間があるようなら、また会ってもらえませんか?
私達、ここにはまだ友達もいないし・・」
「まあ、うれしいわ。私はただの主婦だから、この時間はいつも暇なのよ」
やった! 私は心の中でぐっとガッツポーズを作った。
「平日はいつも十時にこの近くのスーパーに行くの。だから十時ちょっと前にはここを通るのよ。よかったら声掛けてね」
「よかった。ありがとうございます!」
時計に目をやる。ここに来て三十分。
まだ大丈夫だけど、今日の目的は達成したし、はるにいもさっきから横でちらちら時計を見てそわそわしてる。もう帰るとしましょうか。
「それじゃあ、そろそろ行きますね!
帰って宿題やらなきゃ。また明日、お会いしましょ」
私は勢いよく立ち上がってペコリと頭を下げた。
「ええ、またね、ちえりちゃん」
にっこり笑ってくれるママ。
六年前のママ、なんだかすごく綺麗。
ふんわりウェーブのかかった長い髪が風に揺れてる。
「行こう、・・・あ、あきと!」
「お、おう」
はるにいは遠慮がちに軽くお辞儀して、私の横に並んでやや速めに歩きだした。
こら! 不自然な動きをするなってば!
公園を出ると、どちらからともなく私達は走りだした。
「来たところと同じ場所でボタンを押すの。そうすると同じ場所に戻れるから」
「それより! お前、なんだよ、アキトって。
はっはーん・・あいつか。確かお前と同じクラスだったな。高木秋斗。
お前、あいつが好きなのか。ふぅーん」
はるにいはニヤニヤ笑って言う。
しまった。
そう言えばはるにいはサッカー部で一緒だから秋斗君のこと知ってるんだった。
「ち、ち、違うわよっ。とっさに他の名前出てこなくて。
もう、そんなことより、結構なんとかいい感じのスタートじゃない?」
「お前のアドリブに心臓やられるかと思った。あんな設定よく出て来たな。
俺すっげー緊張したよ。
お母さんじゃなかったら、何この変な子って怪しまれてるとこだぜ?
お母さんってあんな天然キャラだったんだなー」
「あは。ママが昔のママでよかったねー」
私達は最初にいた場所で、手をぎゅうっと繋いで二人でボタンを押した。
来た時と同じように光に包まれて、目を閉じる。
行きの時よりも強い光に、頭の中まで真っ白になるような感覚。
えも言われぬ高揚感を抱きながら、私は意識を飛ばした。