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黒い髪、黒い眼、中肉中背の体格、平凡な顔。黒い学ランに身を包み砂ぼこりの舞う地面にゆらりと立っている。その姿は全身から立ち上る薄紫色の魔力から、さながら幽鬼のようだ。
「あ~、すみません。ここがどこだか教えていただけますか? ちょっと僕記憶喪失みたいで」
そいつは懐かしい顔で、棒読みの嘘をドヤ顔で吐き、こちらの反応を待っている。そんな様子に右手の剣を握る力が緩み、危うく取りこぼしそうになった。
というかやはり、日本人なのだろうか。いや待て、よく似ているだけでどっかちがう惑星の宇宙人かもしれない。とりあえず聞いてみなければ。
「お前日本人か?」
単刀直入に聞いてみた。平凡顔は固まってしまった。呼びかけても動かない。仕方ないから剣を抜いてみる。
「うわっ! 剣を抜かないでください、僕に敵意はありません」
「質問に答えろ、おまえは日本人か?」
「え、あ、まぁ日本人ですけど……何か文句でも?」
「ケンカ売ってんのか?」
「あ、いえ、すみません。ちょっと動転して」
「まあいい。なんで日本人がここにいるんだ」
「日本人がここにいる………ふむ、とりあえずここはどこですか?」
「人の話聞けよ」
「あ、すみません癖で。……………第一村人の親切な傭兵パターンだろ? 早く聞いてもいないことをぺらぺらと説明しろよな」
「すまん、あとの方何を言っているのか聞こえなかったんだが」
「いえ、大丈夫です。こっちの話ですから……チッ、使えねえな」
「おい、今なんか舌打ちしてたよな!」
「いえいえそんなことが………起こり得るはずないじゃねえかっ!」
「お、おう。っていやなんで急に怒り出したんだよ!」
「あ、すみませんつい癖で」
「なんか大変だな、おまえ」
話せば話すほど意味が分からなくなっていくのは俺の気のせいだろうか。とりあえず早く敵か味方かはっきりさせなければ、じきに国軍が押し寄せてくる。それではもう取り返しがつかない。
「おいお前が何者かはこの際おいておく。それでだ、あと少し経てば国軍が決死の覚悟でお前を討伐しに来るだろう。おまえは俺たちの敵か? それとも味方か?」
「え、ぇええっ! 討伐ってなんで!」
「そりゃ全身からそんな量の魔力出してりゃ、いやでも警戒網に引っかかるだろうよ」
「そんなっ、話が違う!」
「なんか知らんが、とりあえず時間がない。もう1度だけ聞く、おまえは俺たちの敵か? それとも味方か?」
「……………じゃあ味方で」
「………とりあえず攻撃の意図はないと、そういうことでいいか?」
「はい」
「じゃあすまないが拘束具をはめさせてもらう」
「拘束具ぅ!? いやですよ、そんな怖いもの!」
「そうは言ってもな……。今の状況をわかりやすく言えばだな、日本の東京の上空に核を積んだ戦闘機が飛んでいるみたいな状況なんだ。拘束させてもらえなければ殺さなきゃならん」
「えっとその核って……?」
「もちろんお前だな」
「そんなぁ! 魔力がちょっと多いだけじゃないですか!」
「うんまあ確かに、この王都を10回更地にできるぐらいにちょっと多いだけだな」
「…………すみませんでした」
「わかればいいんだ、わかれば。大丈夫だ、同郷みたいだし危害を加えたりはさせん。それに拘束具って言ってもこの飴玉をかみ砕いてくれるだけでいい」
そういって俺はポケットから赤、黄、緑、青、白、黒などのさまざまな色が入り混じった1つの丸い飴玉を取り出した。さまざまな色が入り混じっているのにもかかわらずなぜか個々の色は損なわれてはおらず、表面を覆っているさまは毒薬そのものだが、れっきとした魔力抑制剤だ。
「はい……ってええぇ! 何ですかこれ明らかに毒薬じゃあないですかっ!」
「気にしたら負けだ。痛みも病気も何も引き起こさん、毒のないアマゾンの蛙を食べるようなものだ。そう難しいことではないだろう」
「いやいやいや、今のアンタの発言でもっと食べたくなくなりましたよっ! というか毒がないとか信じられません!」
「仕方ないな、じゃあ見てろよ?」
そう言って俺は飴玉を口の中へと放り込んだ。そのままガリガリとかみ砕き飲み込む。それを見ている平凡顔は戦々恐々という感じで顔をゆがめており、その顔はすでに平凡顔ではなくなっていた。
「ほれ、たくさんあるからお前も食え。効果は3日間ほどの魔力抑制だ」
「ぇぇえ……わかりましたよ、うう南無三! ってまずうぅっ! 何ですかこれまずぅう~」
「まぁ味は確かにアレだが食えないこともない、ほらまだまだたくさんあるぞ。ノルマはあと30個だ」
「ほわっつ……! 無理無理無理です、絶対無理ですッ!」
「仕方ないじゃあ殺さないとな」
再び剣を抜く。
「いやぁ! 鬼、悪魔ぁ……ッ!」
「はははは、あと25個~」
後に俺は様子を聞き耳を立てていた警備兵によって、魔王をも弄ぶ魔神として噂を流され王都中から恐れられることとなる。
***
幾人もの武技や魔術の達人たちが、統一された命令系統によって常に厳重な警備を敷いている王城。それは王都の中央に建国当初から変わらぬ姿で白く、高く聳えている。その様は荘厳そのものであり、ウッドビル帝国の権威の象徴といえよう。
俺と平凡顔は謁見の間についたところで目隠しを外されこの国、いやこの世界のヒエラルキーの頂点に君臨するリーアの実の父にして、ウッドビル帝国現帝王、レイバン・フォン・ウッドビルの前で跪き帝王補佐の人間に声高らかに事情を説明していた。
「では貴殿はその男に、このウッドビル帝国を害する気はないと申すのか?」
「はっ、その通りでございます!」
「その根拠は何処に?」
「ございません。しかしこの者はこのルイ・アンべルージュが、全身全霊責任をもって管理致します!」
「ふむ、Aライナー冒険者がそう申すのは心強い。しかしその者が暴走した際に、貴殿は確実に止めることはできるのか?」
「確実に、とはいきません。しかしこの王都に滞在する間は魔封じの丸薬を飲ませ続けますので、暴走する可能性は限りなく薄いかと」
「ぇええっ!」
「……ちょっと黙ってろ」
できるだけドスの効かせた声を小声でかけると、平凡顔はすぐに大人しくなった。
「ふむ、貴殿らの先程からのやり取りを見ていると、どうやら意思疎通が測れるということは分かる。どうなさりますか、陛下?」
しばしの沈黙の後、帝王レイバンの低く重みのある声が謁見の間に響いた。
「表をあげよ」
俺たちが顔を上げると、帝王レイバンは目を細めてこちらを見た。その眼光に込められた気迫は、熟練の冒険者でさえ気圧されるものだった。その大きな体から、王族のみが身に付ける豪奢な服から、その視線から、国を背負おう者の威厳が感じられ、平凡顔は既に小刻みに震えている。
「そなた、名をなんと申す」
「ルイ・アンベルージュでございます!」
「ではルイよ、正直に申せ。まず、その者の魔力を感じたとき、そなたはどう思った?」
「恐怖の念を覚えました、これほど巨大かつ濃い魔力は生まれて初めて感じたもので」
俺は至極正直に答えた。言葉は考えるよりも前に、すっと腹から出てきた。
「今もその恐怖は残っているか?」
「はい、残念ながら簡単には消えてはくれないようです。しかしそれは私が一方的に受ける感情であって、この者には関係のないことと愚考致します」
帝王レイバンは真っ直ぐに俺の目を見ている、俺も視線を外さない。ここで外してはいけない。
「では最後の質問だ。そなたはこの都に守りたいものが居るか?」
思いがけない質問に一瞬狼狽した。しかしすぐに答えは出てくる。頭の中に浮かぶたくさんの思いに突き動かされるように。
「はい」
答えはそれだけで十分だった。場をつつんでいた威圧感がなくなり、帝王レイバンがふっと笑った。
「そうか、ではその者の管理はそなたに任せる。この都に一時的に滞在することを許可しよう」
「ありがとうございます!」
「よいよい、そなたには娘も世話になっているようであるからな」
「世話というほどでは」
「いやいや、あれが私に反抗したのは、そなたに関してのことだけよ。そなたのおかげで生まれて初めて親子ゲンカというものを経験できた。感謝する」
帝王レイバンはそう言って笑った。
「も、申し訳ありません!」
「いや、本当に良いのだ。それでももし申し訳なく思うのならば、これからも娘の世話をしてやってはくれんか? この通りだ」
そう言って帝王レイバンはあろうことか1冒険者に向かって頭を下げてきた。その嬉しさよりも怖れが勝る行為に、俺は大いに慌てる。
「はっ、私でも務まることならば、喜んで!」
その言葉で、今回の謁見は終了となった。
***
俺の屋敷に一人居候が増えてから、2週間が経過した。人間兵器である平凡顔、樋口樂の1日のはこうだ。
まず俺より2時間ほど遅く起床すると朝食前に魔力抑制剤を5個、ガリガリと噛み下す。次に俺とイザベルと共に食事。俺の倍はある量をぺろりと平らげると、俺と共に運動。昼間は誰かしら遊びに来た人間と戯れている。
最近はミリアがなついてきたので、嬉しくてしょうがないようだ。
暇なときは地球にあったものを、こちらで再現しようと工作をしている。材料はイザベルに買いに行かせているらしい。
最近ではトランプを作って、ミリアと遊んでいる。夜になれば、また俺の3倍はある食事を平らげると、だらけてから寝る。
こんな感じだ。
もうこちらの生活にも慣れたようで、我が物顔でくつろいでいる。さりげなくイザベルを顎で使う様子を見ればそれもわかるだろう。
そう、慣れてきたことはとてもいいことだ、ミリアと仲良くなったこともいいことだ。情が移ればそれだけ危険が薄れる。食事も口に合うようで何よりだ。まずいと言ってなにも食べないよりは、よっぽどいい。
しかし朝から晩まで魔力抑制剤位以外は、自分の好きなことだけをしてダラけきっている様は、さながら日本で言うニートのようで。
しかもそいつは今、俺の前で印刷技術のないこの世界ではそこそこ高価である本を数冊横に積みながら、ドラゴンの皮でできたソファに寝転がり読んでいる。
「あ、イザベル、紅茶持ってきて~」
「はい、ただいま」
その上隣に小さな机を置き、お茶菓子をイザベルに持ってこさせている。俺にはそれはもう日本でいう『ニート』を超越した何かに見えて。
「仕事しろやコラァァアアアーーーーッ!」
キレました。